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それは冒瀆的な物語  作者: たく
21/25

その12-1 反省会

 ギルは走って街を抜け、それでも止まらずさらに走って例の廃村まで逃げて来た。

「うう…! アニキ…!」

 やっと騎士たちの魔の手から逃れられた安心感と共に力が抜け、また目からは涙がぽろぽろと零れ始めた。

「まさかオレのために騎士とやり合うだなんて…!」

 全く恩を着せるような様子もなく、まるで当然の事をしているだけのようなディオの姿が今もまだ瞼の裏に焼き付いている。

「ぐう…! 騎士の奴らめ…! 絶対にアニキを取り返してやる…!」

 ギルは一人でも、固く心に誓った。

「まずは何をするにしても軍資金がいるんだ…! 今は一銭も無いけど、あのソーマを使えば数日の内にでも…! きっとそれこそ、軍勢さえも雇えるはず…!」

「――…」

 その時、廃村の中心から聞こえて来る人の声にギルはぎくりと身をすくませた。

 もしかしたら騎士が先回りしてあのソーマを差し押さえに来ているのではないだろうか。嫌な予感が背筋を奔ったものの、確かめないでそのままにしておく訳にもいかず、ギルは恐る恐るそちらへと向かった。その声の出所に近付いて来たことが分かると、抜き足差し足で崩れかけた家の影へと忍び寄り、頭だけを出して様子を伺ってみることにした。すると、小さな火をひしめき合うように囲んでいるむさくるしい男たちの姿が見えて来た。

「やっぱり無茶があるんだって。お返ししなくちゃいけないってのは分かるけど、名前だって分からないのに」

「でも方向からしたらこっち側だと分かっているんだ。そんなあてもなく探している訳じゃないんだから必ず見つけられるだろ」

「といったってオレ達は街に入れないんだぞ? さっき少し見て来たけど、こんな時間だって言うのにそこの街では騎士たちが血走った目で見回りしていたんだから。ここからどうするのか改めて考えないと手遅れになるからな?」

「なんだよ、手遅れって」

「あの時に見えた顔だって一瞬でしか無かったんだ。あと三日もすれば本人を見つけたところで判別出来なくなっていたっておかしくない。オレ達はオレ達の頭の悪さを甘く見ちゃいけない」

「そ、それは、まあ…。」

 ギルには彼らが何の話をしているのか分からなかったが、少なくとも騎士ということはなさそうだ。どう見てもガラが悪い。どれほど良く見ても一般的な市民とさえ言え無さそうだ。

「ん? なんだ、お前は?」

 突然背後から現れた彼らの仲間にがっしりと肩を掴まれた時、ギルは悲鳴を上げる事も出来なかった。

「おっ、なんだなんだ、誰かいたのか?」

「おう、なんかこいつが――。」

 ギルは何の抵抗も出来ないうちに、正体も分からぬ彼らに囲まれることになっていた。



「よ、よし…。一応ディオ達よりは先に来れたかな…?」

 少しだけ時は戻りキャロルは街のはずれ、ディオ達と落ち合う予定の路地裏に来ていた。森の中まで退いた方が安全ではないかとキャロルは思ったのだが、ディオは拠点を隠し通すことを優先したいらしい。イノセントならばダーレスの家が要所となっていることなんて当然すぐに見当が付くはずなのだが、どうもディオの中では騎士とイノセントはほとんど別で動いているという認識のようだ。さっきの騒ぎでもイノセントは表に出て来なかったことを考えるとそれは的を射ているだろう。こういう土壇場でのディオの嗅覚の鋭さは並ではない。普段はお馬鹿なことしか考え出さない野生の勘がまっとうに働き出すようだ。この街に長いこと住んでいる人間でないと分からないようなこの裏道も、ついさっきクリスに教えてもらったらしい。この道はそのままダーレス宅へと通じているそうだ。どこまで考えての行動なのかは分からないが、こういう事に関しては本当に手際が良い。

