第06話 眠り姫に語る昔話
「では、お食事はいつも通り、扉の前へ置かせていただきます」
「よろしく頼む」
魔王である彼女の私室。
静かで、広すぎる部屋。
何年経っても、ここだけは変わらない。
ここに帰ってくるのは、八年ぶりになる。
「ごゆるりとお過ごしくださいませ」
メイドが一礼して部屋を出ていく。
ようやく、二人きりになった。
俺は椅子をベッドのそばへ運び、そこに腰掛ける。
「眠り姫め……。
もう三十年になるぞ。いい加減、起きろよ」
彼女も、八年前と何も変わっていない。
組んだ両手を胸の上に置き、穏やかな寝息を立てている。
時間から切り離されたように。
「まあ、安心しろ。
宰相が上手くやってくれているよ」
「……俺は少し、失敗したけどな」
俺は返事を待つことなく、極上の煙草の封を切った。
取り出した一本を横にし、くわえる前に鼻を近づける。
深く息を吸った。
これこそ、極上だ。
「さて、どこから話そうかな?
今回の勇者候補は……。アレンって名前だったよ」
逸る気持ちを抑え、火をつける。
一本目から紫煙が立ち上がったところで、二本目にも火をつけた。
「馬鹿がつくほど一本気なやつでな。
稽古をつけてくれ、つけてくれと毎日うるさいやつだった」
一本目は灰皿と共に、彼女の手が届く場所へ置く。
二本目を吸う。
「まあ、八十点ってところだ。
試練をあと二つか三つ、乗り越えられれば……。
立派な勇者になっていた」
彼女は煙草を嗜まない。
たまに俺を真似をして吸い、ひどくむせる。
おまけに、『こんな毒、今すぐ止めろ!』と罵る。
しかし、このひと時を二人で分かち合いたかった。
「今度こそ、お前を満足させることも出来ていたはずだ。
なにせ、しつこくて……。諦めるってことを知らないやつだったからな」
ただ、彼女の寝顔の眉がかすかに寄った。
煙いのかもしれない。
灰皿を少しだけ遠ざけた。
「だけど、駄目だったよ」
膝の上に腕を乗せる。
安らかな彼女の寝顔に目を細めた。
「正義感だけは、誰よりも強かった。
街が次々と破壊されて……。焦って無茶をしたんだろうな」
二本目を吸い終わった。
続けざまに、三本目に火をつける。
「もう少し強く止めるべきだったかな……。
自分の限界を知る、良い機会だと思ったんだけどな……。」
二本目よりも、ゆっくりと味わう。
彼女の顔にかからないよう、煙を横へ流した。
「あんな雑魚に……。負けるはずなかったのに……。」
ベッドの天蓋を見上げる。
右手の煙草から紫煙が上り、天蓋へ届く前に消えてゆく。
「いや……。誰かを庇ったのか?」
目を瞑り、煙草をくわえる。
美味い。
だが、舌に残る味とは裏腹に、胸の奥には苦いものが残った。
「それとも……。」
言葉が止まる。
今更、考えたところで詮無きことだ。
アレンは、もう居ない。
千年以上の時を生きていようと、失ったものが戻ることはない。
嫌になるくらい、何度も見てきた。
「まっ、馬鹿なやつだったよ」
だから、俺は小さく笑った。
煙草を口元から離す。
立ち上る煙を眺めながら、しばらく黙った。
眠る彼女の顔を見る。
きっと、こんな話は聞きたくないだろう。
「あいつと初めて出会ったのは、パハンのビーチだ」
灰皿へ灰を落とす。
「ずいぶん昔のことだけど、一緒に行ったのを覚えているか?」
返事はない。
それでも、俺は続ける。
「お前、胸が小さいくせにビキニなんか付けるから、流されて慌ててたよな」
思わず、口元が緩む。
眠っている彼女の唇が、むっと尖ったように見えた。




