魔法がとけたら③
面会時間が終わり、レンカは留置所を後にした。
どこへ行く当てもなく、とぼとぼとロビーを横切る。
どうしてここまで憎まれているのかわからない。
魔法がとけた気分だった。
(ううん、初めからわたしはお姫さまなんかじゃなかった)
心に穴が空いたようで今はひとりになりたかった。
自分のゲームなら個室があるのを思い出し、『憂国のシンデレラ』へ向かった。
しかし街に入ったとたん、
「あれレンカ?」
アンバーと鉢あわせてしまい、がっくりと肩を落とす。
「なんでお前こんなところに」
「あなたこそ」と目が行ったのは、彼が両手にかかえたブティックの買いもの袋。
おおかた、女の子に贈るプレゼントでも調達に行ったのだろう。
さっさとあしらってもどろうとすると、アンバーは袋を投げてレンカの腕を取った。
「待て、わたしを前に体裁を整えなくていい」
ふだんは適当なくせに、こういうところだけ鋭いのはずるい。
ぐしゃりと顔をゆがめるレンカを広場のベンチへ連れて行き、アンバーは唐突に空中からシステムウィンドウを開いた。
ふたりの目の前にオンライン画面がポップアップされる。
「これは……?」
「うちのゲームのネットでの感想だ。前にカイヤが読み上げていただろう」
「あ、アンバーが残念なイケメンて言われてるやつ?」
「そうだ、それ以外の意見を見つけねば立ち直れんとエゴサーチしていたのだ!」
そう言って、ウィンドウをスクロールする。
そこには、プレイヤーの少女たちの声がにぎやかに集っていた。
『ストーリーが深く、どのルートも練られていた』
『攻略対象に個性があってよかった。アンバーが尊い』
『スピネルのメリバ最高。カイヤと闇堕ちしたい』
『レンカがひたむきで共感できた』
『前に進む勇気をもらった』
レンカは言葉が出なかった。
自分は演じてプレイヤーがコンプリートして終わる。
それだけだと思っていた。
だが、ゲームは終わっても、感動はいつまでも残っているのだ。
プレイヤーの心の中に。
何やら特殊な性癖の意見もあったが、それもふくめてプレイしてくれた事実だ。
「売り上げも大事だが、こういう声を聞くと演ってよかったと思うよな」
アンバーがしんみりとつぶやいた。
「何があったかは見当がつくが、元気出すんだぞ」
「ありがとう」
レンカは『ラブコンチェルト』へ入って行くアンバーを見送ると、自分は『デザート無双2』へもどった。
しかしホールへ足を踏み入れると、レンカを襲ったあのN P Cが歩いて来るのが見えた。
(やっぱり出所してたんだ!)怖くて足がすくんで動かない。
難癖つけてくるのでは、報復してくるのでは?
だが男はレンカなどまるで視界に入っていないのか、すっと横を通り過ぎ、いつものポジションである道具屋の近くで止まった。
以後もこちらを見ることなく、ただ待機するようにその場に立っている。
レンカだけでなく、誰のことも見ていなければ、もちろん酩酊もしていない。
(ずっとアイドリングしてる。どういうこと?)
ログイン時なら通常の状態だが、男のさまは奇妙だった。
訝しむレンカの腕が唐突に引っ張られる。
《レンカ、こっちへ来て》
「シャルキヤさん?」連れて来られた裏庭から、レンカはホールをふり返る。
「あのひと、どうしちゃったんですか。何かおかしくないですか?」
シャルキヤはしっと人指し指を口に当てると、小声でささやいた。
《管理人が彼のデータを書き換えて、リセットしたんですって。これから更生する見込みのないキャラクターは、人格を奪ってただの素体にもどすらしいの》
「そんな乱暴な!」
それではキャラクターではなく、ただの入れものだ。
《ウィルスのせいでデバッファーが増えている今、留置所はどんどん新規が入って来るでしょ。収容する場所がないのよ》
「わたし、あの男にそんな罰を与えたかったわけじゃ……!」
《知ってるわ、レンカのせいじゃない。でもその……レンカは過激なお友だちが多いから、彼らも気をつけてと……ゴホン》
控えめに言ってはいるが、あの三人にはおとなしくするよう忠告してくれているのだ。
(それにしてもあの管理AI!)
