クエスト de デート②
男は留置所に入れられることになった。
さすがにサハラもレンカに頭を下げ、厳しく罰することを約束した。
今回の件は、カイヤにはあのふたりには伝えぬよう口止めをした。
アンバーはともかく、スピネルに知れたら留置所まで男を殺しに行きかねないし、レンカも強制的に連れもどされてしまうだろう。
ウィルステロの黒幕を見つけるまでは帰るわけにはいかない。
サハラは気遣ってくれたのか、今日はカウンター業務ははずれていいと指示された。
それなら掃除でもしようと、箒を持って個人倉庫へ向かう。
ここはプレイヤーの装具やドロップアイテムをしまうインベントリだ。
「やあ、仕事?」
サシミは初め困惑したようにレンカを見た。
レンカもひとがいるとは思わなかったが、プレイヤーの倉庫なのだからP Cが利用してもおかしくはない。
中はおもちゃ箱をひっくり返したように散らかっていた。
サシミは雑多とした床の荷物を奥に片づけ、すわるスペースを作ってくれた。
「飲まない?」と、あたためたラクダのミルクを注いでくれる。
マグを受け取りながら、レンカはサシミを見上げた。
(あのこと、何も言わないでいてくれるんだ)
こんなときあの三人だったら、やかましく首を突っ込んで来る。過保護な父親か兄のように。
それがいつも三倍だから煩わしい。
だが今はあたたかなミルクのおかげか不思議と安心した気持ちになり、レンカは自分から口を開いていた。
今回の事件で、誰かに聞いてほしいことがたくさんあった。
襲われて怖かったこと、乙女ゲーム出身というだけで色眼鏡で見られること。
「シャルキヤさんみたいに強くなれば見くびられることはないのかな」
サシミは黙って聞いていたが、やおらメニュー画面を開くと、P Cのアイテムボックスをスクロールしてレンカに見せた。
「カクタス弾EX、飲み水、イチジク、短剣……クエストに持参するアイテムって、数が決まってるんだ。武器だって一つしか持って行けない」
彼が何を言おうとしているのかわからず、レンカは混乱する。
「つまりさ、きみは何も失わずに強くなりたいって言ってるんだよ」
「そんなこと……」
「でも変われないだろ? ヒロインの肩書きを捨てられるかい? そのガラスの靴を脱いで、一生軍靴で過ごせるかい?」
思わず足先を引く。
「アイテムのようにどれかはおいて行かないと、どこにも行けないよ」
なぐさめてくれるものと思っていたレンカは、いつもと違うサシミの厳しい指摘に戸惑った。
(でも、それこそが捨てるべきあまえなのかもしれない)
サシミの言葉をミルクといっしょにレンカは飲み込んだ。
そう、『憂国のシンデレラ』でもいつだって選択して進んできた。
選ぶことは捨てること。
それは、すべてのシミュレーションゲームにおいてのセオリーだ。
「きみが護りたいものって? 自分? 攻略対象?」
(護りたいもの……)
初めは自分のゲームが大切でバグを見つけようとした。
でも今は『デザート無双2』や『ラブコンチェルト』だってバグは起きてほしくない。
プラットホームすべてのキャラクターが、平穏に生きられる環境を願っている。
(強さってなんだろう)
ふと、あの酔っぱらいが受注しようとしていたクエストに行ってみようかと思った。
用紙を見るだけでいやな記憶が甦りそうだったが、まずはそんな身近なトラウマを克服しなければ次へ進めない気がした。
レンカはマグをおいてサシミを見上げた。
「サシミさん、採取クエスト、いっしょに行きませんか?」
サシミは最初驚いた顔をしていたが快く承知してくれた。
「いいよ、世界で一番小さなパーティだね」
無邪気な微笑みに、また複雑な気持ちになる。
(いやではないんだろうけど、特に意識もしてないんだろうな)
彼はいつも笑っているが、何を考えているかわからない。
またそうでないときの表情は冷たく見えて、笑っていてもいなくても不安になる。
午後は、健康促進休暇という名目で休みをもらった。
ブラックでもコンプラ意識はあるらしい。もちろんプレイヤーがログインするまでの時間だが。
カウンターへ受注に行くと、案の定サハラとカイヤはしぶい顔で対応してきた。
「わざわざオフにクエストへ行くのかね」
「へ~サシミとね~」
(健康のためですから、なんと言われても楽しんで来ますから!)
