百二話 姫殿下の決意
地上と地下、それぞれの戦いが終結した頃、襲撃事件から一夜明けた王城アグラシエス、正確にはそのセレジェーラ離宮にて、その主であるオルリリア姫は優雅にガゼボで紅茶を楽しんでいた。
「ーーー」「ーーー」
その様子に絶句する二人の男、壮年の男と若さが残る青年だ。
とてもではないが数時間前に、片腕であるシャクス・ウィル・ネリザスを喪ったとは思えない優雅さ。
オルリリア姫の美貌とその美しい立ち振る舞いは、王城ではよく知られているが、自らの住む宮殿が暗殺者に襲われ、側近が死んだというのに、優雅に紅茶を楽しむなど、はっきりと言って異常としか思えなかった。
「驚いていますか?」
「いえ!、そんなことは決して」
「驚くなどと」
オルリリア姫に話しかけられた二人は、内心を言い当てられ、すぐに否定する。
「誤魔化す必要はありませんよ。私がそちらの立場であれば驚くでしょう。これは私なりの心の鎮め方だと思いなさい」
「はっ!」
「承知しました」
「それで何用ですか?」
二人は、それぞれオルリリア姫に用があり、セレジェーラ離宮を訪れた。
「現在セレジェーラ離宮は、我々王城護衛隊が護衛しており、二度目の襲撃は決して起きないとお約束致します」
「分かりました、引き続き職務を全うしなさい」
「姫殿下、今回の件につきましては…」
「謝罪は必要ありません、必要なのは現状に対処することで、責任を追及するのは状況が落ち着いたあとです、分かりましたか?」
「はっ!、余計なことを申しました」
壮年の男が下がり、そのまま帰っていく。
それを待って、若さの残る青年が一歩前に出る。
「お前は従士隊の人間ですね、兄上に失意の妹の顔を見てこいとでも言われましたか?」
「い、いえ!、殿下は決してそのようなことは!」
「ふふ、冗談ですよ」
からかわれたと気づいた青年は、顔を赤くして頭を下げる。
何とか恥ずかしさを飲み込み顔をあげる。
「私は従士隊所属のジュリス・エル・ハールトと申します、此度の事件についてお悔やみ申し上げます、シャクス様はご立派な女傑でした」
「ありがとう」
「殿下は、我々従士隊にオルリリア姫の護衛を仰せつかりました、姫殿下の傍で御身を守ることをお許しいただきたい」
「お断りします」
「え、えっとそれは…」
「私にはソルがいますから、他の護衛は必要ありません。とはいえお前の顔も立てましょう、離宮の周囲で警備することは許可します」
オルリリア姫は話は終わりだとばかりに、カップを呷った。
既にこちらを見ていないオルリリア姫に抗弁することもできず、ジュリスは頭を下げ、そのまま辞去した。
ちょうどカップの紅茶がなくなったところで、イドリラが、ポットを傾けて、カップに紅茶を注ぐ。
「ありがとう、イドリラ」
「私はメイドですから」
「ふふ、貴女はいつもそれですね」
オルリリア姫とイドリラの付き合いも長い、共に過ごした年月で言えば、シャクスやソルと同等だ。
こうして優雅な朝のティータイムに興じられているのは、ひとえにイドリラのお陰であり、シャクスとの約束があるからだ。
組織を率いる王が揺らぐことは許されない、その揺らぎは臣下たちを動揺させ、最終的にその揺らぎによって組織は瓦解する。
だから王は決して揺らいではいけない。
たとえシャクスやソル、イドリラ達のような親しい者たちが死んだとしてもだ。
何があっても揺らがない、それがシャクスとの約束だ。
「イドリラ、私の独り言を聞いてくれませんか?」
「何なりと」
「王族というのは弱いものです、この国を二分する派閥の長であろうとも私は友一人、暗殺者の凶刃から守れない」
シャクスが囮であったことはこの際関係がないのだ、もしもっと圧倒的な権力を持っていたとしたら、このような危険な策を取ることは決してなかった。
