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それは冒瀆的な物語  作者: たく
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その3-1 着いた街はお祭り中

 乗合馬車はその目指していた街にたどり着いた。

 日はまだ高い。だが、これでもうあの騎士たちと会うことも無いだろう。

「お疲れさま。もうお祭りは始まっているみたいだね。もしかすると佳境かな?」

 馬車を降りたところで御者のダンスが教えてくれた。

「おっ。今日はちょうどお祭りなのか」

「うん。精霊祭って言って結構盛大にやるんだ。あれ? 知らなかったかい? あの道を歩いていたから、てっきりここに向かっているものだとばかり思っていたんだけれど」

「ああ、あれはたまたまみたいなものなんだ。歩くのも面倒くさくなってきたから乗せてもらっただけで。でも良いタイミングで来られたみたいだな。どこから見てくれば面白いか知らないか?」

「それならこの道を真っ直ぐ行って中央広場まで行けば良いよ。今回の主役を決めているんじゃないかな。それが終わったらみんな泉の方に移動するだろうから、それまではそこで時間を潰しておくのが一番だと思う」

 そう言うとダンスはこの街の中心を貫く太い石畳の道を示した。その先では人の背中が壁のようになってぎっしりと並んでいる。どうやらその奥に皆が夢中になっているものがあるようだ。

「おし、分かった。乗せてくれてありがとな」

「ううん、こちらこそ。それじゃあ、またうちの馬車を使ってね」

 そうしてダンスはその場を去って行った。馬車を停める所はまたどこか別の場所にあるようだ。

「よし! じゃあ早速見に行くとするか!」

 思いがけず良いタイミングで街に着いた事にディオは胸を躍らせた。何だか面白い事がたくさん見つかりそうな気がする。しかし声を掛けた彼女からは何の返事も無かった。

「サン?」

 振り返ってみると、彼女はフードを被って、どんよりと暗い気配を纏って俯いている。まだ先程自身が口にしてしまったことを引きずっているらしい。

 それを見ていると、ディオの意地悪な心が再びむくりと首をもたげた。

「まあ、そんな落ち込むなよ、ぷくく、妖精」

 軽いジャブのつもりだったが、自分の笑い声抑えるのが難しい。しかし、サンの方は沈んだまま顔を上げてもくれない。

「仕方ないなあ、じゃあ少しでも早く本物の妖精になれるように良いものをやろう」

 ディオはちらっと目を奔らせて見つけたたんぽぽを二つむしって来ると、勝手にサンのフードを払って彼女の髪に突き刺した。

 ぽよんぽよんと、たんぽぽは綿毛を飛ばしながら触覚のように揺れている。

「うひゃひゃひゃひゃひゃっ! 似合うじゃないか! よーし! 今度は背中に羽根を付けてやろう! そのローブにハチミツでも塗っておけば蝶々でも集まって来るんじゃないか? それでお花畑を飛び回って来いよ! 精霊祭とか言うのの主役はお前で決まりだな!」

 指さしながらげらげらとディオは腹を抱えて笑っていた、が――

 バチイッ、という音と共にたんぽぽは粉々に砕けて弾け飛んだ。青い、尋常では無い炎を上げてその欠片たちは地面の上でめらめらと燃えている。

 サンはそれらに目をくれることも無く懐から小さな棒を取り出した。かと思うと、それは独りでにむくむくと大きくなり、ディオの剣と比べても遜色がないほどの立派な杖になった。

 きっ、とした目でサンはようやく顔を上げた。同時にその杖は鈍く、まがまがしい光を纏った。身体中からは鬼気迫るほどの怒気を発している。

 調子に乗り過ぎた、鈍いディオでもすぐさまそれを悟った。

「ふ、ふーん。その杖ってそうやってしまっていたのか」

「本当は、魔法使いだって一目で分かるようにしておけば誰にも絡まれないで済むと思っていたんですけれどね…!」

 話を変えて誤魔化そうとしたのだが、うまくいきそうな気配がまるで無い。

「よし! じゃあ祭りを見に行くとするか!」

 すぐさま打つ手が無くなり、話しの流れをぶった切るようにして背中を向けた。

「なに逃げようとしているんですか!」

 後ろから大声が聞こえた瞬間、ディオは一気に駆け出した。サンもすぐ後ろから追い掛けて来る。

 二人はそのまま一緒になって人の波の中へと駆け込んで行った。

 広場の中心に近づくにつれて、歓声と怒声のようなものがディオの耳に届いた。ただ出店が並んでいるだけのような平和なお祭りでは無いらしい。増して来た人の密度に前へ進むどころか、身動きを取ることさえすぐさま困難になって来た。目の前に立ち塞がった男の背中が巨大な岩石のようにびくともしてくれない。

