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それは冒瀆的な物語  作者: たく
6/25

その4 お化け屋敷の探検?

 精霊祭から一夜明けた朝のこと、二人が泊めさせてもらった宿屋にて。

「俺は今、一銭たりとも持っていない!」

 ディオは大声でどうしようもない事を言って開き直った。

「だから金は払わん! さようなら!」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 勢いだけで誤魔化して出て行こうとしたのだが、慌てた店主に扉の前へと回り込まれてしまった。

「ディオさん何言っているんですか!」

 サンまで彼と一緒になって立ち塞がった。

「ダメですよ! これからその魔法使いの方も紹介していただくのに!」

「うぐ…。だ、だって、本当に金なんて持っていないんだからしょうがないじゃないか…。」

 怒られてちょっとだけディオは小さくなったが、その情けない言い分に今度はサンの方が困ってしまっている。

「う…。わ、分かりましたよ…。今回は私が払いますよ…。二人連れだってちゃんと伝えていなかった私が悪いんですし…。」

「お! そっか! ありがとな!」

「い、いや、それは止めておいた方が…!」

 あどけない女の子がダメ男に引っ掛けられている場面にしか見えなかったようだ。人が好いのか、自分の立場まで忘れてしまったらしい宿屋の主人に割って入られてしまった。

「もー、なんだよー。じゃあ俺にどうしろって言うんだよー」

 せっかくの助け船が止められるとディオは拗ねたように口にした。昨日はサンに向かって金なんて要らないと言っていたくせに、ディオは平気でこういう事を言う。

「あっ! 分かったぞ! 俺に皿洗いでもさせようって言うんだな? ふふん。先に言っておくが、そんなの最低でも五枚に一枚は割っちゃう自信があるからな?」

 今度はなぜか自慢げだ。何を自慢しているのかは分からない。

「う、…あ、あの……。仕事とまでは言えないかもしれないんですけれど、その、確かにお願いしたいことがありまして――」

 気が弱そうな顔をした店主のアルベは、滅茶苦茶な仕切り方をするディオ相手にやっとのことで切り出した。

「……その魔法使い、ダーレスの様子をちょっと見て来てほしいのです」

 話題の中心にいる人物は、昨日カイゼルが教えてくれたあの魔法使いだ。彼はアルベにとっても古くからの友人らしい。こちらもまたカイゼルの言っていた通りなのだが、街医者業を営んでおり、森の中に居を構えて独りで暮らしているそうだ。

 だが、ここのところ妙な噂が流れ始めたのだという。

「ダーレスには昔、奥さんと娘さんがいたのです。二人とも病で亡くなってしまったのですけれど、その…、最近になってその娘さんを森の中で見かけたとみんなが言い始めていて…。」

「…えっ」

「おおっ! すごいな! 幽霊か! なんだか魔法っぽい感じだな!」

 凍ったサンとは対照的に、ディオは熱を増した。

「…それが、よく分からないのです。最近はそんな素振りなんて見せなかったのですけれど、やっぱり昔の事とはいえ、こういうものは簡単に忘れられるようなものでもありませんから…。…だから、もしかするとダーレスが何か関わっているんじゃないかと思って…。」

「つまり、その事について俺達に調べて来て欲しいって訳だな!」

「ええ。…ですけど、ただ話を聞いてもらうだけでも十分なのです。私が行っても適当にはぐらかすだけで何も教えてはくれなかったのですが、彼と同じような魔法使いのサンさんが相手だったら何か話してくれるかもしれませんから」

「えっ」

 サンはさらに固まった。自分が事件解決の鍵にされていることがよほど衝撃だったらしい。

「ダーレスの家に、街の方では見かけない女の子が入って行くところを見たという人もいるのです。たぶん、その子が幽霊騒ぎの原因だと思うのですけれど、街の子では無いとなると一体誰なのかが分からなくて…。カイゼルにも不安になって尋ねたんですが、『そんなに心配するような事じゃ無いだろ』と言うだけで……。それにそもそも、お祭り好きのあいつが昨日こっちに来ていないというのもおかしいのに…。」

