帰国
俺たちは馬車でクラム王国の王都へ向かった。
夜明け前の道は静かで、土道が馬車の車輪に軋む音だけが響く。
ふと、ラルフ様の顔を伺うと、頰が少し赤らみ、窓から入る月光に照らされて、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
そして、彼女は時折俺の顔を窺うように見つめる。
「リグゼ様……本当に、ありがとうございます。あなたがいなければ、私は今頃……」
「いや、俺の方こそ。きっとここで出会わなければ父の悪行に気づくこともなかったでしょうから。それと…あの誘拐、黒幕は確かに俺の父だったと思いますか?」
「…と、言いますと?」
「先ほどの話を聞く限り、偶然外にでタイミングを見計らってというのはやっぱりどこか違和感がある気がして…。外だけではなく内にも情報を漏らした奴がクラム王家にいるんじゃないかなと思いまして」
ラルフは目を伏せ、深呼吸をした。
馬車の外では、森が徐々に開け、遠くに王都の灯りがぼんやりと見え始めた。
「…ええ、そうかもしれません。私、三姉妹の中で唯一の魔眼持ちなんです。それゆえに…長女ではなく三女の私を…と、一族の中には、私を支持する声もあるんです。三女という立場なのに、家督を継ぐ可能性があると…。それ故に姉二人からは幼い頃から嫌われていました。2人とも昔から完璧主義で、野心家で、効率主義と言いますか、自分や自分の周りのことにしか興味がないんです。対照的に私は自由気ままに他人のために行動してきたのでが……それが気に入らなかったのでしょう。それに父も同じタイプでしたから。なぜ私に魔眼が宿ったのかと何度も嘆かれたこともあるくらいです」
彼女の声に、寂しさが滲む。
青い瞳が少し濡れ、俺は黙って聞いていた。
「唯一の味方は、母でした。でも、今は病床に伏せていて……ほとんど話せないんです。ですかは、今回の誘拐も、きっと内部の誰かが情報を売ったんでしょう。姉妹か、父か、その側近か……」
ラルフ様の言葉に、俺の胸が痛んだ。
家族から見捨てられる苦しみ、それは俺も知っている。
「俺と似てますね。…と言っても、俺はハズレ三男として演じてきたわけですし、王女と地方の男爵ではその立場も責任も比べものにはならないのでしょうが…」
すると、彼女は微笑み、黙って手を俺の手に重ねた。
温かく、柔らかい感触。馬車は王都へ近づき、夜明けの光が差し込み始めた。
「では…これからは優秀な三男として私を守ってくださいね」
◇
王都に到着したのは、朝の陽が昇り始めた頃。
クラム王国の王都は、大国と呼ばれるに相応しい活気で溢れていた。
まだ朝方だというのに、石畳の通りが広がり、市場では商人たちが朝市を始め、香辛料や果物の匂いが漂う。
高い城壁に囲まれ、運河が街を横切り、水上交通が活発だ。
魔法の灯りが街灯に使われ、夜でも明るいらしい。
この国が大国たる所以は、豊富なマナ資源と、魔法技術の先進性。
貴族たちは魔法学院を運営し、平民も基礎魔法を学べる。
そのおかげで軍事力も強く、隣国との国境紛争で常に優位を保っている。
市民の生活水準が高く、俺のような辺境男爵領とは比べ物にならなかった。
ラルフ様の帰還は大歓迎された。
特に市民から熱い支持を受けていた彼女は、馬車から降りると、群衆が沸いた。
「ラルフ様! 無事でよかった!」
「王女様、ご無事で!」という声が飛び交う。
ラルフ様は手を振り、笑顔で応える。
色々あってほとんど眠れていないだろうに、その疲れを見せないまさに王女に相応しい笑顔であった。
俺はその後ろを歩き、目立たないようにしていた。
一応、常に周りに警戒をしながら、歩いているととある視線が目に入る。
それはあの2人の姉妹だった。
長女のエルザと、次女のミリアが睨むようにこちらをみていた。
…全く…厄介なことになりそうだな、
そうして、城に戻ると、ラルフ様はすぐに国王——彼女の父、ヘンリック=クラムに謁見を求めた。
そうして、俺たち2人は謁見室に入ることに。
そこは広大で、金の装飾が施された玉座が中央にあり、周囲に貴族たちが並ぶ。
国王は厳つい体躯の男で、冠を被り、髭を蓄えていた。
俺はラルフ様の横に立っていたが、あまりの圧に早く帰りたい気持ちが込み上げた。
それから、ラルフ様が一通り説明した。
誘拐の経緯、ルワードの盗賊団について、盗賊団によるブルーム家の皆殺しと、唯一の味方であった俺の存在について。
ちなみに、なぜ生き残れたかについては、まず盗賊団が金目当てに俺以外の一家を全員殺した後に、今度は報酬について仲間割れを始め、最終的に1人になり、そこで守ってくれたのが俺ということにした。
当然、俺の力についてはうまくぼやかしてくれた。