 後ろを振り返ると人ごみの隙間からサンの影がちらりと見えた。小柄な分、こちらよりも多少は自由に動けるらしい。こちらの足は止まってしまっているのに距離は徐々に詰められている。

 このままではさっきのたんぽぽと同じような末路を辿ることになりかねない。

「んもー! 邪魔だぞー!」

「いでっ!」

 げしっ、と八つ当たり気味に目の前の男に足蹴を入れると、彼はバランスを崩して膝をついた。

「おっ! ちょうどいいな!」

 それを見てディオの頭には名案が浮かび、ちょうど手ごろな位置まで下がって来てくれた男の肩に手を掛けた。

「え、あ、いででででっ!」

 そして彼を踏み台にしてそのままよじ登った。足元からは踏みつけられている男の悲鳴が聞こえる。

 そんな事は意にも介さずに、見通しの良くなった視界でもう一度後ろへ振り返ってみた。呆気に取られた人々の顔と、その中から自分の方へと杖を向けているサンの姿が見えた。

「おおっ! まずい、まずい!」

 足場がぺちゃんこに潰れてしまう前に、ディオはさらに次の一歩を踏み出した。

「ふぎゃあっ!」

 次の踏み台にされた男から悲鳴が上がると同時に、さっきまでディオのいた位置を魔法の閃光が奔った。

「お、おおっ、間一髪だったな」

 ぐらぐらと揺れながら人の上でバランスをとっていると、外れてくれた魔法が空へと吸い込まれていくのが目に映った。

「こ、この…! 何だ、お前は! 降りろよ!」

「そうですよ! ディオさん、何やっているんですか! 危ないですよ!」

 下からはディオの足を掴んで引きずり下ろそうとする男の怒鳴り声が、すぐ後ろからは少し位置を変えて杖を構えなおしているサンの声が聞こえて来た。

「サンには言われたくないぞ! 魔法なんか使って! 人がこんだけいるのに! だからこっちに逃げて来たのに!」

 その男の上でしゃがみ、彼の手を振り払いながら、ディオはくるりと後ろへと向き直った。

「ぎゃああああ! ねじるんじゃない! 早くどけ!」

「だからディオさんにしか当たらないようにしているじゃないですか! そのままじっとしていて下さいよ!」

 ディオは元から人の事などおかまいなしだが、今はサンもディオ以外は眼中に無いらしい。足元の男には一瞥もくれることなく、ディオの事を睨んだまま彼女の杖が再び光を纏った。