 アルベは暗い顔で今までの経緯を話した。自分でも色々と調べようとしている所を見るに、本当に大切な友人なのだろう。

「もし、その幽霊の事で何か起きてしまったら、一番に疑われるのはこの辺りで唯一の魔法使いのあいつ自身なのに…。」

「ふふん、分かったぞ。ただで良いってサンに言ったのも、俺にだけ宿代を払えだのと意地悪を言ったのも、全部この話のためだな」

 だが、そんな人の気持ちを汲めるようなディオでも無い。

「うっ…! た、確かに下心はありましたが、本当に二人連れだとは思っていな――。」

「なんだって?」

 ディオがすごんだ。

「……下心がありました」

 アルベが折れた。

「つまり、俺も金を払わなくて良いって事だな?」

「…………はい」

 アルベはかわいそうなほどにしょげ返っているが、サンはさっきから固まったまま動かない。おかげで今のディオはやりたい放題だ。

「なはははっ! よーし! じゃあ、それについては調べて来てやろう! それで宿代はただって事だな!」

「…あ、ありがとうございます……。」

 突破口を確実にものにしたディオが気持ちの良い笑い声と共に引き受けると、アルベは少し複雑な表情をしながらも深々と頭を下げた。

「………えっ」

 サンは置いてきぼりのまま全ての話が決まっていた。



「むふふっ、幽霊か…。どんな奴なのかな? やっぱり半透明だったりするんだろうか?」

「なんでそんなに上機嫌なんですか…。それに、話を聞きに行くだけなんですよ? そもそも幽霊が出るという話自体、怪しいものなのに…。」

 二人は森の中を進み、ダーレスの家を目指していた。

 さっきは動揺して何も出来ないでいたサンも、時間が経つと少し落ち着きを取り戻せていた。だが、その足取りはどうしても重くなってしまう。

「…うーん、まあそこは否定できないんだけれども……。だけど、魔法使いの家なんだから幽霊くらいいてもおかしくないよな?」

「そ、そんなものいるわけがないじゃないですか!」

「なにをそんなにムキになっているんだよ。あ、実はビビっているんだろ?」

「ち、違いますよ! そんなんじゃ…!」

 いくら否定しても動揺してしまったことまでは隠せなかったらしい。ディオは意地悪な、それでいて実に楽しそうな笑みを浮かべていた。彼の方は自分とは違ってさっきからうきうき歩いている。

「だけど、精霊がいるんだから幽霊がいてもおかしくはないだろ?」

「だってあれは霊とついていても、自然現象みたいなものじゃ無いですか! そんな幽霊とは別物ですもん!」

「えー? あ、それなら魔法で幽霊を生み出したのかもしれないな」

「そ、そんなことあるわけが…!」

「ふふん。未知の魔法を探しているくせに。そういうのが出て来てもおかしくないって事は自分が一番分かっているんだろ?」

「う、ぐぐぐ…!」

 幽霊などと言うものを認めたくないサンが必死に言い返すことが、ディオには面白くて堪らないらしい。

 そんな言い合いを続けている内に、ダーレスの住んでいる屋敷まで二人はやって来た。

「あーあ、アルベは廃墟を改修した建物だって言っていたのに…。」

「なんで期待外れみたいに言うんですか、良い事ですよ」

 がっかりしたディオとは対照的にサンは少し元気を取り戻した。

 柵越しの上遠目だが、それでも分かるほどに幽霊屋敷とは程遠いきれいな家だ。二階建ての煉瓦造りで、美しく広い庭がある。怪しげな気配なんて欠片ほどもない。

「せめて屋敷中に蔦が絡まっているぐらいはしていて欲しかった。一部崩落していればなお良し」

「誰が住むんですか、そんな所…。」

 相変わらずディオは訳の分からないことを言っている。

「だってさあ、――ん? ちょっと待った。そこの木の影に隠れろ」

「え? は、はい」

 突然調子の変わったディオにサンは大人しく従った。

「ど、どうかしたんですか?」

 指示通り身を隠し、声を潜めながらサンは尋ねた。

「あの門の脇に人影が見えるだろ?」

 ディオが指さしたそこには、二人がいる方に背を向けて柵に張り付きながら中の様子を伺っている男がいる。

「じゃあ、あれがダーレスさんですかね?」

 木の影から頭だけを出してそちらを見ながらサンは言った。

「いや、あれは柵のこっち側だぞ? 家主ならあんな所で自分の家を覗いていたりはしないだろ」

とりあえず、怪しい人物だという事は間違いない。

「……泥棒?」

 ディオの方へと振り返って、頭を過った不穏な考えと共にぼそっとサンは呟いた。

「なるほど、下見しているのか。周りに人気もない上にでかい屋敷だから狙い目なのかもしれないな。平和そうな街だけれど昨日は祭りだったし、そこに紛れて変な奴がやって来たっていうのは十分にあり得る」

 木の影に隠れながら二人はこそこそと、その男の背後へと近づいた。

「どうしよう…。どこからか中の様子を……」

 空気が澄んでいるおかげなのか、その彼の独り言もよく通る。だがダーレスの家を見つめることに夢中なようで、後ろからそーっと近づいて来るディオとサンの二人にはまるで気付いていない。

「どりゃあ!」

 ディオは突然飛び出すとその彼の頭を蹴り飛ばした。

「ふぎゃあ!」

 柵に頭をぶつけ悲鳴を上げるとその勢いのまま鞠のようにバウンドし、その彼は意識を失って仰向けに倒れてしまった。

「なっ…! ディオさんなにやっているんですか!」

 ディオの暴挙に慌ててサンは飛び出した。

「何って、泥棒退治だよ」

 あっけらかんとディオは言う。

「だってまだ泥棒だと決まったわけでも無いのに…!」

「サンもこいつの独り言を聞いていただろ? 弁明の余地なしの現行犯だ」

「いや、でも…」

 サンはその彼に目を落とした。

 二人よりいくつも年下の、男と言うよりは少年に近いほどのあどけなさをその顔は残していた。顔に張り付いた柵の跡は容赦がないほどに痛々しいが、それを除けば愛らしいとさえ言っても良いような、年相応の面持ちをしている。凶悪さなんてものとはまるで無縁だ。どう見ても泥棒のようには見えない。

