その3-2 精霊祭
カイゼルの言う泉にはすぐにたどり着いた。森の中なのだが、人の手が入っているのか陰気な印象はまるでない。辺りは爽やかな木々の空気に満たされている。きらきらと輝く木漏れ日が美しい。風と共に鳴る葉のざわめきは、まるでその森自身が静かに歌っているかのようだ。
特に泉のほとりにある巨木には目が引かれてしまう。恐らくずっと昔から、泉と共にあの街を見守って来ているのだろう。
だが、すぐそこにあるはずの肝心の泉は人の背中に阻まれてしまって良く見えない。街を出る時点でほとんど最後尾になっていたのがいけなかったようだ。
「えー…。これじゃあ何も見えないじゃないか。せっかく来たのに」
ディオは思わず不満を漏らした。
「いや、ここでも十分に精霊は見えるはずだぞ。…まあ、泉から出て来るところを直接見ることは出来ないかもしれないけれど……。」
「それじゃあ嫌だ。全部見たい」
「子供みたいなこと言うなよな…。」
カイゼルは呆れたように言うが、目を奪われるような光景なのだと道中でディオを焚き付けて来たのは彼の方なのだ。街を出るときは「せっかくだから」、といった程度だったのだが、今はもう初めて見るものに対する好奇心もあって落ち着かずそわそわしている。
「いつになったら始まるんだ?」
「すぐだと思うぞ。ただ泉を突っつくだけだからな」
その時、泉のすぐそばを陣取っている集団から大きな笑い声が上がった。なんとなく見覚えのある姿が多い事から、どうやらあの中心にサンがいるらしい。
「なんか盛り上がっているな…。時間掛かりそうじゃないか? あの様子だと」
「うーん…。あの子が外から来てくれたからって、みんなはしゃいじゃっているのかもな…。魔法使いなんてみんなダーレスで見慣れているだろうに…。」
「…ん? あっ! もしかしてこの街には魔法使いがいるのか!」
カイゼルはぽろっと、ディオ達にとっては大事な話を口にした。
「ん? どうかしたのか? そんなに食い付いて。まあ確かに、今時こんな田舎に住んでいる魔法使いなんて珍しいのかもしれないけれど…。」
ディオの跳ね上がるような反応に、訳を知らないカイゼルは不思議そうな顔をしている。
「実は俺たち、変わった魔法とかを探しているんだ! それで、そのためにはまず魔法使いを探すのが一番だってサンの話だからな!」
「ほーん? …あれ? そういや、今日はあいつのこと見掛けてないな…。…まあ、あいつ、町医者みたいなこともやっているから急患でも入ったのかもしれないけれど」
胸を躍らせているディオの様子からか、カイゼルは辺りを見回してくれたのだが、その魔法使いの姿はやはり見つからなかったらしい。
「む、むう…、そっか…。」
少しでも話せればと思っていたのでちょっと残念だ。
「まあ、あいつがそういった魔法にどこまで詳しいのかなんてオレには分からないんだけどな? あ、でもあいつの家、薬草を取るのに便利だからってこっちの森の方にあるんだよ。この泉からもすぐ近くだし、なんだったら連れて行ってやろうか?」
「む、むむむ…!」
さらに気を遣ってくれたのか、非常にありがたい申し出までしてくれたのだがディオは返答に窮した。家まで訪ねるとなると、魔法について門外漢な自分だけではどうしたって力不足だ。サンの力が必須になって来る。
「う、うーん…。いや…。やっぱり今はいいや」
今はその魔法使いについて知ることが出来ただけで十分だ。まずはサンにこのことをちゃんと伝えた方が良いだろう。
「やっぱり今は精霊だ。そっちの方が見てみたい」
「ああ、やっぱりその方が良いだろうな。せっかくの祭りなんだ」
そう言いつつも、ディオの子供っぽい言い方にカイゼルは笑っている。
「わたしも見てみたいの!」
「うおっ!」
その時突然足元から上がった幼くとも大きな声に、ディオは驚いて飛び上がった。