「や、やめろって! もー!」

 ディオはすぐさまさらに奥へと飛び移った。

 そのままの勢いでさらに次へ、次へと足を踏み出していく。同時に悲鳴も上がっていくが、後ろからはサンの魔法が続々と飛んで来る。じっとしてなどいられない。

「よっ、ほっ、せっ!」

 木琴を叩いていくがごとく叫び声と怒鳴り声を奏でながら広場の中央へと進んでいくと、突然に人のいない、開けた空間が一歩先に現れた。

「おおっと! こっちはまずい! サンに捕まる!」

 慌てて方向転換しようと一瞬動きが鈍ったのがいけなかった。その隙を正確に狙ったサンの魔法が背中に直撃した。

「ふぎゃっ!」

 今までの逃走劇もむなしく、そのままぼてりとディオはその広場に落っこちた。

「お、おおっ…、な、なんだ…? なんか視界がぐるぐるするぞ…。」

 ふらふらしながらディオは立ち上がったのだが、地面がまるでシーソーのようにぐらぐら揺れている。この広場を囲む人々が真っすぐ立っていられることが不思議なほどだ。

「おっ! おおっ! まさか君、それは酔拳か!」

 すぐ近くにいた一人の男がきらきらと目を輝かせながらはしゃいで口にした。

「な、なんだよー…。でかい声出すなよー…。うう、頭にひびく…。」

 ディオはなんとか答えたが、正直なところその彼が何を言っているのか、うまく意味を取ることも出来ていない。

「よーし! これならカイゼルに勝てそうだ! 決めた! 僕は君に賭けるよ! な、君強いんだろう?」

 しかし彼はディオの様子など気にも掛けずに声を張り上げた。

「…ん、お? そ、そうだぞー? ちょーつよいんだからな? …ん? な、なんのはなしだ?」

 ディオははっきりしない頭ともつれる舌で訳も分からず口にした。

「大丈夫、大丈夫! 飛び入りでも問題ないから! ほら、あっちにでっかいやつがいるだろう? あれをやっつければ勝ちだ! 勝った方が今年の神子、祭りの主役だよ!」

 ざっくりとした説明と共に彼が指さした方にはがたいの良い大男がいる。

「はははっ! ゲイル、そいつはただの飲み過ぎだろ! 立っているのもやっとじゃないか! どう見ても戦えないだろ!」

 神子がなんなのかは別にして、今やっているのはケンカ祭りらしい。が、混乱中のディオの頭ではよく事態が呑み込めない。

「うるさいぞカイゼル! こっちの切り札を馬鹿にするな!」

「…ん? そ、そうだぞー! バカにするなあっ!」

 しかしさっきの彼が言い返してくれたおかげで悪口を言われたのだとは分かり、ほとんど訳も分からないままディオは怪しい呂律で乗っかった。

「カイゼル、負けるんじゃねえぞ! お前に一年分の小遣い全部を賭けているんだからな!」

「勝つに決まっているだろうが! 任せておけ!」

「カイゼル! カイゼル!」

 その大男と観客たちのやり取りは自然と彼の名を繰り返すコールに変わっていた。誰もが彼の勝利を確信している。

 そしてあたりに満ち満ちた熱気。

 その全てが今までのいきさつなど関係なしにディオの対抗心と闘争心を掻き立てた。

「こんの…! 俺に賭けるなら今のうちだぞー! 賭ける奴は誰かいないのかあっ!」

「ハイ!」

 ふらふらしながら、当のディオ自身何の賭け事なのかも分からないまま、しかしただ負けん気だけで声を張り上げると、さっきの彼が気持ちの良い返事と共に手を上げてくれた。

 だが、さっきまでの熱狂が嘘のように、これほどの人数が集まっているとは思えないほど辺りは静寂に包まれてしまった。

 静けさに押し潰されるように、せっかく上げてくれた彼の手も徐々に下がって来ている。

「う、うぐっ…! な、なら俺自身が賭けてやろうじゃないかあっ!」

 パフォーマンス負けしていることを感じ取ったディオは懐から例の麻袋を取り出すと、広場の中央に投げつけた。

 ぱさっ……、という誰が聞いても悲しくなるような軽い音と共に布切れが転がった。

 ダンスに馬車代を払ってしまったので、実際中身など全く残っていないのだ。

「え、ゴミ…?」

 誰かの小さな呟き声が信じられないほどはっきり聞こえると、そのぼろ雑巾は風に吹かれてカサカサと音を立てながらどこかに飛んで行ってしまった。

 唯一ディオのために上がっていた手も、今やもう完全に下ろされている。

「むぐぐっ……! な、ならこれでどうだっ!」

 ディオは今の所持品の中で唯一価値がありそうな物、腰に携えていた剣を投げつけた。

 がしゃんがしゃん、とやかましい程に大きな音をそれは辺りへと響かせた。

 一拍おいて、今度は歓声が広がった。

「やっぱり君に賭けるよ!」

 さっきの彼がそう言ってくれると、口火を切るように応援する声が連なり始めた。

「オレもそいつに賭けるぞ!」「ええ、ワタシも!」「ぜったい勝てよな!」

 ここまで受けが良いとディオとしても満更でもない。というよりも、実際のところかなりのご満悦だ。

「なははっ! よーし! ちょーつよいところみせてやる!」

 本当に酔っぱらっているかのようにさっきから滑舌も怪しく、その上ふらふらしていても、自信だけはやけにあるとそれっぽく見えるものがあるようだ。やっとケンカ祭りらしいと分かって来たディオがこぶしを構えると、それだけで再び歓声が巻き起こった。

「いいだろう! だが今年の優勝は譲らんぞ!」

 カイゼルもディオに応じるように腕を構えた。

 するとあっという間に、その会場はさっきまでとはまるで違う、多くの期待を乗せたわくわくとした静寂に包まれた。

 二人とも同時に一歩踏み込もうとしたその時、

「もう逃がしませんよ!」

 群衆の中から見覚えのある影が飛び出した。

「ん? …あっ!」

 その瞬間、頭にかかっていた霞が一気に晴れ、ディオは即座に全ての状況を思い出した。だが、自分目掛けて鈍器のように振り下ろされた杖に対しては完全に後れを取ってしまった。とても躱すことなんて出来ず、頭を殴り付けられる寸前で受け止めるのがやっとのことでしかなかった。