 しかし、それ以上に重要な点が目に留まった。

「…ディオさん。この子、鎧を着て、帯剣していますよ…。」

 鎧と言っても小さな胸当てのようなものだが、ただの一般人と見るにはどうしても不自然だ。

「ふーん、強盗とは凶悪犯だな」

「いや、そうじゃなくて、もしかしてまた騎士とかじゃあ…。幽霊の噂を聞きつけてやって来たのかも…。」

「騎士ならだいたい敵みたいなものだから泥棒同様やっつけても大丈夫だ。もし御祓いに来ていたのだとしたら幽霊を見つけたい俺達のライバルだ。だからこの場合もやっぱりやっつけて大丈夫だ」

またディオは滅茶苦茶な事を言っている。そもそも幽霊を探しているわけでも無い。

「でも…」

 サンはもう一度その少年に目を落とそうとしたのだが身体が固まってしまった。少しでも調べてみれば騎士である証拠が簡単に見つかってしまうような直感がある。見て見ぬ振りをしたからと言って状況が好転するわけでは無いとは分かっているものの、出来ればそんな事は知りたくない。

「良い事をすると気持ちが良いな! あはははは!」

 サンはもう泣きたくなって来た。

「よし! 邪魔ものは片付いた事だし、俺達も行くぞ!」

 ディオは何事も無かったかのようにそのまま門を開けて勝手に奥へと進んでいく。鍵は掛かっていなかったようだ。

「今度はなにをやっているんですか! この子の事はどうするつもりなんです!」

「何って、とりあえずダーレスがいるかどうか確かめなくちゃ話にならないだろ? そいつの事は放っておけば良いって。それともサンはそこでそいつが起きるまで見張っているのか?」

 サンは倒れている彼と、ディオが開けてしまった門の間で交互に目を行き交わせた。もちろんどちらも選びたくなんてないのだが、どちらかは選ばなければいけない。

「…ううっ、私も行きます」

 サンは屈んでその子の傷を癒すための魔法を手早く掛けると、ディオの後ろにしぶしぶ続いた。さっきからずっと後ろめたいことばかりだ。こんな時に一人ぼっちになんて絶対されたくない。

 ディオは扉の前までずかずか進むと、ガンガンとドアノッカーをやかましく鳴らした。

だが誰も出て来る気配はない。

「誰もいないみたいですし、早く帰りましょうよ」

 サンはディオの袖をくいくいと引っ張った。さっきから気が気でない。幽霊の話以前のところだというのに、ずっと泣き出してしまいそうな顔を戻せずにいることが自分でも分かる。

「おっ、何だよ。ここも鍵はかかっていないじゃないか」

 そんなこちらの気持ちは無視して、その扉は簡単に開いてしまった。

「う、うう、もうやだ……!」

 ディオの悪事に付き合わされているサンの心はもうすでに限界だ。

「なに泣きべそかいているんだよ? 留守だから良いんだって」

「だ、だってこれじゃあ、本当に泥棒じゃないですか…!」

 零れ落ちそうなほどの涙が目にいっぱい溜まっていたのだが、ぎりぎりのところで何とか堪えた。

「泥棒はあいつ。俺達の方はアルベから頼まれた調査。だから問題ない」

ディオは気絶しているさっきの少年を、次いで自分の事を指差した。

「で、でも、アルベさんに頼まれたのは、ダーレスさんに会ってそれとなく話を聞いて来ることだけなのに…!」

「ダーレスと一度も会ったことのない俺達が、『幽霊と何か関係があるんですか?』と無邪気に質問したところで正直に答えてくれると思うか? 友人のアルベでさえ聞き出せなかったんだぞ?」

「……だ、だけど…!」

「つまり、よそ者の俺達がここでなすべき事は、少々過激な方法を取ってでも真実を明らかにすることだ」

 サンのかすかな抵抗など、その気になってしまっているディオの前では何の意味も持たないらしい。

「もしその女の子がダーレスと関わりがあるのなら、十中八九何かしらの魔法が関わっているはずだ。そうだとしたら、その魔法を一番知りたいのは俺じゃなくてむしろサンの方じゃないのか?」

「う…! そ、それは…!」

 それはサンにとって一番痛い所だった。

 この大きく開け放たれた扉をくぐれば、本当に見たことも無いような素晴らしい世界が広がっているのではないだろうか。辺りに広がる美しく手入れされた庭の様子もあって、確かにそういったイメージが独りでに湧いて来る。だがその一方で、これはあまりにもあからさま過ぎるものに思えてしまうのだ。まるで、この誘惑に釣られてしまった愚か者をそのままぱくんと平らげようと、この屋敷は敢えて大口を開けて待ち構えているだけでしかないように。

