第09話 荒野に置いてけぼり
「ほら」
「わっ!?」
朝一番、鞘付きの刀を放る。
リンは慌てて受け取ろうとする。
しかし、手の中で滑らせ、一度は落としかけた。
「わわっ!?」
慌てて掴み直す。
リンは刀を見つめ、それから俺に怪訝そうな目を向けた。
「やるよ」
「えっ!?」
「剣より、そっちのがいいだろ?」
剣と刀は、似ているようで違う。
リンが積み重ねてきたものを活かすなら、刀のほうがいい。
だが、この世界では、剣と刀を比べれば剣のほうが圧倒的に主流だ。
刀は遠く東の限られた地でしか使われていない。
この辺りまで流通してくることは、ほとんどない。
「それは、はい……。
でも、いいんですか?」
「出世払いでいい」
だから、部下に東の果てまで探しに行ってもらった。
かなり値段を請求されたが、先行投資だ。
******
「よし、目隠しを取っていいぞ」
「はい」
リンはゆっくりと布を外した。
辺りを見渡し、しばらく固まっていた。
「……どこ?」
「大陸の西のほうだな」
「……西?」
当然だろう。
街の近くは、草原と麦畑、それに森が広がる穏やかな場所だった。
だが、ここには小さなオアシスがあるだけ。
見渡す限りの荒野だ。
「あの街から、ずっと遠いところだ。
魔法で、転移した」
「先生って、魔法が使えたんですか?」
リンは驚いたように俺を見る。
その胸元には、先ほど渡したばかりの刀が強く抱えられていた。
「お前、毎日見てただろ。
ほら、これだよ、これ」
俺はいつものように、人差し指の先に小さな火を灯してみせる。
そのまま、煙草に火をつけた。
「全然、違いますよ!」
即座に返ってきた言葉に、思わず苦笑する。
まあ、気持ちは分からなくもない。
リンにとっては、ライターの代わりでしかないのだから。
「これ、一週間分の食料な」
ドスッ、と音を立て、背中の荷物を地面へ置く。
久しぶりに軽くなった肩を、ゆっくり回した。
「えっ!?」
リンが目を丸くする。
「一人で生き延びてみせろ」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てた声が、荒野に響く。
俺は大地を軽く蹴り、そのまま宙に浮いた。
「また一週間後にくるから、がんばれ」
「せ、先生えええええっ!?」
さらに高度をあげる。
俺が使える転移魔法は、少しばかり使い勝手が悪い。
遮蔽物があると、そこで止まる。
だから、空高くまで飛ばなければならない。
ついでに、疲れる。
「あっ、言い忘れた」
「えっ!?」
俺は上昇を止め、下を見下ろした。
「どっちに向かっても、街までは十日は歩くから」
「……はい?」
リンの表情が固まった。
面白い顔だった。
「まあ、死ぬなよ」
「お、おにいいいいいいっ!」
荒野に、リンの叫び声が響き渡った。
******
「ふーーー……。」
リンがいるオアシスから遠く離れた岩山の中腹。
テントを張り終え、一息つきながら煙草に火をつける。
すでに陽は沈んでいる。
焚き火のそばに置いた岩を椅子代わりにして腰を下ろした。
「さて」
目を閉じ、能力を解放する。
意識が、どこまでも広がっていく。
すぐに、リンを捉えた。
「……また泣いてるのか」
さすがに音までは拾えない。
だが、リンが膝を抱え、項垂れて座り込んでいるのは分かった。
テントは張っている。
焚き火もある。
夕飯も済ませたらしい。
リンがこの世界に来て、三か月。
及第点をやろう。
「お前は、邪魔だ」
足元の石を拾って放る。
石は、リンへ向かおうとしていたサイクロプスの頭部を粉砕した。
首無しになったサイクロプスが、荒野に倒れ伏す。
少し遅れて、地を穿つような轟音が届く。
驚いたリンが飛び起き、辺りをキョロキョロと見渡している。
「くっくっくっ……。」
俺は肩を震わせた。
「お優しいのですね」
背後からかかった声に、振り返ることなく応える。
「まあ、今のあいつじゃ、まず勝てない相手だからな」
「……今度の勇者候補は、女ですか」
「言い方に棘があるな」
ただ、今夜は様子が妙だ。
振り返ると、女は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
長い銀髪。
褐色の肌。
ダークエルフの彼女の名前は、ネフェリア。
俺直属の隠密部隊、その筆頭を務める女だ。
「あの女の刀、探すのに苦労しました」
「おう、ありがとう」
「苦労しました」
「……ちゃんと聞こえてるぞ」
「褒美があってもよくありませんか?」
「……渡しただろ?」
どうしたのだろうか。
やけにしつこい。
普段のネフェリアはクールで、誰よりも自分に厳しい女だ。
「月が綺麗ですね」
「おう。雲一つ、ないしな」
急に夜空を見上げたネフェリアに、首を傾げる。
俺もネフェリアも暗視能力を持っている。
月が出ていようが、出ていまいが関係ない。
ネフェリアは眉を寄せ、じっと俺を睨んだ。
やがて、深くため息をついた。
「ずいぶんご無沙汰です。お情けをいただけませんか?」
「あーーー……。そういう気分じゃないんだが」
ようやく理解した。
ただ、千年以上も生きていると、この手の機微には疎くなる。
もっとも、ネフェリアも六百歳を超えているのだが。
「苦労しました」
「……分かった、分かったよ」
俺が愛しているのは、魔王である彼女一人だけ。
しかし、彼女は長い眠りが必要だ。
その間、俺の男としての欲求を満たせないことが、彼女には不満というより、不安らしい。
そこで、彼女は公認の相手を何人か用意している。
ネフェリアも、その一人だ。
そんな気遣いは必要ないのに。
「あとでな」
「やった!」
俺は、いつの間にか手を止めていた煙草を深く吸い込む。
ゆっくりと夜空へ煙を吐き出した。
まったく、賑やかな夜だ。




