終結と弟子入り
——ざわり、と。
意識の奥底で、何かが軋むような音がした。
冷たい水の中からゆっくりと浮かび上がるような感覚。
遠くで誰かが呼んでいる。
「……先生、起きてください」
かすれた声。
不安と焦りが滲んでいる。
「……先生……!お願いです、目を……」
その声が、徐々に近づいてくる。
重たい瞼を、ゆっくりと持ち上げた。
「……っは……」
肺に空気が流れ込むと同時に、焼けるような痛みが走る。
視界がぼやける。
焦点が合うまでに数秒かかった。
そこには白い天井があった。
そして、その下に——今にも泣き出しそうな顔をしたレオンがいた。
それから辺りを見渡し、どうやら保健室に運ばれたようだと理解する。
「…レオン…大丈夫か?」
喉がひどく乾いていた。
「僕は大丈夫です…それより先生…の方こそ…心配しました」
レオンは安堵したように息を吐く。
「よかった……本当に……戻ってこないかと……」
肩が小刻みに揺れていた。
……あぁ、そうか。
あれだけの戦いだ。
あくまで精神世界での戦いであり、肉体には一切のダメージはないものの、死んでいてもおかしくないような戦いであったのは間違いなかった。
「……あれからどれくらい経った」
「……半日、くらいです。先生、ずっと意識がなくて……」
…半日か。
あの状態からして、数日は寝込むかと思っていたが……まあ、俺も大概おかしい側の人間らしい。
ゆっくりと腕に力を入れ、上体を起こす。
大丈夫じゃないが、寝ている場合でもない。
まずは結果を確認しなければ。
「……ラプラスはどうなった?」
その一言で、レオンの表情が強張る。
「……それが……僕の中にはもう居ないみたいです」
「…え?」
——その時だった。
『……はぁ。やっと起きたかよ、クソ先生』
頭の奥に、直接響く声。
鼓膜ではなく、意識に触れてくる感覚。
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
聞き覚えがあるどころの話じゃない。
ついさっきまで殺し合っていた相手の声だ。
「……おいおい、マジかよ」
思わず乾いた笑いが漏れる。
『何笑ってんだ。気色悪ぃぞ』
間違いない。
その声はまさにラプラスの悪魔、そのものだった。
「……レオン。この声、聞こえてるか?」
「……声?何のでしょうか?」
レオンは小さく首を傾げた。
『ちっ……状況から察しろよ。てめぇが勝ったからテメェの中にぶち込まれたんだよ。これで見事、私の能力も自在に使えるようになったってわけだ。いよいよ、人外の域に到達したわけだ』と、嘲笑してくる。
しかし、中にいてわかるが明らかに——弱っている。
「……なるほどな」
息を整えながら、ゆっくりと分析する。
「どうやら、奴は俺の中に移ったらしい」
「移った?つまり、先生の中に入ったということでしょうか?」
「そうらしいな。こうなるとは…思わなかったが」
『ったく、ふざけた話だ。人間如きに2度も負けることになるとはな』
「てことで、レオン…これでお前は晴れて自由の身ということだ」
「…そう…なんですね。けど…だとしたら…ちょっとおかしいことがあるんですが」
「おかしいこと?」
すると、レオンが魔力を練る。
それは膨大かつ制御された力であった。
「…もしかして…魔力が落ちてないのか?」
「…そう…みたいなんです」
なるほど…。
つまり器として与えられた魔力であったがために、ラプラスがいなくなっても魔力はそのままになるということなのか…。
極めて自然な魔力の流れ。
「……良かったな。過程がどうであれ、今のその力はお前のものだ。どう使うかはゆっくり考えればいい」
『……チッ』
すると、ラプラスが不機嫌そうに舌打ちする。
『あいつにはあんな魔力、扱いきれねーよ』とかなんか言ってくるが無視をする。
「…僕に扱い切れるでしょうか」
「大丈夫だ。俺がいるだろ?」
すると、レオンが、驚いたようにこちらを見る。
「お前はもう一人じゃない」
そう言うと、ほんの少しだけ目を逸らした。
しかし、しっかりとした意思でこちらを見つめた。
今までの自信なさげな少年の姿はもうなかった。
そうして、会話をしていると、保健室の扉が開く音がした。
それから足音が聞こえてきて、カーテンを勝手に開けられる。
そこに立っていたのはシュナであった。
「…なんで保健室で寝てるんですか?」と、開口一番そう聞かれた。
「あー…いやー…」と言い淀んでいると、レオンを見るとキッと睨む。
「し、失礼します!!」と、レオンがそそくさと居なくなると2人きりになる。
「…えっーと…何の用かな?」
「…私を…弟子にしてください」と言われるのであった。