 思わずごくりと息を呑んだ。

「よし、納得したな。じゃあ行くぞ」

「いやだ! いやだあっ!」

 一瞬の隙を突かれ、サンはそのままずるずると屋敷の中へ引きずり込まれてしまった。



「うう、う、うううっ」

 ダーレスの屋敷の中でサンはしくしく泣いている。

「そんなに泣くなよ。ちゃんとドアの鍵も閉めたんだ。ダーレスが帰って来ても足止めになるはずだから、見つからない内に逃げ出せるし大丈夫だって」

「ふぐっ、ひぐうっ、うぐううっ」

 ディオの慰め方は逆効果だったらしい。サンの嗚咽はよりひどくなった。

「もう、いったいどうしたんだよ?」

 ディオにはサンの泣いている理由がまるで分からない。

「うう…、私、こんなつもりじゃ…、こんな事をしたかったわけじゃ……。」

 涙を堪えながら、サンは何とか声を絞り出している。

「まだ何にもしてないじゃないか」

 当たり前の事としてディオは言ったのだが、涙で濡れた目をしたサンにギッと睨まれた。

「だ、だって人の家に勝手に上がり込んで、それで何もしていないなんて…! わ、私、こんなことなんて…! ううう…っ……」

 サンは言い返して来たのだが自分の言葉で改めて状況を確認したためなのか、その目からは涙があふれ出し、全て腰砕けになってしまった。

 しかしディオにもサンが泣いている理由がなんとなく分かった。

「確かに人の家に勝手に侵入してはいるが、アルベが困っているって言うからやって来たんだぞ?」

 例えアルベから依頼を受けていなくとも、幽霊の噂を耳にしたら同じようにずかずかとここに入って来ただろうがその事は伏せておいた。ディオにだってそのくらいの事は出来る。

「別に、私利私欲で人の家を荒らしに来たって訳じゃ無いんだからな?」

 ディオとて屋敷が大口を開けて探検してもらうのを待っていたから入って来たのだ。冒険心が中心であって、悪意が入っていないのは本当だ。

「………ぐすっ…はい…」

 サンは鼻をすすりながらも頷いてくれた。

「男が独りで暮らしているにしてはおかしな所が無いか、ざっと見て回るだけなんだ。サンは後ろから付いて来てくれるだけで良い。ただ魔法関連の事は俺には分からないから、その時は協力してくれ」

「…わ、分かりました…。それだけですよ…?」

 完全に納得してくれたとは言い難いが、妥協点だとは認めてくれたようだ。サンはもう一度頷いてくれた。

「よし、じゃあ幽霊探しを始めるとするか」

「……えっ?」

 本題の方は完全に忘れていたらしい。

 そんなこんなで屋敷内の探索が始まった。

 玄関の正面には二階へと続く階段があったが、今はとりあえず一階の部屋を片端から見て行くことにした。ドアを開けて中を覗いては、すぐに次の部屋へと移るのを繰り返していく。サンはその後ろについてとぼとぼと歩いて来るがその顔は俯いたままだ。幽霊も、勝手に上がってしまった家の様子も、出来れば何も目には入れたくないらしい。

 しかし手際よく部屋を回って行ったおかげで、すぐにおかしな部屋を見つける事が出来た。

「おっ! 女の子の部屋か! 大当たりだな!」

 他の部屋と比べてカラフルでかわいらしい棚、子供にも使いやすい小さめのベッド、その上にはもこもこしたクマのぬいぐるみが置かれている。

「あわ、あわわわわわっ…!」

「待て。どこに行くつもりだ」

 それらを見て慌てて逃げ出そうとしたサンの首根っこをディオは引っ掴んだ。

「だ、だだだって幽霊の部屋じゃ…!」

「大丈夫だって、ほら。幽霊がこんな形のあるものを使うかよ」

 手を放せばそのまま逃げ出してしまいそうなので、ディオはそのままずるずるとサンを部屋の中にまで引きずり込んだ。サンは死に物狂いで抵抗しているがそんなこと関係ない。

「放して! 放してよ! やだ! いやだ!」

「…うーん、服のサイズからするとクリスと同じくらいか」

 騒ぐサンを無視して、ディオはちらりと棚の中を調べて呟いた。

「しかしこうなるとやっぱり幽霊とかじゃ無さそうだな…。親戚の女の子がたまたま遊びに来ている、って程度かも知れない」

「うぐぐっ…! え、あっ! じゃ、じゃあ帰りましょうよ! もうお仕事終わりですって!」

 じたばたサンは暴れていたが、ディオの漏らした言葉には鋭く反応した。

「えー、でもこれだけで終わらすのもなあ。もう少し他の部屋も――。」

「幽霊と噂されている女の子がここを出入りしている証拠は掴んだのですから、後はダーレスさんにこの事を尋ねればもうそれだけで万事解決ですよ? ダーレスさんの事を探すためにも一度街に戻りましょう?」

 さっきまで半ばパニック状態だったのが嘘のように、希望を見出したような目ですらすらとサンが弁じた。

「ん? うーん…。まあ、確かにそうか」

 まんまとサンに言いくるめられて部屋を出ると、二人は廊下を戻り玄関の方へと向かった。サンはさっきまでの様子が嘘のように生き生きと先陣を切っている。

 だが二人の先にある、今歩いている廊下に面した扉が独りでに開くのが見えた。

「わ、わわわっ…! あの部屋だってさっき見たのに…! 誰もいなかったのに…! ディオさん…! ディオさん……!」

「見えてるよ。風で勝手に開いたんだろ」

 一転してサンはディオの背中に隠れて前を譲って来る。なんだか子犬みたいだ。

 しかしその扉が開いたのは風のせいでは無かった。

 扉の影から、少女をかたどった人形が姿を現した。ディオ達の膝下くらいの高さしかないそれはとことこと身体を揺らしながら、こちらに目をくれる事も無くディオ達の向かっていた方へと茶道具を持って歩いていく。