「よーし、じゃあ行くぞ。舌噛まないように口閉じてろよ」

「え、ちょ、ちょっと待って!」

 上から聞こえて来るあの二人の声になんだか嫌な予感を覚え、道を少し戻って曲がり角に隠れた。ほっと一息つく暇もない。だがやはり二人とも無事で済んだようだ。

「う、うそですよね…? えっ! あ! あ、あわわわわっ、………っ!」

 サンの声にならない悲鳴と共に、ディオが空から飛んで来た。

「よーし! 到着!」

 だんっ、という地面を踏み締める音を辺りに響かせディオは快活に口にした。いったいどんなルートを通って来たのか、キャロルの頭の中にそんな疑問が浮かびかけたが、目に飛び込んで来た二人の様子にそれも一瞬で消えてしまった。

 サンがディオの腕の中で横抱きにされているのだ。

(…あ、まずい。私ここにいない方が良いかもしれない)

 サンがディオの胸をばんばん叩き始めた。身を縮めたまま、まだ声も出せない彼女なりの抗議らしい。

「な、なんだよー。ちゃんと着いたじゃないかよー」

「だ、だって…! ――」

 サンの言葉は、ディオが彼女をそっと地面に降ろしたその拍子に止まってしまった。離れることなく向かい合ったままの二人の視線は、そのままごく自然に重なっている。

「…ディオさん、…ありがとう」

「ん。まあ、何でも一人で抱え込もうとするなよ?」

「う、うん」

 静かな、むしろそれがゆえに多くの思いが行き交っているのを感じさせるようなやり取りだった。

(…え、この二人ってやっぱりそうだったの…?)

 キャロルは目を奪われたまま、結局ずっと動けずにいた。

「で、でも、ほかに安全な道もあったのに…。だってあっちには階段が――え?」

「あっ!」

 しかし、好奇心につられて姿が丸見えになっていたらしい。突然こちらへと振り返ったサンと、真っ直ぐに目がかち合ってしまった。

「きゃ、キャロルさん…!」

「う、あ、ご、ごめん! の、覗くつもりなんてなかったんだけれど…! え、えっと…! あっ! わ、私先戻ってるね!」

 もうこうなってしまったら謝り倒すしかない。最初はそう思ったのだが、口にしている最中からそれではとても足りないような気がして来た。そして、それよりもまずはこの場を二人に返すのが何よりも先決だと思い至り、ここはもう背を向けて逃げ出すことにした。

「ちょ、ちょっと待てえっ!」

 だがすぐさまディオの声が、そして間髪入れずサンの声まで一緒になって飛んで来た。

「ち、違うんですよ! キャロルさん! べ、別にそんなあれじゃなくて…!」

「そ、そうだぞ! どこにそんな気を遣われるような要素があったって言うんだよ! どう見えたって言うんだ! いったい!」

「だ、だって――!」

 お姫様抱っこしてたじゃん! 口を衝いて飛び出しそうになった言葉をキャロルはなんとか飲み込んだ。これは絶対に口にしてはダメだ。何も見なかったことにしてやり過ごすしかない。

「う、ぐ、ぐ…。わ、分かった…。う、うん、確かに普通に話していただけだったかも…。」

 本当は何一つとして腑に落ちてなどいないのだが、すべてを飲み込み、足を止めて頷いた。思い返してみると、この二人が良い雰囲気の時に自分はいつも邪魔ばっかりしているような気がする。本当はむしろ、もしそうなら応援する側に立ちたいと思っているはずなのに。

「そ、そうだろ? そ、そう言えばそっちの陽動は問題なかったのかよ?」

「ま、まあ私は大した事してないし…。」

 ディオからはあからさまな話題逸らしが出て来たが、ここは乗っかってあげるしかない。せめてもの罪滅ぼしだ。

「それよりディオ達の方が大変だったんじゃないの? いつもだったら余裕がある限り意味の分からないイタズラとか仕込んで来ておかしくないのに、すぐ大騒ぎになっちゃったし…。」

