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それは冒瀆的な物語  作者: たく
22/25

その12-2 作戦会議

「ふん! 俺は先に行って周り見て来るからな! お前らもすぐ来いよ!」

 ぷりぷり怒っているディオはそれだけ口にして先に行ってしまった。

「う、うう………。」

 サンは涙目になってつねられていた頬をさすっている。

「ご、ごめんね、サンちゃん…。助けてあげられなくて…。」

 さっきまで二人のやり取りを笑って見ていたのだが、今のサンを見ているとさすがに申し訳なくなってキャロルは声を掛けた。

「い、いえ…。勝手に抜け出しちゃった私が悪いんですから…。」

 ディオの前ではあんなことを言っていたが、やっぱり本当は素直で良い子だとキャロルは思う。

「……あと、イノセントさんのこと、ありがとね」

「え?」

「ふふっ、早く行きましょ? ディオがまた機嫌悪くなっちゃうから」

 きょとんとした彼女の表情が可愛らしく、キャロルの顔には自然と笑顔が浮かんでしまった。

 結局すんなりとダーレスの家まで戻って来ることが出来た。

「ディオおかえり!」

 元気に出迎えてくれたクリスにサンが驚いている。彼女が最後に見たクリスの姿は泣き疲れて眠ってしまった所だったので、びっくりしてしまうのも無理は無いだろう。寂しさが戻って来てまた泣いてしまっていないだろうかと内心思っていたキャロルも少しほっとした。

 だが玄関の奥には、まだ縛られたままのアルベとカイゼルが転がっていた。

「え、ど、どういう状況なんですか、いったい?」

「わたし、ちゃんとみはってたんだよ!」

「おお、えらいえらい」

 元気に報告したクリスはディオに頭をわしゃわしゃと撫ぜられてくすぐったそうにはしゃいでいるが、サンはただ訳も分からず困惑している。キャロルもロープくらい解いてあげれば良かったと今更ながら後悔していた。

「あ、ああっ! やっと戻って来たなお前! 早く縄を解けよ!」

 カイゼルが首だけをねじって大声を上げた。

「なんだよ、クリスに頼めば良かったじゃないか」

「だってかたくてほどけないんだもん」

 自分で捕まえて来たくせに他人事のようにディオは言う。

「でもね、だからね、ナイフで切ろうとしたんだけれどね、そしたら二人とも嫌だっていうの」

「うう…、あれは怖かった……。」

 同じように縛られたままのアルベは呻くように呟いた。彼もあれからなんとか猿ぐつわだけは外すことが出来たらしい。

「もー、それくらいクリスにやらせてやれよな」

「縛られた状態で包丁向けられるの滅茶苦茶怖いんだぞ! お前分かってないだろ!」

 文句を漏らしながらも縄を解き始めたディオに、固まってしまっていたサンとキャロルも我に返って手を貸すと、二人はすっくと立ちあがった。

「……たぶんだけど、だいたいは分かっていると思う。…良くないの知っていたから」

「ん」

 自分の胸を軽く示して言うアルベに、ディオも特に何も口にせずただ軽く頷いていた。クリスの前なのもあって二人ともダーレスの名前を避けている。

「詳しい話は後で構わないよ。ただ、君たちが今何をしてくれているのかが分からないんだ」

「だが協力できるところは協力するぞ。本当はもともとこっちの話みたいなもののようだから」

「なに、そんな難しい話じゃない。分からず屋の騎士がいるからそいつをぶっ飛ばすだけだ」

 ディオと、いつの間にかサンにくっついて甘えているクリスを除いて全員がまた固まった。

「まあ、こんな所でずっと話すのも良くないし、適当な部屋に移ろう」

 ディオの言う通り客室に場所は移したが、カイゼルと、続いてキャロルはすぐさま食って掛かった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! さっきのどういう意味なんだ? いったい本当に何をしているんだ?」

