第02話 七十点の勇者
「暑い……。」
晴れ渡った青空。
入道雲が、夏の訪れを誇るように空高くそびえていた。
俺は木陰のベンチに寝そべり、煙草をくゆらせる。
「グレイ様、ここにいましたか」
ふと声をかけられ、頭を持ち上げる。
王国騎士団員の青年が、小走りでこちらへ向かってくる。
「おう、何だ?」
炎天下の中を駆けてくる相手を、寝転んだまま迎えるのも気が引ける。
面倒だが、身を起こしてベンチへ座り直した。
煙草をベンチでもみ消す。
グレイ・ヴィクトル。
今は、そう名乗っている。
本当の名前を知るのは、彼女だけで十分だ。
「陛下が夕食を一緒にどうか、とのことです」
「えーー……。今日は遠慮しておくよ」
「そう言わず、お願いします。
陛下は、グレイ様の旅の話を楽しみにされているんです」
「んーー……。それは俺も話していて感じるけどさ。
毎晩、こんなおっさんと飯を食って、何が楽しいんだ?」
彼女が眠りにつき、すでに三十年。
俺は世界を東へ、西へと渡り歩いていた。
四年前、面白そうなやつを見つけた。
以来、この国に腰を据えている。
気づいたら、騎士団の武術指南役に収まっていた。
「それでしたら、本日は伯爵家のご令嬢もお見えになるそうですよ」
「最近さ。気のせいかもしれないけど、そういうの多くないか?」
「い、いえ、そのようなことは……。」
「みんな、二十前だぞ?
おっさんと見合いさせられるなんて、可哀想じゃないか」
人付き合いが面倒なのが本音だ。
だが、お目当てのやつが騎士団へ入ってしまった。
仕方がない。
その上、困ったことに、この国の王様にまで気に入られてしまった。
「なるほど……。グレイ様は、もっと年上がお好みと」
「そうじゃない」
「分かりました。そう陛下にお伝えしておきます」
「だから、違うって言ってるだろ」
なぜ、素性も知れない平民を貴族にしたがるのか。
俺には、分からない。
去年の地方行幸で、ドラゴンの襲来を防いだのが、やはりまずかったか。
あれ以来、俺を見る目が変わった。
しかし、お目当てのやつは、才能に溢れていても、まだ未熟だ。
知性もない雑魚に殺されるなど、面白くなかった。
「師匠おおおおおっ!」
呼び声が聞こえた。
爽やかな笑顔を浮かべた青年が、こちらへ全力で駆けてくる。
噂をすれば、影だ。
「では、お伝えしましたよ」
「はいはい、ちゃんと行くよ」
俺は、新たな煙草に火をつける。
深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。
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「……で、なに?」
青年の腰には一本の剣。
右手にも、もう一本。
何をしに来たのかは、聞くまでもなかった。
彼の名前は、アレン・デ・ミレイ・フォード。
金髪碧眼。
伯爵家の次男。
剣の才能あり。
だが、何より素晴らしいのは、努力を続けられる才能を持っていることだ。
俺の見立てでは、未来の勇者として七十点以上。
「課題を済ませてきました!」
「うん、それで?」
「相手をお願いします!」
ただ、元気だけは少々ありすぎる。
だから、アレンに王都の外周を十周しろと言いつけた。
足腰を鍛えれば、体力も、体幹も鍛えられる。
ランニングは万能なトレーニングだからだ。
遅い昼食も済ませた。
あとは一服して、昼寝をするだけ。
少なくとも、夕方までは俺の時間のはずだった。
「お前、見て分からないか? 今、煙草を吸ったばかりだぞ」
「そこを何とかお願いします!」
いや、おかしい。
王都の外周を十周もしたら、普通はへばる。
その日の鍛錬を終えたくなるはずだ。
しかし、アレンは嘘をつくようなやつではない。
顔は火照り、汗が次から次へと滴り落ちている。
嘘ではないことくらい、見れば分かる。
それでも、汗を吸った服はきちんと着替え、俺の前に立つ。
そこに、伯爵家で育った品の良さを感じた。
俺は、苦笑を漏らしながら、右手を差し出す。
「あーー……。右手だけな」
「望むところです! 今日こそ、一本取ってみせます!」
アレンが目を輝かす。
剣を手渡す笑顔は、嬉しくて仕方ないといった様子だ。
もしアレンが犬族なら、今頃尻尾をぶんぶん振っている。
「ほら、いつでもいいぞ」
俺は鞘を放り、剣を肩に担ぐ。
口にくわえた煙草を、左手の指でつまむ。
それを見た瞬間、アレンが大きくバックステップをとった。
「うおおおおおおおおおっ!」
そして、突撃。
相変わらず元気だけはいい。
ただし、いつもながら動きが直線的なのはいただけない。
残念ながら、これは減点だ。