レンカへの対応は適当だったのに、おひざもとの事情には手回しが早く容赦がない。
一見まぬけな顔文字の仮面の下は、とんでもない独裁者だ。
アンバー、カイヤ、スピネルの三人はまったくキャラクターは異なるが、頑固で独自のマイルールが存在している点だけは共通している。
つまり融通が利かないので、もしも捕まれば更生は不可能、する気もないだろう。
レンカが気をつけて見張っていなければならない。
(待って、更生する見込みのないキャラクターって……)
レンカは青ざめた。
「まさかタキトゥナも?」
《……彼が罪を悔いていなければそうなるわ》
あの態度を見るに後悔などしているはずがない。
彼はすべてを憎んでいるように見える。
レンカのことも。
だが、たとえきらわれてもリセットされて別人になるよりずっといい。
視線すらあわなかったあの酔っぱらいと重ね、
「忘れられるのはいや……」
ぎゅっと瞑った目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
《あなたも恋をしてるのね、レンカ》
シャルキヤが頭をなでてくれる。
擬似恋愛だけどたくさん恋をしたので、本当の恋はスムーズにやれると思っていた。
なのに、シナリオをはずれると何もかもうまくいかない。
ゲームなら、攻略対象ひとりひとりに対する攻略法がマニュアルに示されていて、最短でハッピーエンドを獲得することができるのに。
《初めての恋なの? こんなはずじゃなかったって思ってるのね》
こくりとうつむいたままうなずく。
《わたしには攻略を考えてくれたじゃない》
「スタート地点が違います。わたし、攻略する前にきらいだって怒鳴られました……」
レンカは留置所での一件をシャルキヤに話した。
いつも笑いかけてくれたやさしい金色の目に、憎悪を持って睨まれたことを思い出すと、立ち直れそうになかった。
《まあ、わたし、タキトゥナに怒鳴られたことなんてないわ》
「そ、そうですか……」
レンカは脱力して苦笑いしかできなかったが、シャルキヤは真面目な顔で感嘆した。
《タキトゥナが本心を見せたのはあなただけなのね》
「きらわれてるってわかっただけじゃないですか」
改めて突きつけられる事実にまた胸が痛む。
《それはそうなんだけど、レンカのこと何も知らないのにどうしてきらうの?》
「わかりません。理由なんかないかも……」
《いいえ、好きは理屈じゃなくてもきらうのには理由があるのよ。それに、あなたに素の自分を見せたのなら望みがあると思うわ》
正直シャルキヤの言葉は今のレンカには気休めで、預かったままの地図を見ながらため息をついた。
シャルキヤもそんなレンカの手もとに視線を落とす。
《それ、タキトゥナが作った地図?》
「はい、サハラさんにタキトゥナへわたすよう言われたんですが」
さっきはそんな雰囲気ではなく、持って帰って来てしまったのだ。
《どこのフィールドかしら》
シャルキヤは地図を横に向けたり逆さにしたり悩んでいたが、
《ああ、これは『デザート無双1』の砂漠ね!》
思い当たったようで目を見開いた。
「わかるんですか?」
《2では見られない岩場が多いでしょ。こういうエリアはたぶん火属性のモンスターが多いの。そうすると武器は……》
シャルキヤは目を輝かせわくわくと戦略を語り出した。
「本当にクエストが好きなんですね」
《これ、作ったひともきっと好きよ、すごく細かく描かれてる》
開かれた地図は色あせ、近くで見ると古いものだとわかった。
測量された地形、目印、ルート、丁寧に書き込まれた注釈。どこにどんなモンスターが出るかもくわしく記されている。
この地図の荒野をひとり歩いているタキトゥナを想像すると、あんなに誹られたというのに、レンカは胸がすんとさびしくなった。
(いろんな砂漠を旅して、どうして2に辿り着いたんだろう)
それになぜ、サハラは今さら『デザート無双1』の地図を彼に返そうとしたのか。
