百一話 魔女殺し
ギャラハッドが本気を出した、そして本気のギャラハッドは、デラシアの次手を待たない。
"統合・光輝なる煌めく剣"
魔法の奥手の一つにより作られた光の剣を持つギャラハッドが、デラシアの視界から消える。
そして一呼吸の間にギャラハッドは、デラシアの懐に飛び込み、袈裟に斬りかかる。
暗黒の風が、光の刃を受け止め、激しく火花が散る。
物質がぶつかりあったことによる摩擦熱ではなく、病魔で侵そうとする暗黒の風の侵食を、光の剣が弾くことにより、起きた魔力抵抗による放熱が原因だ。
ギャラハッドの連撃は速すぎて、デラシアには見えない。
それでも逆巻く暗黒の風は、ギャラハッドの剣戟を寄せ付けない。
しかしそれで安心するほど魔女の生存本能は、容易くない。
(私と同じ空間に居てこれだけ長生きしてる生き物は、初めて)
デラシアが、ギャラハッドたちと会敵してから五分近く経過しているが、まだ騎士と戦士は病魔に侵されず立っている。
いや、一度戦士には、成功したが、病魔の侵入が軽微だったこともあったか、騎士に治癒されてしまった。
自分の病魔が治療される光景も初めて見た。
初見の光景ばかりだが、病魔の魔女デラシアの頭は混乱していない。
彼女は、人類と敵対してる魔女たちとは違い戦闘経験は皆無だが、多くの情報を処理するだけの思考力を有しているからに他ならない。
それは彼女が、大魔女に届くほどの強大な力を持つ魔女であるからに他ならない。
(どちらもただの人間じゃない、ここで殺した方がいい)
デラシアは自らの本能に従い、目の前の二人の人間を、自らの意思で殺すと決めた。
ギャラハッドの動きは速すぎて見えないので、全方向に暗黒の風を放つ。
既にギャラハッドは退いており、いくらの痛痒すら与えられていない。
「フェイ、いける?」
「いける」
「良かった、それなら二人であの魔女を討とう」
ギャラハッドの攻撃は、フェイの回復するまでの時間稼ぎの側面もあった。
ギャラハッドは今までの膨大な戦闘経験から一つの確信を得た、あの魔女は一人では倒せない。
「ん、あとで魔法の奥の手とやらを教えて」
「統合?」
「それも」
「教えは必要はない、フェイは知ってるはず、エルフリーデから受け継いだのなら、彼女はどう戦ってた?」
「それは…」
ギャラハッドに問われたフェイは、エルフリーデとの決闘を思い出す。
エルフリーデは戦闘中、魔法の爆発を多用していた。
それはフェイも知っている、故にデラシアの防御を破る時に、自分も食らった不意打ちの冷炎爆発を使った。
しかしよく考えると、何故爆発するのかが分からない。
冷炎の特性は、燃焼と凍結のはずだ。
(もしかして私が知らない魔法の特性がある?)
そう考えると辻褄が合うが、敵はフェイの思考が纏まるのを待ってはくれない。
「"黒死嵐刃"」
(人間を殺すイメージ、速すぎて捉えられないのなら面で押しつぶす)
デラシアが指先を指揮棒のように振るうと、吹き荒れる暗黒の風刃が地下室を蹂躙する。
ギャラハッドとフェイは、回避に専念する。
巨大な風刃が幾つも飛び、壁や天井を破壊していくが、二人を捉えるには、遅いと言わざるおえなかった。
二人にも余裕があるわけではない、ギャラハッドは冷静にデラシアの次手を待つが、フェイは思考を沈めていた。
強敵を前にする行動ではないことを自覚しつつも、フェイは先程の疑問を放置してはいけないと感じていた。
(冷炎の三つ目の特性は爆発に関係してる、それは間違いない)
これに関してはある種の確信がある、何故ならフェイは今まで爆発する魔法を使ったことがない。
フェイは他の魔法使いたちとは違い、先に解を知っている、故にエルフリーデが使った魔法を真似て魔法を行使した。
正確にはあの時の冷炎爆発はブラフだったのだが、それは置いておく。
フェイが使う冷炎爆発では、今のデラシアには届かない、その事実の方が重要だ。
剣先で爆発する冷炎爆破も似たような魔法だが、フェイに同じような威力を出せる自信はない。
それは冷炎が起こす爆発のプロセスを知らないからだと、考えた。
フェイは自分の記憶を掘り返す。
エルフリーデがブラフで使った冷炎爆発、エルフリーデは自らが纏う冷炎を翼のように広げることで、強力な魔法であると思わせて威力を誤認させたが、爆発自体は凍りついた炎でコーティングされた二本の剣から起きていた。
対してフェイが使った冷炎爆発は、燃える炎柱群に、凍てつく炎を纏わせて着火した。
(!!、もしかして爆発の原理は…)
フェイの思考時間は十秒未満だったが、デラシアは"黒死嵐刃"が、二人に通用しないと分かり次の行動に移る。
面の攻撃ですら、騎士と戦士には躱される、それはやはり二人の動きが速すぎて捕捉できないのが要因だ。
デラシアには回避行動を予測して、魔法を撃つ技能はない。
(面では足りない、もっと圧倒的な制圧力がいる)
デラシアの魔女としての高い潜在能力が、最適解は導き出す。
両手を前に突き出し、手の甲を上に向けたデラシアの両手に、暗黒の風が収束していく。
引き戻される風と一緒にデラシアにより、破壊された瓦礫も巻き込まれてデラシアに集まる。
