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17年間実力を隠してスローライフを謳歌してたが、うっかり王女様を助けてから勝手に成り上がり人生が始まった  作者: 田中 又雄


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ラプラスの悪魔

 レオン=ヴァルハラの意識の奥底——それは、暗く、冷たい空間だった。


 俺はレオンの体の中に「入った」瞬間、足元がふわりと浮くような感覚を覚えた。


 周囲は真っ暗な闇に包まれ、地面は鏡のように滑らかな黒い氷で覆われていた。


 天井は見えず、遠くに無数の星のような光点が浮かんでいる。


 空気は重く、冷たく、息をするだけで肺が凍りつくような冷気が満ちていた。


 ここは、ラプラスの悪魔が作り出した精神領域。

彼女の「世界」だ。


 俺はゆっくりと息を吐き、魔力を体に巡らせた。


 封印を全て解除し、風と雷の力を微かに纏う。


 闇の奥から、少女の声が響いた。


「くくくく……ようやく来たな」


 声の主が姿を現した。

黒髪をツインテールにまとめ、オレンジ色の瞳が不気味に輝く少女。


 黒いドレスをまとった小さな体は、まるで人形のように可愛らしい。


 しかし、その笑みは冷たく、生意気な性格が滲み出る。


 ラプラスの悪魔。

彼女は俺の前にゆっくりと浮かび上がり、足を組んで宙に座った。


 創作物でしか知らない存在、ラプラスの悪魔…。

さて、どうやって倒そうか。


「偉く随分と堂々としてるじゃないか。ここは私が作り出した精神世界。つまり私の都合の良いように出来ている。敗北はすでに確定していると思うが…それでも飛び込んできた勇気だけは認めよう」と、上から目線でそんなことを言ってくる。


 俺は静かに彼女を見据えた。


「ラプラスの悪魔…ね。全ての事象における未来予知ができる存在…だったか」

「さよう。つまり、お前の攻撃は当たることがない」

「そりゃ困ったな」


 ラプラスはくすくすと笑った。


「困った…ではなく詰みだと思うが?」

「あんたが俺の知るラプラスの悪魔だとしたら攻略法はある」


 すると、左頬を引き攣らせる。


「…攻略だと?」


 そして、彼女は指をパチンと鳴らした。


 瞬間、空間全体が変化した。

黒い氷の地面から無数の氷の棘が突き上がり、俺を囲むように迫ってくる。


 天井から氷の結晶が雨のように降り注ぎ、風を切り裂く音が響く。


 空気が一瞬で極寒に変わり、息をするだけで肺が焼けるような冷気が俺を襲った。


 これはつまり彼女の領域——真魔顕域ということか。

常時発動型なんて聞いたことがないが、悪魔にそこら辺の常識を求めても意味はないだろう。


「この黒い氷には触れないことをお勧めするぞ」

「…そりゃどうも」


 俺は即座に風の壁を展開した。

風刃が黒氷の棘をオートで次々と切り裂き、破片が爆発的に飛び散る。


「器用なやつじゃな」

「そりゃどうも」


 しかし、地面から新たな棘が無限に生え、俺の足元を狙う。


「くっ……!」


 一本の棘が俺の左腕をかすめ、鋭い痛みが走った。


 血が滴り、冷気が傷口に染み込んで、魔力がわずかに乱れる。


 これはただの痛みじゃない。

彼女の冷気が、俺の魔力の流れを直接凍らせようとしている。

魔氷毒…か。


 魔物だけが使える毒。

人間にだけ有効な猛毒であり、ある一定のレベルに達すると使えるようになるとか、そんな文献を見たことがある。


 ラプラスは宙に浮いたまま、足をぶらぶらさせながら笑った。


「ほらほら、もっと頑張れ。口先だけの若輩者の先生よ。くくく……」


 彼女は右手を軽く振り上げた。


 次の瞬間、俺の周囲の空間が一気に黒く凍結した。


 空気そのものが氷の牢獄となり、動きを封じ込めようとする。


 俺の体が一瞬硬直し、風の壁が砕け散る。


 痛みが全身を襲った。

冷気が皮膚を切り裂き、魔力を根こそぎ凍らせようとする。


 俺は歯を食いしばり、魔力を高めた。

しかし、左腕の傷が深く、魔力が乱れ、息が荒くなる。


 ラプラスは楽しそうに笑う。


「今ので死なぬか!!」


 彼女は更に左手を軽く振った。


 今度は、俺の足元から巨大な氷の触手が無数に伸びてくる。


 触手は鋼のように硬く、冷気を帯び、俺の体を絡め取ろうとする。


 一本が俺の右足を掴み、冷気が骨まで染み込んでいく。


 痛みが脳を突き刺した。

青白い稲妻が触手を焼き払うが、触手は次から次へと再生してくる。


 ラプラスはまだ余裕の笑みを浮かべていた。


「ふふん、まだまだだ!!」と、まるで魔力が無制限であるかのように大技をどんどんと打ちまくる。


 チート能力も大概にしろ!


 一瞬の隙をつき、俺も攻撃を行うが、残念ながらあっさりと躱される。


「…攻略法とやらはお目にかかることなく、終わりそうだな」

「言ってくれるな…」


 彼女は右手を握りしめ、領域を最大出力に高めた。


 空間全体が極寒の黒氷の世界と化し、俺の黄金の渦を飲み込もうとする。

冷気が全身を刺し、魔力が凍りつきそうになる。


 痛みが激しくなった。

左腕の傷が深く、血が滴り落ちる。

視界が少しぼやける。


 やべ…このままじゃ…マジで負ける…。


「…真魔顕域」


 風雷の渦をさらに集中させ、ラプラスの領域を上書きするように押し返す。


 黄金の光が氷の海を切り裂き、雷の光が黒氷の結晶を次々と蒸発させる。


 ラプラスが、初めて本気の笑みを浮かべた。


「…へぇ、使えるんだ。けど、その程度が攻略法だとしたら興醒めだな。それが尽きたら終わりなのじゃろ?防戦一方で、攻撃は当たらない。それだけの技も何の意味もない」


 彼女は両手を広げ、領域を極限まで強化した。


「…知ってるか?俺の前世にはラプラスの悪魔は存在しないことが証明されたんだぜ」


 その瞬間、俺は雷属性を発動させる。


 しかし、それは的外れな方向に飛んでいく。


「何してる?そんな適当に打ったところで…」


 そんな言葉を無視して、俺は次々に雷魔法を乱発する。


「いつまでそんなことを」と、その瞬間、彼女の頬に傷がつく。


「なっ!?」と、頬を抑える。


「…ラプラスの悪魔は俺の前世では存在を否定されていた。量子力学によるとミクロな現象は原理的に確定できず、確率的にしか分からないからだ。だから、全てを計算し、未来全て予測でいるというのは正確じゃない。あんたは今まで見て来たものを自動で計算し、それを基に予測しているだけに過ぎない。魔法が生まれた瞬間から魔法を目にして来た悪魔なんだから…ほぼ完全に予測できるというのは間違いない。けどな…全ての魔法の構築をランダムにして、自らにも当たる可能性があるランダム性を加えた俺の魔法はあんたにも予測ができない」


 その瞬間、発生位置もその魔力量も方向もめちゃくちゃな雷魔法が彼女に直撃する。


「なっ!?!?…て、てめぇ!!」

「…さて、反撃開始だ」

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