第六話
「なんで、っお前……」
薄暗い路地で、小さな影が2人刃を向けあっている。
「なんで裏切る、モモ」
「殺せないんだもん」
眉を寄せながらたははと薄く笑って彼女はそう言った。殺せない人を殺せと指示されるから離反する。ただそれだけだと。
鈍く光を反射する研がれたナイフが、寸分のブレもなく目の前の同胞を捉えている。
「俺たちはとっくに捨てたはずだろ。変に情を覚えたやつらがどうなったか」
「死んだよ。死んだけど、マヤやあたしが生き延びてる間より満ち足りてただろうなって、今は思う」
「……何言ってんだ」
数分前に殴られてじくじく痛む鼻から血が垂れている。口に広がる鉄の味で、実行班として”まやかし”の名を与えられた少女の眉間にしわが寄った。
「どうせあたしもああなるんなら、その前に始末つけとかなきゃだろ。咲くんはウチに追われてるんだ」
「俺にここで負けるとは、考えてねぇワケかよ」
「そうだよ。お前じゃ殺せない」
「どうだか」
「それと、まだ確かなことがあって」
「んだよ」
イライラしていることを隠しもしないまやかしに、苔桃はにぃと歯を見せた。
「あたしもお前を殺せないんだ」
それが耳に届くやいなや、ご、とまやかしの薄い腹に拳がめり込んだ。
「が、ッ、あ」
取られる前にさっと手をひっこめた苔桃は、膝をついてなんとか呼吸しようとするまやかしから視線をそらさずに後ろへと歩く。まるで見えているかのように障害物を避け、軽やかに距離をあけていった。
「はっ、おいッ、どこ行……まさか」
「許して!ばいばいマヤ」
「んなっ!!テメエ!!」
言いながらなんとか投擲されたカッターナイフをひょいと避けて踵を返し、苔桃は走り去る。立ち上がれないまやかしのほうを振り返って右手を大きく振り、言い放った。
「先に地獄で待ってる!」
ーーー
「はぁああ…………どういうつもりだ、モモのやつ……」
そばかすの少女は汚れた室外機に背を預け、座り込んでいた。ボヤきながら、ゴシゴシと半分乾いた鼻の下を手の甲でこする。
──俺を殺す気がないことくらいわかってた。まやかしは思う。さんざん叩き込まれて手になじんだナイフを、向けこそしたが結局一度も振らなかった。この鼻血と腹の痛みが証明だった。
「あんな笑えるわけねぇだろ、……俺らのいじられた脳みそで……」
「脳?」
「っ」
そこへ、コツ、と靴の踵を響かせて男が現れた。
「こんばんは」
体を固くするまやかしの元へ迷いなく足音が近づいていく。うつむいた視界の端につま先が来るところで止まり、月光を遮ってまっすぐ上から見降ろした影のような男が口を開く。
「ナセストの子だね」
「……、あ!?」
跳ね起きて後ずさり構える少女に、その男は目を細めて尋ねた。
「ももちゃんのこと知ってる?」