「……! ………っ!」

「はいストップー」

 ディオはまた背を向けて逃げ出そうとしたサンのことを捕まえた。

「う、ううっ! もういやだ! 帰りたい! ううっ、うううううっ……!」

 今までかなりギリギリの所で頑張っていたようだが、もう完全に限界を迎えてしまったらしい。子供っぽく駄々をこねたかと思った次の瞬間には、この家に入って来た最初の時の様に嗚咽を漏らし始めた。

「帰るって言ったって、そっちは逆だぞ。あの人形の向かった先が玄関だ」

「え、え? え、あ、じゃあ帰れない…? え、と、閉じ込められた……?」

 涙ぐんだ目で不安そうに見上げられると、さすがにディオの心も少し動かされた。

「大丈夫だって、そんなにビビるなよ。魔法使いの家なんだから人形ぐらい動いて当然だろ?」

「そ、そんなワケないでしょう! いったい魔法使いの事を何だと思っているんですか!」

 慰めたのに怒られた。やっぱりまだまだ大丈夫。もう涙まで引っ込んでいる。

「それよりさっきの人形、ティーカップを運んでいるのが見えたか? どこに持っていったのか追いかけてみるぞ。もしかしたらダーレスが主に使っている部屋にまで連れて行ってくれるかもしれない」

「えっ、え? ていうことは玄関の方に行くんですよね? だったらもう帰れるんじゃ…」

「それは延期だ」

 サンはまた泣き出しそうな顔に戻ったが探索は再開となった。

 さっきの人形は玄関前まで来ると向きを変え、ポットの中身をこぼさないようにしながら器用にぴょんぴょん飛び跳ねて階段を上り始めた。ディオと、玄関の方へと名残惜しそうにちらちら目線を送っていたサンもその後に続いた。

「ちょっとかわいいですね」

 プレッシャーを掛けられ続けた精神が少しでも前向きな事を探そうとしているのか、その人形を目で追いながらサンはそんな事を口にした。混乱極まって開き直り、むしろ平静の境地にたどり着いたらしい。

「さっきまでほとんど泣いていたくせに…。」

「べ、べつに泣いてなんか…。」

 思わずディオは呟いたがサンも案外意地っ張りなことを言う。だが彼女は少し赤くなって口ごもってもいた。

「…だってディオさんが滅茶苦茶なことばかりやるんですもん…。」

「そこまで言われるようなことなんてしてないだろ?」

「………え?」

 サンが戦慄している間にも人形はとことこ歩いていたが、ついに二階のある一室の前で足を止めた。その人形はトレイを床に置いている。

「よーし、ここだな!」

 目論見通りに行って満足げにディオが笑っていると、その人形は手慣れた様子でドアノブに飛び付き、身体を揺らして扉を開けた。

 部屋の中は真っ暗だ。しかし彼女は改めて茶器を手に持つと、そのまま臆することも無く中へと入って行く。

 ディオもその後に続いたのだがすぐ何かが足に当たった。ほとんど何も見えないのだが物が散乱していることだけは確からしい。しかしそんな中だというのにあの人形は自由に動くことが出来るようだ。もう姿が見えなくなっている。

「まったく、片付けぐらいしろよなー」

 自分だって出来もしないことを偉そうに言うと、ディオは足場を探りながら窓まで近づきカーテンを開けた。

 ぱあっと陽光が差し込んだ。

 照らし出された部屋の中には無数の本が詰め込まれていた。本棚はどれも満杯だというのに、それだけではスペースが足りず、至る所に崩れる寸前の本の山が作られている。

 日に焼けた紙の、甘い香りが部屋には広がっている。

 窓からは、丁寧に手入れされている玄関正面の庭の様子がよく見える。そのおかげかこれだけ本で散らかっているというのに、どこか開放的な印象さえ受けた。

 さっきの人形は階段の時のように飛び跳ねながら本の上を登ると、誰も座っていない机の上へ運んできたポットとカップを並べて置いた。それで彼女の仕事は終わりらしい。誰にというわけでもなくぺこりと頭を下げると、彼女はその部屋を出て行った。

「もしかして、これ全部魔法についての本…?」

 ひょこひょこと出ていく人形と入れ替わるようにサンがすっと前に一歩踏み出し、部屋の敷居をまたいだ。

「よーし、やっぱり当たりだな! じゃあ幽霊騒ぎに関係ある本が無いか調べてみるぞ。とはいっても俺は魔法の事なんか分からないからな。サン、頼むぞ」

「え、あっ!」

 サンはそこで自分が部屋の中へと入って来てしまったことに初めて気が付いたらしい。ディオが声を掛けると慌てて廊下まで飛び出した。

「えー、なんだよー。魔法については手伝うって話だっただろ?」

「で、でも……。」

 サンは渋い顔をした。無理やりここまで連れて来たものの、やはり自分からで進んで調べるという一線は簡単には越えてくれないらしい。

「仕方ないなあ。じゃあ部屋に入って来なくても良いから、その入り口辺りの本くらいは調べてくれよな」

「…じゃあそれくらいなら……。」

 しかし実際のところ、やはり気になってはいるようだ。さっきまでだったら絶対に頷いてくれなかったはずの頼みだが、遠慮がちに、だが後ろめたさと抑えられない好奇心からか少しそわそわしている様子を見せながらサンは本を手に取ってくれた。

