1-4 日が落ちる前に(3) -焼き爛れのひとり口-
人気の無い暗がりで、眼帯を外した。
わずかに光を感じ取れるだけの右目の奥底がゴリゴリと疼く。鉄火場に向かう前はいつもこうだ。
イゾールは気を遣って僕の意思を汲んで上手く立ち回っているが、あの腐った魚みたいな目だけは、ここに留まるように無言で圧をかけてくる。あいつのなかでは僕はまだ十二のガキのままなのだ。
ああ、鬱陶しい。イライラする。
兵たちを信頼していないからじゃない。こればかりは生まれ持った性分としか言いようがないのだ。
とび魚の星が王都の近くの湖で泳いでいるという迷信を確かめるために城を抜け出して三日三晩野宿したのは、たしか四つの頃。物心ついた頃から、僕は自分が大事だと思うことを、僕自身の目で確かめなければ気が済まなかった。
花嫁の安否を、この片目でしっかり確認する。
それだけだ。以上も以下もない。
兄上やセヴェリ家の者たちが、何かと僕の心情を探ってくるのがうざったくて考えるのを放棄していたが、こうやってひとりになると自然と考えに耽ってしまう。
僕は哲学者でも詩人でもない。深く考えなくても、すぐに答えにたどり着ける。星詠みや測星神官よりも、自分の事はよくわかっているつもりだ。だからこそ、答えにたどり着く前に考えるのをやめる。
本当に億劫だ。
重たい鎖帷子を着てまでわざわざ出向くなど、無駄なことこの上ない。家臣たちに任せて、椅子にふんぞり返ってここで花嫁の到着を待つのが定石なことくらい、下町のガキでもわかる道理だ。自分でも「馬鹿」だと呆れる。
あの兄のことだ。僕が取る行動もすべて分かった上で報せを寄越したんだろう。手の平で転がされてる気がして腹が立つが、見過ごすことができない報せなのは事実だ。
なら、やはり僕自身が動くことが正しい道理だ。そう言い聞かせた。
水瓶の水面鏡にうつった翠色の目が、こちらを睨んでいる。我ながら、本当に酷い焼け爛れ顔だ。
火傷痕と皮膚の境目が互いに引っ張りあうようなピリピリとした感覚が、つい忘れかけていた「怒り」を思い出させてくれる。
今の僕に必要なのは、すべての逆境を完膚なきまで服従させる強さだ。それ以外はなにもいらない。
あの娘の名前の意味も、年齢も、境遇も、忘れてしまえ。
「……行くか」
癖毛の髪を押し上げて、後ろ手に眼帯の紐をきつく結び直した。絶対にほどけないように、強く、強く。
頼むから、大人しくしてくれ――せわしなく動く母譲りの黒茶の尾に、僕は心の中で静かに言い聞かせた。
――半刻後。角欠けの黒い峰角馬の後に続く数十の騎兵たちが、西の方角へと向けて土煙を上げながらミルエティ要塞の関門から飛び出ていった。
鳶の巣を照らす太陽は、わずかに西に傾き始めていた。




