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魔法がとけたら①

 ホールは混乱を極めていた。

 アサシンバグが飛び交う中、悲鳴や怒声をあげ逃げ惑うキャラクター、掲示板やクエストの受注書に(たか)るイモ虫の群れ。

 シャルキヤも異常を察知し、槍を持って出て行った。


「いったい何が起きたの?」

 三人は同じ場所へ走っていた。カイヤは端的に話す。


「いい? レンカよく聞いて。調べたら、ランスヘッドバイパーは『デザート無双2』には出て来ない、1だけのモンスターなんだ。けれど、前作は今ここにはダウンロードされていない」


「どういうこと?」

「きみは『オアシス村物語』でそいつに遭ったのはバグだって言ったけど、そもそもこのプラットホームに、ランスヘッドバイパーのリアルバージョンは存在しないんだよ」

 

 カイヤの導く答えがわかってきたレンカは、その先を聞くのがためらわれた。

「『デザート無双2』のキャラたちは、ランスヘッドバイパーと戦ったことなんてない。ましてや弱点なんて、ぼくみたいに攻略本を調べない限り知るはずもないんだ」


「──知ってるのは、前作に所属するサシミさんだけなのね」

「気づいてたのか? レンカ」

 アンバーが驚いて問い返す。

「さっきシャルキヤさんに聞いたのよ。サシミ──タキトゥナというの。彼が初代のキャラクターだって。でも、それで彼がウィルスをまいたということには……」

 

 仮説を立てるのに充分な情報はまだ満たない。だが、

「きみも予想ついてるから、ここへ来たんだろ!」

「!」

 

 カイヤが力いっぱいインベントリの扉を開くと、中の砂浜栗やカカオからは醜怪な虫があふれ、倉庫は以前とさま変わりしていた。

「これ……!」

「あいつ、ウィルスの入った素材をここにかくして、少しずつばらまいてたんだ!」

 カイヤの険しい声に、レンカはサシミとここで会ったことを思い出した。


 プレイヤーの倉庫なのだから彼がいて当然と思ったが、確かにあのときのサシミは不自然な挙動をしていた。

 レンカが急に入って来たから、荷物を奥に片づけるふりをしてごまかしたような……

 

 レンカは落ちているカクタス弾Xをひろった。上級クエストで彼が教えてくれたアイテムだ。

 転がるマグに、あたたかなミルクの香りも甦る。

(あれも嘘? 話を聞いてくれたことも?)

 

 認められず思い惑うレンカに、カイヤの叱咤が飛んだ。 

「なんでそんなに頭が悪いんだよ、物語の中ならそれもかわいくていいさ。でも騙されたんだぞ、いい加減わかれよ!」

「その通りだ」

 どこからか、聞き覚えのある声がした。


「貴様!」

 アンバーとカイヤが見上げる積み上がった荷物の天辺には、無表情でこちらを睥睨するサシミがいた。

 いや、タキトゥナか。


(あれがサシミさん? まるで違うひとのよう)

 レンカは信じられなかった。

 冷たい顔、冷たい声。言葉遣いも表情もこれまでと別人のようだ。

 だが今の彼なら、オアシス村で会ったタキトゥナだと断言できた。


「攻略対象なんてあまやかすやつばかりだと思ったが、手厳しいナイトもいるんだ、あんた」

 カイヤに小馬鹿な視線を投げる。

 それでも、少しでも信じていたかった。彼がテロなど起こすはずはないと。


「おれがテロリストだと信じられないって顔だな」

 タキトゥナはレンカの考えを読んだのか、嘲るように口をゆがめた。

 アンバーが剣を抜き、カイヤの声も一段低まる。


「オアシス村にバグを起こすため、ランスヘッドバイパーを放ったのはあんただろ。『デザート無双2』にはいないモンスターをどうやって連れて来た?」

「カイヤ、先に騒ぎを治めるぞ」

「いや、放っとけば大蛇はどこかにまた出現するよ」

 

 睨むカイヤへ、タキトゥナは興味がなさそうに言い捨てた。

「そうだな、そろそろ各地でパニックが起きるころだろう」

 あんな大蛇がその辺に何匹も現れたら、ミニキャラの動物でなくともまる呑み必至である。

 想像してレンカは焦燥で汗ばんだ。


(ミニキャラ、動物……)

 ──あんなところに卵がある!

 彼らはそう叫んでいた。

 ランスヘッドバイパーの卵は、確かオアシス村の畑に埋まっていた。


(タキトゥナは1から2へ移行した際、卵も持って来たんだ!)

 モンスターは連れて来られないが、素材なら可能だ。

 ゲームは存在しないのにどうやって彼だけ移行したのか。


 だが今はそれよりも、

「黄色いまだら模様の殻がランスヘッドバイパーの卵よ、探して孵化する前に処置して!」

 レンカの指示でカイヤはすぐさま倉庫を飛び出した。

「頼んだぞ、アンバー!」


 タキトゥナは苦い顔で音高く舌を打つと、荷物の山から飛び降り剣を持つアンバーへ湾刀(シャムシール)を向けた。

「そこをどけ」

「乙女ゲームのキャラだからってなめるなよ、こう見えて素人じゃない」

(素人だよ!)