 二手に分かれての調査が始まった。

 ディオは机の上に広げられていたダーレスのレポートらしきものを手に取ってみた。とは言ってもディオには何が書かれているのかまるで分からない。

 数式なのか、図形なのか、その判別さえ出来ないような羅列が続いている。何枚ページをめくって行ってもそれは変わらない。

「なんのこっちゃ」

 魔法について書かれているらしいというのは分かったが、すぐ嫌になって手にした書類を机の上に放り投げた。

 どうせ本を見ても自分では何も分からない。それだったら何か変わったものは無いかと思って部屋の中を色々あさってみると、本棚の上にひっそりと、まるで隠してあるかのように置かれている丸められた羊皮紙が出て来た。

(おっ、間違いなく当たりだな)

 羊皮紙自体はいつのものか分からないほどに古びたものだが、それを巻物として丸めている紐はきらびやかで、どう見ても新しい。

「『コトハ』…?」

 その紐には魔法の名前だか、人の名前だか分からない印が捺されている。

 わくわくしながらその紐をほどこうとしたのだが、どこにも結び目が無い。おかしいと思いながらも、その紐自体を横に滑らせようとしたのだがそれも出来ない。窓の近くで単眼鏡のように目を当てて中を覗いてみようとしたのだが、なぜか日の光さえもその中には入って行かない。

 どうやら魔法で封印されているようだ。

「サン、ちょっといいか?」

「あっ、はい!」

 声を掛けると、サンは眩しいほどの笑顔で本から顔を上げてくれた。ついさっき部屋から飛び出したことも忘れてしまったらしく、いつの間にか中へと入って来ている。どうやら本に手を伸ばしている内に文字の大海へと自然に泳ぎ出してしまったらしい。ディオが部屋の中をあさっても文句の一つも無かったのは彼女がそれだけ集中していた証だろう。やっと乗り気になってくれたようで自然とディオの期待も高まった。

「これなんだけど開けられないか? たぶん魔法が掛けられているんだよ」

「え、本当ですか! ――…あっ! やっぱりこの魔法も…!」

 羊皮紙を手渡すと、サンはまた目を輝かせた。一目見ただけで何か気が付いたらしい。やっぱりなんだかんだ言っても優秀だ。

「ディオさん! 凄いんです! この部屋にある魔法! この魔法も、そこの本の中の魔法も、全部見たことも聞いたことも無いような魔法なんです! 私には全然分からない魔法なんです!」

「……ん?」

 彼女はすぐさま嬉しそうな顔を上げた。それだけでなく、興奮した面持ちでその羊皮紙を振り回し、本の山を指し示しながら熱弁してくれている。

だが、予想していたのとはだいぶ違う返答にディオは首を傾げてしまった。

「本当にあったんですよ! 今知られているのとは全く別系統の未知の魔法が! それもこんなに! あはは! やったあ!」

 まさしく咲き誇るような笑顔だ。きっと今の彼女を目にすれば誰だって微笑み返してしまうだろう。

「………。う、うむ、よし…。少し落ち着いて確認しよう。まず、その封印は解けそうか?」

 しかしディオはむしろ嫌な予感を覚えながら、いまだにサンが握りしめている羊皮紙を指差した。

「いいえ! ムリです! 絶対に解けません!」

 その事が嬉しくて堪らない、とでも言うようにサンは元気に答えた。

「…うん。…まあ、まだそのくらいは仕方ない。技術的な事はどうしようもない面もあるしな…。よし、じゃあ改めて別の事を聞くぞ?」

 もうすでに文句を付けたかったのだが、ディオは敢えて堪えた。

「さっきまで読んでいた本の中から、何か少しでも分かった事はあるのか?」

 自分で言いながらもなぜか返答が簡単に予想できてしまったが、それでも一応ディオは尋ねた。

「いいえ! 何一つとしてまるで分かりません!」

むしろすがすがしいほどに、想像通りで期待外れの事を大声でサンは宣言した。

「……………。よし、ちょっとこっち来い」

「はい!」

 サンはにこにこと無邪気な笑顔のままやって来た。ちぎれんばかりに振り回されている尻尾が彼女の後ろに見えるような気さえする。

 そんな彼女の両頬をディオはつねり上げた。

「いたい、いたい、いたい、いたいっ! な、なんでっ! はなして! はなしてっ!」

しばらくの間サンの悲鳴が響いた。

「うう、ひどい…」

 サンは赤くなった頬をさすっている。

「私、ほんとうに何もしていないのに…。」

「昨日の祭りの後なんかはしっかりしているように見えたんだけどなあ…。やっぱり抜けている方が素か…。」

「んなっ! て、天然なんかじゃありません!」

「お、おう…。」

 ついぼやいてしまうと、いきなり思いっきり噛みつかれた。別にそこまでは言ってもいないのに。たった今まで大人しくしょげていたのが嘘のようだ。

(…気にしているって事は、多少は自覚があるんじゃないか……)

