サボテンの君②
「やはりキスで目覚めるんじゃないか?」
「じゃあぼくがやってみるよ」
「いやここはおれが」
アンバー、カイヤ、スピネルの三人の声が頭上でかしましく、レンカはもう少し寝ていたかったが起きることにした。
「おおレンカ、気がついたか!」
「チッ遅かった」
「無事でよかった……」
スピネルだけは、絶対に本編では見られない涙目になっている。
「みんな、心配かけてごめんね」
カイヤが知らせて、ふたりは駆けつけてくれたのだろう。
ここは『デザート無双2』の控え室のソファだ。
レンカは立ち上がって制服の砂を払った。
「わたし、まずサハラさんに謝ってくる。報告しないといけないこともあるし」
「やっぱりまだ帰る気はないんだな」
スピネルは不機嫌な顔でドアの前に立った。
「お前、自分がしたことがどんなに危険だったかわかってるのか? LPを失っていたかもしれないんだぞ!」
聞かされた話によると、クエストの受付を通さずエリアへ入ることはできないが、いったん誰かが出発した後なら可能。
それでもなんの防具も、フィールドの情報も持たずに出るのは自殺行為だったそうだ。
「知らなかった、ごめんなさい……」
その叱咤は愛情と同じだと知っているので、レンカは悄然とうつむいた。
「お前らも、レンカがこれ以上危険な目に遭ってもいいのか? こんな、髪は切られ傷だらけで、王女の名残りもないじゃないか」
スピネルはアンバーとカイヤに賛同を迫るように檄を発した。
だがふたりは、
「レンカの思うようにするといい」
「どこにいても危険はあるよ」
と、カイヤにいたっては我関せずだ。
スピネルは少年を剣呑に見やる。
「お前なんか闇堕ちしろ」
「それはもう本編で演ったよ」
「──ふん、話にならんな」
自分とはかけ離れた温度差を感じ、スピネルは踵を返した。
言葉がほしそうにちらりとふり返るが誰も引き止めないので、
「こ、孤独は望むところだ!」
ストーリーと同じセリフを吐き部屋を出て行く。
みんなに申しわけなく、レンカは頭を垂れた。
「わたしのせいで三人に亀裂が入ってしまったわね」
「まあ、もともと分解してたし」
「そうだ気にするな。わたしはレンカを信じているぞ」
カイヤとアンバーの心遣いもありがたかった。
「でもほんと気をつけてよね。今回はぼくがヘルプを送ったから、助かったようなものなんだから」
嘆息するカイヤにアンバーが詳細を求める。
「ヘルプ?」
「ほらP Cの誰だっけ……バサシ? サシミ?」
カイヤの口から出た名前に、レンカはかあっと顔を赤らめた。
両手で頬を包むレンカを見て、ふたりは逆にみるみる青ざめる。
「……おい、どういうことだ。お前まさかそいつに……」
「もしかして、彼がサボテンの君なの!?」
レンカがぽりぽりと照れたように頭をかくので、アンバーはひざをつきこぶしで床を打った。
「助けられたからってベタ過ぎるだろ! お前仮にも乙女ゲームのヒロインなんだぞ? もっとこう……なんかあるだろ!?」
「乙女ゲームなんて濃いキャラで話はぶっ飛んでるから、ひと昔前の少女まんがみたいな王道が逆に新鮮なんだ!」
カイヤも分析しながら混乱している。
アンバーは腕を組んでレンカの前に立ちはだかった。
「いーやだめだ、わたしは許さんぞ」
「スピネルみたいなこと言わないでよ。それにアンバー、今わたしのこと信じてるって」
「信じられるか! そんな簡単に落ちるような恋はだめだ!」
「言ってることが違う!」
レンカは怒って受付にもどった。
興奮して発汗したひたいを拭い、アンバーはひとまず冷静を取りもどす。
「それでどんなやつなんだカイヤ、そのサシミってキャラは。名前はダサイが、P Cってことはイケメンなのか」
「うーん、顔の配置は整ってはいるけどこのゲーム、素体はみんなほぼいっしょだよ」
「結局ただのモブなんだな?」
「それより、こんなのスピネルに知れたらまずいよ」
「そうだな、そっちのほうが厄介だ」
ひそひそと話すふたりのぼやきを、ドアの後ろで、聞かれては最悪の男が聞いていた。
