百四話 傀儡殺戮劇の開演
クロードたちが潜む屋敷を囲むのは、《傀儡大公》に支配された暗殺者たちと、従士隊の面々だった。
従士隊は、第一王子アルベルトの派閥に参加する貴族の次男や三男たちで構成されるアルベルト王子の私設部隊だ。
アルベルト王子の私設部隊と言えば聞こえはいいが、その中身は、騎士や衛兵にすらなれなかった不出来な貴族子息たちを集めただけの案山子集団だ。
自分たちは王子に選ばれたと勘違いしている人間が多く、当然のように王都に住む人々には嫌われていた。
要するに従士隊は形だけの無能集団である。
そんな彼らはとある貴族の情報提供を受けて、姫殿下派閥の屋敷に集まっていた。
その情報提供とは『この屋敷にはシャクス・ウィル・ネリザスを殺した暗殺者が潜んでいる』というもの。
それをまんまと信じた彼らは、情報提供者の思惑通りに動いてくれた。
「肥えた豚がたくさんいますね、豚は豚なりに有効活用してあげないといけないね」
「な、なんだお前は!?」
背後に立っていた軽薄な笑みを浮かべる男に気付いた従士隊の一人が、剣を抜いて誰何する。
「家畜と話す暇はないんだ」
「は?」
両手を広げた男の手から魔力で作られた糸が伸びると、三十人ほどの従士隊に群がる。
魔法を持たぬ身で抵抗ができるはずもなく、従士隊はものの数秒で、支配下に堕ちる。
「"傀儡殺戮、醜い貴族共を皆殺しにしろ!"」
突如現れた《傀儡大公》ユーゲル・ロベニールは殺戮劇の開演を告げた。
◆◆◆◆
クロードは囲まれた時点で、シャクスの身柄の安全と、屋敷からの逃亡を優先した。
禍々しい魔法の気配を、感じた気もしたが、一旦全て後回しにする。
シャクスを抱え屋敷内を疾駆するクロードとレレイ、そこへ窓を突き破って暗殺者が侵入してくる。
「クロード!」
「っ!!」
僅かに身をかがめたクロードの頭上を、廊下の壁を走るレレイが通過する。
(速っ!?)
驚くクロードの反応すら置き去りにして、レレイは暗殺者を一撃で切り伏せた。
「ごめん」
我流抜刀術で、一刀両断された暗殺者にレレイは謝る。
「必ずあの男は殺すから」
そして約束する、その死を無駄にすることだけはしないと。
廊下の窓を突き破ったレレイは、そのまま地面に着地し、次いでシャクスを抱くクロードも降りてくる。
「「!!?」」
クロードとレレイ、二人の背筋に悪寒が走り、上を見上げると、真っ赤な炎の帳が空を覆っていた。
「なんだあれは」
魔法的な何かだとは分かるが、その正体まではクロードには分からない。
「クロード」
「あ、ああ、とにかく逃げるのが先決だ」
すぐに二人は移動を開始する。
「きゃあああ!!?」
屋敷の塀を飛び越え、隣の屋敷の敷地に入ると、布を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方向に移動すると、庭師と思われる人達が、何者かに襲われていた。
「ふっ!」
瞬きの間に踏み込んだレレイが、襲撃者の剣を持つ手を、剣ごと吹き飛ばす。
「屋敷へ逃げろ!」
「「!!!」」
クロードの怒声を聞いた庭師たちは、屋敷の方へ慌てて逃げる。
「従士隊?、何故人を襲って…」
「うがぁ!!」
武器を失っても襲いかかってきた男の両足の腱を、レレイは綺麗に切り、一時的に動けなくする。
二人はすぐに逃走を再開する。
追ってくる暗殺者の気配、二人は暗殺者を振り切ることに集中する。
「シャクス、舌を噛むなよ!」
「はい!」
幾つもの屋敷の塀を乗り越え、レレイは覚えのある古屋敷の庭に降りる。
背丈ほどに伸びる雑草の影に隠れ、気配を消す。
クロードも同じように気配を消すが、シャクスはできないので、ローブを広げてその中で抱き締める。
