百三話 魔女の策謀
クロードとシャクスがいるセーフハウスを目指しているヒルダの肩に半透明な鳥が留まる。
《清廉騎士が冒険者と共に病魔の魔女を討伐したぞ》
「…何?、それは本当か?」
ヒルダの声音は驚愕の色が強い。
《本当だ》
「それは朗報だ」
ヒルダは無意識に拳を握ってしまうが、すぐにそれを自覚して握りを解く。
「待て、冒険者と共に?」
《ああ、フェイと名乗る魔法使いの冒険者だ》
「フェイがそれほどの魔法使いだとは」
フェイの魔法を直接見たわけではないが、クロードと会話した時にヒルダの魔法は正確に彼女の魔法使いとしての実力を分析していた。
(いや、清廉騎士が傍にいたのなら急成長した可能性もある。フェイは獣人の英雄、素質は十分にあった)
ヒルダは思わぬ収穫に喜ぶ心を押さえる。
「二人は生きてるのか?」
《二人共重傷を負っているが生きているね》
(魔法使いが二人、しかも片方は魔女を討てる実力がありさらに生き残った、これは王国に長く根を張った甲斐があった)
清廉騎士、ギャラハッドには地下街にて魅炎の魔女ヘラの捜索及び討伐という役目があったはずだが、別の魔女を討伐するとは。
《清廉騎士からの報告は以上だよ》
「分かった、後で戦力を連れて合流すると伝えてくれ」
《任せてくれ》
半透明な鳥は、ヒルダの肩から飛び去った。
この会話は、周囲の人間には聞こえていないが念の為人気がないことを確認し、ヒルダはセーフハウスへ急いだ。
◆◆◆◆
ほぼ同時刻、貴族街のとある屋敷にて、三人の魔女が、集結していた。
「デラシアが死ぬとは流石に驚いたわ」
「魔女が死ぬことは過去にあったことだろう」
禍々しい気配を纏う魔女たちの姿は、薄暗い部屋の中では、良く見えない。
「最後に同族が死んだのは八十九年前、また魔女殺しが現れた。これも貴様の予想通りか?」
「私も気になるわ」
二人の魔女の視線が、最後の魔女に向く。
「予想外です、ただ想定外ではないですよ」
「ふん、お前は言葉遊びが好きだな」
「人間の言語というのは面白いのですよ」
「そんなことを聞いてるんじゃないのよ、元々の予定では人間の目をお城に引き付けて、デラシアが地下からこの街の人間を皆殺しにする予定だった」
「そのためにわざわざ人間に同族を殺させたのでしょう?」
人間が人間を殺すのと、魔女が人間を殺すのでは、人間たちの受け取り方が違うと、この計画を企てた目の前の魔女は言ったのだ。
「大丈夫です、デラシアはあくまで保険ですから。本来の計画は変わりません。人間には死んでもらうことになりますが、それで大勢の人間を殺せるのであれば構いません、結局のところ私たちが出るのはまだ先です」
今回の計画はあくまで、前哨戦に過ぎず、殺す人間は魔教徒の《傀儡大公》に任せている。
「せっかく出番をヘカテーに譲ったのに私の出番はまだ先ってこと?」
「ヘラは好きに動いて構いませんよ、ヘカテーがそれを良しとするかは別ですけれど」
「お前もヘカテーも回りくどいのが好きよね、アストレアは?」
「同族を殺した魔法使いに興味はあるが、デラシアを殺して生きていたとしても満身創痍だろう、それでは意味が無い」
アストレアと呼ばれた魔女の脳裏に、剣を叩き切り、膝をつかせた仮面の騎士の姿が思い浮かぶ。
(彼奴ではない、彼奴がこの街にいるのならその気配を見逃すはずがない)
「私は戻る」
「アストレア」
「黙れ、私は指図は受けん。モルガン、貴様に協力しているのはただの利害の一致だと言うことを忘れるな」
捨て台詞を残して去った魔女に、一瞥すらせず魔女はもう一人の魔女に視線を向ける。
「私は少し味見してみるわ、魔女に狂った人間の末路も見てみたいしね」
それじゃあ、と言って魔女は炎に包まれてこの場を去る。