「そうよディオ! さっきのどういう意味よ!」

「な、なんでキャロルまで文句言うんだよ。あいつが言うこと聞かない分からず屋なのはサンが証明してくれたじゃないか。後はもう適当にぶん殴っておくしかないだろ?」

「で、でも、そういう暴力的なのは私もちょっと…。」

 サンも援護に回ってくれたのだが、ディオが明らかにむっとした。

「…ずいぶんとあいつの肩を持とうとするじゃないか、サン」

「べ、別にそういうつもりは…。」

「あいつはやっつける! これは決定事項だからな!」

(…やきもちだ。絶対にただのやきもちだ……。)

 キャロルは思ったが言い出せなかった。どうも本当にそうらしいと分かってしまった今さらになって、二人の関係を邪魔するようなことを言えるはずも無い。サンだけが唯一の望みなのだが、さっきの路地裏の件だって妬かれていたのだと分かっているのか少し怪しい節があるのでやはり無理そうだ。

 ディオはまだ不機嫌だ。

「サンはあいつに口喧嘩で負けて来たんだろ! 潔くそれを認めろよな!」

「………べつに負けてなんかいませんもん――ううっ!」

 案外負けず嫌いなことをこっそりぼやいたサンは、ディオにその頬を人差し指でぐりぐり突かれている。

「や、やめなさいよ! さっきからサンちゃんのこといじめて! 女の子に手を上げるんじゃないの!」

 さすがにこれにはキャロルも止めに入った。

「つねったりつついたりするのはセーフだ」

「アウトよ! アウト! このバカ!」

「いってえ! だってサンが――ああっ! キャロルも見ただろ! 今俺が引っ叩かれるのを見て嬉しそうににやにやしてたの! こいつ…!」

「えっ! し、してない! してないですよ! いたい、いたいっ!」

「だから止めなさいって言っているのよ! バカ!」

 じゃれ合っていると思ったのかクリスまで一緒になってディオの事をつねってきゃっきゃ笑っていたが、カイゼルが話の流れを戻すために慌てて割って入って来た。

「ま、待ってくれよ! さっき騎士をやっつけるだの言っていたがどういうことなんだ? オレ達にも分かるようにそっちを先に説明してくれ!」

 その声にクリスも含めて四人での取っ組み合いが一旦止まると、ディオはカイゼルに向かって非常に簡潔に答えた。

「なんだか騎士の一人がクリスと仲が悪いらしい。このままだとクリスに意地悪してくるかもしれない。だから先手を打ってやっつける」

「…え? 嘘だろ? そんな話なのかよ、本当に…?」

 まだじゃれつくクリスをくすぐりながらのディオに、カイゼルはきょとんとすると、もっと説明と助けを求めるようにキャロルとサンの方にも目を向けた。

「う…。言い方に悪意があるような気はしますけど、そんなに外れてはいないかもしれません…。」

「…なんか色々と難しい話もあったはずなんで、こうまとめられちゃうと釈然としないんですけれど…、…だけど大体あってます…。」

 カイゼルの口がぽかんと開いた。

「…そ、そっか。…そうなのか……。……いや、悪い、ちょっと待ってくれ。やっぱりオレが何か勘違いしているような気がする。その騎士は、そんな小さな子と本気になってケンカしているって事なのか?」

「うん、そういうことだ」

「………馬鹿なんじゃないか、そいつ」

「そう、馬鹿なんだよ」

「…そっかあ、まあ馬鹿じゃしょうがないか…。」

 どこか遠い目をして、悟ったようにカイゼルは静かに呟いた。悔しいが今ここで本当はイノセントの味方をしたいのだとばれるわけにもいかず、キャロルは下唇を噛んででも割り込むのを我慢した。

「え、それだとさっき言っていたことはそのまんまの意味で、騎士と戦う事になるからその戦力として僕たちは連れて来られたってこと? さ、さすがにただの町人だからそんな戦力としての期待にはちょっと応えられないと思うんだけど…。あ、カイゼルはケンカ祭りでの優勝候補だったんだから使えるかもしれない」