下を見てみると、いつの間にやって来たのか、さっきの少女がこちらを見上げながらにこにこ笑っている。
「げっ」
「えへへ」
年は五歳くらいなのだろうか。ディオが自分の方を向いてくれた、それだけのことでも嬉しくてたまらないかのように、にっこりと笑う彼女の表情はあどけなくてとてもかわいらしい。
さっき嫌なこと言われたと思っているディオの態度とは正反対だ。
「だからお兄ちゃん! かたぐるまして! なんにも見えないの!」
だが彼女はそんなディオの様子なんて気にも留めていない。
「な、なんだよ? 俺だって何にも見えないんだよ。それでも精霊は見えるって話なんだし、お前も大人しく我慢しろ」
「…さっきまでお前だって同じこと言っていたくせに…。」
「ぐ…!」
小さなカイゼルの呟きだったが、十分にディオの急所を突く一言だった。
「かたぐるま! かたぐるま!」
その子も諦める様子はなく、今度はディオの足元でぴょんぴょん跳ねている。
「む、ぐ、ぐ…! や、ヤダ!」
しかしディオはむしろ意固地になって、どれほど大人げないと誹りを受けようと構うものかと開き直り、その子と同じくらいムキになって言い切った。
「かたぐるま!」
「ヤダ!」
「もー…、こんな小さい子相手に本気になってケンカするなよな? こっちおいで。オレが肩車してあげるから」
同じやり取りを何度も繰り返す二人に、見かねたらしいカイゼルがその子の前でしゃがんだ。しかしその子はディオの足にしがみつくと、キッとした目を彼へと向けた。
「やだ! お兄ちゃんの方がかっこういいもん!」
「え、ええー…」
あどけない、かわいらしい少女に真っ向から拒絶されるのはなかなか堪えるものがあるようだ。辺りに暗い影が見えるほどに沈んでいる。
「ふふん。まあ、そこまで言うなら仕方ないなあ」
反対に、その一言でディオはころっと機嫌を直すと、にこにこしたまま彼女の目の前で屈んであげた。
「えへへ」
その子もまたにこにこ笑うと、ディオの頭に抱き着くようにして肩に乗っかった。
「よーし! ちゃんと掴まっておけよ?」
「うん!」
元気な答えを聞いてディオはすっくと立ち上がった。その子はよっぽど嬉しいのか、甘えるようにぴったりとくっついている。
「どうだ? これで見えそうか?」
「うーん…。あんまり」
しかしその答えはあまり芳しくない。それに結局のところ、これではディオも何も見えないままだ。
「よーし! それじゃあやっぱり移動だな!」
「うん! わっ! あはは!」
ディオが一歩を踏み出すと、その揺れに驚きつつも楽しむような笑い声が上がった。
「あんまり割り込みとかはするなよー」
まだ元気のないカイゼルの言葉を背中で聞きながら、二人はその場を後にした。
「名前はなんて言うんだ?」
泉を囲んでいる人々の後ろを歩きながらディオはその肩の上の子に尋ねた。
「わたしクリス! お兄ちゃんは?」
「ディオだ」
「んふふ、ディオ」
ディオの名前を呼ぶと、クリスはくすぐったそうにして、またディオの頭にしがみつくようにして甘えてきた。
「ははっ、なんだよ」
「んふふっ」
クリスは何も答えずに、ただ抱き付いて嬉しそうに笑っている。懐かれた理由はよく分からないが、ここまで来るとディオだってまんざらでもない。
そうこうしている内に、目指していた大樹の下までやって来た。近くまで来るとそれは圧倒されるほどの大きさだ。枝の一つ一つが他の木の幹ほどに太くたくましい。青く苔むしたその幹に手を触れて耳を澄ませば、胸の鼓動のように水のせせらぎさえ感じられそうだ。
「この上からなら全部見えるだろ。クリスは木登り得意か?」
「うん! 大好き!」
肩のクリスを抱き上げて手頃な枝に乗せると、ディオが何も言わない内にそのままするする上へと登り始めた。特に心配する必要は無さそうだ。