 レンカは自信満々にかまえるアンバーへ胸中突っ込む。


 一見手練れの雰囲気をかもし出してはいるが、王子役のアンバーは作中剣劇のシーンがあっただけで実戦経験はない。

 レンカのチャンバラに毛が生えたようなものである。


「行くぞ!」

 先に鋭い突きを仕掛けるが、当然機先を削がれる。

「ぬう」

 懲りずに刃を返し、薙ぎ払い袈裟斬りと、相手の湾刀(シャムシール)を砕きそうな剣気だったが、タキトゥナは最小限の動きで躱す。

 

 アンバーは怒り心頭で、肩口、鳩尾、心臓と急所へ連撃をくり出した。

 のどを狙った剣先を、タキトゥナは顎を上げ仰け反る。

 ここまでの立ち回りで、彼は一度も湾刀(シャムシール)を使っていない。


(シャルキヤさんの言った通りめっぽう強い!)

 タキトゥナが身を翻し視線がはずれたすきを突くも、半歩足を引いただけで、ふり返りもせずブレイドがかちあう。

 だが身長と馬鹿力はアンバーが優っており、大胆に踏み込んだ攻撃にタキトゥナは体勢を崩した──


「もらった!」

 ──ふりをしたようで、すねを思い切り蹴られアンバーは派手に転倒した。


「貴様、汚い真似を! 騎士道に反するぞ!」

「モンスターにそれ言えるのか」

 タキトゥナは湾刀(シャムシール)をアンバーに突きつけながら、レンカへ蔑する目つきを向ける。

「これまではまわりが護ってくれたようだが、もうそうはいかない。今までは主役でも、ここは群像劇なんでね」

 今にも刀がアンバーののどを切り裂きそうで、レンカははらはらと切っ先から目を離せなかった。


「さて、攻略対象がひとり減ったらどうなるか──」

「アンバー伏せて!」

 一声で閃光が放たれ、発煙弾が爆ぜた。

 

 レンカが投じたカクタス弾Xで展張する煙霧。

 スモークの中、咳き込みながら出て来たタキトゥナの背後から、すっと刃が光った。

 タキトゥナが目を見開いてふり返る。


「レンカを傷つける者は万死に値する」

 台本めいたセリフとともに現れた黒装束の男に、今度はレンカとアンバーも驚いて叫んだ。

「スピネル!」

 

 これまでどこにいたのだろう、自分のゲーム『憂国のシンデレラ』か。

 役柄と同じ隠密行動に長けている彼なら、スレイヤーの背後を取るのも可能なのかもしれない。

 スピネルは慣れた手つきでタキトゥナを縛りあげた。


「ありがとう、スピネル」

「礼などいい、お前に危害を加える者を駆除するのがおれの仕事だ」

 それも本編で聞いたことがあったが、スピネルの口のはしが得意げに上がっているので、レンカとアンバーは微笑ましくうなずいた。

 しかしまずは、拘束したタキトゥナの身柄が問題である。


「お前らを殺そうとしたんだ。ここで()っていいか」

「わたしは別にかまわんが」

「だめに決まってるでしょ!」

 

 スピネルに首に刃を当てられ、自分の生殺がかかっているのに、当の本人のタキトゥナは喚きもせず縛られたまま黙ってすわっている。

 ウィルスをまくという目的を果たし、何もかもどうでもいいように見えた。


「タキトゥナ、どうしてこんなことを?」

「理由を言ったら理解できるのか? お姫さまのあんたに」

 不気味にも彼は小さく笑っていた。

 くっくっというくぐもった声はやがて高笑いに変わり、レンカたちは呆然と彼を見下ろした。


「もう遅い、最後のウィルスは自己増殖する。このゲームは終わりなんだよ、あんたたちもさっさと自分の巣へ帰ったほうが安全だぜ」

「何言ってるの、うちのゲームだってバグが出たからここに……!」

 

 そのとき、レンジャー部隊の声がホールから聞こえた。

「主任、ホール、フィールドともに沈静いたしました!」

 驚きをかくせずタキトゥナがふり返ると、個人倉庫へサハラが入って来た。こんな非常時でも歩調は落ち着いている。


「あんたの仕業か……!」

「残念だったな、タキトゥナ」

「……気づいてたのか、やっぱりあんた曲者だな」

 タキトゥナは苦笑して顔を上げた。


「あれだけのウィルス、こんなに早くどうやって駆除したんだ」

「なに、もとは全部この個人倉庫にあるのはわかっていた。まとめてトリックウィルスに変換しただけだ」

「トリックウィルス?」

「無効化してダミーのウィルスを作るのさ」


 そういえば、ホールで悲鳴があがったため襲われたと思ったが、確認はしなかった。

 アサシンバグもイモ虫もただ動いていただけで、キャラクターや画像に実害が出たわけではなかったのだ。

 ほっとするレンカだったが、サハラは深刻な顔でタキトゥナに迫る。


「教えてくれ、タキトゥナ。司令塔は誰だ。最後のバグがまだ残っているのだろう。このままでは、大型アップデートが厄災となってしまう」

「あんたがいれば万事解決だろ、みんなに必要とされてるんだからな」

 タキトゥナは自嘲気味に笑うと、やって来た警備員に連行された。

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