「おいアルベ! お前のそういう所本当にせこいぞ!」

 あっさりと友人を売ったアルベにカイゼルは怒鳴りかかっている。

「いや、あいつの相手は俺がするからそんなこと心配しなくて良いぞ。ただその時にクリスの面倒を見ておいて欲しいくらいだ。」

「そ、そうかい? それなら、うん、大丈夫だと思う」

 アルベだけでなく、彼につかみかかっていたカイゼルも少しほっとした様子を見せた。

「まあ、そっちに迷惑かけるようなことにはならないはずだ。こっちで全部なんとか出来るんだから。それにやっつけると言ったって、そもそも戦いにさえしないつもりなんだよ。こっちにはキャロルもいるし」

「あ、なんだ、そうなの? あっ! 今度は私がイノセントさんとお話しして来れば良いってことね! なんだ! ちゃんとまともな事も考えているんじゃないの! 大丈夫! そういうことなら任せてよ!」

 ほっとして笑顔を零しながらキャロルは口にしたのだが、ディオの反応は期待していたものとはかなり違った。

「そうじゃねえよ。お前を人質役にしてあいつをボコボコにすれば良いって言っているんだ」

「ば、バカじゃないの! 何言ってんのよ!」

 ディオの発言にキャロルだけでなく、みんなから一斉にブーイングが巻き起こった。

「そうですよディオさん! そんなの手伝うなんて絶対嫌ですからね! 私!」

「…いくらその子の面倒見るだけとはいえ、オレ達だってそんなことには協力したくないぞ…。」

「う、うん…。僕もちょっとそういうのは…。」

 みんなに文句を言われて今度はディオが不満そうな顔をしている。

「なんだよー。だってこれが一番簡単じゃないか。楽だし。勝てば良いんだよ、勝てば」

「その発想の仕方がおかしいんですよ!」

「というかそんなのそもそも出来ないんだから!」

「え、なんで?」

 ディオに問い返されると、ムキになって口を滑らせてしまった事にキャロルは気が付いた。

「あ、いや、それは…。………だって私、イノセントさんに会って来ちゃったんだもん…。」

「なっ! いつ!」

「い、いつだって良いじゃないの…。そんなの…」

 キャロルはちょっとだけ赤くなってごにょごにょと答えた。

「えー…? …うーん、じゃあ仕方ないな。あいつ一人を呼び出して正面からやっつければ良いや」

「………なんかほんとに不良同士のケンカみたいだな……。」

「…うん、聖霊祭の時と同じようなもんみたいだね、これだと…。」

 カイゼルとアルベがぼそっと呟いた。ディオがさっきから軽く言うので、みんなの中でただのお祭り騒ぎのような感覚が芽生え始めてしまったらしい。このままではディオに押し切られてしまう。

「ちょ、ちょっと待ってよ! それでもイノセントさん騎士なんだから! 下手に怪我でもさせちゃったら、捕まることになってもおかしくないわよ!」

「いや、たぶんそれは大丈夫だな。いつだかキャロルが言っていた気がするんだけれど、騎士の中でも変な立場なんだろ? 適度に叩きのめすくらいにしておけば俺たちが他の騎士に追われるようなことにはならないような気がするぞ。案外、騎士の面子をつぶしたって事であいつだけがクビになって終わりかもな」

「うぐっ…!」

 キャロルは言葉を詰まらせた。自分はディオの前でそんなことを明言などしていないはずなのだが、それは正鵠を射ているように思えてしまった。魔法という希少な力を持つゆえのそのやるせない推測は、どれほど認めたくないものでもある程度の正当性を持っているように思えてしまう。その上、もし彼の騎士としての在り方が終わるのなら、それは強引かもしれないがある意味彼の重しを一つ取り除けることになるかもしれないのだ。

