クエスト de デート③
クエストからもどったレンカはカイヤにエイヒレをわたすと、彼の機嫌がいいうちにシャルキヤを捜しに行った。
今日はアップデート前のメンテナンスで、数時間プレイヤーのログインはない。
彼女は裏庭で槍の素ぶりの最中だった。
裏庭とはクエストの訓練場で、モンスターは出ないが採取の体験ならできるちょっとした擬似砂漠のフィールドだ。
《どうしたのレンカ、そんな砂だらけで》
自分も砂だらけの防具をはずし、まじまじとレンカを見る。
「これ、おみやげです」
手わたされたかごいっぱいの果実にシャルキヤは驚く。
《まあカカオ! これだけあればチョコが作れるわ》
「サハラさんにあげるんですか?」
凄みのある美貌の持ち主なのに、頬を染めて照れる姿は本当にかわいい。
レンカは、彼女を見ていると、自分のテクニックばかりを追いかける恋が打算的に思えた。
乙女ゲームのようなリアリティのない恋はごめんだと言っておきながら、相手の気のない態度はずっと認められずにいる。
自分はヒロインなのにこんな扱いはありえない、と。
フリーズしたように止まったレンカを、シャルキヤは心配そうにのぞき込んだ。
《レンカ、大丈夫ですか?》
(そうだ、ここに来たのは理由があるんだ)
レンカは木陰にシャルキヤを誘い、目下の案件を話し始めた。
「あの、サハラさんの攻略なんですが」
彼女はキラキラした瞳で見つめ返してくる。朗報を聞く気満々である。
「シャルキヤさん、装備を変えても倒せないモンスターもいるって言いましたよね。でも、わたし思うんですけど、自分のレベルを上げないと相手のフィールドにすら入れないっていうか」
シャルキヤは食い入るような顔で聞いている。
「あっ違うんです、シャルキヤさんのレベルが低いとかそういうことではなく」
レンカはあわてて手のひらをふった。
「相手のフィールド、っていうのは……」
サシミの顔が浮かんだ。
採取クエストに出かけて、思ったことがあった。
彼は上級クエストに助けに来てくれたが、それはカイヤに頼まれたからだ。
個人倉庫で会ったときも、落ち込むレンカに「何も言わないでいてくれた」のは、気遣いではなく、単に興味がなかったから。
本当に心配してくれているのは、あの三人だ。
レンカはサシミの登場がフラグや運命だと信じていた。
しかし実際は相手の記憶にもなければ、なんとも思われていなかった。
自分は明日フラれるかもしれない。
さっきの採取クエストはあんなに楽しかったのに、ふつうの恋がしたくて望みは叶ったのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
レンカの目からひとつぶ涙が落ちた。
主役やモブにこだわっていたのは、カイヤでなくきっと自分のほうだ。
《どうしてあなたが泣くの?》
シャルキヤはやさしい声で尋ねてくれたが、レンカは自分の気持ちでいっぱいになっていた。
(サシミさんのわたしへの接し方でわかったことがある)
サハラもまた、シャルキヤをただのキャラクターとしてしか見ていない。
それに気づいてしまったレンカは、彼女の恋をどうすることもできず、ただこうして伝えるしかなかったのだ。
自分と同じ、勝算のないクエストです──と。
「ごめんなさい。まかせてって約束したのに」
ふがいなくてレンカがうつむくと、シャルキヤも目を伏せて言った。
《いいの、届かないのはわかっているんです。とっくに》
困った顔でシャルキヤは笑った。
きっとサハラは、シャルキヤのことも気にかけている。
だが特別ではないのだ。それはシャルキヤも知っている。
ではなぜ、彼女はレンカのところへ相談に来たのだろう。
《だからといってあきらめたわけじゃないの。力になってほしいというのは、そこから一歩あのひとに近づきたいから》
「でも本当のわたしは、ルート数の経験値しかない空っぽのキャラクターです。恋愛のエキスパートでもなんでもないし、自分のゲーム内の問題すら解決できない」
レンカは、自分のゲームがコンプリートされて初めてプラットホームへ出たことを話した。
行く先々のゲームでもトラブル尽くしだったことも。
「わたしのやり方なんて打算的なんです。シャルキヤさんみたいなピュアなひとには、きっとふさわしくない」
《あら、打算で何がいけないの? 兵法は基本だわ。モンスターを狙うときだって時間や策略を計算します。それに、サハラがわたしのことをあんなにまっすぐ見てくれたのは、あのドレスアップした日が初めてなんですよ》
シャルキヤの瞳は光を失っていなかった。
《あなたは空っぽなんかじゃない。いろんなゲームでいろんな経験をしたのでしょう? さあ教えてレンカ。あなたの言う、相手のフィールドへ殴り込むためのレベル上げの方法を!》
シャルキヤに肩をつかまれ、レンカは初めてエリクシルを飲んだときのように、力が沸いてくるのを感じた。
恋が叶ったよろこびではないけれど、同志ができたようなそんな高ぶり。
(美少女ゲームで勉強したじゃない)
『ラブコンチェルト』のキャラクターたちは、みんなそれぞれに魅力があった。
攻略対象は待つのが仕事と思われがちだが、自分の魅力を最大限に引き出さなくては、プレイヤーの心をつかめない。
