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17年間実力を隠してスローライフを謳歌してたが、うっかり王女様を助けてから勝手に成り上がり人生が始まった  作者: 田中 又雄


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誘惑と悲報

 エルザ様の誘いを断る理由を適当に作ろうとしたが、どんな手を使ってくるのか、この目で確かめておいた方がいいと思い、その誘惑に乗ることにした。


「わかりました。少しだけお付き合いします」


 俺がそう答えると、エルザは満足げに微笑み、俺を先導した。


 そして、王宮の西翼——長女の私室がある区画は、廊下の絨毯さえ赤く綺麗に染められていた。


 こっち側には来たことがないだけに、興味津々に飾られている絵画とかを眺めていると、「あら、絵画とかに興味がおありなんですか?」と、聞かれる。


「…いえ、別に。有名な絵画なんでしょうが、学がないものですごいということしか分からないですし」

「…そう」と、俺の自虐に本心からの笑みを漏らす。


 さて、どんな罠を仕掛けてくるつもりかな。


 そして、彼女の部屋の扉を開けた瞬間、甘い香水と焚き物の匂いが鼻を突く。


 部屋は予想以上に豪奢だった。

天井から吊るされた赤いシャンデリアが、部屋全体を妖しい朱色に染め上げている。


 大きな天蓋付きベッド、壁に掛けられた鏡、ソファの横には小さなテーブル。


 そこにはすでにここにくることがわかっていたかのように、2組の紅茶とお菓子がセットで用意されていた。


「少し待っていてくださる?着替えますわ」


 エルザはそう言い残し、奥の扉の向こうへ消えた。


 数分後、彼女が戻ってきた姿を見て、俺は内心で息を飲んだ。


 ……ネグレジェだった。


 白いレースがほとんど透けている薄い生地。


 胸元は大きく開き、谷間が強調され、腰のラインがくっきりと浮かび上がっている。


 裾は太ももの中ほどで切れ、歩くたびに白い脚がちらちらと覗く。


 金髪を緩く下ろし、赤い瞳を妖しく細めて、彼女はゆっくりと近づいてきた。


「どうかしら?似合ってる?」と、わざとらしい甘い声で囁く。


「えぇ、とてもお似合いですね」


 彼女は俺のすぐ横に座り、肩にそっと手を置いた。


 体温が伝わってくる。

さらに身を寄せ、胸の柔らかい感触が腕に軽く触れる。


「最近、夫となかなか会えなくて…。私もまだ若いから色々と溜まるのよ」とか言ってくる。


 おぉ…王女の色仕掛け…。

なかなかに悪くない。


「ふふ、もしかして、緊張しているの?私ね、あなたに興味が湧いたの。最初こそよそ者でラルフが連れてきた男だから、嫌悪感があったけど、顔もタイプだし…何より…ヴァルドと互角に渡り合ったなんて……。ね、あなたは本当にただの『ハズレ三男』だったの?」と、彼女の指が俺の胸元をなぞる。


 甘い吐息が耳にかかる。

明らかになんらかの魔法の魅了成分が混じった香水だ。

なるほど…そういう仕掛けね。

王道と言えば王道だが…。


 俺は平静を装いながら、テーブルに置かれた紅茶のカップに視線を落とした。


 ……ん?


 カップの縁に、微かに白い粉のようなものが浮いている。

凝視すると、魔力の残滓反応があった。


 媚薬か、睡眠薬か——とにかく、飲めばまずい類のものだろう。

まぁ、飲んだところで俺にこういう毒薬含めたものは自然と浄化する魔法を常に発動させているから効かないのだが。


 飲んで効かないより、もっとはっきり態度で示しておくほうがいいか。


 俺は自然な動作でカップを手に取り、そのまま——ひっくり返した。


 ジュッ。


 熱い紅茶がテーブルに広がり、カーペットに染み込んでいく。


「なっ!? 何しますの!?」


 エルザが立ち上がり、目を剥いた。


 俺はゆっくりと彼女を見据え、静かに言った。


「いえ、この中になんらかの薬が入っていたようなので。この紅茶は誰が淹れたんですか?」


 視線を真っ直ぐに突き刺す。

エルザの顔が一瞬、引き攣った。

妖艶な微笑みが凍りつく。


 俺はさらに言葉を続けた。


「……別に僕に何かをされる分には構いませんが、 私はラルフ様の護衛としてこの城におりますので。もしラルフ様に何かをしようものなら、全力で阻止し、状況によっては多少のしっぺ返しは覚悟してくださいね」と、忠告する。


 低く、静かに、しかしはっきりとした脅し。

部屋の空気が一瞬で張り詰めた。


 エルザは唇を震わせ、

それでも貴族の仮面を貼り直した。


「……もちろん……そうですわね。姉としても、そうしてくれると嬉しいですわ……」


 声がわずかに掠れている。

彼女はネグレジェの胸元を慌てて両手で隠し、ソファの背もたれに体を寄せた。


「…それと…俺はおっぱいが大きい子がタイプなので。それと恥じらいも必須です。こういうことをやるなら、ラルフ様を見習って欲しいですね」と、呆れたポーズをとる。


「なっ!?//わたくしでは魅力不足だと言いたいの!!この…無礼者!//」と、顔を赤くする。


 おお、その反応はなかなかに悪くない。


「いえ、エルザ様がどうということではなく。そういう場合は相手の趣味嗜好を抑える方がいいって話です。きっとこれまではあなたの色仕掛けに引っ掛からなかった男がいなかったから存じ上げていないのでしょうがね」

「こんの…!!//ただの男爵風情が…!!」


 その瞬間——


 ドンドン!


 勢いよく部屋の扉がノックされ、すぐに開いた。


「お、お嬢様!!」


 息を切らしたメイドが飛び込んでくる。

エルザは慌てて体を隠しながら叫んだ。


「ちょっと……//許可してから入りなさいよ!//」


 今更恥ずかしくなったのか、声が上ずっている。

さっきまでの妖艶さはどこへやら。


 メイドは震える声で、しかしはっきりと言った。


「ヘンリック様が……倒れました!!」


 俺とエルザ様は同時に息を飲んだ。

国王が、倒れた——?


 部屋に重い沈黙が落ちる。

先ほどまでの甘い香りは、急に冷たい空気に変わっていた。


「……ひとまず、ラルフ様のところへ急ぎます」


 エルザも、ネグレジェの上からショールを羽織りながら、

赤い瞳に複雑な光を浮かべて頷くのであった。

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