引きつった笑顔で返し、今度は自分も万全の装備で砂漠へ向かった。
熊手やスコップを手に、早速貝掘りに興じる。
「出ました、砂浜栗!」
「こっちのほうが大きいよ!」
やはりどこでも獲れるのは、あのウィルスが入っていた大きな二枚貝だ。
たわいない会話ができるのが楽しくてレンカは笑った。
あはは、うふふとそこだけ煌めくエフェクトがかかっている。カイヤが見たらまたうんざりと舌を出すような。
しばらく行くと、オアシスに着いた。
「カカオの木だ」
サシミが指す先を見れば、水際に実のなった一本の木が立っている。
サボテン以外にも植物があったことに驚くレンカだったが、
「まさかこれも爆弾?」
回収をためらっていると、サシミは笑って一つをもぎった。
「これは普通の食材だよ、実を集めるとチョコが作れるんだ。獲っておくと、バレンタインイベントで使えるよ」
ふーんと平静を装いながらレンカはカカオを収穫する。
「サシミさんは……誰かにもらったことあるんですか?」
「うん、あるよ」
「誰に? 『ラブコン』の子!?」
「前の受付嬢。N P Cみんなにくれたんだ」
義理チョコということは、とりあえず決まった恋人はいなさそうだ。ほっと息をつく。
もっといろんな話がしたい。くだらないことで言いあいもしたい。
(それに、手がつなぎたいな)
カカオを持つ形のいい指に自然と目が行った。
サシミは、いつもソロで行くせいか少なからず楽しそうに見えた。
彼は誰かと連れ立ってクエストに行くことはない。
──お前がひとりで地図作成ばかりやってるからだ。
そう、サハラも言っていた。
「サシミさんは、どうして地図係をやってるんですか?」
サシミは、個人倉庫で会ったときのように少し驚いた顔をした。
「うーん、性にあってるからかな」
「それは最初に聞きました」
「ぼく言ったっけ?」
「ええと、サハラさんにそう言ってるのを……」
もごもごとそっぽを向くレンカを、サシミはくすりと笑う。
「ぼくが作るのは運営が出すものとは違う、自分で歩いて記録した地図なんだ。地図ってさ、どこにでも行けてすごいよね」
太陽に照らされた笑顔が眩しくて、レンカはぎゅっと自分の胸に手を当てた。
初めての恋は思ったより心臓にくる。
サシミが不思議そうな顔をするので、らちが明かずレンカは思わず声をあげた。
「わ、わたし、あなたのことがもっと知りたいんです!」
言ってしまいまっ赤になって後悔した。自分から告白してしまったら攻略は終了だ。
だがサシミは、これまでにない真剣な顔で答える。
「わかった、ついて来て」
手持ちの地図を開くと、サシミは砂丘に向かってざくざくと歩き出す。
「ぼくのそばを離れないで。ひとりじゃだめなんだ」
なんなら手もつなぐ。
この時点でおかしいと思わなければいけなかったのだが、初めての相手からのアクションに、レンカの思考は処理落ち寸前だった。
トラウマの克服ミッションなどとっくに吹っ飛んでいた。
(え? え? どういうこと?)
「ぼくだけの秘密、教えるよ」
そう言って砂丘に立ったサシミの姿が突然陰る。
彼の頭上を、一部屋分の絨毯ほどもある何かが滑空した。
いくつもの羽の影が逆光に飛来する。
(あれは……!)
「ここは砂飛びエイの通り道なんだ!」
うれしそうにサシミはふり返った。
煌めく砂を従えて、次々と空を横切って行く巨大なエイたち。
砂から飛び出し空中を飛んでは、また砂の中へもぐって泳ぐ。
砂と同じ色のまだら模様の大群が移動するさまは幻想的だ。
「このスポットは公式でも発表されていないんだよ」
「こんなにきれいなのに人気がないんですか? この生きもの」
「『デザート無双2』では雑魚レベルでさ、あまり素材にならないんだ」
(これをわたしに見せたかったんだ、楽しそうだからまあいいか)
レンカは嬉々として語るサシミを微笑ましく見た。
「食うとうまいのになあ」
(ん? 今なんて?)