「「!!」」
頭上を通過する瓦礫から身をかがめる二人は、デラシアが何をしようとしているのか、分からない。
収束する暗黒の風により、すり潰された瓦礫は微細な砂粒へと変わり、その砂粒一つ一つに病魔が侵食する。
「"黒死嵐塵"」
無数の砂が、暗黒の嵐により、射出され、上下全方位同時にばらまかれた死の砂は、地下室から生物を消し去った。
魔法による物理現象を利用した攻撃、それは歴戦の魔法使いが行なう戦闘方法の一つであり、戦闘経験皆無でありながら、デラシアはそれを行なった。
驚嘆するべき潜在能力、しかし魔女と相対する人間たちも並ではない。
絶死の嵐を受けて立つ一人の人間、それにデラシアは驚かない。
「生きてる」
弱々しい光を纏うギャラハッド、彼女は黒死の砂粒により、蜂の巣にされたはずだが人としての原型を保ち、生きていた、ただしもはや戦列に加わることは叶わない
それはいい、相手はただの人間ではない、問題はもう一人の戦士。
「…いない?」
周囲を見間渡して、疑問符を一つ。
肉片の一つも残らず消えたのか、一瞬そう考えたデラシアは、ギャラハッドの背後から飛び出す影に反応が遅れる。
「ふん!」
飛び出したフェイは、大剣を渾身の力で、投擲する。
当然狙いはデラシアだ。
フェイは、冷炎の鎧を纏っておらず、デラシアが垂れ流す病魔に侵食されている。
ギャラハッドの背後に隠れたことと、魔法が放つ発光を消すことにより、デラシアの視覚を欺く。
これは事前にギャラハッドと話し合ったことだった。
『戦闘に慣れていないと言っても相手は数百年生きる魔女、必ずこちらを全力で殺しにくる。その時私がフェイを守る』
『私が攻撃役?』
『うん、私の魔法は凄く目立つから奇襲に向かない。でもフェイは違う、少なくとも魔法の守りを消せば視覚では欺くことができる』
『守りを消す』
そうなれば病魔の侵食を受けて、フェイはやがて死に至る、しかし即死でないのなら、デラシアを討つまでに死なないのであれば不意打ちの代価としては安いものだ。
『戦場は水物だから、状況に応じてお互いに合わせよう、決めるのは攻撃役がフェイってことだけ』
『ん、分かった。ギャラハッドの案に従う』
『ありがとう、タイミングは必ず来る、私の役割はそれまでに自分とフェイの命を守ること、そしてフェイの役割は…』
『魔女を討つこと』
投擲された大剣を、デラシアが認識した頃には既に彼女に突き刺さっていた。
魔女は不死、大剣が突き刺さった程度では死なない。
けれどもデラシアの脳内が、ほんの刹那であるが真っ白になる。
彼女には大剣が突然自分に突き刺さったように感じたからだ、そして混乱から顔を上げるとフェイはそこにはいない。
「"黒死嵐刃"!」
なりふり構わずデラシアは、手当り次第に魔法を放つ。
それは混乱した状態で、デラシアが取れる最善手だったが、フェイは一度その魔法を見ている。
同じ技が通じるほどフェイは弱くない。
黒死の風の乱撃を掻い潜ったフェイは、デラシアの死角から、短剣に冷炎を纏わせる。
魔法が使われれば、デラシアも気付く。
「(イメージする、魔女を討つ魔法を)」
冷炎剣撃、エルフリーデが最期に放った魔法、忘れるはずもない。
あれは剣に纏わせた冷炎を極限まで細くすることで切れ味を上げる魔法だった、察するにあれは人間用の魔法だ。
彼女は決闘の際、魔女や魔獣に通用するような大魔法を使わなかった可能性が高い。
それはひとえに相手が人間のフェイだったからだろう。
それは決してエルフリーデが手加減していたことを意味しない。
対魔女用の魔法は、人間相手には過剰火力だという話だ。
過剰火力ということは無駄が多いということ、フェイのような強敵相手にそんな余裕はなかったはずだ。
でも、フェイには今それが必要だ。
そしてギャラハッドは言った、フェイは既に魔法の深奥を目撃していると。
(凍てつく炎と熱い炎、この二つの炎を、掛け合わせることにより、強力な爆発を起こせる)
フェイが気付いた三つ目の冷炎の特性。
「"黒死旋風"」
デラシアは、己の魔法を躱し近付いてくるフェイに、突風を放つ。
フェイは、冷炎を纏い急所だけを守る、病魔の侵食が加速するが、気にしない。
しかし突風により、冷炎を纏っていた短剣が吹き飛ぶ。
「ー!?」
凶器が消え、ほんの一瞬安堵したデラシアを本当の驚愕が塗りつぶす。
フェイの手に握られる青色の炎で形作られた剣、それは魔法の奥の手の一つ、具現により作られた己の魔法、その本質の具現化だ。
フェイが握る冷炎の剣、それはフェイがエルフリーデから冷炎を継承する時に握った剣そのものだ。
「"冷炎魔剣"」
「ーーーー!!!」
冷炎の剣が袈裟に下ろされたその瞬間爆発し、声にならない悲鳴が、デラシアの口から溢れる。
「これは…そうか、『死』か、存外呆気ないものだ」
両断されたデラシアは、その言葉を遺言とし、病魔の魔女デラシアは、この世から消滅した。
「ゲホッ」
そして全てを使い切り、倒れ伏したフェイが人類史上五人目の魔女殺しとなった瞬間だった。




