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17年間実力を隠してスローライフを謳歌してたが、うっかり王女様を助けてから勝手に成り上がり人生が始まった  作者: 田中 又雄


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ラプラスの力

 夕焼けに染まる庭園。

 魔法で育てられた花々が、淡く光を放っている。

だが、その光景はすでに“異物”に侵されていた。


 空間が歪んでいる。

視界の端が滲み、遠近感が狂う。

地面を踏みしめているはずなのに、どこか浮いているような不安定な感覚。


 ——空間干渉。


「……やりにくいな」


 そう呟いた瞬間。


『右、三歩。次、上から来るぞ』


 ラプラスの声が、頭の奥で囁いた。

その瞬間、動きがまるでスローモーションになり、相手の動きが自動で予測される。


 これが…ラプラスの力か。


 踏み込み、半歩ずらし、上体を傾ける。

直後——


 ビュンッ!!


 黒い刃のような魔力が、さっきまで俺の首があった場所を薙いだ。


「……なるほど」


 口の端が、わずかに上がる。


「これが未来視、ってやつか」

『正確には“予測演算”だがな。まあ似たようなもんだ』


 ラプラスが愉快そうに笑う。

視界が、変わる。

敵の動きが“見える”。


 いや、違う。

“先に知っている”。


 次にどこから攻撃が来るのか。

どのタイミングで踏み込めばいいのか。


 すべてが、既に“決まっている”。


「——こりゃ楽だな」


 俺は一歩、踏み出した。

同時に、風が巻き起こる。

空間の歪みを押し返すように、風圧が周囲を制圧する。


「……ッ!?」


 黒ローブの一人が、明らかに動揺した。

攻撃が当たらない。

それが理解できた瞬間、恐怖が滲んだ。


「遅い」


 次の瞬間、俺はもう目の前にいた。

風の加速。

拳に雷を纏わせ、そのまま叩き込む。


 ドォンッ!!


 衝撃が空気を弾けさせ、黒ローブの一人が地面に叩きつけられる。

そのまま動かない。


「……一人」


 呟く。

同時に——


「——っ!」


『来るぞ、左下』


 体を半歩引く。

地面から伸びてきた“黒い腕”が、空を切る。

そのまま足を振り抜く。


 バキィッ!!

