第11話 勇者の品格
「ゴブウウウウッ!」
「はい、おつかれ」
街のシンボルになっている噴水。
その前に立つ。
左手には煙草。
右手には剣。
迫り来るモンスターを、片手間に斬り伏せる。
「コボルッ!」
「おう、また来世でがんばれ」
リンは激戦の東門へ向かった。
俺の役目は、この大通りの中心を守ることだ。
逃げ惑う者たちが集まる西門へ、モンスターを一匹たりとも向かわせない。
それで、リンは目の前の敵だけを見て戦える。
「オーオオオオクッ!」
「踏み込みが浅い。もう半歩だ。……次」
勇者とは、ただ強いだけでは駄目だ。
リンより強い者なら、いくらでもいる。
永い時の中で、そんなやつは飽きるほど見てきた。
「ゴブゴブゥ~~ッ!」
「勝てそうにないから、通り抜けようってか?」
「ゴブッフッ!?」
「剣が届かなくても、斬撃は飛ぶもんなんだぞ」
勇者とは、その名が示す通り、勇気ある者。
勇者とは、その気高き心で弱き者たちを奮い立たせ、勇気を与える者。
世界が、その輝きを認めたとき、勇者は勇者となる。
それに呼応し、魔王もまた目を覚ます。
「ほら、どうした? さっきまでの威勢はどこに行った?
考えるな。どうせ答えは変わらない」
世界に仕組まれた因果など、俺には興味がない。
俺にとって重要なのは、魔王である彼女が笑っていないと、世界が色褪せて見えることだけだ。
「いいね。それでこそ、モンスターだ。
問題は、どいつも雑魚ばかりってことだ」
彼女は、基本的に温厚だ。
めんどくさがり屋でもある。
彼女が目覚めると、魔王軍はおろか、世界中のモンスターが活気づく。
人間たちを皆殺しにする、と騒ぎ出す。
彼女は止めもしない。
かといって、積極的に命じることもない。
「宰相のやつ……。
前回が失敗だったからって、今度は加減しすぎだ」
しかし、彼女曰く、魔王には一つの呪縛が仕込まれているらしい。
発作的に湧き上がる、強烈な破壊衝動。
その衝動に飲まれた彼女は、残虐性を増し、大きな破壊を巻き起こす。
「東門のあの指揮官っぽいオーガ、大丈夫だろうな?
リンの糧になるくらいの相手ならいいんだけど……。」
そして、人間が追い込まれれば追い込まれるほど、世界は勇者へ力を与える。
最終的には、魔王すら凌駕し、世界に平和が戻る。
破壊。
再生。
維持。
世界は、そのワルツを永遠に踊り続ける。
偶然とは思えない。
誰かが、この世界をそうなるように作っている。
「つまらない仕事と思っていましたが……。
こんな地で、壁を見つけられるなんて、僥倖です」
「おっ!?」
「どうか、お相手願いたい」
だが、そこはどうでもいい。
勇者は育てるが、彼女は滅ぼさせない。
俺の目的は、それだけだ。
******
「名前は?」
煙草の火を、左手の中で揉み消す。
吸い殻を足元に落とし、女を見据えた。
「コウガと申します。
東方の生まれゆえ、この地では耳慣れぬ名でしょうが、妖狐と呼ばれる種にございます」
金色の髪を高く結い上げたポニーテール。
薄紫の着物に、赤い羽織。
腰には一振りの刀。
一言で言うなら、『侍』だ。
正確には、この世界では『サムラーイ』と呼ばれている。
「俺は、ノープ・メルツ。
今は、そう名乗っている」
「……今は?」
「その先を知りたいなら、勝ち取ってみせろ」
「ふふっ、面白いですね」
失敗したかもしれない。
俺が東門へ行き、リンにはここでコウガをぶつけるべきだった。
この辺りでは滅多にいない刀使い同士の戦い。
きっと大きな糧になったはずだ。
「では、参ります!」
「いつでも」
コウガは刀を鞘に納める。
静かに腰を落とし、息を細くした。
そして、ぴたりと動きを止める。
なるほど、『居合い抜き』か。
実力差を理解したうえで、たった一太刀に全てを懸ける。
嫌いじゃない。
その気迫に圧され、周囲の雑魚どもまで動きを止める。
「しっ!」
裂帛の気合とともに、コウガが一足飛び。
刀が閃いた。
次の瞬間。
「なっ!?」
俺は、首を狙った刃を、左手の指先で挟んだ。
「悪くない一撃だった。
だが、素直すぎるな」
言い終える頃には、コウガの背後へ回っていた。
「これほどとは……。ひゃあっ!?」
「一本、二本、三本。まだ若いな」
もふもふの尻尾の根元を掴み、その本数を数える。
妖狐は年を重ねるごとに、尻尾が増えるらしい。
もう逝ってしまった友人は、八本の尻尾を持ち、四百歳だった。
なら、三本なら百五十歳前後か。
「お前は、もっと強くなれる。
どうだ、俺の部下にならないか?
……って、どうした?」
「はわわわわっ……。」
気づけば、コウガは膝を落としていた。
頬を紅潮させ、全身を小刻みに震わせている。
「サウザンド様」
「ん?」
風に乗って、深いため息が聞こえた。
近くに潜んでいるネフェリアだ。
「獣人にとって、尻尾の付け根はとても敏感な場所です」
「あっ……。」
「今、思い出しましたね?」
「……そうだった」
再び、深いため息が聞こえた。
俺は思わず、確認するようにもう一度尻尾を握る。
カラン、と刀が地面に落ちる音がした。