レンカはゲームの中の彼女たちを思い出してみた。
健気な子、勝気な子と個性はあるが、共通しているのは、ギャップもまぜつつも自分らしさをうまく表現できていることだ。
主人公の好みではなく、みな自分に似あう髪型や服装でアピールしている。
「そうよ、まるごとのシャルキヤさんで勝負するんです!」
レンカは受付の控え室にシャルキヤを連れて行くと、鏡の前にすわってもらった。
《また着替えるの?》
「いいえ、いつもの装備で」
チークもリップも血色に近い色を選び、髪は下ろしてラフに流す。アーマーは砂を落としてはたくだけ。
マントの代わりに前回の毛皮を巻けば、健康美あふれる堂々としたスレイヤーの完成だ。
「テーマは恋の勝利者です!」
鏡の中の自分をのぞいたシャルキヤは、ほうっと息をついた。
《すごくわたしらしいのね》
「そのひとに似あうスタイルが一番素敵に見えるって基本を、わたし忘れてました」
《ありがとう、きっとわたしに足りなかったものの一つは自信ですね》
シャルキヤはかわいくて強くて美しく、そのままでもじゅうぶん魅力的だとレンカは思っていたが、そこには光る存在感を放つひとりのキャラクターがいた。
《わたし、サハラを攻略します。クエストだって、何度失敗しても少しずつレベルを上げていけば、いつかはクリティカルが出るでしょ?》
「どんなにレアなモンスターでも!」
《ドロップ率1パーセントの恋でも!》
「《目指せカンスト女子!》」
ふたりはお腹をかかえて笑った。
ふと、笑い過ぎて涙目になったレンカの眼前を、見覚えのあるキャラクターが走って行った。
砂漠に生えるサボテンの向こうに、見えかくれする小さな影。
「あ、あいつ!」
《どうしたの? 知りあい?》
「あのねこ、『オアシス村物語』のキャラクターなんですよね。前に『エピックオブドラグーン』でも見たんです」
《レンカがついて行ったら素材にされかけたというイベントの》
シャルキヤが苦笑する。
「イ、イベントじゃないですよ! いやそれはともかく、二つのゲームは海中でつながっていたんです。あのねこがここにもいるってことは、『デザート無双2』もゲートを介さず行き来できる抜け道があるんじゃ」
レンカも受付に在籍して知ったルールだが、基本ほかのゲームに赴くには、そのゲームの許可がいる。
国同士の取り決めと同じで、秘密のルートを通って入るのは不法入国に値するのだ。
(それじゃ、サシミさん──のそっくりさんも違法にオアシス村に入った?)
思い出したレンカに、シャルキヤが提案を持ちかけた。
《抜け道ならタキトゥナがくわしいかもしれませんよ》
「タキトゥナ?」
そんな名前のキャラクターは聞いたことがない。
《うちで一番古参のスレイヤーです。彼は地図係でもありますから》
「地図係って言ったら……」
《ああ、今はサシミでしたね》
意外な名前が飛び出し、レンカはどくん、と鼓動が大きく胸を打った。
《サシミはプレイヤーがつけた名前です。好きな食べもののようで、わたしもP Cだったときはハラミと呼ばれていました》
(そうか、サシミさんが前のP Cと入れ替わったなら、当然名前も引き継ぐはず!)
プレイヤーのネーミングセンスにはもの申したい気持ちもあったが、レンカはまっ先に訊いておきたいことがあった。
「あの、サシミ……タキトゥナって、以前は短髪でしたか?」
《ええ、さっぱりとした髪型でしたよ。今は前のP Cにあわせてキャラメイクを変えたのでしょう》
(キャラメイク!)
肌の色も髪型も、プレイヤーにカスタマイズされたものだったのだ。
胸のつかえがすとんと腑に落ち、レンカはすっきりとした。
(あれ、じゃあオアシス村にいたのはやっぱりサシミさんだったんじゃ? なぜ嘘をついたの?)
謎が解けたそばから新たな疑問が湧いてくる。
「シャルキヤさん、タキトゥナはどんなキャラクターですか?」
《そうですね……わたしは『デザート無双2』のキャラなので以前の彼は知りませんが、明朗なかただと思います》
明るい、ということは現在の彼でだいたいあっている。
だがシャルキヤの言ったことには、一つ引っかかる点があった。
「待って、さっき古参って言いましたよね。シャルキヤさんが『デザート無双2』のキャラってことは、タキトゥナは?」
《彼は無印、つまり『デザート無双1』の出身です。初代からのキャラは彼しかいません。めっぽう強いそうですが、地図作成ばかりしている変人だとほかのスレイヤーが噂していました》
確かに彼は、クエストなんて久しぶりだと言っていた。
インベントリに預けている剛剣も、もともとのP Cの持ちものだから使っているだけだ。
イレギュラーなキャラクターなのかもしれない。
(そう、それだけよ)
なのに、暗雲が胸に広がっていく。
そんなレンカの不安を裏打ちするかのように、アンバーとカイヤが裏庭へ飛び込んで来た。
「レンカ、すぐにもどれ! ゲームが大変だ!」
「デバッファーが暴走して……あいつだよ、サシミがウィルスをまいたんだ!」
カイヤの目はいつものひねたまなざしと違い、怒りで深い青に発光していた。
レンカは弾かれたように駆け出した。
(サシミさん──タキトゥナはどこ?)
〝フィールド? or インベントリ?〟