それが叶わないことであったとしても、考えてしまうのが人間という生き物だ。
「ですから弱いままでいるつもりはありません、私は止まりませんよ」
「私は姫殿下のメイドです、姫殿下を全力でお支えします」
「期待しています」
爪を隠していた王女はそれを隠すことを止めた。
オルリリア姫が新たに注がれた紅茶を飲み終わったところで、信頼する二人の騎士が戻ってきた。
「遍歴騎士ソル、ただいま戻りました」
「同じく遍歴騎士ヒルダ、戻りました」
「よく戻りました、首尾は?」
「良い報告と悪い報告があります」
ソルが代表して報告する。
「悪い方から聞きましょう」
「ロベニール子爵の行方が分かりません」
ロベニール子爵、それは"グラシャラボラス"の大幹部《傀儡大公》である可能性が高い人物。
ヒルダとソルは、その正体を探るために離宮を離れていた。
「良い報告は、ロベニール子爵の正体が確定したことです」
「…よくやりましたね。ソル、ヒルダ、大義でした」
オルリリア姫は、ヒルダが使う魔法がどのようなものか、彼女自身から聞いている。
故にどうやって正体を探るのかも聞いているし、それが本人がいなくても行えることは知っている。
「「はっ!」」
「魔法、ですか。私たちは世界の理を知らなすぎる、もっと学府を高めるべきですね」
「恐れながら姫殿下、それは人類を守るためであります」
ヒルダの言葉にオルリリア姫は耳を傾ける。
「続けなさい」
「魔女の存在や、魔法についての知識は、意図的に広められていません。それはひとえに人の安寧を守るため、魔法は魔女や魔獣を倒すためにだけに使われるべき力です」
「人は愚か、魔女という大敵が居ても争うことを止められない、そういう事ですか」
「よくお分かりで」
「ふふ、その知識を何故ヒルダが有しているのかは聞きません、シャクスには話しているのでしょう?」
「はい、しかし魔術契約を結びましたので他言はできません」
「構いません、知らないことと知っているが話せないことには雲泥の差がありますから」
(やはり姫殿下はシャクスと比べても勝るとも劣らない才覚を持っている御人だ)
「ヒルダ、ロベニール子爵は魔教徒、つまりこの襲撃事件の裏には魔女がいますね、その名を明かしなさい」
「…その魔女の名はヘラ、"グラシャラボラス"に属し魅炎の魔女と名乗っています」
(ヘラ、勇者パーティに潜み勇者を殺害した闇の魔女が人に扮していた際に名乗った名前、ただの偶然?、いや、二人の魔女には必ず繋がりがあるはずです)
「その魔女は今王都に?」
「魔教徒が動いたということはその可能性は高いです」
「厄介ですね、二人も魔女がいるとは」
この時病魔の魔女が既に死んでいることを、オルリリア姫は知らない。
「(魔女が兄上の思い通りに動くわけがない、現に従士隊を派遣したことからもあちらが情報を欲しているのは明らか、何故"グラシャラボラス"がシャクスを殺そうとした?)」
(シャクスが邪魔だった?、どう邪魔だった?、確かにシャクスは王国でもトップクラスの智者、現にシャクスは僅かな情報で傀儡大公の正体に辿り着いた)
頭がいいから殺そうとした、人間の常識からすると殺害の動機とは思えないが、魔女の常識でそうかは分からない。
「(とにかく傀儡大公の捜索は急務ですね)」
「ヒルダ、貴女にロベニール子爵の討伐を命じます、罪状は上級貴族であるシャクス・ウィル・ネリザスの殺害及び、第二王女オルリリアの殺害未遂です」
「はっ!」
「やり方は全て貴女に任せます、何をしても構いません、全責任は私が負います、必ず討伐しなさい」
「承知しました」
深く頭を下げたヒルダは、すぐに立ち上がる。
目的地は、シャクスとクロードがいるセーフハウスだ。