 とは思ったが、それ以上追及しなかった。また怒り出すのが目に見えている。

 その後も二人は少し部屋を探ってみたが、目ぼしいものはそれ以上何も見つからなかった。一番情報がありそうな所で何も得られない以上、幽霊についての調査はここで完全に行き詰ってしまったことになる。

「うーん、今度こそ帰るとするか。サンが思っていた以上にポンコツだし」

「だって、私にとっては未知の魔法ばかりなんですもん…。」

 ディオの意地悪に拗ねたようにサンは答えた。

「たぶん、これだけの資料となると何かの研究をされていたんだとは思うんですけれど…。」

「内容までは分からないか」

「ええ。ただ、幽霊とかって話では無いような気がします。そんな危ない内容のものは特に無さそうですし…。」

 ぐるりともう一度部屋の中を見回してみた。

 戻ろうかとも思ったが、ここまで来るとその研究というものがやはり気になる。

 それにこのまま帰るのは何だが悔しい。

「…探そうとしているものが間違っているのかもしれないな。日記とか、メモ書きとか、専門書とは関係の無いものの方が良いんじゃないか?」

「あっ」

 そういったものならばまだ何が書かれているのか程度は分かり易いはずだ。少なくとも、サンだけでも理解できるかもしれない。

「えっと、研究日誌みたいなこまめに付けるものだったら机の周りにあるはずだから…」

 しかしサンと一緒になって机の上に平積みされている本をいくつかどかしても、さっきの難解過ぎるレポートの他にダーレスの自筆と思われるものはなかなか見つからない。

「…あれ? いや、ぜったいこの辺に……。」

 サンは髪を耳に掛けると首を傾げて、机の上にも平積みされている本の背表紙を順々に指でなぞり始めた。ちょうど窓からの光に、透き通った肌をしたサンの首筋が明るく照らされている。

(ぐ…。…ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけだけど色っぽいな…。サンのくせに…。)

 自分で言い出したのに、余計なところに目を奪われてディオの手は止まっていた。

「あっ、たぶんこの辺りですね! ――あれ、どうかしましたか?」

「い、いや、何でもないぞ?」

 一冊のノートを引っ張り出して頭を上げたサンと間近で目がかち合ってしまった。油断していたのでかなりどぎまぎしてしまったのだが、彼女は少し不思議そうにしていたものの特に変には思わずにいてくれたようだ。それ以上は何も言わず、二人で見えるよう机の上でそのノートを広げてくれた。

 また大量の文字が羅列されている。

「あ、ダメだ。もう無理。後はまかせた」

 ディオはすぐさま諦めた。

「えーっと…」

 身を引いてしまったディオから引き継ぐと、サンはぱらぱらとページをめくって目を通し始めた。

「ええっと…、あっ、これはさっきの巻物の事ですね。『コトハの魔法が医療用に優秀なことは事実で――。』…うーん、この後はちょっと読めないです…。これは古いノートみたいで字もかすれちゃっていて…。」

「なんだ。あれはただ仕事関係のやつでしかないのか」

 せっかく封印されている怪しそうなものを見つけたと思ったのだが、やはりこれだけの蔵書の量だとそう簡単には正解に辿り着けないらしい。

「もっと新しいノートの方が良さそうだな。幽霊が出たって言うのは最近になっての話らしいから」

「じゃあこっちの方ですかね。えっと…、…魔力を保存する方法…? あ、昨日の精霊が出て来た泉の事も書かれていますね。『あそこには魔力を集める特殊な力場が存在し、この周囲一帯の魔力を全て集め――。』」

「あはは、嘘付くなよー。それじゃあ昨日サンが言っていたのとまったく同じじゃないか。失ったポイントを少しでも稼ごうとしてるんだろ」

「ち、違いますよ! 本当に書いてあるんですもん!」

「えー? …あ、あれ、ほんとうだ…。」

 ディオが脇から覗き込むと、サンが指さしている所には確かにそう書かれている。

 ちらっとサンの方に目をやると、何となく得意げな顔をしているように見えた。

「あっ、え、えっとノートの続きは、っと――」

「むっ! むむむっ…!」

 たまたまなのか、それともこちらの視線に気付いたのか、ちょっと意地悪したくなったのだが先手を打たれて話を戻された。

 なんだか負けたような気がする。

「えっと、あとは…、魔力の結晶化…? 『魔力を狭い範囲において循環させ続ければ、それが呼び水となって周囲の魔力を巻き込みながら比較的簡単に、全ては自然と対称性を持ちながら組み上がっていくはず。結晶と言うにはあまりにも動的過ぎるが――。』 な、何だろ、コレ?」

「んー? そんな訳の分からない話じゃなくて、幽霊の話に関係ありそうなものは無いのか?」

「えーと、特にそう言ったものは…。このノートもそんなマメに付けられていた訳でもないようですし、順序もかなり前後しているみたいで…。ほんとうにメモ書きとして使っていただけみたいですし…。」