「で、でも……。」

「あ、そうだ。サンも後で昔の話とかちゃんと聞かせろよ?」

 反論したいのにキャロルが何も言えずにいると、ディオは今の話でサンの表情が一瞬曇ったのを知ってか知らずか、それともたまたま自分の言葉で思い出しただけなのか、彼女の方へと話を向けた。

「え、あ、あの…、も、もうご存知だったんですか…?」

 しかし彼女の方も唐突過ぎて驚いたように、そしてどこかおずおずとした様子で少し身を縮め、ディオのことを見上げて問い返している。

「ちゃんと知っておきたいから聞きたいんだ」

「あ、………。」

 サンの顔がリンゴのように赤くなった。

「な、なんだよ! その顔は!」

「あ、いやいや! ごめんなさい! なんでもありません!」

 照れくさくなったらしいディオが大声を張り上げると、サンも慌てながら同じように応えていた。

「…で、でも、私からもちゃんとお話ししておきたいことがあるんです」

「う、うん」

 いったい何の話をしているのかはまるで分からなかったが、二人の様子からどんな系統の話なのかは十分に分かった。クリスでさえ二人の間に流れる何かを感じ取ったようで、まるで邪魔になってしまうのを避けるかのように、いつの間にか座っていたサンの膝の上からキャロルのもとへとやって来た。とりあえず抱き上げて、今度は自分の膝の上に乗せてあげた。

(…私もあのままイノセントさんのところにいた方が良かったのかな…。………で、でもそうしていたらもしかすると――)

「キャロ、かお赤いよ?」

「えっ! あ、赤くないよ! 気のせいだって!」

 クリスに言われてキャロルはぶんぶん首を振ったのだが、ディオとサンは二人とも自分たちのやり取りについて言われたと思ったらしい。びくりとしてから二人そろってわざとらしく咳払いをしている。カイゼルとアルベがどんな顔をしているのか気にはなるものの、キャロル自身も気恥ずかしくてそちらを見る事は出来なかった。

「よ、よし! なんだ、何の話だっけ? あ、そうそう! あいつは確かに騎士だけど、今やっているケンカにはそういう立場とか関係ないからたぶんこの点も大丈夫だ!」

 まるで流れを断ち切るかのようなディオの言い方だ。

「う、うーん…。まあ、イノセントさんはそういうのちゃんと区別しちゃう人だけど…。」

 だがキャロルも話の流れを戻すのには大人しく手を貸した。無いとは思うが自分の方を追及されることになっても困る。そもそも今の二人のやり取りに対してそれ以上何か言いようなんて無い。

「ほらな! だからそういう後の心配なんていらないんだって!」

「だ、だけど、万が一でもイノセントさんが他の騎士のみんな連れて来ちゃったらどうするのよ? こっちなんてこれだけの人数しかいないのに…。」

 万が一でも起こり得ない事だと実は思うのだが、イノセントの身に危険が及ぶような事態は避けたくてキャロルは口を挟んだ。ズルいとは思うがディオの方針をこのまま通させるわけにはいかない。

 しかしディオはただ首を傾げるだけだった。

「ん? 何言ってるんだよ? 戦力はこっちの方が遥かに上じゃないか」

「え? ど、どういう意味? え、まさか」

 キャロルはカイゼルの方に振り返った。

「いやいや! オレに期待されちゃ困るぞ! 相手は戦闘のプロじゃないか! ただの祭りの時とは違うんだから絶対に無理だって!」

「そ、そうですよね。ごめんなさい…。…ちょっとディオ! なにこんな時まで適当なこと言っているのよ!」

「いや、お前らこそ何の話をしているんだよ…。だってサンがいるじゃないか」

「え?」

 キャロルは思わず聞き返してしまったが、サンはどこかきまり悪そうにしているだけだった。

「なあ、サン一人で他の騎士の相手全部出来るだろ?」

「………まあ、それは…。」

 サンはただそう言っただけだったが、キャロルにとっては十分に衝撃的だった。

 いつも控えめな言い方をする彼女なのに、今は一切の否定をしていない。

「え、な、なに言っているの…? …え、サンちゃん?」

「でも、相手に怪我させるような魔法は使えないですよ?」

「いや、その方が良いと思うぞ。下手に怪我でもさせたらそれこそ向こうだって退くことも出来なくなるだろうし。それに、正直そういうこと言うんじゃないかとも思っていたんだよ」