「うん! 見える! ぜんぶ見えるよ!」
適当な大きな木の枝の上に立ったクリスはこちらを向いて教えてくれた。
「よーし」
ディオもすぐ後に続き、クリスのすぐ下の枝に腰を下ろした。
そこからは、真っ青な空を映す鏡のような、そして透き通った泉が全て一望できた。
「――あっ、あっち! さっきのお姉ちゃん!」
「おっ! サンだな!」
ディオもすぐにクリスの指さした方へと目を向けた。サンはここからでも緊張していることがよく分かる。そしてその脇には、なぜか剣を両手で掲げるように持っている一人の男がいた。カイゼルはただ泉をつつくだけだと言っていたが、どうも少し話とずれがありそうだ。
「……あれ…? なんだかあの剣、見覚えがあるような……。」
ディオがぽつりと言葉を漏らしたちょうどその時、サンが泉へと一歩踏み出した。そして彼女は目を閉じ、静かに祈りを捧げた。その瞬間、あたりを爽やかな風が辺りを吹き抜けた。あまりにも清涼なその風は、ディオの頭からたった今考えていたことさえも連れ去ってしまった。
さっきまでがやがやと騒がしかったのが嘘のように、耳が痛くなるほどの張りつめた静けさが辺りを包んだ。一瞬で空気が一変したことを誰もが感じていた。
サンの隣にいた街の男は屈むと、手にしていた剣を横にして泉に捧げるように浮かべ、支えていた両手をそっと引き抜いた。剣はゆっくりと、まるで泉の中心へと吸い込まれるように沈んで行く。
しかし不思議なことにその泉は全く揺らぐことも無い。波立たず、ただその剣を受け入れた。泉は先程までと全く同じ、張りつめた鏡のような輝きを保っている。辺りの木々を映す水面に阻まれて、その剣の姿はすぐに見えなくなってしまった。
再び静寂が辺りを包むと、泉の奥底から白く柔らかい光の玉が湧き出て来た。あたかも境界なんて無いかのようにそれはするりと水面をも越えて、泉の上にまで浮かび上がって来る。
それは昼間の太陽に照らされている中だというのに、それ自体は強い光を放っているわけでも無いというのに、なぜか自然と目が引きつけられる。
初めて目にするディオにもすぐに分かった。
間違いなくあれが精霊と呼ばれているものだろう。
初めはその光も泉の上をふわふわと漂っているだけだったのだが、次第に高く浮き上がり、そのまま風の中を舞う綿毛のようにどこまでも空高く昇って行った。
そのまま空へと連れて行かれた視線はしかし、またすぐに泉へと奪われた。
さっきまで何の色も持たない鏡のようだった泉が、濃く深い紺色へと姿を変えている。そしてそこには無数の小さな光が散りばめられていた。まるで果てなどない満点の星空のような光景がそこには広がっている。
突然、その無限の光たちは空へと昇り始めた。次から次へと、尽きることなく。
それは最初に現れたあの儚げな光とは違った。まるで自ら意思を持つかの如く、どれもが力強く空へと翔け上がっていく。
あたかも自由を求めるかのように高く空へと飛び立って行く光たちはさらに密度を増し続け、隙間などどこにも無くなり一つと全体の見分けがつかなくなると、それはいつしか果てなく空へと伸び行く光り輝く大樹となっていた。
その大樹の木の葉のように、空へと昇り切った光たちが大地にゆっくりと舞い降り始めた。その白雪のような優しい光は、人に触れると弾けるように砕けてしまう。だが、より強い輝きをもって人々を光で包んで行く。
今や大地にまできらめきが散りばめられていた。
特に神子であるサンは光を一身に集め、まるで光り輝く衣を羽織っているかのようだった。
いつの間にか、風にそよぐ梢の声、人の息遣い、ありとあらゆる音が戻って来た。
皆その事に気が付いたのか、小さな話し声が行き交うようになり、それは集っていつしか大きな歓声へと変化していた。
