九十九話 治療と魔女の気配
クロードの魔法"弓剣の矢"の性質は三つ。
一つ目はクロードの射抜きたいものを射抜くこと。
二つ目は魔法を付与した武器の特性を継承すること。
そして三つ目は、魔法を付与する対象を選ばないこと。
クロードは二つ目と三つ目の性質を知らなかったが、己が弓使いではなく、弓剣使いであることを思い出し、剣に魔法を付与できると考えた。
レレイにはどちらも本命とは言ったが、レレイの言う通り"弓剣の矢"を付与した切断の特性を持つ『魔剣』がクロードの本命だった。
(ヒルダは、魔法はその者の神秘が発露するものだと言っていた。俺の本質は弓剣使いだ、それを忘れないようにしないとな)
「クロード!、クロード!、お願いだから死なないで!」
「大丈夫、急所は外したから」
レレイの刀はクロードの胸を綺麗に貫いたが、突き刺さる寸前に、小太刀で逸らしたので、心臓には刺さっていない。
泥濘に沈みそうな意識をなんとか保つクロードは、今にも泣きそうなレレイを落ち着かせる。
「クロード!」
大声にレレイが振り向くと、目に涙を浮かべた女性が、こちらを睨んでいた。
その手には短剣が握られている。
レレイは反射的に、拳を構える。
「シャクス、ゴホッ」
「「クロード!」」
シャクスに説明しようとしたクロードは、吐血してしまう。
逼迫した声を上げたレレイと、シャクスはそれぞれ倒れそうになるクロードを支える。
「「ーー」」
二人は目を合わせ、とりあえずクロードを助けることに、した。
「彼は回復瓶を常備しているはずです、それを探すのを手伝ってください」
「…分かった」
自分よりも、クロードのことを知っている眼鏡の女に何が言いたげなレレイだったが、我慢して協力する。
クロードの背嚢の中は、非常に細かくかつ丁寧に整理整頓されている。
彼が特注で制作した背嚢は主に三層に仕切られており、一番下の層に、三種類の回復瓶が外部からの衝撃で壊れないように海綿で保護された状態で収納されている。
そして三層目には背嚢の側面に取り出し口が付いており、回復瓶を取り出せるようになった。
その回復瓶らには、それぞれ回復瓶の効能の強弱を示すラベルが張られている。
シャクスは《上》と端的に書かれたラベルの回復瓶を取り出す。
「上級回復瓶!」
瀕死の重傷すら癒せる高価な回復瓶を所持していることに一瞬驚くシャクスだったが、クロードであれば当然かという思いもあり、すぐにクロードに向き直る。
「その回復瓶は?」
「この回復瓶であれば瀕死の重傷であろうと癒せます。しかし…」
クロードの胸に突き刺さった刀が問題だ、下手に抜くと失血死してしまう恐れもある。
「大丈夫だ」
「「クロード!」」
「剣を抜くのと同時に、回復瓶を飲ませてくれ。それと回復瓶の効果が出るまでに失血死しないように傷口を押さえる必要がある」
「分かりました」「分かった」
同時に首肯したシャクスとレレイは、クロードの命を救うという目的のために、協力を惜しまない。
「私が剣を抜く、貴女はクロードに回復瓶を飲ませて」
「傷口は?」
「それは私が塞ぐ」
レレイは、自分の服の裾を引きちぎって、簡易の手当布を作り出す。
「これで」
「分かりました、合図をください」
「一、二、三で抜く」
シャクスは瓶の栓を抜き、クロードの顎に手を添える。
「クロード、行きますよ」
「ああ、二人共頼む」
クロードは、全ての疑問を捨てて、レレイとシャクスの二人に望みを託す。
「一、二、三!」
レレイが刀を抜いた瞬間、シャクスはクロードに上級回復瓶を飲ませる。
上級回復瓶の効果が傷口に作用するまでの数秒間、レレイは傷口を手当布で押さえた。
「ありが、とう」
二人に感謝の言葉を残して、クロードは気絶した。
◆◆◆◆
同時刻。
「ん?」
「どうした、フェイ?」
突然立ち止まったフェイに、前を歩くギャラハッドは振り向く。
「…何でもない、それよりもあとどれ位で着く?」
「あと数分」
二人はレレイを探すためにギャラハッドが知る暗殺者が集まるという地下室へ向かっていた。
「フェイ」
「ギャラ」
二人は同時に相手の名前を呼ぶ。
一瞬目を見開くと、二人は同時に得物を抜く。
目の前からやってくる人の気配、しかしそれがただの人ではないことを、二人は直感する。
「た、助けてくれ」
助けを呼ぶ声、薄暗い通路では見えにくい、瞬間ギャラハッドの得物が光る。
(光?、いや、それよりも刃折れの剣?)