「ほっ、良かった…。」

「そもそも相手を傷付けたら逆にサンの方が動けなくなりそうだし」

「う…、そ、それは確かにあるかも…」

「まあ、俺をぶん殴った後には平気で笑っていたから普通に大丈夫な気もするけど」

「や、やめて下さいよ! みんなの前でそういうこと言うの!」

 困惑しているキャロルをよそに、また二人が目の前できゃっきゃやり始めた。本人たちは言い合いでもしているつもりなのかもしれないが、二人とも表情は柔らかく、ただじゃれ合っているようにしか見えない。

「――まあとにかくそういう訳だから、他の騎士たちが出張って来たとしても戦力面でもこっちの方が絶対に上だぞ」

「えっ! な、なによそれ! なによそれ! えっ、サンちゃんってそんなに強かったの?」

 ディオに声を掛けられたことでやっとキャロルは自らの声を取り戻すことが出来た。

「いや、私は魔法使えますし…。旅に出る前に一応自衛のためと思って、魔法もいくつか用意していましたから…。」

 少しばつが悪そうに彼女は答えるが、それだけで素直に受け入れられるはずがない。

「で、でも相手は騎士なのよ…? い、いくら魔法が使えるからってそんな簡単にいくわけが――。」

「う、い、いえ…、も、持っている力の総量が違いますので…。」

「…あ、あ、あ………。」

 キャロルはもはや何も言うことが出来なかった。もう間違いない。彼女は一切の誇張も入れず、すべて本当のことを言っている。

「…そんな凄い子だったのか…。これは確かにオレ達の出番は無さそうだな」

「…うん、後でサイン貰っておこう。宿に飾っておけばみんな見に来ないかな…。」

「…やっぱりアルベが言うとなんかせこい気がするんだよなあ」

「そ、そんなことないって。ちゃんとチャンスを掴もうとしているだけだから」

「……。…あ、そういえば話変わるけどアルベの嫁さんってまだ帰って来てないのか?」

「あ、うん。なんか大口の契約が入って忙しくなったんだって」

「お前の宿屋、いつも閑古鳥鳴いているくせになかなか潰れないもんだなあ」

「や、やめてよ…。そういうこと言うの…」

 もう危機感が完全になくなってしまったらしいカイゼルとアルベの二人は全く関係ない話を始めている。

「ちょ、ちょっと待って! ちょっと待ってよ! えっ! じゃあほんとにイノセントさんと戦うことになるの?」

「な、なにを今更…。逆にこっちがびっくりするじゃないか。最初からそういう話をして来ただろ?」

「え、で、でも…! さ、サンちゃん! サンちゃんはそれで良いの?」

「う、うーん…。…本当は賛成とまでは言えないんですけれど、それでも一応戦える準備だけはしておいた方が良いのかな、とは…。そうなる前に話し合いで済めば良いのですけれど、イノセントさんの意思が固そうなのは分かっちゃってますし…。」

「あ、う……、……。」

 キャロルはついに何も言い返せなくなってしまった。

 もう駄目だ。味方もいない。どうやってもこの流れは変えられない。

「それで、もし他の騎士も巻き込むことになった場合は当然キャロルも前線だからな?」

「え? ええっ! な、なんで…! 私が大して戦闘得意じゃないことは知っているでしょ…?」

 その上ディオは追い打ちを掛けるようなことを言うので、キャロルは思わず膝の上のクリスのことを少しきつめに抱き締めてしまった。ただ彼女はその方が嬉しいらしく、頭をこすりつけるようにして甘えて来る。