「我慢してくれ」
「(コクコク)」
無言でシャクスは頷き、シャクスが動かないのであれば、クロードの隠密技術で、隠れられる範疇だ。
暗殺者たちの気配が完全に遠ざかったことを確認して、クロードとレレイは頷き合う。
雑草群の中から抜け出して、古びた屋敷の壁に寄りかかる。
「ひとまずは逃げ切れたが、状況は全く好転してないな」
クロードは、空を覆う真っ赤な炎の帳を見ながら、呟く。
「あれは?」
「多分結界ってやつだ、俺たちを閉じ込めるには大きすぎるから、別の目的で張られたんだろうけど」
その目的を、推察するだけの情報が足りない。
「先程従士隊の人間が暴れていました、もしかしてロベニール子爵の魔法で操られていたのではないのでしょうか?」
「そう考える根拠は?」
「従士隊は愚物の集まりですが、貴族の家人を襲うほど馬鹿ではありません。そのような不可解な行動に出たということは…」
「その精神を支配されている可能性が高い」
言葉を引き継いだクロードに、シャクスは無言で頷く。
「シャクス、その支配はついさっきに起こったものだと思うか?」
「確率の話をするのであれば、高いです。常時支配できる人数に限りがあると仮定をした場合、大した実力もない従士隊の人間を支配する旨みはありません」
《傀儡大公》の支配がある程度の接触による起こるものであるのならば。
「近くに《傀儡大公》がいる、そしてこの赤い炎の結界は《傀儡大公》のものじゃない」
「そう考える根拠は何?」
「魔法っていうのはその人間が持つ神秘の発露、レレイに分かりやすく説明すると、その人間の我を表してるんだ」
「その説明で分かった」
「よし、それで支配の魔法と炎の魔法は俺の頭の中でどうしても結びつかない」
傀儡操術は精神を支配するという複雑な魔法、対して炎の結界はその効果は不明なれど、起こしている現象自体はシンプルだ。
「敵は二人、ロベニール子爵が従士隊を支配した目的はなんでしょうか?」
「それは自分の目で見た方が早いかもな」
クロードは、古屋敷の壁をよじ登って、屋上に立つ。
もちろん気配は消して、暗殺者たちには見つからないようにするが、屋敷の屋上から、今の貴族街で何が起こっているか、十全に確認することができた。
「マジか」
驚きつつも状況を確認したクロードは、二人の元に戻る。
「周辺の屋敷がさっきの奴と同じような格好の人間と炎の獣に襲われてる」
「何ですって?、もしかしてロベニール子爵の目的は貴族の殺害?、いいえ、弱い従士隊では貴族の護衛にはそう簡単には勝てないはずです」
「シャクス、色々考えるのは後だ、目的が分かったのなら、俺は君を安全な場所に連れていくことを優先させる」
「ダメです」
「は?」
シャクスの抗弁に、クロードはドスの効いた声をあげる。
「怒らないでください、クロードは、魔女や魔法使いに対抗できる貴重な戦力です。私を守ることよりももっとできることがあります」
「もしそれができたとして、シャクスが死んだら意味ないだろ」
「無意味ではありません、助かる命はあるはずです」
「この馬鹿女が」
「あっ!、また言いましたね!?」
「俺がそうしたくないんだ」
「え?」
「姫殿下にお願いされたのはきっかけに過ぎない、俺はシャクスを守ると決めた、決めたからには、最後まで守る。言っとくけどシャクスの意見は聞かないぞ」
「なっ!?」
「それにこの異常事態を静観するつもりもない、やれることは一つだ、レレイに魔法使いになってもらおう」
「え?」
クロードの発言に素っ頓狂な声を上げたのは、完全に蚊帳の外だと思っていたレレイだった。




