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九十八話 クロードVSレレイ

弓を構えるクロードに対して、レレイは腰を落とした姿勢のまま、攻めてはこない。


「君の名前は、レレイか?」

「っ」


白髪の獣人はクロードの問いに対して僅かに首肯した。


「そうか、俺はクロード、フェイの相棒だ。こんな形で会うことになるとは残念だよ」

「こ、殺す」

「やってみろ、俺は君の姉を一度殺したことがある男だ」


矢を放つと同時に小太刀を口に咥えるクロードは、踏み込む。


「(真正面から得物もなしに!?)」


レレイの思考が一瞬混乱するが、姉を殺した豪語する男が無策とは思えず、矢を身を捻って躱す。


弓を袈裟に振るうクロードの逆の手には短剣が握られていた。


(いつの間に、でも関係ない)


レレイの両手が、ブレて地面が凹む。


「(抜刀術、刀の反りを利用し、速度に特化させた剣術)」


洗練された抜刀術の斬撃は速すぎて目で追うのは無理だ、同種のトウカの剣を知るクロードは、それを知識として知っている。


故にクロードは抜刀術により抜かれた剣の刃を目では追わない。


重厚な金属音が鳴り、クロードの弓と短剣が、レレイの袈裟斬りを受け止めていた。


「(俺の剣よりも速いなら首を狙うよな)」

「(太刀筋が読まれた、けれども力勝負なら)」


刀に力を込めるレレイに対して、クロードは抗わずに受け流す。


レレイも力の流れに抗わず、二人はお互いの位置を入れ替える。


「(剣は一流、弓は超一流か)」

「(本気を出してないのにこの威力か)」


お互いに実力を確認し合った二人は、距離を取る。


レレイは刀を鞘に納め、頑なに抜刀術を止めようとしない。


「(違和感がある、殺気も感じないし、力を出してないのはまず間違いない。)」


セレジェーラ離宮で戦った暗殺者には殺意があり、手加減は微塵も感じられなかった。


つまりレレイにかけられた命令が、戦えという内容の命令ではないのは確定だ。


「(おそらく命令の実行を阻害する俺を殺すために、戦ってるってところか)」


クロードの気絶を目的とした弓の打撃を見た時点で、レレイの様子が明らかに変化した。


クロードは、短剣を鞘に戻し、口に咥えていた小太刀を握り直す。


クロードはゆっくり歩を進め、レレイの間合いに近付く。


(どうすれば魔法の支配からレレイを解放できる?)


魔法に対抗できるのは魔法だけ、この法則を元に考えると、魔法を使えるクロードならば救える可能性はある。


問題はその手段だ。


フェイの時は彼女を支配していた隷属の首輪を破壊することで解放できた。


しかし傀儡大公がレレイにかけた魔法には、実体がない。


ターゲットがないのであれば、弓使いであるクロードの出番はない。


果たしてそうだろうか。


一つの疑問がクロードの脳裏を過ぎる。


「ーー」


クロードの手には弓と剣がある。


お前は弓使いでは、弓剣使いだと、どこかのろくでなしに怒鳴られた気がした。


(魔法の性質が支配で、レレイがそれに抵抗しているのであれば…)


「ふっ」


地面を蹴ったクロードは、レレイの間合いの外を円を描くように走る。


ただ何もせず走るだけのクロードに、レレイは困惑しつつも、警戒を強める。


「どうして攻めてこない、まさかとは思うが万が一にでも殺さないようにしてくれてるのか?」

「!!」

「お優しいことだ、だが」


クロードの気配が一瞬消え、レレイは即座にその場から飛び退く。


「俺はそこまで弱くないぞ」


クロードは、先程までレレイが立っていた場所にいた。


(気配を消した瞬間に、跳躍ジャンプして斬りかかってきたのか)


僅かながらの驚きがレレイを襲う。


今までの人生で、戦闘中に相手の気配を見失ったことなどなかった、よしんばそれが死角に入り、視覚に頼らない気配察知に切り替えた瞬間だったとしてもだ。


レレイの心臓が脈打つ。


「(なんだこの感覚は?)」


謎の感覚を分析する暇もなくクロードは、二本の矢を放ってくる。


それらの矢は、レレイの急所ではなく、膝と脚を狙っていた。


レレイは、内心舌打ちする、今の構えは、刀を上段から振るので、足元を狙う矢の迎撃は困難だ。


迎撃するために鯉口の角度を変えても回避しようとしても、クロードの三の矢が飛んでくる。


それが分かっているレレイは、構えを解き、地面を蹴り、前に跳ぶ。


「っ!」


目標は弓を構えるクロード、クロードは笑っていた。


「来い、レレイ!、俺がお前を殺してやる!」

「!!」


レレイの奥にある何かが軋む。


まるで空から降る流星のごとき勢いで、地面にレレイは拳を叩きつける。


地面が爆ぜる、クロードはバックジャンプで、爆発からは逃れるが、土埃の中から、白い影が飛び出す。


クロードは弓と小太刀を交差させて、レレイの拳を受け止める。


「そっちが本命か!」

「こっち()本命だ!」


鋭い蹴りに打ち抜かれたクロードは、ぶっ飛んで屋敷の壁に突っ込む。


レレイは、刀を抜き、さらにその鞘も腰帯から抜き、二刀流のような形で構えて、迷わず追撃する。


屋敷の中に、クロードはいない、その代わりに屋敷の中が派手に壊れていた。


(手応えが薄いと思ったら、蹴られた瞬間、自分から飛んで地面に衝撃を流したのか)