「べ、別に大変なんてことはなかったんだけれど…、た、ただその、サンがあれだったから、その…。」

 ごく自然にこちらも話題を提供できたと思うのだが、なぜかディオは口ごもってごにょごにょとよく分からないことを言うと、サンのことをじっと見つめた。どうしてだか顔も赤い。

「う…、あ、あの…。……勝手に抜け出してごめんなさい…。」

「い、いや、それは別に…。と、というかそうじゃなくて…!」

 サンは小さくなって謝ったのだが、なぜだかディオはまた変なことを口にした。

「え? で、でも、その…。ご、ごめんなさい…。」

 サンは健気にもう一度口にした。だが本当は、ディオが何を言いたがっているのか、よく分からないらしい。当然キャロルにもいまいち話が見えて来ない。

「う、ぐ、ぐ…!」

 今度はディオ一人で唸り始めた。いつも何の遠慮もなしに言いたい放題のくせに、さっきからなんだか様子がおかしい。

「え、えっと、サンちゃんはイノセントさんとお話して来てくれたんだよね? それってどうだったのかな?」

 なぜだかディオの触れたくない話題がこの辺りにあるようなのだが、避ける訳にもいかない部分なので、キャロルはディオの代わりにサンへと話を向けてみることにした。

「う、それが…。クリスちゃんのこと説得したかったんですけれど、結局ケンカみたいになっちゃっただけで…。」

「んなっ…! ま、まさかここまで来ておいてしらばっくれるつもりなのか…! こいつ…!」

 戸惑いながらも答えてくれたサンに、今度は明らかに怒りながらディオが割り込んで来た。

「え? え?」

「もう、なんなのよー? さっきからー」

 さっきと同じでサンもやはり話の筋が見えないようだ。キャロルだってまるで訳が分からない。先ほど邪魔してしまった分、気が咎める所があってこちらだって強くは言えないのだが、ディオはいつも以上にはちゃめちゃだ。

「で、でもほんとに他にはなにも――いたい、いたいっ!」

 そして答えるサンの頬を、ディオは突然つねり上げた。

「こ、こんどは急になにやってるの! やめなさい! このバカ!」

「ふぎゃん!」

 これにはさっきまで感じていた後ろめたさも一気に吹っ飛び、キャロルはすぐさまディオの頭を殴り付けて止めさせた。

「だ、だってサンがこの期に及んで嘘つくから…!」

 ディオは頭を抱えたまま訳を答えている。だがキャロルがサンに目を向けても、彼女は困惑したまま、半分以上の泣き顔でただ首を小さく横に振るだけだ。どう見ても嘘をついているようには見えない。

「うぐぐぐぐ…! だ、だって俺見たんだからな!」

 しかしディオがついに切り出した時、キャロルはほとんど声を上げることも出来ないほどに凍り付いた。

「だってサン! あいつとキスしそうになってたじゃないか!」

「………えっ?」

「え! ええっ!」

 サンまでもが驚愕の声を上げた。泣き顔は瞬く間に消し飛び、ひどく狼狽えながらも一瞬で顔が真っ赤に染まった。

「な、ななななに言っているんですか! い、いいいつ私がそんなことをしたって…!」

「全部見てたんだからな! 手を握り合って、間近で見つめ合ってたところも! あのままだったら絶対にそういう流れだったぞ!」

「え、うそ…? ほんとの話なの…?」

 ディオの見間違いで済ませてしまうにはあまりにも具体的な内容だ。

「……………あ。」

 そして最後の決定打として、サンが明らかに何かに思い当たったような顔を見せた。

「ほらな! 今の顔キャロルも見ただろ!」

「う、うん見た。私も見た」

「ち、ちがっ…! ち、違うんです! 違うんですよ! あれはその、たまたまそういう風に見えちゃう場面があったというだけで…! そ、そう! たまたまなんです! ついさっきのディオさんとのやり取りと同じで、たまたまそんな風に見えちゃう場面が――いたい、いたい、いたいっ!」