そして、俺を「一家の唯一の生き残りで、護衛兼婚約候補」として紹介したのだった。
すると、国王の顔が歪んだ。
「何を言うか。ただの男爵家の三男が、王女の婚約者など認めん」と、静かにそう言った。
これは当然の反対だ。
そこについては俺もラルフ様も予想していた。それから、ラルフ様は落ち着いて微笑み、提案した。
「では、護衛としてはいかがでしょうか?今までの護衛ではまた同じことが起きないとも限りませんし、そばに置いてもよろしいでしょうか?」
最初からラルフ様の狙いはこれだった。
婚約者など突っぱねられることは承知していた。
だからこその妥協案。
国王は渋い顔をした。
ただの護衛として置くことも許さない、それに男爵家とはいえ、行き場を失った貴族の端くれを見捨てるというのは今後の貴族への影響も考えれば、納得せざるを得ない。
そうして結局、承諾した…のだが…。
「わかった、認めよう。しかし、護衛としてということなら、まずはその実力を試す必要がある。騎士団長、ヴァルドと手合わせせよ」
騎士団長、ヴァルド=ストームは、30代前半の屈強な男。
長身で、筋肉質の体躯に、銀の鎧を纏っている。
王のお気に入りで、剣術と魔法の融合技に長け、過去の戦争で英雄視された人物であり、国内国外問わず知らぬものがいないほどの男だった。
周りからは「あの英雄と戦わせようなんて…事故を装ってあいつをそのまま殺す気なのでは?」なんて聞こえてくる。
おいおい、勘弁してくれよ…と、そのまま訓練場へ移動し、周囲に貴族たちが集まる。
当たり前だが真剣ではなく互いに木剣を握る。
けど、木とはいえ、当たりどころが悪けりゃ死ぬぞ。
とりあえず、そこそこ善戦して負けることにしようと思いながら、剣を握る。
「では、始め」という声と共に、突進してくるヴァルド様。
適当に剣を捌くと、少し驚いた表情を浮かべる。
それから、お互いに剣をぶつけ合う。
当たり前だが、流石は英雄…。
この探り合いですら、どれだけの人がついていけるか。
すると、ヴァルド様の剣を回避しながら、体を翻しつつ、基礎魔法で応戦する。
もちろん、魔力はある程度制限し、程よいところでで負けようと思っていた。
だが、ヴァルド様は次第に本気になっていく。剣に炎を纏わせ、連続攻撃を仕掛けてくる。
それを水魔法で対抗しつつ、何とか紙一重で回避する。
その連携が鋭くなり、俺の防御を次第に崩す。
(くそ、負けるタイミングを見失った……!)
やられそうになった瞬間、俺は咄嗟に封印を少し解き、風の盾で弾いた。
ヴァルド様の目が輝き、「ほう、なかなかやるな」と更にそこから加速する。
炎の渦を放ち、俺は水の壁で相殺。
今まで体感したことのない、自分と対等な人間とのバトルに思わず心が躍っていた。
そして、剣が交錯し、衝撃波が訓練場を揺らす。
俺は更に体術を交え、ヴァルド様の隙を突こうとした瞬間、流石に勝つのはまずいと、最終的に、彼の雷撃が俺の剣を弾き飛ばし、彼の剣が喉元に止まった。
「……降参です」と、俺は呟いた。
しかし、ヴァルド様は明らかに怪訝な表情でこちらを見つめた。
最後に手を抜いたのがバレたか…。
その戦いに湧く、周りの人間とヴァルド様と互角に戦ったことが不満なのか、国王は不機嫌であった。
そして、みんなが疑問の視線を向ける。
「何者だ……本当にただの男爵家の三男か?」
はぁ…もっと序盤で負けるつもりだったのに…。
「…分かった。そのものを護衛として認めよう」と、その場を去る国王。
ひとまず、護衛として認められたことに安心した。
「…貴様…一体何者だ?」と、ヴァルド様に聞かれる。
「えっと…ちょっと腕に覚えがある…ただの男爵家の三男です…」というと、その回答に納得がいかないものの「…久々にいい勝負ができた」と去っていくのであった。
それから俺はメイドさんにこの城での俺の部屋に案内されたが…そこはほぼ物置同然の場所だった。
埃っぽい小部屋で、ベッドと机だけ。
男爵とはいえ貴族の待遇とは思えない。
「これはどういうことですか?」と、怪訝な表情を浮かべるラルフ様。
「ご主人様よりこちらの部屋を使うようにとのことです」と、メイドさんは無表情で返答する。
すると、後ろから2人の女性の声が聞こえる。
長女のエルザは金髪の美女で、冷たい目つきでこちらを馬鹿にしたような目つきで見つめる。
次女のミリアは赤髪を触りながら、興味なさそうな雰囲気を醸し出す。
「あら、ラルフ…生きて帰って来れたなんて……幸運ね」と、長女のエルザがほくそ笑む。
それから、次女のミリアが「幸運がどうかは分からないけど」と、呟いた。
「…そうですね。お姉様」と、ラルフ様がそう呟くと、「また楽しませてね」と、そのままメイドを連れて去っていくのだった。
王都の陰謀は、まだ始まったばかりだった。