アサシンの役柄のおかげか、気配の消し方は間者のようだ。
黒衣を翻すと、スピネルはこぶしをにぎりしめ去って行った。
「報告と謝罪と反省はわかった」
レンカのレポートを受け取ると、サハラは巨大蟻のエリアへ、アサシンバグ捕獲のためレンジャーを出動させた。
「で、何が楽しいのかね?」
「へ?」
知らず知らず顔が綻ぶレンカを、サハラが怪訝なまなざしで見る。
「受注を間違えスレイヤーは消され、きみ自身もロストギリギリで帰って来た。このいきさつのどこにそんなに笑える要素が?」
「いえ、今のはランチに出たワームがお腹をくすぐるので」
「寄生虫疾患かね」
「絶・好・調です」
スレイヤーがまたひとり餌食になったのだ。
不謹慎なのは承知だったが、顔のゆるみがおさえられない。
サハラは眼鏡をかけ直すと、陰の落ちた顔で迫って来た。
「前も言ったけど、ここ、ゲーム内恋愛禁止だからね?」
「いちおうお聞きしますが、なぜです?」
「恋愛は仕事の邪魔だ」
(わたしそれが仕事だったんだけど)と言いたいのをおさえ、レンカは口答する。
「仕事も大事ですが、それだけでは人生がさみしいじゃないですか」
「人生などない、我々はデータだ。生物学的動因は備わっていない」
有無を言わせない口調にうなずくしかない。
しかしもう遅いだろう。
レンカの胸の中では、クエストの始まりのように法螺貝が高らかに響いていた。
あれから数日が経った。
サシミはあの後、どうしただろうか。
レンカはそわそわとホールへ目を走らせる。
もちろんクエストは成功したので、無事帰還しているであろうが。
(部屋を訪ねてみる? うーん、そんな大胆な)
表情パターンが止まらないレンカを、カイヤは呆れた顔で眺めている。
「あいつのどこがいいの? もともとただのN P Cだろ?」
サシミが二代目のP Cだともう知っているらしい。情報収集の速さはさすがである。
しかし感心しながらも、妄想に水を挿されたレンカは不満げにカイヤを見返した。
「主役かモブかなんて関係ないもの」
どこに魅かれているかなどうまく説明できないし、たとえできても理解してもらえないだろうと思う。
(わたし、やっと本当の恋をしたんだ)
ふわふわと地に足がつかないレンカを、うさんくさい目でカイヤは見た。
「何も知らないやつのこと、なんで好きになれるの?」
「だからもっと知りたいんじゃない。理由なんてないわ」
自分も正直、モブに恋をするなんて思っていなかった。
魅かれた理由なんてわからない。
初めは憶えてもらえなかったのが、腹立たしくもどかしかった。
だがふり向いてもらおうとあれこれ試行錯誤しているうちに、いつの間にか自分から追いかけていた。
そして今、躰じゅうをまじり気のないきれいな水が巡っているような気がする。
(こんな気持ち知ってたら、もっといいお芝居ができたのに)
悦に入るレンカを萎え気味にカイヤは見た。
「きみが今何を考えてるかわかるよ。でも『憂国のシンデレラ』の主人公はプレイヤーだから、あれでよかったんだ」
「そう、確かにわたしは大根役者だったわ。でも今のわたしは恋のポーションを浴びて、身も心もグレードアップしたの」
レンカは舞台女優のように胸の前で指を組む。
「ふん、恋したくらいで大人になったつもり?」
刺々しい空気でふたりが睨みあっていると、カウンターに客がやって来た。
プレイヤーはログオフ中でも、受付はひとが途絶えることはない。
「いらっしゃ……あ」
アンバーが連れていた、あの槍使いの女性スレイヤーだ。
シャルキヤは、まわりを気にしながらおずおずとレンカに近づいて来た。クエストの受付ではなさそうだ。
「○△@○□?」
「お話ですか? 今大丈夫ですよ、シャルキヤさん」
「レンカ、彼女の言葉わかるの!?」
ふたりのやり取りに、今回はカイヤが驚く番だった。
レンカは得意げに、カウンターの下から言語辞典を出す。
「昔のわたしと思わないでね」
「ああそう、ぼくはデフォで話せるけど」
再びいがみあいが始まったふたりの間に、鋭い槍が射し込まれた。
《あの、いいですか》
「「あ、はい……」」




