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17年間実力を隠してスローライフを謳歌してたが、うっかり王女様を助けてから勝手に成り上がり人生が始まった  作者: 田中 又雄


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12/21

闇に葬られる

 ルビルの死体は、城の地下安置室に移されていた。


 石造りの冷たい部屋に、松明の炎が揺れる。

俺とラルフ様、そしてヴァルド騎士団長が立ち会う中、侍医が死体を丁寧に調べていた。


 ルビルの首には、深い切り傷が一本だけ走っていた。


 血だまりは床に広がり、すでに乾き始めている。

傍らには、血に塗れた短剣が落ちていた——明らかに自殺に見せかけるための凶器だ。


 侍医がため息をつきながら報告した。


「…自殺ですね。首動脈を自分で切ったような傷……凶器も本人の手が届く位置に落ちていましたし」


 ラルフ様は唇を噛み、青い瞳を伏せた。


「……本当に?」


 すると、エルザは腕を組み偉そうにこう呟く。


「誰がどう見ても自殺でしょ?何の疑いがあるの?」


 それからミリアがつぶやいた。


「いえ、自殺というにはいくつかおかしな点があります」と、まさかのこちら側に寄り添う発言をしてくるミリア。


 俺は死体に近づき、傷口をじっくり観察した。

まず、最初に気になったのは「凶器」そのものだった。


「待ってください。まず、この短剣はどこから入手したものですか?ルビルは手を拘束されていたんですよ?こんな短剣は昨日まであそこになかった…」


 俺は短剣を拾い上げ、侍医に示した。


「それにルビルは左利きです。この傷は右から左へ、斜め上から斬り下ろした角度。左利きの人間が自分で首を切るなら、もっと自然な左から右への水平か、せめて下から上への軌道になるはずです。この傷は……誰かが後ろから、または上から力を加えて斬ったものにしか見えない」


 侍医の顔がわずかに変わった。

…もしかしてこの人も既に息のかかった…。


「確かに……自殺でこの角度は不自然ですね」と、仕方ない感じで同意した。


 俺はさらに血の飛び散り方を指でなぞった。


「血の飛び方もおかしい。動脈を切った場合、自殺なら血は前方に勢いよく噴き出すはずです。

でもこの飛び散り方は……被害者が立ったまま、後ろから斬られたときに壁に飛び散るパターンに近い。つまり、誰かがルビルを立たせた状態で斬り、死体を倒して凶器を置いた——自殺に見せかけた可能性が高い」


 部屋に重い沈黙が落ちた。

ラルフ様が小さく息を飲んだ。


「つまり…ルビルは殺された」


 俺はゆっくりと頷いた。


「誰かが殺したか、少なくとも自殺を装った。 そして、この血の飛び散り方から見て、ルビルは抵抗すらできなかった……おそらく睡眠薬か、何かで動けなくされた後です」


 …しかし…なんだこの雑なやり方は。

まるで自殺を装ったことをわざとバラしているような…そんなやり方。


 エルザ…がやったのならまぁ確かに納得できる。

適当にやって証拠は後で適当にでっち上げようとか考えていた…というのが一番自然な考え方だった。


 しかし、何か引っ掛かる。

しかし——


「それで?探偵気取りの護衛さん。結局犯人は誰なわけ?」と、飽きたように興味のないように呟いた。


 …この状況で自分が犯人と疑われていると全く気付いていない?

演技にしてはあまりにも違和感がない。

一体…なにがどうなってる?


 ヴァルドが低く唸った。


「つまり……犯人はわからぬまま、ということか」


 俺は静かに頷いた。


「現時点ではそうです。自殺偽装の可能性は極めて高いですが、誰がやったのか——までは。証拠が足りない以上、誰かを疑っても仕方ないかと」


 ラルフ様は拳を握りしめ、静かに言った。


「……収束させるしかないのね。表向きは『自殺』として……」


 安置室の空気が、さらに重くなった。

そう、これ以上、王国の揺らぎを国民や他国に知られるのはまずい。


 ルビルの死は、こうして「自殺」として内々に処理されることになった。


 王宮の公式発表は翌朝に出され、城下町の噂も徐々に収まっていった。


 しかし——

その日の夜遅く。



 ◇


 訓練場の暗い一角で、ぼんやりと外を眺めていると、背後から気配を感じる。


 咄嗟に手に持っていた木剣を強化して、振りかざすと鍔迫り合いが起こる。


「…ヴァルドさん!?」と、驚くと「完全な奇襲でさえ、一本も取らせてもらえないとは本当に計り知れないな」と、剣をしまう。


「…急にどうされたんですか?」

「いや、ここ最近色々起きすぎているからな。少し君と話してみたくて」


 彼の声は低く、英雄らしい威圧感があった。


「ルビルの死は自殺じゃない。俺も同じ結論に達した。決定的証拠がない以上、王宮もこれ以上動けない…が、これで終わるとも思えない。君は誰が犯人だと思ってる?」とそう聞かれた。


 とはいえ、俺は別にヴァルドさんを信用しているわけではない。

だからこそ、取り繕った答えを述べる。


「…証拠がない以上、誰か1人を疑うというのは危険かと。分かっているのは自分とラルフ様は犯人ではないということ…だけですかね」


 すると、少しため息を吐いてから「建前ではなく、本音を聞いたのだがね」と言われた。


「だとしたら、そちらから本音を言っていただけると助かります。誰が犯人だと思っていますか?」

「ミリア様だ」と、ほぼ迷わずそう回答した。


「…なぜ?」

「理由はいくつかある…が。端的にいうと、もっともこういうことをやりそうな人物だから、という色眼鏡が大きいかもな」と、呟いた。


 ヴァルドは剣の柄に手を置き、俺を真っ直ぐに見つめた。


「…そうですか」

「君の意見は?」

「…ミリア様だと思ってます」

「…ほう?それはなぜ?」

「理由はいくつかありますが…多分、ヴァルド様と似たような感じです。しかし、誰まで息がかかっているかも分かりませんから」と、俺は立ち上がる。


「…そうだな。その通りだ。私はこれからミリア様の動きを監視する。騎士団の権限で、彼女の私室や行動を調べようと思っている。どうだ?私と手を組まないか?」


 俺は少し間を置いて、静かに答えた。


「…わかりました。協力します。ただし、ラルフ様の護衛を最優先にすることはお忘れずに」


 ヴァルドは小さく頷いた。


「もちろんだ」


 訓練場の松明が、二人を長く影で伸ばしていた。


 ミリアの監視が始まる。

 表向きは「自殺」で収束した事件は、しかし、水面下で静かに動き始めていた。


 王宮の夜は、まだ長かった。

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