レンカが地図に見入っていると、シャルキヤは遠くを見ながら尋ねてきた。
《レンカ、傷つく覚悟はある?》
すでに傷心している自分に、なぜそんなことを訊くのか。
「覚悟って……もうメンタルはぼろぼろです」
《うふふ、まだダメージ3くらいね》
シャルキヤは笑ってメニュー画面を開き、自分の戦歴を戦ったモンスターといっしょにレンカに見せた。
《このモンスターとっても手強かったの。これも最強、何度も死にかけたわ》
それらは巨大蟻などよりどれも恐ろしい見た目で、受付のレンカからすれば挑んだ実績があるだけで表彰したいほどだった。
《これはLPバーがなくなっちゃった》
えへっと舌を出すが、自分もロスト寸前まで行ったので、それがどれだけ切迫した状態かわかる。
それでも、シャルキヤはきらきらとした目で空を見上げた。
《不思議ね、怖い思いをしてもやっぱりまた行ってしまうの、クエストに》
「わたしは……そんなに強くないです」
《好きなひとができるとみんな弱くなるわ》
「じゃあ、クエストに行けばわたしも強くなれる?」
シャルキヤはゆっくりと首をふった。
レンカの手にそっと手を重ね、何かをぎゅっとつかませる。
なんだろうと開いた手のひらの上には、あめ玉ほどの大きさの黒い虫。
「ぎゃあああァアサシンバグ!」
手の中の虫を速攻で地面に投げ捨てる。
《あっ違うの、これは違う虫よ》
どんな虫だろうとにぎるのはいやなのだが、いったい彼女はどういうつもりでこんなものをくれたのか。べそをかくレンカに、シャルキヤは虫をひろってもう一度見せた。
よく見ると、作りものの虫をデザインした指輪だ。
《勘違いさせてごめんなさい》
シャルキヤはにっこり笑い、レンカの指に指輪を通した。
《レンカはレンカの方法で強くなるの。これはスカラベ、アイテム名は熱砂のお護りよ。一度だけあなたを危機から護ってくれるわ。あなたがわたしに自信をくれた代わりに、わたしは勇気をあげる。レンカの恋が再生しますように》
シャルキヤの気持ちが伝わり、レンカには指輪が熱を持ったように感じた。
そんなあたたかな空気を割って、突然通知音が鳴る。
受付から聞こえるのはカイヤのアナウンスだ。
「あーあー、アップデートまで三分を切りました。各キャラクターは定位置にもどり、いつプレイヤーがログインしてもいいようスタンバイしてください。あと、受付嬢は遊んでないでさっさとカウンターへもどってください」
最後の一言は明らかに自分への当てこすりだ。
顔をしかめるレンカをなだめつつ、シャルキヤも自分の場所へ帰って行く。
(ちょっと待って)
レンカは重大なことに気づいた。
アップデートのお知らせを受け取り、プレイヤーがログインすれば、
否が応でもP Cのタキトゥナは出て行かなくてはならない。
そのとき管理AIが、ウィルスをまいたキャラクターを、なんのお咎めもなしに釈放するだろうか。
(ありえない!)
レンカは再び地下へ走った。
しかし、タキトゥナがいた檻にはすでに違うクリーチャーが入っていた。急いで看守を捕まえて尋ねる。
「あの、ここに入ってたひと、タキトゥナは!?」
「自分のゲームにもどりましたよ」
「えと、彼に何も……してないですよね?」
看守は答えず、胸騒ぎがした。
レンカはロビーをへ全速力で駆け抜け、P Cの個室を力いっぱいノックした。
「タキトゥナ、タキトゥナ!」
ドアが開き、出て来た人物をレンカは息を切らし見上げる。
「……タキトゥナ、だよね?」
陽に灼けた肌に後ろで束ねたくせのある長髪。
金色の瞳でまっすぐレンカを見る。
「出番ですか?」
彼は、罵倒もしなければ微笑みもしなかった。
剛剣を手に取ると、レンカの横をすり抜け受付へ向かった。
ふり向きもせずに。
レンカは泣きながらその場に崩れ落ちた。
何もかも遅かったのだ。
人格データを除去されたタキトゥナ。
〝彼を忘れる? or 助ける?〟




