敵襲
授業が終わった。
実践訓練場に残っていたざわめきも、徐々に引いていく。
生徒たちはそれぞれの仲間と談笑しながら、あるいは疲れたように肩を回しながら、その場を後にしていく。
俺は一人、軽く息を吐いた。
「……やっと終わったな」
教師としての初仕事、と言っていいのかは分からないが、とりあえず大きな問題もなく終わった。
……いや、“問題がなかった”は嘘か。
「……」
背中に、視線を感じる。
振り返らなくても分かる。
『いるな』
「……いるな」
ラプラスと意見が一致するのも、なんか癪だが…こればかりは疑いようもない。
ゆっくりと振り返る。
——やっぱりいた。
少し離れた位置。
訓練場の出口付近。
壁に寄りかかるようにして立っている少女。
シュナだ。
視線は、完全にこっち。
逸らす気も、隠す気も一切ない。
「……何してるんだ」
思わず呟く。
『いや、あれは完全にお前を待ってるだろw』
「……だよな」
面倒な予感しかしない。
とりあえず無視して帰ることにした。
俺はそのまま出口へ向かって歩き出す。
シュナの横を通り過ぎる。
「……」
無言。
何も言ってこない。
…予想外だな。
そのまま廊下に出る。
石造りの長い廊下。
夕方の光が差し込み、床に長い影を落としていた。
コツ、コツ、と自分の足音だけが響く——
……いや。
もう一つ、ある。
一定の距離を保ったまま、ついてくる足音。
「……」
『ほら来た』
「……そうきたか」
俺は立ち止まった。
足音も、止まる。
振り返る。
「……」
無言で、じっと見ている。
「……何してるんだ」
「……」
「…護衛です。ついてきています」
「いや、そりゃストーカーだろ」
思わず即答した。
「なんの用だ?」
「……弟子なので」
「弟子なら師匠の言葉を聞けよ。今日は帰れ」
「嫌です」
即座に否定する。
だが、シュナは一切引かない。
「……師匠の行動を把握するのは、弟子として当然かと」
『慕われてんなぁw』
「黙れ」
小さく呟くと、シュナの目がわずかに細くなる。
「……また、誰かと話してますか」
「…気にするな。そういう病気だ。とにかくだな、ついてこなくていい。帰れ」
「……嫌です」
迷いがなさすぎる。
清々しいレベルに。
「……師匠」
「なんだ」
「……私ともう一度戦っていただけませんか?」
「嫌だね」
食い気味で拒否した。
すると、シュナは、ほんの一瞬だけ視線を下げた。
そして——
「…分かりました。では、弟子としてついていきます」
「俺が何言おうとついてくるくせに、断ったからついてくる的な言い方すんなよ」
俺は額に手を当てて、深くため息をついた。
「…まぁ、俺も力は把握しておきたいし、そばにいてもらうに越したことはないが…」
「……はい」
素直に頷く。
……本当に素直なんだよな、変なところで。
俺は再び歩き出す。
後ろから、やはり一定の距離でついてくる気配。
そもそも俺は護衛なのに、護衛を護衛するとか意味わからんのよな。
そのまま廊下を抜け、中庭へ出る。
夕焼けに染まる庭園。
魔法で育てられた花々が、淡く光を放っている。
夕焼けに染まる庭園。
魔法で育てられた花々が、淡く光を放っている。
風が吹くたびに、色とりどりの花弁が揺れ、微かな魔力の粒子が空気中に舞い上がる。
昼間の喧騒が嘘のように静かで、どこか現実感が薄れる空間だった。
……そのはずだった。
「……」
違和感。
肌にまとわりつくような、冷たい気配。
さっきまで感じていた穏やかな魔力の流れが、どこか歪んでいる。
『……おい』
「……あぁ」
ラプラスと、同時に気づいた。
——これは、普通じゃない。
視線をゆっくりと周囲に巡らせる。
庭園の中央。噴水の周囲に、人影がいくつか見えた。
……生徒?
いや、違う。
まるで——“固定されている”かのように、その場に立ち尽くしている。
「……おい、シュナ」
「……はい」
短く返事。
いつの間にか、さっきよりも距離が近い。
「……あれ、どう思う」
「……不自然です」
即答だった。
「魔力の流れが……歪んでいます。誰かが、干渉している」
その言葉と同時に——
ビキッ。
空間に、ひび割れるような音が走った。
「——っ!?」
次の瞬間。
庭園の景色が、歪んだ。
空が揺らぎ、花々の色が滲み、視界全体が水面のように波打つ。
『結界か!?いや……違うな』
「……空間干渉系か」
舌打ちする。
そして——
「——見つけた」
声。
背後から。
振り返るよりも早く、シュナが動いた。
ガキィン!!
鋭い音。
氷の壁が瞬時に展開され、その直後——黒い刃のような魔力が叩きつけられる。
衝撃で、氷が砕け散った。
「……敵です」
シュナの声が、わずかに低くなる。
その先にいたのは——黒いローブを纏った数人の人影。
顔は見えない。
だが、その纏う魔力は明らかに異質だった。
濁っている。
人間のそれとは思えないほどに。
「……何者だ」
そのうちの一人が、こちらを見て呟いた。
「報告通り……妙な魔力を持っているな」
『はっ、面白ぇ。来たじゃねぇか奴らが』
「……外?」
ラプラスの言葉に一瞬だけ引っかかるが、今はそれどころじゃない。
敵が、一歩踏み出す。
その瞬間、空間がさらに歪む。
足元の地面が、ぐにゃりと沈み込むような感覚。
「……ちっ、やりにくいな」
「……師匠」
隣に、シュナが並ぶ。
完全に——戦闘態勢。
氷のように冷たい瞳が、敵を射抜いている。
「……やれますか」
「誰に聞いてんだ」
軽く息を吐く。
体の奥で、魔力が静かに唸る。
「むしろ——ちょうどいい」
この学園で、教師としてやるべきこと。
それが、今はっきりした。
「テメェの力を使わせてもらうぞ、ラプラス」
『ははっ、言うじゃねぇかクソ先生』
敵の一人が、手を上げる。
瞬間、空間が裂けた。
黒い裂け目から、歪んだ魔力が溢れ出す。
それはまるで——“何か”を呼び出そうとしているような。
「……召喚系か」
「……違います」
シュナが、静かに首を振る。
「……もっと、嫌な感じです」
次の瞬間。
裂け目の中から、“腕”が伸びた。
人のものではない。
黒く歪み、異様に長い指を持つそれが、地面を掴む。
ぞわり、と背筋が粟立つ。
「……なるほどな」
口の端が、わずかに上がる。
「……いいじゃねぇか」
久しぶりだ。
“ちゃんとした敵”ってやつは。
俺は一歩、前に出る。
風が巻き起こり、周囲の空気が震えた。
「シュナ」
「……はい」
一瞬の沈黙。
そして、彼女は小さく頷いた。
「じゃあ見せてやるよ」
魔力を解放する。
風と雷が、空間を塗り替える。
「——本気ってやつを」
その瞬間。
戦いが、始まった。




