美少女のプロ③
(──眩しい!)
強い陽射しに慣れず、すぐには状況が把握できなかった。
ひたいに手を翳しそっと目を開けると、視界に白い砂漠が広がっている。
地平線を境にした、突き抜けるような空と砂丘のコントラスト。
先に出て行ったあの新人スレイヤーはどこへ行ったのだろう。
確か、陽よけのフードをかぶっていたはずだ。
レンカは砂へ踏み出したが、ガラスの靴のまま出て来てしまったので、歩きにくいことこのうえなかった。
歩くたびヒールが砂に埋もれるが、裸足になると足裏が焼けるように熱いので脱ぐこともできない。
ここでは、ゴーグルとかぶりものは通常装備だ。
それでもなんとか進んでいくと、蜃気楼にゆらぐ人影が見えた。
あれが新人の彼だろうか。
双眼鏡で見てみると、細かなスケイルアーマーを身につけているのがわかる。
(あんな装備だったっけ?)
怪訝に思いもう一度レンズをのぞくと、ふり返った対象の姿にレンカは愕然と固まった。
レンズの向こうのシルエットは二足歩行の人型だったが、その全身はアーマーではなく、錆色の本物の鱗でおおわれていたのだ。
(リザードマン!)
どこのエリアにも出没するありふれたモンスター。
体躯はキャラクターより一回り大きいくらいで攻撃力もさほど高くないが、それは手練れのスレイヤーからすればであって、討伐経験のないレンカには間違いなく脅威だ。
しかも、相手は剣を装着している。
(まずい)
向こうもこちらを確認したらしく方向を変えて来た。
レンカはさっと回れ右をし、走り出した。
広い砂丘は波打ち、辺りは一面砂の海だ。石一つ見当たらずかくれる場所もない。
すぐに暑さで息が切れ、レンカはだんだんと自分のLPが目減りしていくのを感じた。
UVクリームは塗っているが、せめて必須アイテムの水は持参すべきだった。
これでは、スレイヤーを見つける前に自分が行き倒れてしまう。
幸い再度双眼鏡をのぞいてみると、視界からリザードマンの姿は消えていた。
あきらめてどこかへ行ったのだろうか。今のうちに距離を取らなければならない。
しばらく進むと、鯨骨と思われる巨大な骨の化石が見えてきた。
おそらく、何かアイテムが入手できるポイントだ。
スレイヤーたちなら必ず立ちよると思われるが、辺りに人の気配はない。
逆さアーチ状になった何本もの白い肋骨が、遺跡のように砂に埋もれている。
乙女ゲームではまずお目にかかれない、ダイナミックな景色にレンカは見入った。
が、唐突にそれは目の前に現れた。
陽光に砂を散らし跳ね上がった黒い影。
身をうねらせた錆色の爬虫類は、人型に変わると熱砂に両足で着地した。
姿が見えなかったのは、トカゲの形状で砂丘に身をひそめていたからだ。
じっと後を尾けていたのだろう。
鋭い爪と牙に、青光りする硬そうな四肢。
間近で見ると、下位モンスターといっても卒倒しそうに怖い。
低い唸り声をあげ、剣を手に飛びかかって来たリザードマンに砂をかけて逃げる。情けないがそれくらいしか抵抗のすべがない。
相手の刃は化石の肋骨に当たり火花を散らした。
そびえ立つ鯨骨の間をかいくぐり、ひたすら走る。
なんの策もないが、このエリアから砂丘に出てしまえば向こうからまる見えになってしまう。
レンカは頭骨に隠れ、落ちている骨の欠片をひろい反対方向へ投げた。
カコンと響く尾椎の方向に、リザードマンはのしのしと歩いて行く。
やはり、あまり知能は高くないらしい。
敵が離れているすきに、手頃な長さの骨を見つけ手に取る。
さすがに丸腰は心許ない。肋骨は剣を弾いていたので、ある程度の強度はあると思えた。
しかし、腕っぷしにはまったく自信がない。
剣戟はストーリー上訓練したがあくまで剣劇だ。
正規の武器でないただの骨で戦えるのか。
そもそも、このゲームのキャラクターでない自分は、ダメージを負ったらどうなるのだろうか。
考えると不安が胸に湧き上がる。
それなのに、なぜかレンカの耳には、『ラブコンチェルト』の少女たちの軽やかな笑い声が聞こえた。
怖いときこそアクションを……
(ホラーゲームじゃないんだから)
ぶんぶんと顔をふるが、鯨骨内を逃げ回るのに限度があるのも事実だ。
相手が負傷しない限り、体力を消耗し倒れるのは自分である。
ふと、いい考えが浮かんだ。
受注されたクエストをリタイアして、強制終了すればいいではないか。
だがレンカが開いたメニュー画面は、ボタンが半透明で選択できなかった。
実際にクエストを受けた者や、P Cしか操作できない仕様になっているらしい。
こうなったら、すぐにでもスレイヤーが巨大蟻に会遇する前に見つけ出さなくては。
戦ったら最後、彼はゲームオーバーとなってしまう。
(ゲームオーバー……そうよ、タイムオーバーになればいいんだ!)
今度こそ名案だ。クエストには制限時間がある。
時間内にエリアボスを倒せなければクエストは達成されず、スレイヤーは無傷で帰還するのだ。
過酷な鬼ごっこになるが、スレイヤーよりも先に巨大蟻を見つけ、時間まで逃げ切れれば成功だ。
そのためには、この状況をクリアしなくてはならないのだが。
(ダメージを与えれば逃げる時間が稼げる)
思い切ってレンカは頭骨から飛び出した。が──
「きゃあ!」
骨刀をふるう間もなく、鱗の腕に薙ぎ返された。
(どうして、反対側にいたのに!)
衝撃で呼吸が滞るが、尾骨のほうからやって来た剣を携えた一体を見て、はっと体勢をもどす。
あれは、別の個体だったのだ。
はさむように近づいて来る二匹を、レンカは静止画のように見ていた。
切迫状態に陥ると思考は低下するというが、逆に感覚は敏感になる。
風がないのに、砂が舞って頬にちくりと刺激が走った。
どこかに風穴があるのか。
突然、遠くで砂煙が巻き上がった。
何かが地中を泳ぎ砂を盛り上げ、こちらにすごいスピードで近づいて来る。
ただ事ではないモーションに身がまえたトカゲたちだったが、砂の中から砂塵とともにせり上がってきた巨大な昆虫にくわえられ、レンカの目の前であっという間に噛み砕かれた。
くびれた三つの外骨格、複眼、大顎。
形状は砂糖に群がるあの虫と何も変わらないがサイズが違う。
(巨大蟻!)
真打の登場だ、軽く見てもカボチャの馬車ほどの大きさはある。
望み通りの鉢あわせ。
なのに、恐怖で足が砂に沈んでいくようだった。
〝戦う? or 逃げる?〟




