サボテンの君①
──ボオォーッ。
どこからか聞こえた法螺貝の音で我に返り、すんでのところで、レンカは巨大蟻の攻撃を受けずにすんだ。
頭ごと砂に突っ込んでくる単純なアタックだが、威力が半端でないので、躱すというより飛ばされたというほうが近い。
リザードマンと違って、人型でないので予備動作も読めない。
選択自体が間違いだった。
戦う、逃げる、どちらかではない。
どちらのスキルも必要なのがクエストなのだ。
とにかく何か道具を手に入れなければ、さすがに骨刀などでは歯が立たない。
リザードマンを軽く食べてしまうのだ、ソロで戦える相手ではない。
手ぶらでエリアに臨むのは無謀であったが、それは帰ってから反省することにしよう。
レンカは急いで骨の間を縫うように身をかくし、鯨骨内を探索した。
素材の入手ポイントなら、砂を掘れば何かお宝が出てくるはずだ。
(何か武器、武器になるもの!)
「ってこれ!?」
出てきたアイテムは、サボテンの欠片だった。
レンカはくらりと絶望した。
オアシス村でサシミに飲まされた果肉と違って、こちらは刺がハリセンボンのように生えている。
毒消しのアイテムだとしても今は必要ない。
(つんだ)
このままでは自分がゲームオーバーだ。
引き返すより道はないと、レンカは来た方向を返り見た。
スレイヤーなら戦闘不能の攻撃を受けてももどれるが、自分にその保証はない。
LPは半分を切った。
巨大蟻は獲物を視界から失い、明後日の方向を向いて触覚をふっている。
そういえば蟻の目はほとんど退化していると聞いたことがある。
(チャンス!)レンカは走った。
音に反応したのか巨大蟻が見返り、レンカをロックオンする。
節のある歩脚は発達しており、鋭い鉤爪でさかさかと音をたて砂上を走る。意外と速い。
そのとき、遠くの砂塵層に人影が見えた。
(蜃気楼? リザードマン?)
違う。
見覚えのあるフード、探していた新人スレイヤーが砂丘の向こうに立っている。
スレイヤー自身がリタイアすればクエストは終了、自分も受付へもどることができる。
レンカはほっとして叫んだ。
「よかった、待っ──!」
ゆっくりとスレイヤーがふり返った瞬間、レンカは硬直した。
彼に、顔はなかった。
かぶったフードの中はテレビの砂嵐のようにノイズが走っており、キャラクターの形状を成してはいなかった。
「きゃあああ!」
ぱさりと落ちたマントから一匹の黒い虫が飛んでいく。
(アサシンバグ!)
呆然とするひまもなかった。
そのマントも砂と化し風に消えた刹那、巨大蟻が背後に迫っていた。
鎌状の大顎が横に開き、液体が放出される。
しゅうしゅうと煙を上げる砂上を見て、レンカはぞっとした。
蟻酸、強い酸で獲物を溶かし捕食するのだろう。
スカートのすそが少し焼けたが、とっさに転がり避けることができたのは奇跡に近い。
すぐに体勢を立て直し走り出す。
だが踏んだはずのストライドは転瞬、ずるりと砂に囚われた。
同時に、大きくくぼんだすり鉢型の穴が開く。
(流砂? いいえこれは──!)
すり鉢の底から、巨大蟻より大きな顎を持つアリジゴクが姿を現した。
蟻を落とすための仕掛けかもしれないが、こんなトラップがあるとは知らなかった。
無事にもどれたらもう絶対、モンスターの出現パターンを勉強をすると、レンカは誓って泣きわめく。
アリジゴクは斜面に砂をかけレンカが落ちて来るのを狙っていたが、待てなくなったのか、鎌をカシカシと交差させ登って来た。
「いやあああ! 来ないで!」
レンカは泣きながら、抵抗のすべてのように持ちものをアリジゴクに投げつけた。
骨刀、双眼鏡、サボテンの欠片。
ボン、とくぐもった炸裂音がして何かが飛んで来た。
目の前の砂面に刺さっているのは、サボテンの棘に貫かれた外骨格。
それが何か理解したレンカは、絶叫し落下した。
だが、すり鉢の底にはもう何もいなかった。
辺りには棘と、あまり見たくないグロテスクなかたまりが散らばっている。
急いでさらさらとすべる砂面をずり落ちながらも這い上がると、地上には蟻の子一匹姿が見えなかった。
ここは天敵の巣だ、どこかへ行ってしまったのかもしれない。
「ひ、ひとまず助かった……」
安心して歩き出したレンカの前に、
──ザアーッ!
突如、砂の中から黒い物体が頭を出した。
地中にかくれていた巨大蟻だった。
すぐに駆け出したが、レンカはスッと力が抜け、地に崩れ落ちた。
見ると、目の前に表示されたLPバーが赤く点滅している。
陽よけもなく、飲まず食わずで体力の限界が来たのだ。
「嘘……」
もう武器も策もなかった。
大きくふりかぶった歩脚にぎゅっと目を瞑ったそのとき──
ガキッ!
鈍い金属音がしたかと思うと、誰かが巨大な鉤爪を剛剣で受け、目の前に立っていた。
逆光ですぐには認識できなかったが、ブロンズ色の肌に無造作にターバンを巻いているスレイヤー。
「サシミさん、どうしてここに!」
そういえば、途中クエスト開始の法螺貝の音が聞こえた。
同じクエストを選べば同じエリアへ行けるのか。
助けに来てくれたのだろうか。
レンカは胸がいっぱいでまた涙が出た。
だがサシミも剣一本では、巨大蟻の膂力をおさえられない。
徐々におされていく中、鎌状の大顎が開き、奥から刺激臭がふいてきた。
このままではふたりとも蟻酸を浴びて溶けてしまう。
「ぼくが合図したらアリジゴクの穴に飛び込んで!」
何がなんだかわからなかったが、
「今!」
──カッ!
光の眩しさにレンカは思わず目を瞑り、すり鉢にダイブした。
上からぱらぱらと、黒い外骨格の欠片がふって来る。
サシミがかばうように自分におおいかぶさっていた。
「巨大蟻は……」
レンカがうっすら目を開けると、直径がすりこぎ棒ほどもある蟻の触覚を、サシミがうれしそうにかかげた。
「余すとこなく素材にできるよ」
気持ち悪かったが逃げる元気もない。
ただ、ウィンドウにドロップアイテムが次々と表示されるのを見て、クエストが成功したのだとわかった。
「無事クリアしたよ。ここはエリアボスが二匹いて、上級者でもなかなか難しいフィールドなんだけど」
巨大蟻とアリジゴク、二度と来たくないクエストだ。
「でも一匹はきみがカクタス弾で倒してくれた」
サシミは自分の持ちものからサボテンの欠片を取り出して見せた。
カクタス弾、あのサボテンは釘爆弾の一種だったのか。
「ちなみにぼくが使ったのは閃光弾のカクタス弾EXで、発煙弾のXもあるんだ」
得意げにごそごそとカバンをあさる腕に、新しい火傷の傷があるのをレンカは見咎めた。
「サシミさん、その傷、さっきわたしをかばったせいで蟻酸に……」
「大丈夫だよ、きみこそがんばったね」
サシミは自分のことのように誇らしげに笑ってくれる。
だがLPバーが残り少ないレンカは、もう意識を保っていられなかった。
最後にレンカの視界に映ったのは、自分を抱きかかえる彼の砂だらけの手。
(ああ、やっぱりこの手だ)
討伐成功のファンファーレとともに、そこでレンカの世界は途切れた。