クロードの卓越した身体操作に舌を巻くレレイは、側頭部を狙う矢を叩き落とす。


「姉ちゃんと同様に力も強いんだな」

「ーーー」


レレイは、遠慮を捨てクロードを倒す方法を考える。


「レレイ。今の君はさっきよりも数倍美人だぞ」

「!!」


レレイはクロードの指摘されて、自分が笑っていることに気づいた。


「見つけたぞ」


驚いているレレイを他所にクロードは、ニヤリと笑う。


フェイと同じ綺麗な青色の瞳の奥に、燻る別種の()()


レレイが支配への抵抗を緩めたお陰で、視認することができた。


(あとはあれを射抜く!)


「来い!、レレイ!、君を正面から殺してやる」


クロードの言葉は字面とは比べ物にならないほど優しかった。


「っ!!」


レレイは地面を蹴り、鞘を全力で投擲する。


クロードの得意は遠距離だ、投擲物を回避する間にレレイは距離を詰める。


レレイが鞘を持っていた時点で、それを察していたクロードは、身をかがめると同時に小太刀を床に突き刺して、二本の矢を弓に番える。


「!!!」


もはや一本の矢の如き速度で、突っ込んでくるレレイに向けて放つ。


クロードは一本目の矢をレレイに刀で斬らせる予定だったが、レレイは、壁を走って躱す。


予想外の避け方に驚く心をクロードは押さえつける。


「(穿つ、レレイの瞳の奥にある鎖を)」


不思議と、使()()()という確信があった。


クロードの弓が、黒銀の輝きに満ち、()()の矢が、黒銀色のつるぎへと変わる。


「"弓剣の矢(ソードアロー)"」


壁からレレイが降りる瞬間を狙い、黒銀の剣矢はレレイの右目を狙って放たれる。


レレイは得体の知れない矢を警戒するも、この体勢では、刀で切り落とす以外の迎撃手段はない。


飛来する剣矢、振るわれる()()()()()()()()()


「!?」


レレイは驚愕を強いられる、常識では有り得ない光景、しかしそれを可能にするのが、クロードが師匠から受け継いだ三本の矢の一つ、透過トランスの矢だ。


レレイの脳裏で、火花が散る。


バキンッ、と音が響き、目に映る光景にクロードは、目を見開く。


受け止めていた、クロードの計算づくの魔法の矢を、レレイは己の歯で。


本来であれば、獣人の強靭な肉体であってもクロードの矢を歯で受け止めるという荒業を成して、歯が砕けないのは有り得ない。


クロード自身の魔法により、レレイを支配する魔法を穿つことに特化した矢だったからこそ、その荒業が成功した。


レレイは、床を踏み抜く勢いで、刀で水平突きを放つ。


「!?」


クロードは弓を持っていない、その手に持っているのは小太刀と短剣。


その小太刀と短剣は黒銀の輝きに包まれていた。


「"弓剣の矢(ソードアロー)"」


予測していたというのか、自分が弓矢を歯で受け止めることを。


ゾクッと、レレイの背筋に今までの人生で感じたいことのない電流が走る。


それは歓喜だった、絶望と憎悪しかなかったレレイの心に宿る強者と戦える喜び。


レレイは迷わず、踏み込む。


黒銀に輝く小太刀を順手、短剣を逆手に構えるクロードも、真っ直ぐ踏み込んでくる。


リーチの差で、レレイの刀の方が先に届く。


小太刀が振るわれ、刀の切っ先が僅かに心臓からズレる


ブシュリと、クロードの背中から刀が生える。


それとほぼ同時に、黒銀を纏う短剣が、レレイの両眼を斬り裂く。


短剣(そっち)が本命か」

「どっちも本命だよ」


小太刀の刃は、刀の鍔で止められており、勝ったのはレレイのはずだった。


刀が突き刺さった状態で、クロードが一歩を踏み出し、短剣の間合いへ強引に入ることさえなければ。


「痛く、ない」

「当たり前だ、俺が斬ったのは君の命じゃなくて、」


言葉の途中で、クロードは倒れ伏し、レレイの中で、彼女を支配する鎖が切断された。


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