闇に葬られる
ルビルの死体は、城の地下安置室に移されていた。
石造りの冷たい部屋に、松明の炎が揺れる。
俺とラルフ様、そしてヴァルド騎士団長が立ち会う中、侍医が死体を丁寧に調べていた。
ルビルの首には、深い切り傷が一本だけ走っていた。
血だまりは床に広がり、すでに乾き始めている。
傍らには、血に塗れた短剣が落ちていた——明らかに自殺に見せかけるための凶器だ。
侍医がため息をつきながら報告した。
「…自殺ですね。首動脈を自分で切ったような傷……凶器も本人の手が届く位置に落ちていましたし」
ラルフ様は唇を噛み、青い瞳を伏せた。
「……本当に?」
すると、エルザは腕を組み偉そうにこう呟く。
「誰がどう見ても自殺でしょ?何の疑いがあるの?」
それからミリアがつぶやいた。
「いえ、自殺というにはいくつかおかしな点があります」と、まさかのこちら側に寄り添う発言をしてくるミリア。
俺は死体に近づき、傷口をじっくり観察した。
まず、最初に気になったのは「凶器」そのものだった。
「待ってください。まず、この短剣はどこから入手したものですか?ルビルは手を拘束されていたんですよ?こんな短剣は昨日まであそこになかった…」
俺は短剣を拾い上げ、侍医に示した。
「それにルビルは左利きです。この傷は右から左へ、斜め上から斬り下ろした角度。左利きの人間が自分で首を切るなら、もっと自然な左から右への水平か、せめて下から上への軌道になるはずです。この傷は……誰かが後ろから、または上から力を加えて斬ったものにしか見えない」
侍医の顔がわずかに変わった。
…もしかしてこの人も既に息のかかった…。
「確かに……自殺でこの角度は不自然ですね」と、仕方ない感じで同意した。
俺はさらに血の飛び散り方を指でなぞった。
「血の飛び方もおかしい。動脈を切った場合、自殺なら血は前方に勢いよく噴き出すはずです。
でもこの飛び散り方は……被害者が立ったまま、後ろから斬られたときに壁に飛び散るパターンに近い。つまり、誰かがルビルを立たせた状態で斬り、死体を倒して凶器を置いた——自殺に見せかけた可能性が高い」
部屋に重い沈黙が落ちた。
ラルフ様が小さく息を飲んだ。
「つまり…ルビルは殺された」
俺はゆっくりと頷いた。
「誰かが殺したか、少なくとも自殺を装った。 そして、この血の飛び散り方から見て、ルビルは抵抗すらできなかった……おそらく睡眠薬か、何かで動けなくされた後です」
…しかし…なんだこの雑なやり方は。
まるで自殺を装ったことをわざとバラしているような…そんなやり方。
エルザ…がやったのならまぁ確かに納得できる。
適当にやって証拠は後で適当にでっち上げようとか考えていた…というのが一番自然な考え方だった。
しかし、何か引っ掛かる。
しかし——
「それで?探偵気取りの護衛さん。結局犯人は誰なわけ?」と、飽きたように興味のないように呟いた。
…この状況で自分が犯人と疑われていると全く気付いていない?
演技にしてはあまりにも違和感がない。
一体…なにがどうなってる?
ヴァルドが低く唸った。
「つまり……犯人はわからぬまま、ということか」
俺は静かに頷いた。
「現時点ではそうです。自殺偽装の可能性は極めて高いですが、誰がやったのか——までは。証拠が足りない以上、誰かを疑っても仕方ないかと」
ラルフ様は拳を握りしめ、静かに言った。
「……収束させるしかないのね。表向きは『自殺』として……」
安置室の空気が、さらに重くなった。
そう、これ以上、王国の揺らぎを国民や他国に知られるのはまずい。
ルビルの死は、こうして「自殺」として内々に処理されることになった。
王宮の公式発表は翌朝に出され、城下町の噂も徐々に収まっていった。
しかし——
その日の夜遅く。
◇
訓練場の暗い一角で、ぼんやりと外を眺めていると、背後から気配を感じる。
咄嗟に手に持っていた木剣を強化して、振りかざすと鍔迫り合いが起こる。
「…ヴァルドさん!?」と、驚くと「完全な奇襲でさえ、一本も取らせてもらえないとは本当に計り知れないな」と、剣をしまう。
「…急にどうされたんですか?」
「いや、ここ最近色々起きすぎているからな。少し君と話してみたくて」
彼の声は低く、英雄らしい威圧感があった。
「ルビルの死は自殺じゃない。俺も同じ結論に達した。決定的証拠がない以上、王宮もこれ以上動けない…が、これで終わるとも思えない。君は誰が犯人だと思ってる?」とそう聞かれた。
とはいえ、俺は別にヴァルドさんを信用しているわけではない。
だからこそ、取り繕った答えを述べる。
「…証拠がない以上、誰か1人を疑うというのは危険かと。分かっているのは自分とラルフ様は犯人ではないということ…だけですかね」
すると、少しため息を吐いてから「建前ではなく、本音を聞いたのだがね」と言われた。
「だとしたら、そちらから本音を言っていただけると助かります。誰が犯人だと思っていますか?」
「ミリア様だ」と、ほぼ迷わずそう回答した。
「…なぜ?」
「理由はいくつかある…が。端的にいうと、もっともこういうことをやりそうな人物だから、という色眼鏡が大きいかもな」と、呟いた。
ヴァルドは剣の柄に手を置き、俺を真っ直ぐに見つめた。
「…そうですか」
「君の意見は?」
「…ミリア様だと思ってます」
「…ほう?それはなぜ?」
「理由はいくつかありますが…多分、ヴァルド様と似たような感じです。しかし、誰まで息がかかっているかも分かりませんから」と、俺は立ち上がる。
「…そうだな。その通りだ。私はこれからミリア様の動きを監視する。騎士団の権限で、彼女の私室や行動を調べようと思っている。どうだ?私と手を組まないか?」
俺は少し間を置いて、静かに答えた。
「…わかりました。協力します。ただし、ラルフ様の護衛を最優先にすることはお忘れずに」
ヴァルドは小さく頷いた。
「もちろんだ」
訓練場の松明が、二人を長く影で伸ばしていた。
ミリアの監視が始まる。
表向きは「自殺」で収束した事件は、しかし、水面下で静かに動き始めていた。
王宮の夜は、まだ長かった。