腕ごと、空間ごと、蹴り砕く。

歪んだ魔力が霧散する。


「……脆いな」

『お前が異常なだけだ』


 その横で——


 氷が咲いた。

シュナだ。

彼女の周囲の温度が、一気に落ちる。


 空気中の水分が結晶化し、無数の氷片となって漂う。


「——凍れ」


 静かな声。

次の瞬間。


 視界が白に染まる。

無数の氷槍が、扇状に広がりながら放たれた。


 速度、精度、密度。

どれもが異常。

敵は逃げ場がない。


 黒ローブの一人が防御魔法を展開するが——

パキンと、一瞬で凍結し、そのまま砕け散る。


「……二人目」


 シュナが、淡々と呟く。

その横顔に、迷いはない。

ただ、確実に仕留めるためだけの動き。


 仲間になるとここまで心強いか。


「やるな」

「……師匠ほどでは」


 短く返す。

だが、その声はほんの少しだけ——今までより柔らかい。


 次の瞬間。

空間が、大きく裂けた。

今までとは比べ物にならない規模。


 黒い亀裂が、庭園の中央に広がる。


 そこから——

“それ”が、這い出てきた。


 巨大な腕。

いや、腕だけじゃない。

向こう側に、何か“本体”がいる。

圧倒的な異質。


 空気が、拒絶するほどの圧だった。


「……はっ」


 思わず、笑みがこぼれた。


「いいな」


 体の奥が、熱くなる。

魔力が、歓喜する。


『壊してみろよ、クソ先生』

「言われなくても」


 一歩、踏み込む。

その瞬間——


『……待て!』


 ラプラスの声が大きくなる。


「……?」

『後ろだ!』


 視線が動く。

庭園の入口。

そこに——いた。


「……先生……?」


 いや、レオン。

戦闘の音を聞いてここまで来たのだろう。


 だが——

その瞬間。

空気が、変わった。


 黒ローブたちの視線が、一斉にレオンへと向く。


 それはまるでこの潜入の目的を見つけたように。


「——そういうことか」


 誰かが、呟いた。

次の瞬間。

全員が、同時に動いた。


 狙いは——レオン。


「——っ!!」


 シュナが少し遅れて動く。

だが、彼女では間に合わない。

距離がある。


 複数方向からの同時攻撃。

普通なら——防げない。


 もし、ラプラスが居なければレオンは守れていなかったかもな。


「……遅い」


 俺は、すでに動いていた。

風が爆ぜて、地面を蹴る。


 視界が一瞬で流れ、世界が引き伸ばされる。


 ——間に合う。


 確定している未来。

レオンの前に、割り込む。


「——邪魔だ」


 拳を振るう。

風と雷が、同時に炸裂する。


 ドォォォンッッ!!!


 衝撃波が庭園を薙ぎ払い、黒ローブたちの攻撃をまとめて吹き飛ばす。


 そのまま、踏み込む。

一人、首元に手刀。


 もう一人、腹に蹴りを入れて最後の一人——。


 空間の裂け目ごと、叩き潰す。


 バキィィィンッ!!


 何かが砕ける音と共に歪みが消える。


「……終わりだ」


 黒ローブたちは、全員地に伏していた。


 戦闘不能のようだ。

しかし…こいつらは一体…。

それにあの魔物のような存在について、ラプラスは何かを知っているようだったが。


「……っ」


 レオンが、その場にへたり込む。


 無理もない。

今のは——明確な“殺意”だった。


「……先生……今の……」

「気にすんな」


 短く言って、振り返る。

シュナが、こちらを見ていた。

その瞳は——明らかに、興奮していた。


「……すごいです」


 小さく、しかしはっきりと、そして頬がわずかに赤くなっていた。


「……流石は先生。完璧でした」

「そういうのは後回しだ」


 すでに生徒たちが中庭に集まっており、学園内がざわざわとしていた。



 ◇放課後


 校長室に呼び出された俺は重い空気の中、俺とシュナは並んで立っていた。


 校長——ガルド=エレノアは、静かに口を開く。


「……まず、今回の件だが」


 一拍を置いて、注目を集めからこう言った。


「犯人は——不明だ」

「…不明…ですか?」


 奴らの身柄はあの後、学校の先生たちにより確保され、その後は校長自ら尋問を行ったはず。

その上で不明だと?


 俺は思わず眉をひそめる。


「侵入経路も、所属も、目的も不明。ただ一つ分かっているのは——」


 校長の目が、わずかに鋭くなる。


「結界は破られていない」

「……は?」

「正確には、ほとんどが“すり抜けられていた”。最後の一枚のみ、破壊されていた」


 背筋が、わずかに冷える。

あり得ない。

あの結界は——数年かけて構築された、最高レベルの防御。


 それを…すり抜けた?


「……そんなことが可能なんですか」

「本来は、不可能だ。だからこそ、問題なのだ。明らかに何者かが介入していた」


 沈黙…そして——


「リグゼ」

「はい」

「今回の件、調査してほしい」


 次に視線がシュナへ移る。


「シュナくん。君にもお願いしたい」

「はい」


 即答だった。

しかも——

ちらりと横を見ると、目がキラキラしている。

……分かりやすいな。


「……というわけで二人で動いてもらう」

「……了解です」


 軽く答える。

だが、頭の中では別のことを考えていた。


(……リオンを狙った理由)


 あの動き、あの視線、間違いない。

侵入してきた目的はレオンだ。

いや、正確には……ラプラスか。


『ははっ』


 ラプラスが、楽しそうに笑う。


『面白くなってきたじゃねぇか』


 ——戦争の影が、確実に近づいていた。

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