ギャラハッドの得物が光っているのではなく、半ばから折れた剣の刀身を補完するように、光の刀身が生えていた。
フェイの疑問を他所に、ギャラハッドの光に照らされた人間の姿が映し出される。
その姿は浮浪者そのものだったが、問題はそこではなく、顔中に黒い斑点が浮かび上がり、今にも死にそうなほどの士気色の顔色、フェイは本能的に悟る。
病魔に侵されていると。
「ごめんね、私では貴方を救えない。私にできるのはその苦しみを終わらせてあげることだけ」
一瞬で十メートルほどの距離を詰めたギャラハッドが光の剣を振るうと、両断された男の死体が、左右に分かれて倒れる。
死体に目を向けたギャラハッドは、手を合わせる。
「ギャラ」
「フェイ、この先に魔女がいる」
「!」
「気を付けて、魔女のせいで人が死ぬ時は大抵魔女が何かやってる時、止めないと街一つ簡単に消し飛ぶ」
竜の魔女エレグと戦った時に目撃した光景が、フェイの脳裏にフラッシュバックする。
エレグにその気があったかは置いておいて、もし覚醒し、ワイバーンを操れるエレグが山を降りたら、麓の村は壊滅していただろう。
王都にはクロードとレレイがいる、フェイに退く理由など存在しない。
二人は走り出す。
「ギャラが狙ってる魔女?」
「違うけどこれをやった魔女が何かは分かる。この先にいるのは病魔の魔女デラシア」
「デラシア」
「知ってるの?」
「ん、病気をばらまく魔法を使う」
「知ってるなら話は早い、デラシアを見つけたら魔法で全身を包んで守って。そうすれば病魔の進行を遅らせることができる」
「戦闘向きじゃないって聞いた」
「確かにその通りだけど、ヤツに触れられたら魔法の抵抗を貫通して病魔に侵される。だから油断はダメ」
「分かった」
ギャラハッドは自分よりも多くの知識を有している、フェイは素直に話を聞く。
走る二人の肌を、気味の悪い空気が撫でる。
「魔法を使って」
「ん!」
フェイは、ギャラハッドの指示に従い、全身を冷炎で包む。
「それだとダメ、魔力の無駄が多すぎる。全身鎧を着るイメージをしてみて、私を真似してもいい」
「ん、やってみる」
光り輝く戦闘衣を纏うギャラハッドの魔法を参考にして、全身に纏う冷炎を変化させる。
(全身を守りながら、動きの邪魔をせずに魔力の消費しないようにできるだけ薄く)
冷たい炎がフェイの黒鉄の鎧を強化するように、燃え盛り、フェイの口元を冷炎のマスクが覆う。
このマスクは家の掃除をする時にクロードと一緒に着ける掃除用のマスクをイメージした。
「いいね、無駄が減った。フェイは筋が良い」
「ありがとう」
病魔の気配が増し、病魔に倒れ息絶えた人々とすれ違う。
「ギャラ、魔法を使えば魔女は殺せるんだよね?」
「うん」
「フェイ、気負うなとは言わない。相手は怪物だし、人外。でも殺せるから、殺せば死ぬ、それだけは覚えておいて」
「うん。ギャラは面倒見がいいね」
「そう?」
「うん。私の姉に少し似てるかも。私の姉は懇切丁寧に教えてくれるタイプじゃなかったけど、私たちよことをよく見てくれてた」
「ありがとう、こういうのは私の役目じゃなかったんだけど、見てるうちに覚えちゃった」
ギャラハッドは戦場を前にして、懐かしい人の顔を思い出すのだった。