「なんでって、だって俺を除けばこの中で一番場数を踏んでいるのはお前だろ? 実際のところ、騎士の相手なんて今までからしたら修羅場でもなんでもないじゃないか」

「そ、そんな訳ないじゃない! 一緒にしないでよ! 私はいつだってギリギリなんだから! あっ! ディオは! ディオはどうするのよ! ちゃんと守ってくれるのよね?」

 ディオの昔の話が出て来そうな言葉に、サンは目を点にしつつもごく素朴な興味を持った様子を見せたがそれを尋ねさせるわけにはいかない。どこを切り取ろうが碌な話ではないのだ。話題に上がってしまえばこっちの都合など絶対に押し流される。キャロルは隙も作らず一気に捲し立てた。

「俺はあいつの相手をしないといけないんだからそりゃ無理だ。せっかくサン一人で全部相手に出来るのに、俺まで守りに入ったら本末転倒じゃないか。サンは強くてもこれが初戦なんだし、キャロルにはそっちのサポートして欲しいんだよ」

「う、ぐ、うう…!」

 なんとも断りにくい、ディオのくせに非常に筋の通っている正論だ。

「で、でも、私じゃどうやってもサンちゃんの実力に追い付けない気がするんだけど…。」

「あくまで援護なんだから大丈夫だって。お前とあいつがやり合わないで済むように俺も立ち回ってやるから。そもそものことを言えば、他の騎士が出張って来たとしてもそいつらは敵でもなんでも無いんだ。俺があいつとやり合うまでの時間を稼ぐくらいのつもりで別に良いんだよ。まあ、サンからすれば適当に蹴散らす方が楽なんだろうけど」

「な、なんで私そんな武闘派みたいに思われているんですか…。」

 小さな声でサンはぼやいていたが、キャロルはその間に頭を高速で回していた。

 例えどれほどイノセントが言葉を費やし論理を固めていようとも、彼をずっと近くで見つめていたキャロルには分かる。彼は本当にクリスを傷付けるようなことは絶対に出来ない。ただ自分がクリスの敵にならなければいけないことを残酷なほど正確に知っているのだ。

 それを裏付けるように、彼はダーレスとの決裂から実際のところは彼女に何の手出しもしていない。彼が選んだのはこの消極的な敵対という状況でしかない。

 クリスを守るという目標は、実は驚くほど簡単に達成できるのだ。彼女の敵なんて本当はどこにもいないのだから。ただこの状況を静観しているだけで十分だ。

 だがそれではイノセントを救うことは出来ない。この街に来てから目まぐるしく状況が変転しているように見えても、その実彼の核心的なところはほとんど変わっていない。彼は未だ、たった一人だけの孤独な世界にいる。

 彼は優しいが故にクリスの敵になった。

 彼は優しいが故にクリスを仇なすことは出来ない。

 自分のために誰かが傷付くことを決して許さない、それならば自分がどうなろうとも一人ですべてを負うことを選んでしまう。本当に優しく、哀しいほどに強い人なのだ。

 そして、きっと彼はダーレスの死まで自分の罪として引き受けてしまうだろう。

 そんな彼だからこそ、自分がそのまま傍にいることを許してはくれなかった。

 このままではいけないのだ。ここが彼を救える、本当に最後のチャンスだ。

 あの時の彼にその自覚があったのかは分からない。だが自分の事を突き放したあの時の彼は、確かに一瞬だけ躊躇った。

 きっと、あの瞬間に自分は託されたのだ。

 だから応えなければいけない。彼の傍にいるだけでは足りないのだ。

 こんなこととても口には出来ないが、さっきディオの言ったことは正しい。

 なんとしてでも、どんな手段を取ってでも彼を止めなければいけない。

 絶対一人なんかにさせない。

 もう無理やりにでも彼の傍を勝ち取らなければいけない時なのだ。

「う、ぐぐぐ…! わ、分かったわよ! 手伝ってあげようじゃないの!」

 イノセントと直接やり合わずに済みそうなのはポイントが高いという計算がほんの少し入ってしまったこと。そもそものことを言えば、ついさっきもへたれてイノセントの部屋からすぐに逃げ帰って来てしまったせいで、こんな強硬手段を取る以外になくなってしまっていること。苦しい決断ではあってもその両方への腹立たしさもあって、半ばやけっぱち気味にキャロルは答えた。