「ちょ、ちょっと待て、サン! いま良い所――!」

 最後まで言い切れない内に、頭のすぐ上にある杖が眩い光を放った。

「え、なっ! ふぎぎぎぎぎっ!」

 その瞬間、身体にとんでもない圧が掛かった。杖先のその光は人の事を圧し潰そうとするかのようにぎらぎらと輝いている。少しでも力を抜いてしまえば瞬く間に地面に叩き付けられてしまうだろう。

「おい、サン! 魔法を使うのは汚いぞ!」

「早く謝らないとこのまま潰しちゃいますよ!」

 ディオの言葉には全く耳を貸さずサンは叫んだ。

「俺が一体何を謝らなくちゃいけないって言うんだよ! というかさっき俺に魔法当てただろ! 何であろうとあれでもう差し引きゼロだからな!」

「あんなのただ足止め用ですもん! あのくらいで清算になるわけないじゃないですか! 馬車でのことだってあるのに!」

「言っておくけど俺は何もしてないぞ! 勝手にサンが自爆しただけじゃないか!」

「だってその前からいっぱい意地悪なこと言っていたじゃないですか!」

「それだってもとはと言えばあっさりと俺の事を見捨てた仕返しだからな! 先に非があるのはサンの方だぞ!」

「それを言うなら最初はやっぱりディオさんじゃないですか! トラブルをいっぱい引き連れて! 私の事を巻き込んで!」

「そっちの方だって清算は済んでいるだろ! あのルビーを受け取ったじゃないか! にこにこしながら懐に仕舞い込んでいたくせに!」

「うぐっ…!」

 その点に関しては自分でも苦しい事は分かっているのか、激しい言い合いも一旦止まった。だがディオを押し潰そうとする光はさらに強くなった。

「むぎぎぎっ…! は、反論できないからって暴力に頼るのはズルいぞ!」

「だ、だって、私そんな賄賂みたいなつもりで受け取ってないですもん!」

「それでも報酬だって俺はちゃんと言ったからな! 本当に頭の中まで妖精なんじゃないのか!」

「……っ!」

 ディオの最後の一言で、サンの顔は怒りと共に真っ赤になった。

「ま、待て!」

 ディオの制止はむなしく、サンの杖が放つ光は際限なく強くなっていく。

「はああああっ!」

「みぎゃああああ!」

 ディオはついに、為すすべもなく叩き潰された。

「…あっ! …ど、どうしよう…! ここまでするつもりは…!」

 サンが我に返り光を収めた時、目の前には地面に這いつくばっているディオの姿があった。

「うおおおおおおおっ! すっげえ、今の! 今の魔法だよね!」

 突然、今まで黙って二人に注目していた観客たちが一気に歓声を上げた。

「え? え、え?」

 サンは訳も分からない内に彼等に取り囲まれた。おろおろしているサンとは対照的に、なぜかみんな目をきらきらさせている。

「ねえ! 今の魔法だよね!」

「え、ええ。そ、それはそうなんですけれど…。ご、ごめんなさい、そ、その、ディオさん…? あ、あの…。」

「おおっ! やっぱりそうなのか!」

 サンはディオの方へと行こうとしたのだが、興奮した様子の人達に行く手を阻まれてしまった。

「じゃあ今年の神子役は君で決まりだよ!」

「え、え? なんです? 神子?」

 サンの訳の分からない内に街の人たちが勝手に話を進めていく。

「うん! 君からしたらあのカイゼルなんてただでかいマッチョってだけなんだから!」

「な、なんだとおっ!」

 囲いの向こう側から大きな声が響いて来た。

「うるさいぞ! この子の魔法に絶対に勝てないだろ! お前は!」

 サンの見えないところで誰かが同じように怒鳴り返している。

「いや、あの、ごめんなさい。私、まだこの街に着いたばかりで、このお祭りの事もよく分かっていませんし…。」

「いやいや、大丈夫だって! 神子と言ったってそんな難しいことするわけじゃないんだから!」

 なんだか変なことに再び巻き込まれてしまいそうな気配に気付いてサンは辞退しようとしたのだが、先回りされて逃げ道があっさりと塞がれてしまった。

「それに君ならかわいいから絵になるし!」

「え? あっ! いやいや…!」

 予想もしていなかった一言に思わず頬が緩んでしまったが、慌てて真面目な顔を取り繕った。

「前までは美人コンテストみたいな形でやっていたんだけど、君だったらその点から言っても最高だよ!」

 嬉しそうな顔を見せてしまえば断れなくなることが分かっていても、そこまで言われると正直にやにやしてしまいそうになる。

「やっぱり殴り合いよりも、そういう形の方が良いよなあ」

「うーん、ケンカ祭りも盛り上がるけど、この後の事を考えるとな」