「すっごーい!」
「おおっ! すごいな! これは!」
泉から溢れ出す光は未だに止まることが無い。次々と新しく湧き上がって来ているようだ。
「お姉ちゃんもすごいよ! ねえ! きれいだよね!」
クリスはまた大はしゃぎでサンを見て言った。
サンの方はみんなが喜んでくれている事にどこかほっとしたような、柔らかい笑顔を周りの人々に見せている。間違いなくこの瞬間誰よりも特別なところにいるというのに、その優しい笑顔は隔たりのようなものを全く感じさせない。それはさっきの緊張した真面目な表情よりもどこか彼女らしく思えると同時に、なぜかディオには面白かった。
だが、これで彼女の神子としての役割は終わりらしい。
「ね! お姉ちゃんもきれいだったよね!」
「んっ! う、うーん…。」
もう一度声を掛けられたことに驚いてふと我に返ったディオだが、その後の返事には言葉を濁した。例えサンがここにいる訳では無くとも、これに頷くのはなんだか気恥ずかしい。
「えへへ」
ディオが言葉に詰まっていると、なぜかクリスがにこにこ笑い始めた。
「な、なんだよ…。」
クリスが何かを言ったわけではないのだが、なぜかディオは不穏な気配を感じ取った。クリスはなぜかディオと、離れたところにいるサンを交互に見比べている。
「んふふっ」
クリスはくすぐったそうな笑い方をすると、するする樹を降りて来た。
「お姉ちゃんにおしえてあげるんだー。えへへ」
ディオの脇を降りていく時ににこにこしながら彼女はそんなことを口にすると、地面に降り立った瞬間から一気にサンの方へと駆け出した。
「ま、待て! なにするつもりだ!」
ディオも慌てて木から飛び降り、クリスの後を追った。
走っている間にも精霊と呼ばれる光は際限なく泉から湧き出し、人々に降り注いでいく。多くの人がそれに見入っていて、気が早いものはもう座り込んで酒の用意をしている。この後はここで酒盛りでもするのだろう。
役目を終えたサンはその中から少し離れた所に座ってその光を見上げていた。彼女を包んでいた精霊たちの輝きも、今はもう空気の中に溶け込んだようだった。
「お姉ちゃん! あのね、ディオはね、お姉ちゃんのことがね――。」
クリスがサンの前に飛び出した。
「な、何を言おうとしてるんだ! お前は!」
間一髪でクリスの後ろに滑り込むとディオはその口を抑えた。手の下でクリスがふごふご言っている。何をたくらんでいたのかは知らないが、ろくでもないことを言おうとしていたことだけは間違いない。
突然の事でサンは目を丸くしていたが、すぐにディオだと気が付いて立ち上がった。
「あ、あの、ディオさん…、さっきはごめんなさい…。」
「ん? なにがだ?」
いきなり謝られたが、ディオは何を言われているのか分からなかった。
「え、えっと、その…。さっきは私も頭に血が上っちゃっていて…。」
「…ああ、うん。…いや、俺も少し調子に乗り過ぎたから…。」
言い難そうなサンの様子を見て、やっと広場の事を言っているのだとディオにも分かった。
「…サンも大変だったな」
勝手に口を衝いて労うような言葉が出て来てしまった。クリスのたくらみは防げたはずなのに、しっかりとこっちの調子はおかしくなってしまったらしい。
「う、あ、その…。あ、ありがとうございます…。…えへへ」
サンの方も何を言えば良いのか分からないかのように少し戸惑った様子を見せたが、その後には照れくさそうに笑っていた。
「む、むう…。」
こんな風にくすぐったそうにはにかまれると、こちらもこれから何を言えば良いのか本当に分からなくなってしまう。さっきの緊張を含んでいた非常に真面目そうな堅い表情とのギャップもあって、正直ちょっとどぎまぎしてしまう。
だが、これで仲直りはちゃんと出来たかもしれない。
