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17年間実力を隠してスローライフを謳歌してたが、うっかり王女様を助けてから勝手に成り上がり人生が始まった  作者: 田中 又雄


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志願と拒否

「……弟子に、ですか」


 その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。


 保健室の中は静まり返っていた。

 白いカーテンが風に揺れ、差し込む午後の光が、シュナの銀髪を淡く照らしている。


 彼女はまっすぐに俺を見ていた。

 あの闘技場で見せた冷たい殺意とは違う、しかしそれに匹敵するほど強い“意志”を宿した瞳。


「……ダメでしょうか」


 小さな声だったが、目は拒否を許さないような、そんな雰囲気が漂う。


「いや、その…ダメというか…」と、言い淀んでいると、更に一歩踏み込んでくる。


「…じゃあ、いいってことですね?」

「いや、弟子とか取ってないし…」


 数秒の沈黙。


 そして——


「……なら」


 シュナが一歩、距離を詰めた。

心臓が一瞬、跳ねる。


「恋人でもいいです」

「……は?」


 思考が止まった。

何を言われたのか、理解が追いつかない。

無表情のまま、とんでもないことを言いやがった。


『ぶっははははははは!!』


 頭の中で、ラプラスが腹を抱えて笑い転げる。


『おいおいおい!!モテ期じゃねーかクソ先生!!どうすんだよこれ!!これは禁断の関係ってやつじゃねーか!!」

「…うるせぇ黙ってろ」と、思わず小声で返してしまう。


「……誰と話してるんですか?」


 シュナの視線が鋭くなる。


「……いや、なんでもない」


 危ない…。

シュナはじっとこちらを見つめたまま、さらに一歩近づく。

逃げ場がない。


「……どっちがいいですか?弟子、恋人か」


 距離が近い。

吐息がかかりそうなほどだった。


 無表情。

だが、その奥にある執着のようなものが、はっきりと伝わってくる。


『こえぇよこの女!!完全に捕食者の目してんぞ!!』


「……はぁ……それじゃあ、弟子ってことで」


 軽く手を上げて制止する。


「…わかりました」と、明らかに機嫌が悪くなるシュナ。


「もしかして、婚約者とかいるんですか?」

「…いや、そうじゃないけど…。けど…一応、王女様の護衛として今は雇われていて…あくまで臨時の教師だし…」と、何とか自分を下げて言葉を繕ってみるが、彼女には響いていないようだった。


 けど、まぁ…彼女が戦力になるならそりゃ助かるっていうか…。


「では、これから色々とよろしくお願いします。師匠」というと、そのまま居なくなるのであった。


『ありゃ、恋人って話も絶対諦めてねーな。モテモテじゃねーか、せんせーw』


 …だろうな。

おいおい、そういう色恋沙汰をしている時間は俺にはないんだがな…。と、思わずベッドに寝転ぶ。


 足音が遠ざかり——完全に消えた。

静寂。


「……はぁ」


 思わず深くため息をついた。


『いやぁ、面白ぇことになってきたなぁ?』

「他人事だと思って楽しんでんじゃねぇ」

『だってよぉ、あの氷の女王がお前にだけは心を許してるみたいじゃねーか。役得生かさねーと一生童貞だぞw』とか煽られる。


 童貞ね…。


「……」


 この世界で自分の子孫を残すとか全く考えてこなかったが…。

そういう人生もありかもしれないなとそんなことを考えていた。


『で?どうすんだよ』

「何が?」

『そりゃ、王女様とあの女王だよ。どっちにするか…いや、どっちも取るってのもあるかもな』とか、ゲスなことを言ってくる。


「ここで求められてるのは普通に教師をやることと…それと、近く迫る戦争に向けての戦力強化だ」

『戦争ねぇ…人間はいつまで経っても懲りないな。人は理性的とか倫理的とかいうくせに失敗から何も学びやしない。自称、神の傑作の人間様には恐れ入るよ。それじゃあ、私は寝る』というと、ぷつんとラプラスとの接続が切れる。


「……面倒なことになったな」


 そう呟きながら、ゆっくりと体を起こす。


 いつまでも寝ているわけにはいかない。

仮にも教師だ。


「さて……仕事するか」


 ⸻


 アカデミア・ルミナス、実践訓練場。

広大な石造りのフィールドには、すでに数十人の生徒が集まっていた。


 今日の授業は、最上級生を対象とした実践魔法演習。

担当教師の補佐として、俺も参加することになっている。


 担当教師の男——中年の火属性魔法師が腕を組んで立っていた。


「すみません、少し体調が悪くて…」と、謝罪しつつ教室に入る。


「ふん……模擬戦の件は聞いている。少しはやるようだが、調子に乗るなよ」


 ……相変わらず歓迎されてないな。


「今日は基礎連携の確認だ。お前は後方から見て、適宜指導しろ」

「了解です」


 軽く返事をして、生徒たちの方へ視線を向ける。

その中に——いた。


 無表情。

そして、真っ直ぐこちらを見つめる視線。

…シュナだ。


「……」


 じっと、見ている。

逸らさない。


 うわ、ガン見じゃん。怖ぇぇぇ。


「……」

「それでは、二人一組で組め!前衛と後衛に分かれて、模擬戦形式で行う!」


 教師の号令で、生徒たちが動き出す。


 ペアを組み、距離を取り、魔力を練り始める。


 その中で、シュナは——

まっすぐ、こっちに向かって歩いてきた。


「……おい」


 思わず声が漏れる。

彼女はそのまま俺の前で止まった。


「……師匠、お手合わせをお願いします」

「いや…今は授業中だから。これは生徒同士の手合わせだから」


 周囲の視線が一斉に集まる。


 ざわつき。

ひそひそ声。


 “氷の女王”が、教師に自分から話しかけている。

それだけで異常事態であった。


「……誰と組めばいいですか」

「普通に空いているクラスメイトと組め」


 即答する。

しかし——


「……でも、師匠と」

「却下」

「……では、見ていてください」


 そう言って、近くの男子生徒の方へ歩いていく。

選ばれた男子が、露骨にビビっているのが分かる。


「よ、よろしく……お願いします」

「……」


 無言。

そして——開始の合図。


 一瞬で、地面が一瞬で氷に覆われ、相手の足元を拘束する。

反応する間もなく、氷の槍が首元で止まっていた。


「……終わり」


 静かな声。

数秒。

それだけで、勝負は決着していた。


「ひっ……」

「……次」


 淡々と倒していくシュナ。

そして——ちらりとこっちを見る。


「……」


 完全に、“評価待ち”の目だ。

ため息を一つつき、俺は歩み寄る。


「……悪くない。無駄がないな」

「……はい」と、少し頬を赤くする。


 ほんの少しだけ、空気が柔らぐ。

……分かりやすいな、こいつ。


「ただし、殺意が強すぎる。これはただの訓練だってことを忘れるな」

「……加減は、苦手です」

「それも必要な技術だ」


 そう言うと、彼女は小さく頷いた。


 その様子を、周囲の生徒たちが呆然と見ている。

あの“氷の女王”が、素直に指導を受けているんだからな。


「……平穏な学園生活は、無理そうだな」


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