「だけど、メンバーがそうそう変わらないからコンテストは止めたんじゃないか。優勝者は次から参加できないようにしたけれど、そうしたらだんだんと――。」

「…ちょっと? 何が言いたいのかしら?」

「い、いや! 違うんです! あの…!」

 不用意な発言をした男性は引っ張られていくと、女性陣から袋叩きにされている。

「じゃあ一緒に来てよ。神子のお仕事はちょっと離れた場所になるんだ」

「あっ、はい。…あっ!」

 彼等のやり取りに呆気に取られている内に、サンは案の定巻き込まれることになった。

 のそのそと起き上がったディオはその一部始終をすべて見ていた。

「うわあ…。あいつ、とんでもなくちょろいというか、押しに弱いというか…。」

 サンを囲む街の人達はぞろぞろと歩き出すと、かろうじて確認できていた彼女の姿も見えなくなってしまった。しかし、流されるままサンは連れて行かれてしまったことだけは間違いない。

「いつか絶対悪い男に引っ掛かるな、あれは」

 どの口が言うのだろうか。

「お兄ちゃんすごーい!」

 さっきまで騒ぎの中心にいたはずなのにもう皆から忘れ去られてしまったディオの元に、たった一人だけ、真っ白な髪をした小さな女の子がやって来てくれた。とても目立つ彼女のその髪は、日の光を受けて束ねられた絹のようにきらきらと輝いている。

「さっきお姉ちゃんにやっつけられたとき、カエルさんみたいだった! ねえ、またやっつけられて! こんどはダンゴ虫みたいにコロコロころがって! それかお空をとんでいくところが見たい! わたし、カエルさんも虫さんも鳥さんも、みんな大好き!」

「……………。」

 ディオは無言で、そのかわいらしい額にでこぴんを喰らわせた。

「むきゃー!」

 ディオに撃たれた額を抑えて、そのまま嬉しそうにきゃっきゃっ言いながらその子は逃げ去って行った。

「なんなんだよ、今の子ザルは…。」

 まるで意味の分からない追い打ちだ。

「おいおい、あんまり小さい子をいじめるなよ」

 今度はさっきまで相対していたカイゼルがやって来た。サンを囲む集団と言い合っていたのだが、今となってはもう自分の出番は無いと完全に諦めてしまったらしい。

「だって――。」

 ディオは唇をとがらせた。カイゼルの言うことは分かるが、こっちだって言いたいことはある。

「それでもだ」

 しかしディオが何かを言う前にカイゼルに窘められた。

「…そっちだってさっきまで文句言っていたくせに」

「まあ、それは確かにそうなんだけど…。でも、せっかく魔法使いの女の子がこんなところにまで来てくれたんだ。やっぱり神子はあの子の方が適任だろ、オレよりも」

 そのまま言われっぱなしになってしまうのも何だか嫌でディオはぼそっと呟いたのだが、主役の座を奪われてしまったはずなのにカイゼルの方は潔い。

「これからなにするんだ? みんなどこか行くみたいだけど」

 ディオもこだわっていても仕方ないので、その流れのまま彼に尋ねてみた。

「ん? なんだ、さっきのもやっぱり意味も分からずに出ていたのか」

 カイゼルは少し呆れたような顔を見せたが、そのままこの祭りについて簡単に教えてくれた。

 みんなが向かったのは近くの森にある泉だそうだ。その泉は傷を癒す不思議な光を宿しているらしく、そこに選び出した神子を主役に据えてみんなでお祈りをしに行こう、というものらしい。

「どうせ怪我をしてもその泉ですぐ治るんだから、ケンカ祭りも良いんじゃないかってことになったんだ。まあ、それは今年からなんだけど」

「ふーん? 案外新しい祭りなんだな」

「いや、盛り上がるように神子選びの方法がころころ変わるというだけだ。後半はずっと昔からやっているやつだし」

「…なんか神子とかいう割に適当じゃないか?」

「神子、なんて言うと仰々しいけど、実際のところは福男、福女ぐらいの意味しかないからな。泉で見られるものに合わせて格好つけているだけ、みたいなところはあるかもしれない。その光の呼び方も、聖なるって意味の聖霊だったり、泉の精っていう意味の精霊だったりして人によって違ったりするしな」

 ディオからしてもかなり適当に見えるのだからすさまじい。

「ま、そんな名前なんてただの記号みたいなものだから。実際に泉で見られるものが変わるわけじゃないし、なんだって良いんだよ。お前も来るだろ? 本当に良いものなんだぞ」

「おう、もちろん。行く行く。俺も見てみたい」

 いい加減な話ばかりでも、ここまで言われればやはり気になって来るものだ。

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