「あ、ありがとうございます…!」

 するとサンの方からお礼の言葉が飛んで来た。彼女は少し申し訳なさそうな、それでもやはり嬉しそうな表情を浮かべている。どんな展開も覚悟しているようではあったものの、どうやら本当はそれなりに不安だったらしい。無理をさせずに済んだぎりぎりの所だったことにやっと気付いて、むしろごねていた事の申し訳なさが心の中に湧いて来てしまった。

「キャロがんばって!」

 膝の上のクリスにも応援された。作戦会議の雰囲気だけで十分に楽しいようだ。さっきから嬉しそうににこにこしている。こんな時に邪魔にならないようにしているだけでも偉いのに、なんだか愛おしくなってしまってキャロルはもう一度抱き締めた。

「なあ、やっぱりオレ達も出ることにするぞ。若い女の子に任せてばかりでおっさん達は後ろで待っているなんて訳にもいかないし」

「え?」

 カイゼルはそう申し出てくれたが、なぜかアルベが小さく声を漏らして固まっている。

「…うーん、こっちはもともと戦闘できるから、こうなるのも仕方ないって面もあるんだけど…。まあそれでもせっかくそう言ってくれたんだし、カイゼルにはちょっと手を貸してもらおうかな。クリスの近くに一人はいて欲しいからアルベはそのままとしても。だけど一番楽で安全で良い活躍ができるのは人質になった町人役だぞ」

「…それは嫌だ。」

 相変わらずディオは冗談なのか、それとも本気のつもりなのかよく分からないことを言っている。しかしそれでもカイゼルも力を貸してくれることになった。

「とはいっても呼び出すのはあいつ一人にするつもりだから、こんなのは全部予備の作戦みたいなものなんだけどな。あいつの相手は俺一人でやった方が危なくないし」

「……?」

 ディオの言葉にサンが首を傾げている。ディオもそれを見て言葉を続けた。

「いや、あいつだけ他の騎士と比べて明らかに別格なんだよ。さっきの詰所でだって、完全に俺だと認識したうえでサンから一歩離れていたからな」

「え、うそ…? 私、外に出るまで何が起こったのか、まるで分からなかったのに…。」

 サンは目を丸くしている。

「そうだぞ。キャロルなんかだったら魔法とかで一瞬のうちに動きを封じられて終わりだからな」

「や、やめてよ! そういうこと言うの!」

 突然話を振られたがキャロルは涙声になって叫んだ。想像しただけで目に涙が滲んでしまっているのだ。実際そうなったらどんな情けない様を晒すことになってしまうのか容易に分かる。

「だからキャロルを人質に使えれば楽だったのに。こいつ、せっかく『囚われのお姫様』っていう一番良い役を用意しておいたのに、『裏切り者の二重スパイ』にまで勝手に落ちぶれるんだもん」

「その言い方もやめてよ! 私そんなのじゃないし!」

「なんで自覚無いんだよ…。実際そうなっているんだからな? あ、というかキャロルならあいつが強いってこと知っているだろ」

 ディオの問いにキャロルは言葉を詰まらせてしまった。

「う…。…し、知らないのよ…。イノセントさん、危なそうなところには絶対に連れて行ってくれなかったから…。」

「…なんて使えないスパイなんだ……。」

 ディオは嫌な事を言うが、もともとそんなものでは無いのだから仕方ない。

「…あの、ディオさんは一人で大丈夫なんですか…? イノセントさん、魔法使えるのに…。」

「ちょーつよいからだいじょぶだ」

「………不安…――ううっ!」

 ぼそっと漏らしたサンはまたディオに頬を軽くつつかれている。意地悪されるのもぜんぶ分かった上でわざと言っているのではないだろうか、と変な考えが浮かんで来たがこれもまた確かめようもない。