 その後も目を通してみればその分だけ魔法に関する話はいくつも出て来たのだが、そこからさらに幽霊へと繋がってくれそうなものは見つからなかった。

「…むう、悔しいがやっぱりここまでだな」

 ディオが口を開いた。

「とりあえず、幽霊って話では無さそうだ。それと、ここには女の子も一緒に住んでいるらしい。たぶんこの子が幽霊だと勘違いされたんだろう。その女の子の部屋がある事も分かったんだから後はダーレスにその子の正体を問い詰めれば良いだけだな。結局、ぜんぶサンがさっき言っていた通りになっちゃったんだけどな。でも、下手な言い逃れは出来ないぐらいの情報は十分に集まっているだろ。たぶん本当のところは親戚の子供が時折遊びに来ていて、その話に尾ひれが付いて幽霊になり、それが心配性なアルベの耳に入った、とかだと思うけど」

 元々、アルベが知りたいのは幽霊騒ぎとダーレスの関係についてだ。もう宿代程度は働いただろう。幽霊など一切関係ない無難な結末を迎えそうな今、ディオのモチベーションも正直少し下がって来ている。

「…あの、私、できればダーレスさんとお話したいんですけれど…。」

 サンが少し不安そうな面持ちで言った。

「ああ、分かってるって。でも、それはそれでちゃんとした機会を設けた方が良さそうだな。なんだったらアルベに頼まれたこの調査は全部俺が一人でやったってことにした方が都合良さそうだ。それでサンはアルベとの約束通りにダーレスを紹介してもらえば良いんじゃないか?」

「う…、で、でも…、なんかそんなのズルいじゃないですか…。」

「…そうか?」

 ディオにはサンの言っていることがピンと来ない。

「だって、実際こうやって勝手に部屋に上がっちゃいましたし…。そのこと隠したままにしておくなんて不誠実ですし…。や、やっぱりちゃんと謝らないと…。」

 サンは生真面目に、ディオに対してさえ申し訳なさそうに口にした。

「まあ、謝るにしても俺に巻き込まれたんだって事は強調しておけよ?」

「で、でもそれもやっぱりズルい気が…。だって、私も結構本とか触っちゃったのに、それだと今度はディオさんのこと一人だけ悪者にするような形になっちゃって――」

「別に俺に対して悪いと思うって意味だったらそんなこと気にしなくて良いんだからな?」

「でも…。」

「だって俺がダーレスに嫌われることには損なんて無いんだし。もともと俺が魔法の話を聞いた所で、ちんぷんかんぷんで終わっちゃうだけなんだから。俺にとっても大事なのはサンの方なんだからな? というか、ダーレスには『俺がサンを巻き込んだんだ』、って俺の方から言うつもりだぞ? これは本当のことなんだからサンも反対はしないだろ?」

「う……。」

 サンは困り顔のまま固まってしまった。

 どうも抜け駆けしているような後ろめたさを感じているらしい。こちらに対してはもうある程度気を置かずに接してくれているのだが、基本的には律儀な性格なのだろう。さっきの提案に理があると思ってはいそうなのだが、これに頷くのは難しいようだ。そんな彼女の様子がなんだかいじらしくて、ディオはつい笑ってしまった。

「サンは魔法について知りたくてここまで来たんじゃないか。それに俺だってサンの手伝いをしているって形なんだ。だからこんなことで俺に遠慮なんてしちゃ駄目なんだからな?」

「う、は、はい…。わ、分かりました。わ、私も頑張ります…。」

 サンはやっと首を縦に振ってくれた。

「そ、それと、その…。あ、ありがとうございます…。」

 人に頼りなれていないのかサンはやはり申し訳なさそうに、しかし少しだけ照れくささを感じているような、はにかんだ色も含んだ表情を見せてくれた。

「よし! じゃあこれで決まりだな!」

 ディオももう一度笑った。これですべてもれなく解決だ。

「まあ、真面目な話を抜くと、サンが説明するとなれば『抵抗したけど無理やり家に連れ込まれた』って言うことになるからな。これはちょっとまずい意味に聞こえちゃいそうだし」

「え? どういう意味です?」

「う、い、いや…。」

 サンはきょとんとしているが、今度はディオが言葉を詰まらせた。これ以上伝えようがない。

 もしかしてここに際どい意味を見出してしまうのは自分だけだろうか。

 …もしそうだとするならさっきのサンのうなじが悪い。

「…いや、やっぱり何でもない。でも、ダーレス以外の人間にはああ言っても良いんじゃないか。面白そうだし」

 言っている途中でサンが自分で気付き、顔を真っ赤にして手をバタバタさせ必死に誤解を解こうとするなら正直ちょっと見てみたい。

「うんうん。他の人間に何があったのかサンから伝えるには、やっぱりこの言い回しが一番良いもんな。…むふふ。」

 その場面を想像してにやにやと意地悪く笑うディオに、さっきまでは不思議そうな顔で首を傾げていたサンもさすがに不審なものを感じたらしく、怪訝そうな表情をしていた。


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