魔法がとけたら②
レンジャー部隊やアンバーたちの働きで、ランスヘッドバイパーの卵はほぼ回収された。
「きみのおかげで助かった」
以前サハラに連れて来られた給湯室兼事務室で、レンカは彼と向きあいすわっていた。
しかし、初めてほめられたというのに、レンカはすっきりしない。
「オアシス村でわたしを助けてくれたひとがタキトゥナだって、サハラさんは気づいていたんですね」
「本人がかくそうとしてるんだ、その意図を知りたいだろう」
「だから泳がせておいたんですか? 前の受付嬢のように?」
依頼初めに聞いた、サハラの強い声を思い出す。
──わたしはこの禍乱を治めたい。
彼は自分のゲームもキャラクターもとても大切にしている。
さっきも、タキトゥナが犯人だとわかったのに責めることはなかった。
ゲームへの被害は食い止めるが、再び彼が帰る場所を用意していたのかもしれない。
彼女のようにならないよう、タキトゥナを護るために。
全部レンカの想像だ。だがサハラは否定はせず、眼鏡のブリッジを中指でおさえレンカを見下ろした。
「いい機会だ、ここできみを雇った成果を聞こうか」
そろそろ呼び出される覚悟はしていた。
レンカは緊張気味に姿勢を正す。
「わたし、彼がテロリストだって気づけませんでした」
「そうだな、盲目になる恐れがあるから恋愛禁止だと釘を刺したんだ」
そこはぐうの音も出ない。
「それで、黒幕が誰かわかったのか」
レンカは首をふった。
「でも、一つだけわかったことがあります。このゲームに黒幕はいません」
「ほう」サハラの目がすっと目を細まる。
「酔っぱらいや多少荒ぶるキャラクターはいますが、『デザート無双2』を陥れようとする者はいないと思います」
「なぜそう思う?」
「みんな、このゲームが好きだからです。スレイヤーもN P Cも、クエストや生活を楽しんで生きています。黒幕がいるとしたらほかのゲーム、それがわたしの答えです」
そう、みんな。
タキトゥナですらも、本当はこのゲームが好きなはずだ。
あんなに楽しそうに遊んでいたのだから。
サハラが少し微笑んだように見えた。
「ご苦労だった。きみは立派に依頼を果たしてくれた。役目は終わりだ、仲間とともに自分のゲームへ帰るといい」
「わたしが帰ったら、受付はどうするんですか?」
「きみは心配しなくていい、しばらくは似た背格好のホログラムを立たせておく」
だが、レンカはぎゅっとひざをつかんで言った。
「まだ……帰れません。『憂国のシンデレラ』にバグを起こした犯人を見つけるまでは。わたし、そのために自分のゲームを出たんです」
「これ以上ここにいたら、来なきゃよかったと思う結果になるかもしれんぞ」
「脅しですか?」
「忠告だよ」
それ以上サハラは問いも命じもしなかった。
その代わり、一枚の地図をレンカにわたした。
「これを彼に返してやってくれ。きみも一泊した地下のホテルにいる」
犯罪者とエラーの預かり所、留置所。
再び訪れることになるとは思わなかったが、檻の中の面々は、前回と顔ぶれが変わっているように思えた。
(これまで収容されていたひとたちはどこへ行ったの?)
エラーを起こしたN P Cやクリーチャーは不具合を直しもどされたとして、P Kなど囚人たちも見当たらない。
削除されたのではと懸念が走ったが、この人材不足の中それはないだろう。
あの酔っぱらいの姿もなく、『デザート無双2』へ帰されたと思われる。
こんな短期間では改心したとも思えず、レンカは顔をあわせるのが怖かった。
(とにかく今は彼に会わなきゃ)
看守の案内でレンカが面会に行くと、彼はベッドに寝そべってカビの生えた天井を眺めていた。
レンカに気づき目線だけよこす。
「なんの用だ」
「そのベッド、固くて眠れないよね」
「へえ、ここ入ったことあるのか、あんた意外とやんちゃだな」
意地悪な笑みはあの短髪のときと同じで、やはり同一人物なのだとレンカは改めて思い知らされた。
「あのとき、オアシス村で助けてくれたわね、なぜ?」
「お前を助けるのに理由がいるのか?」
口説き文句のような返答に、かまえていた意識が溶かされる、
のも束の間。
「──と、あのキザ野郎なら答えるだろうな」
声高に笑われ、レンカは彼が誰のことを言っているのか、間をおいて気づいた。
スピネルが聞いたら顔色を変えずに剣を抜くだろう。
だが自分だって怒っている。レンカは顔を赤くして檻をつかんだ。
「わたしのことからかって楽しいの? 楽しいのね?」
「あー楽しかったね。あんたみたいな乙女脳は、助けてくれたらみんな王子さまなんだろ。おめでたいプログラムだよな」
くだらない言いあいがしたかった。
でも、こんな諍いがしたかったわけじゃない。
レンカはくやしくてくちびるを噛んだ。
「わたし、あんたじゃないわ」
「憶えてるさ、乙女ゲームのレンカ」
望んでいた答えではないのに、不覚にも呼ばれた名前がリフレインしてレンカの頭に響く。
「それで──話があるって言ってたな。なんだったんだ?」
採取クエストの日のことだ。わかっているのだろう、タキトゥナの口が弓なりに上がった。
「ああ、あんたおれのこと好きだったんだっけ」
かあっとレンカは顔が赤くなる。
「ひとの気持ちをもてあそんでおもしろがって最低よ!」
「そうだな、思い通りにならなかった世界でお前だけが操れた、こんなにおもしろいことはなかったな」
そして哄笑から一転、声色が急に怒気を帯びる。
「うぬぼれるなよ、お姫さま。すべての男がお前にかしずくと思ったら大間違いだ。そのままのあんたを愛してくれるのは攻略対象だけだ。あのときランスヘッドバイパーを追い払ったのは、あんたが主役級キャラクターだからだよ。あそこで食われたら、乙女ゲームの連中が介入してめんどうなことになる」
そう、あのとき余計なことに首を突っ込むなと警告されていた。
もう来るなとも。
だがレンカはみずから『デザート無双2』へやって来た。
タキトゥナがやさしく接してくれたのは、邪険にすれば警戒されるから、さりげなく監視するためだということももうわかっている。
それでも本人の口から聞きたかった。
「受付で再会したとき他人のふりしたのも、オアシス村でウィルスをまいていたことをかくすためだったの?」
「それもあんたがおじゃんにしたけどな」
レンカが騒がなければ、サハラに怪しまれることもなかっただろう。
憎しみのこもった目、笑顔の裏ではあんな顔で常に睨んでいたのだ。
「何がシンデレラだ、疫病神だよ、あんた」
吐き捨てるようにタキトゥナは言った。
涙が出そうだったが、もう一つこれだけはどうしても聞きたかった。
「どうしてウィルスなんかまいたの? バグが起きれば、ソフトまるごとアンインストールされてしまうわ」
タキトゥナは何も言わなかった。
「わたしは別のゲームのキャラクターだけど、『デザート無双2』が好き。消えてほしくない」
(プラットホームすべてのキャラクターが、平穏に生きられる環境を願っている)
それはサシミに話を聞いてもらい、彼が導いてくれた答えだ。
けれど今、目の前の本人は忌々しい口調でレンカのすべてを否定した。
「正しい選択をすれば幸せなエンドが待っている乙女ゲームなんて、ぬるくて吐き気がする。あんたがダウンロードされたときからきらいだったんだよ、消えろ!」