「魔女を殺す人間、そうです、足掻きなさい、ただ踏み潰されるだけの塵芥に面白みはない。帝国とやらはつまらなかった、王国はどうでしょうか、望むべくは…うふふ」
それ以上の言葉を"罪の魔女モルガン"は口にせずに、邪悪な笑みを浮かべた。
◆◆◆◆
「いいですか、私は貴方がクロードを傷つけたことを許していません。それにもかかわらずいけしゃあしゃあとクロードに侍るとは恥ずかしくないのですか!」
「そっちこそ、お貴族様か何か知らないけどクロードに馴れ馴れしい」
「はぁ?」「あ゙ぁ?」
「ーーー」
クロードが倦怠感を覚えながら目を覚ますと、二人の女性の喧嘩が耳に聞こえてきた。
(この倦怠感は、魔力を消費したからか。魔法を連発したのは初めてだし致し方ないか)
魔力を消費したことによる倦怠感は、レイジビースト戦で体感したが、今回は魔法の連発による影響で、レイジビースト戦より倦怠感が強い。
(俺の魔力量だと、三発が限界か。もう少し効率良く運用できたらさらに増やせるんだろうけど)
そんなことを考えながら、起き上がったクロードに、レレイとシャクスは気付く。
「「クロード!」」
「二人共元気そうでなによりだ、俺が気絶してどれくらい経った?」
「四半刻ほどです」
「クロード、本当にありがとう!」
シャクスの報告を脳内で咀嚼していると、レレイに抱きつかれた。
「コラ!、貴女!、クロードはけが人なのですよ!?」
「クロード、改めて名乗る、私の名前はレレイ・ソニンク・ルー、ルー族の戦士にして、偉大な姉たちイリアスとフェイを持つ三姉妹の末妹」
「クロード・イグノートだ、それだけ喜んでるってことは、支配の魔法は解除できたってことでいいんだな?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるレレイの表情は、やはりフェイの笑顔と似ていた。
無視されたシャクスが、レレイの肩越しに怒っているが、見えたが、とりあえずレレイの話を聞く。
「クロード、私は貴方に尽くすと決めた」
「尽くす?」
「うん、貴方の妻になる」
「ーーー分かった、とりあえずその話は保留にさせてくれ。先に聞きたいことがある」
クロードは頭が痛くなるのを我慢して、話を強引に前に進める。
「なに?」
「レレイに魔法を掛けた奴の居場所は分かるか?」
「分からない」
「そうか、それならこのセーフティハウスは捨てた方がいい、レレイに魔法を掛けた奴、《傀儡大公》はレレイの支配が解けたことを知ってるはずだ」
「っ!、ここに攻めてくると?」
「可能性は高いし、俺が向こうの立場だったらそうする」
シャクスの言葉に頷いたクロードは、ベッドから降りて、傍に置いてあったローブを着て、弓と剣を装備する。
「すぐに出よう、敵の狙いはシャクス、君だ。絶対に俺から離れないでくれ」
「は、はい!」
「クロード!、私も行く。あの男には絶対に代償を支払わせる」
「足手まといだぞ」
相手は魔法使い、魔法が使えない以上はレレイほどの実力があっても、再び支配されてしまう可能性が高い。
そしてクロードの魔法はあと一発が限度、《傀儡大公》と戦うのであれば、他のことに使う余裕はない。
クロードは、レレイの実力を認めている、それ故に下手な誤魔化しはしなかった。
「知ってる、次支配されるようなことになればその前に自害する」
「フェイに会わなくていいのか?」
「フェイ姉なら分かってくれる、それよりも私はクロードと一緒に戦いたい、私のことは慮らなくていいから」
レレイの瞳はクロードと一緒に行きたいのだと告げていた。
「分かった、好きにしてくれ」
「ありがとう!」
シャクスを伴って、部屋を出たクロードは立ち止まる。
「ちっ、遅かったか」
「うん、この建物は囲まれてる」
既に状況は悪い方向へ転んでいた。