「んふふ、やっぱりそうなんだ…。」
口を塞いでいた手をかわして、クリスは嬉しそうに、にこにこ笑いながらディオの足をつついて来る。
「うぐ…! な、なんだよ…。べ、別に普通のやり取りだっただろ?」
油断して非常にまずい場面を見られてしまったような気がするのだが、認める訳にもいかずクリスの柔らかい頬をつまんだ。くすぐったそうに身をよじりながらも嬉しそうだ。
「ふふっ、仲良しですね?」
「クリスだ。なぜかさっき懐かれた」
サンはこちらの様子を見て笑みを零した。彼女はそのままクリスと目線の高さを合わせるように屈んだのだが、なぜか当のクリスは慌ててディオの足の影に隠れてしまった。
「…なんで俺には遠慮が無い癖に、サンには人見知りしているんだよ」
「だ、だって…。」
さっきは自分から話しかけようとしていたのに、立場が逆になると勝手が違うのか緊張してしまうらしい。
「私はサン。よろしくね、クリスちゃん」
「う、うん」
隠れたまま頭だけを影から出して、はにかみながらクリスは頷いた。
その姿が余計にかわいらしく見えるのかサンは楽しそうに笑っている。
「あ、クリスちゃん、すぐ後ろに精霊が来ているよ?」
「えっ!」
クリスはすぐに振り返った。ディオもそちらを見てみれば、あの光の玉がふわふわと浮いている。
「…さわってもへいき?」
どこかおずおずとクリスはサンに尋ねた。
「うん、もちろん」
サンが笑い掛けると、クリスも嬉しそうににっこりと笑ってその光に飛びついた。クリスの指がわずかに触れたその瞬間、それはいくつもの小さな光に砕け散り、そのまばゆさの中に三人を包んでいく。
「あちちちちっ」
散らばった光にきゃっきゃっと喜んでいるクリスの脇で、突然ディオの手に熱が奔った。
手の甲を見てみると、どこかで引っ掛けでもしたのか小さな切り傷がある。しかしそれは見ている内に、まるでもともと傷などなかったかのようにあっという間に消えてしまった。
「おおっ! なんだ今の!」
「この光には治癒効果があるらしいですから、その影響かもしれませんね」
ディオの手を診ながらサンが口にした。
「そう言えばそんな事をカイゼルから聞いたような気もするな」
「だけど、ディオさんダメですよ? 小さな傷でもちゃんと手当をしておかないと…。」
「そんなこといつもしていないから大丈夫だ」
「余計ダメじゃないですか、もう…。」
何の理由にもならないディオの言い訳にサンは呆れている。
「わたしも見る!」
「はいはい」
せがむクリスにも見えるようにディオは手を下げた。もう傷痕も残っていないのだが、クリスは何か見つかりはしないかと熱心にディオの手をもみしだいている。
「そういえば、なんか思っていたより儀式っぽい感じだったな。ただ泉を突っつくだけって話を聞いていたんだけど」
クリスが大人しい間にサンに尋ねてみた。
「いつもだったらそうやって精霊を呼び出すらしいんですけれど、今回はお祭りの景品があったそうなので、それを使おうって事になったみたいです。なんでも、『こういう方が様になるから』とか…。」
「…ほんとうに適当だな、この街のやつら…。」
ディオがそう思うのだから相当なものがある。
「ただ、泉に捨てるような形になっても良くないから、後で引き上げるそうですけれどね。誰かのところに一日くらい飾らせてあげよう、とか皆さんお話しされていたんですけれど…。」
「あー…。じゃあ、たぶんカイゼルの所だな。そのくらいの埋め合わせはしてやろうって事かもしれない」
「え? お知り合いなんですか?」
「いや、知り合ったと言ってもついさっきのことなんだけどな。ほら、街の方で俺と向かい合っていた相手がいただろ?」
「ご、ごめんなさい、その…。」
「あ、いや、別にそういうつもりで言った訳じゃ…。」