サシミはいそいそと道具を取り出し組み立て始めると、
「さ、これ持って」とレンカに釣竿をわたし、いっしょににぎった。
糸の先には二度と見たくなかったワームパスタがついている。
「釣りってまさか」
「そう、砂飛びエイを狩って帰るよ!」
サシミがヒュッと糸を投げると、すぐに一匹が食いついた。
とたん砂にもぐられ、ものすごい力で引っ張られる。
「サシミさん、持って行かれます!」
「手を離さないで!」
サシミは釣竿をレンカにまかせると、自分は砂丘をすべり降りた。
「えっ? ちょっとサシミさん!?」
「なんとか堪えて!」
「そんなこと言われても……ぉおわああああ!」
言われた通り釣竿をにぎり続けた結果、レンカは勢いよく砂地に投げ出された。
砂飛びエイはかなりのスピードで地下を泳いでおり、砂上をどんどん引きずられる。
今回は防具を身につけているのでダメージは少ないが、無事にもどれる気がしない。
(釣りってこういうのだっけー!?)
もうもうと舞う砂煙の中、サシミは砂飛びエイに並んで低く疾駆している。
砂がまた盛り上がると四肢を曲げ身を沈め、彼が高く跳躍するのが見えた。
(エイが──来る!)
浮上した砂飛びエイの背を目がけて着地するサシミ。
レンカのゴーグルに、逆手に持った刃物でまっすぐ脊椎を突くシルエットが映った。
それは、これまで見たことのない表情だった。
獲物を狩るときは、あんなに喜悦に満ちた顔をするのか。怖いくらいだ。
走行は列車のようにゆっくりとストップした。どうやら絶命したようだ。
サシミは砂飛びエイの背から飛び降りると、半分砂に埋もれかかったレンカを引っ張り上げた。
「ありがとう、助かったよ」
砂にまぶされ、
(揚げる前のとんかつみたいになったヒロインにまず言うセリフがそれ?)
レンカはさすがに一言もの申すつもりだったが、
「ね? このクエスト、ひとりじゃだめなんだ」
サシミに満面の笑みで微笑まれると、秒で許してしまう自分がいた。
これでは、カイヤたちの言う通りチョロインではないか。
(だってサシミさん、いつもの笑顔と違うもの)
そう気づいたとき、サハラの言葉が思い出された。
きみの笑顔、魅力がないんだよね。目が笑ってないというか──
サシミも、何を考えているのかわからないふだんの茫漠とした雰囲気より、今のほうがずっと生気を感じる。
浴びた砂は顔をふって払うと、翻った髪にまじってきらきらと反射し、美しかった。
彼はすでに獲物の解体に入り、ヒレを分断しているところだった。
よく見るとP Cの持ちものであるいつもの剛剣ではなく、細身の湾刀を使用している。
そういえば、さっき砂飛びエイにとどめを刺したのもこの刀だった。
(あれがマイ刀なのかな)
慣れた手さばきで作業をするサシミは、背中越しのままレンカに訊いてくる。
「これ、受付のきみのお友だちにもおすそ分けする?」
「カイヤに? なぜ?」
「彼、いつも乾きものかじってるから。好きでしょ? エイヒレ」
「そうね、たぶん──あははっ」
思わず笑い出してしまったが、自分でも何がおかしいのかわからなかった。
天然でマイペースに見えたサシミが、意外とひとを見ているところか。
やきもきした挙句、結局は相手のペースに巻き込まれていることか。
ふり回されて空回りして。
もう結果は出ているかもしれないが、自分の答えは一つだ。
(ここまで来たらどんなエンドでも受け入れよう)
レンカはふっ切れたように、サシミの背に声をかけた。
「ねえ、明日、話があるの。聞いてくれる?」
「──もちろん」
うつむいたまま答えたサシミの顔は、なぜかもう笑ってはいなかった。