「まあそういう訳だから、サンが強いのは分かっているけどあいつと俺がやり合う時には大人しく観戦してろよ」

「わ、分かりましたから!」

「…なんでディオ、サンちゃんがそんなに強いって知っていたの…?」

 またじゃれ合い始めている二人にキャロルは尋ねた。意地悪されている時も、むきになって言い返している時も、やはりただの可愛らしい女の子にしか見えない彼女がそこまで強いというのがキャロルの中では未だにうまく呑み込めない。

「いや、こっちからすればキャロルがそんなに驚いていることの方が良く分からないんだが…。そもそもサンは山賊が出るっていう道を一人でのこのこ歩いていたんだぞ。その後には草原を火の海に変えて騎士たちを蹴散らしたって話も本人から直接聞いたんだろ?」

「ま、また人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!」

 ディオの言い方にサンから悲鳴のような声が上がった。

「………お前ら、しょっちゅうこんな事やっているのか…。」

「…そ、それは僕も初めて聞いた…。…うちに騎士たちが捜索で押し入ったりしてないかな…? なんか心配になって来た…。」

 カイゼルとアルベの小さな呟きだったが、しっかりとサンの耳に届いてしまったらしい。

「ち、違うんです! 蹴散らしてなんかいませんよ! ただ追い払っただけですから! それにそもそもあれはディオさんが悪いんですもん!」

「ま、まだそれ言うのか!」

 熱の入り始めたサンにディオも熱くなって言い返している。

「それは言いますよ! だって私ただ道を歩いていただけであんな目に合わされたんですから!」

「だからそれは渡した宝石で解決しているじゃないか! 今も持ってんだろ! どうして自分が受け取ったのかそれ見てよく思い出してみろよ!」

「あっ! あれは…! あの、その…。」

「え、宝石?」

 サンがなぜかひどくそわそわし始めているが、それはキャロルの初めて聞く話だ。流れを切ってしまうような気がしたのだが、浮かんで来た疑問符に釣られて、つい尋ね返してしまった。するとすぐさまディオが何かを閃いたような顔を見せた。

「ん? あっ! そういうことか! お前、キャロルに自分がしっかり賄賂貰っていることは隠して話したんだろ!」

「え、ち、違いますよ! あれはそういうつもりで受け取ったんじゃありませんし! か、関係ないことだから話さなかっただけですし!」

「だからそれが無理のある言い訳だって言っているんだよ! ほら! あれ出してみろ! それでキャロルに判決でも下してもらえ!」

 ディオにそう言われると、サンはこれ以上ないほどに狼狽え始めた。

「…ん? なんでそんなに目が泳いでいるんだ?」

「べ、べべべ別に? そ、そそそそんなことありませんよ?」

「いや? なんかおかしいぞ…? いつもだったら何を言われようともすぐさま自分に都合の良い言い訳をして来るはずなのに…。………渡したあのルビー、ちょっと見せてみろ」

「えっ! いやいやいや! あれはやっぱり高価なものですし! こ、こう、ちょっと、私としてもあんまり人に見せびらかすようなことをするのは気が進まないというか、なんというか…。」

「つべこべ言うな! いいから出せ!」

「…………イノセントさんに渡しちゃいました……てへっ――いたい、いたい、いたいっ!」

(………本当にディオの選んだ子なんだな…。)

 尋ねたのは確か別の事だったはずなのだが、なぜかその事だけはすとんと腑に落ちた。

「なかよし?」

「うん、そう。仲良しだからああやって遊んでいるの」

 作戦会議もこれで終わりになったと分かったのか、ディオとサンの事を示して尋ねて来たクリスにキャロルは小さな声で答えてあげた。


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