エルザの護衛
王宮の病室は、朝の柔らかな光に包まれていた。
重厚な天蓋のベッドに、ヘンリック=クラム王はゆっくりと上体を起こした。
土気色だった顔に血色が戻り、髭の影がくっきりと浮かぶ。
侍医たちが息を詰めて見守る中、王は初めて俺の顔をまっすぐ見た。
それから侍医たちが空気を読んで、そのまま部屋を後にする。
「……不服だが」
低い、枯れた声だった。
王は唇を歪め、苦々しげに言葉を続けた。
「リグゼ……私はお前のおかげで生き延びた。感謝する。…しかし、だからと言って特別扱いする気はない」と、そう告げた。
「…はい。ここに置いてもらえるだけで自分は十分ですから」
「…そうか」
「では、自分はこれで…」と、静かに頭を下げた。
「待て」と、呼び止められる。
王は深く息を吐き、視線を窓の外へ移した。
王都の朝焼けが、遠くの塔を金色に染めている。
「…私は近々、王座を降りる」
2人きりの部屋でそう言われた。
王の声は静かだったが、決意に満ちていた。
「私の体はもう長くは持つまい。だからこそ、玉座は娘たちに譲ろうと思っている」
「…そう…ですか。でも、なぜそれを自分に?」
「…さぁの。ただの気まぐれだ。娘たちにも後に伝えるつもりだ」
王位継承戦争——
これから、血で血を洗う争いが本格的に始まることは間違いなかった。
◇
翌日の夜。
ラルフ様の部屋で、王位継承とそれぞれの陣営の動き、また作戦の会議を行なっていると、扉がノックされた。
「…どちら様ですか?」というと、「私よ、私」と、エルザ様の声が聞こえる。
「…なんのご用ですか?」
「随分と嫌われたものね。とりあえず開けなさい」と、言われて仕方なく扉を開ける。
金髪を優雅に流し、赤いネグレジェをまとった彼女が、いつもの冷たい微笑みを浮かべていた。
「少し話があるの」
エルザは俺を一瞥し、静かに言った。
「ミリアと手を組むつもりだったけど……やめたわ。とりあえず、あなたと手を組んであげる。まずは王位を巡る戦い……一緒にミリアを倒しましょう」
俺は即座に警戒した。
これは…明らかにこちらの情報をミリアに情報を流すための動き。
つまりは二重スパイ。
だが…そうなれば多少なりともこちらも情報を引き出せる。
ミリア様の動きを知るためには、仕方なく乗るしかない。
「…いいでしょう」と、俺がラルフ様の代わりに返答するとラルフ様が驚いた顔でこちらを見る。
「あら、護衛が主人の意向も聞かずに勝手に決めて言いわけ?」
「…はい。そちらこそ、いいんですか?スパイがバレたら大変なことになりますけど」
「そんなドジは踏まないわ。それに…私が疑わしいというなら、魔法で破れぬ誓いを立てるといいわ」と、堂々とそんなことを言ってくる。
誰がどうみてもおかしい。
わざわざそんなことを言ってくるなんて、怪しいにも程がある。
「だとしたら…怪しいと思っている相手から差し出された案に乗ることは愚策だと思いますが」
エルザ様は満足げに笑った。
「確かにそうね。いい警戒心だと思うわ。けど…私にもメリットがないわけじゃない。私には今、側近がいないのよ。身を守る確実な術がないということ。ということで、私と手を組む代わりに私の護衛も頼みたいの」
「…まぁ…そうですね。それが本当であれば構いません」
こうして、俺は二人の王女の護衛を同時に担うことになった。
表面上は協力関係。
裏では、二重スパイの綱引きが始まっていた。
◇
そんな探り合いが続く中。
エルザ様の私室は、赤い灯りに包まれていた。
ラルフ様だけでなく、2人の護衛ということで、疲労が蓄積していた。
彼女は大きな天蓋付きベッドに横たわり、静かに眠っていた。
金髪が枕に広がり、胸が上下に穏やかに揺れる。
はぁ…めんどいなとそう思っていると、その静寂を、突然の気配が破った。
窓の外から黒い影が滑り込む。
短剣を握った暗殺者が、窓の鍵と魔法の結界を破ると部屋に入ってくる。
短剣がエルザ様の首筋に向かって振り下ろされる。
その瞬間、その手首を抑えて、そのまま取り押さえる。
有無を言わさずに風の刃が暗殺者の腕を切り飛ばし、短剣が床に転がる。
しかし、暗殺者は気にせず即座に反撃してくる。
痛覚を…消してるのか。
炎の魔法を放ちながら短剣を拾い直し、俺に突進してきた。
風の盾で炎を弾きながら体術で距離を詰めた。
肘打ちが暗殺者の顎を砕き、続けて雷撃を胸に叩き込む。
暗殺者の体が痙攣し、床に崩れ落ちた。
部屋に焦げ臭い煙が広がる。
すると、エルザ様はベッドから飛び起き、目を大きく見開いていた。
「な、何!?誰!?」と、慌てながらベッドから飛び降りる。
彼女の瞳に、初めて本気の動揺と—— 熱い光が宿っていた。
…俺の注意を引くための演技とも思えない。
だとしたら、本当に刺客?
まぁ、ミリア様からすりゃ消したいのはエルザ様なのは間違いないが。
「…とりあえず、情報を吐かせます」と、魔法で麻痺をさせようとすると、躊躇せずに舌を噛みちぎる。
「っち!」と、治癒の魔法をかけるも、治癒が行われない。
てことは、既にここにくる前に自死の魔法をかけて魔力などを挙げていたことを悟る。
そう言いながら、ひとまず「自分から離れないでください」と言うと、俺の腕に抱きついてくるエルザ様。
その腕は…震えていた。
「さてと…どうしたもんかな」