夢中になっていてその時のサンには周りの様子など全く目に入っていなかったのだろう。しかし調子が狂ってしまっているディオは謝られてもそれにうまく返せなかった。いつもだったらここからからかう方向へと転じることも出来るはずなのに、意味も無くまごついてしまう。
「この光って何なんだ?」
このまま変に狼狽えてしまわないためにもディオは話題を変えることにした。
「精霊とか呼ばれているらしいけれど、そういった生き物みたいなものでは無いだろ?」
「えっと、たぶん魔力の塊のようなものですね。私も初めて見るので自信は無いんですけれど、この泉には辺りの魔力を集める力があるんだと思います。ある程度の魔力がたまると、ちょっとしたきっかけで蓄えられていた分が一気に噴き出してくるのかと。だけど、傷を治す力のあるところを見ると、魔力というよりも生命力と言った方がしっくり来ますね」
「ふーん?」
分かったような、分からないような、といった所だ。
「お姉ちゃんすごい!」
しかしクリスの目には特別に映ったようだ。もうディオの手をこするのには飽きたらしく、放り出すと、目を輝かせたままサンへと駆け寄った。
「ふふっ、そんなことないよ」
「ううん! すごいもん! さっきもかっこうよかったもん!」
さっきまで恥ずかしがっていたのが嘘のように、今度は一気にサンへと抱き付いた。
「わっ、…ふふっ」
一瞬おどろいたようだったがサンはすぐに目を細めると、クリスの頭を撫ぜ始めた。クリスも大人しくされるがままになっている。さっきのディオの時といい、なかなか甘え上手だ。
「ディオさん、この後はどうしましょうか?」
サンはクリスを撫ぜる手を止めることなく口にした。
「うーん、そうだな。このままここにいても酒盛りが始まるだけだろうし、俺達は街に戻るとするか。宿もまだ取っていないからな」
「あ、それでしたら――。」
「お姉ちゃんたち、もうかえっちゃうの?」
サンにしがみついたままクリスは顔を上げて、寂しそうな表情を見せた。
「うん。クリスちゃんも街に戻るでしょ?」
「ううん。わたしのおうち、こっちなの」
そう言ってクリスは街とは反対方向の、森の奥を指差した。
「え?」
「うーん、じゃあ、わたしもかえるね。またね!」
サンの疑問の声は聞こえなかったようで、クリスはそう告げると現れた時と同様の唐突さで指差した方向へと走り去り、人々の向こう側へ、そして木々の向こう側へと消えてしまった。
「クリスちゃんって街の子じゃないんですか?」
サンがディオの方へと振り返った。
「もしかしたら行商の子供じゃないか? きっと祭りに合わせて来ているんだろ。宿代も馬鹿にはならないだろうし」
「ああ、なるほど。…また会えると良いですね」
ディオは笑った。
わずかなやり取りでしかなかったが、サンも随分とクリスの事が気に入ったらしい。
「ま、クリスとはまたすぐに会えるだろ。どうやら俺たちもこの街に残る用事が出来たみたいだしな。この街には魔法使いがいるって話聞いたか?」
ディオがその話を振ると、どこか特別な大人びた雰囲気を纏った彼女から、ころころと変わる豊かな表情を持ついつもの彼女へと戻っていた。
「あっ! そうなんですよ! それ、私も聞きました! しかも今回神子をやったお礼って事で宿屋の方が紹介してくるそうなんです! しかも、宿泊代もただで良いって!」
「おおっ、最高じゃないか! じゃあまずはその宿屋だな! 明日から早速本格的に始動だ!」
ディオの記憶に残っていないところで腰に下げていたはずの剣がいつの間にか姿を消している。だが、そうそう悪いことばかり重なるはずはないのだ。金銭面が苦しくても宿を取ることも出来たし幸先は良い。話はとんとん拍子で進んで行きそうだ。
明くる日の宿屋にて。
「えっ…。お二人連れだったのですか?」
「え?」