 ディオの方を向いたり、キャロルの方を向いたりと忙しなく首を回しながらサンは赤い顔で必死に弁解していたのだが、青筋を立てたディオに今度は両頬を思いっきりつねられている。

(…………ま、魔性だ…。…こ、これがきっと本物の魔性なんだ…。)

 正直自分だって結構モテるつもりでいたのだが、こんな自負なんてただの思い上がりでしかなかったのだ。この僅か数日のうちに、両極端にいるような二人と同時に仲を進展さていた彼女と比べてしまえば…。

 ちなみに今のは頬をつねられることになっても仕方ない言い方だとキャロルも思う。

「こいつ…! 詰所の前ではすぐ謝って来たくせに今になって…!」

「で、でも本当にそんなこと思ってなかったですもん! そ、それに、私そういう雰囲気なんてよく知らないし、だからその――」

「そ、そういうことをでかい声で言うんじゃない!」

「え、ええっ!」

 どこが出所なのか一瞬分からないほどのお堅い言葉がディオの口から飛び出した。なぜかディオの顔はまた赤い。しかし目を丸くして悲鳴のような声を上げていたサンもここで言い訳を潰されるわけにはいかないらしく、すぐさま負けじと言い返している。

「そ、それズルい! だ、だって本当にそんな変な意味なんかじゃなくて、こう、兄弟愛的なそんな感じの――いたい、いたい、いたいっ! う、ううーっ! さっきは笑い掛けてくれたのに!」

「むぐっ…! あ、あれはお前が今にも泣き出しそうな顔してたから…!」

 やっぱりすごい。あの形勢からディオのことを押し返している。

「というか今のを聞いて腹立てないやつがいるか! 今度は『そうなっちゃったとしても――』みたいなことまで言って開き直ろうとしやがって…!」

「ち、ちちちがう! そ、そんなことほんとに考えてなんていなくて…! う、ううっ…! だ、だからその…! わ、私悪くないもん!」

 ディオがぱっと手を離すと、サンの柔らかそうな頬がみょんと元に戻った。

「…ほーん? そこまで言うならもう一回だけ弁解のチャンスをやろうじゃないか。この話を抜きにしても、『昼知り合った男に逢うため深夜こっそりと抜け出した』ってのが今のお前の状況なんだからな? ここのどこが間違っているのか俺にも分かるように教えてくれよ」

「そ、それは言い方の問題で…!」

「文句があるならこの文言のどこが間違っているのか言ってみろよ」

「だ、だって…! ……………………………………………、あ、あれ?」

 何一つとして言い返せないことに初めて気が付いた照れと、それでもちょっと大目に見て欲しいなという甘えた感じの入った、誰が見てもきゅんとしてしまうような可愛らしい笑顔を彼女は浮かべた。

 が、それも一瞬のことで、さらに青筋を立てたディオにすぐさま頬を引っ張られている。

「ううっ…! で、でも本当にそういうのじゃ無いですもん!」

「自分にはそのつもりは無かったから違うってか! そんな言い訳が通じるか! どんだけ隙だらけの天然なんだ! お前は!」

 「天然」という言葉が禁句だったらしい。頬をつねられたままだと言うのにはっきりと分かるほど、サンの表情は見るからにむっとした。

「だ、だって少なくともこんな意地悪しないもん! ちょっとくらい良いなと思ったって良いじゃないですか!」

「な…! 何を言い出すかと思えばこいつ…!」

「私がイノセントさんと仲良くなった大本の原因だって絶対にディオさんだもん! 私悪くないもん! 全部ディオさんが悪いんだもん! ――いたい、いたい、いたいっ! キャロルさん! キャロルさん助けて!」

 最初はキャロルも二人に隠れて動揺していたのだが、当てつけとはいえここまで開き直ってしまったサンに、最初に言っていたことをひっくり返してまでとことんムキになっていくディオの事もあって、さっきからずっともう腹を抱えて笑ってしまっていた。

「あはは、うー…、苦しい…! 笑い過ぎてお腹痛い…!」

「キャロルさあん!」

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