第7話 隠された切り札
「少し前に見つかったミスリウム鉱山。
それが、我々が隠している切り札だ」
バンは低い声で言った。
「最後の手段として取っておいたものだ。
それを出さずに投資の話がまとまったのは、
幸いではあるが……」
その目が沈む。
「あまりにも早く投資を約束したのが、
少し気にかかる」
ハキが首をかしげた。
「ミスリウムって、
そこまで価値があるんですか?」
ハキの問いに、
バンはすぐ答えた。
「同じ重さの黄金より高い」
そして続ける。
「それにミスリウム鉱石こそが、
帝国が大陸を呑み込むうえで
決定的な役割を果たしたものだ」
帝国はそれによって、
他国を圧倒する武器を作った。
「そうなんだ」
ハキはしばらく考え、
また尋ねた。
「でもネオ様。
どうして急に投資なんて言葉を使ったんですか?」
納得がいかないというように、
彼は首を傾げた。
「向こうにも得があるなら、
あれこれ援助してくれるかもしれないじゃないですか」
ネオは静かに答えた。
「ただほど高いものはない」
その声は淡々としていた。
「援助を受ける立場になれば、
結局はファイダルの影響から
自由ではいられなくなる」
バンも言葉を添えた。
「ひどければ、独立を助けたという名目で、
我々の上に立とうとするかもしれないということだ」
ハキの顔がこわばった。
「まさか……
イーストン地方を
連中の植民地にするつもりで?」
「その可能性は十分にある」
ネオは淡々と言った。
ハキは重くうなずいた。
「なるほど。
本当にどうしようもない場合でなければ、
できるだけ隠しておくべきですね」
ネオの視線が、
バンへ向いた。
「バン。
現在、武器の製造はどこまで進んでいる?」
「生産は順調です」
バンはすぐに答えた。
「最前線に立つ者たちに支給する武器も、
まもなく用意できます」
ハキが興味深そうに、
バンへ尋ねた。
「どんな武器なんだ?」
「鉄の武器にミスリウムを混ぜた
合金の武器だ」
「合金?」
「見た目は普通の鉄製武器に
見えるようにするためだ」
「実際に鉄の武器とぶつかったら?」
バンは短く答えた。
「ミスリウム合金で作った剣なら、
敵の剣を斬れる」
「うわ」
ハキの目が大きくなった。
バンは壁に掛けられた地図を指した。
「イーストン地方に入るには、
キャノン峡谷を通る必要があります」
その指が、
地図上の細い地点を示す。
「あそこを塞げば、
最終的に戦場は森へ移るはずです」
戦いは白兵戦になる。
そして森は、
この地の人間にとって慣れた場所だった。
「地の利があり、
武器でも上回れるなら、
勝負には持ち込めます」
ハキが拳を握った。
「いいな。
帝国兵が押し寄せてきても、
戦って勝てる!」
だが、バンの表情は
完全には明るくならなかった。
「ただ、まだ不安な点もある。
それは後で話そう」
武器はいい。
装備でも有利だ。
ただ、戦闘訓練が
圧倒的に足りない。
バンはそこを懸念していた。
(先に言って、
不安を大きくする必要はないか)
バンは話を続けた。
「今回の討伐に、
帝国がミスリウム武具を持った精鋭まで
送り込んでくることはないでしょう」
ネオがゆっくりとうなずいた。
「そうだな……。
ひとまず帝国の第一次討伐隊さえ防ぎ、
一年だけ時間を稼ぐことができれば、
状況はさらによくなるはずだ」
希望を含んだネオの言葉に、
バンも続けた。
「我々の勝利が伝われば、
帝国各地にいる同志たちが
この地へ集まってくるでしょう」
彼らが合流する。
そしてこの肥沃な土地に、
自分たちの理想をもとにした
新たな仕組みを築く。
バンの目に熱が宿った。
「民主主義を掲げる国を
作ることができます」
彼は力を込めて言った。
「王も貴族もいない国を」
そのとき、ハキが
ふと思い出したように尋ねた。
「でも、バン。
さっき、カイという男が簡単に承諾したのが
気にかかるって言ってたよな?」
「ああ」
「その理由は、
まだわからないってことだよな?」
「そうだ」
バンは再び扉のほうを見た。
カイが出ていった方向だった。
ハキは腕を組んで言った。
「単に深く考えず、
ちょうどいい商売の機会だと思って
簡単に承諾したんじゃないのか?」
その言葉に、
バンとネオが同時に首を横に振った。
「今までの話を、
ちゃんと聞いていたのか?」
バンの声は低かった。
「あれほど簡単に決める者は、
我々よりも遠くを見ているのかもしれない」
ネオも静かに言った。
「カイは、まさにそういう男だ」
バンが続ける。
「ただ、
今のところ彼と我々の利益は一致している」
その目が鋭くなる。
「彼が投資すると決めた以上、
これからは我々により有利な条件を
引き出すべきだ」
ネオも頷いた。
「おそらくカイも、
どのような投資条件を提示するか考えるために、
少し外で思案しているのでしょう」
ハキは頭をかいた。
「ううん。
わかったよ」
彼はすぐに立ち上がった。
「複雑で難しいことは、
ネオ先生とバン、お前が考えてくれ」
バンが尋ねた。
「どこへ行く?」
「カイって男が何をしてるのか、
ちょっと見てくる」
バンは一瞬、止めようとした。
だが、すぐに頷いた。
カイが外で何をしているのか、
彼も気になっていた。
◆◆◆
「ふう」
カイは外へ出るなり、
長く息を吐いた。
涼しい風が、
頬をかすめる。
頭も少し冷えた気がした。
カイはポケットに手を入れた。
そして白い毛玉をひとつ取り出し、
ぶらぶらと揺らした。
「ピコ」
「ぴっ」
「お前、
けっこう頭が回るんだな」
ピコが胸を張った。
「ぴっ!
当然です」
ピコは得意げに言った。
「私のおかげで、
彼らの狙いがわかったじゃないですか」
カイはさっきのことを思い出した。
◆◆◆
彼らはカイに、
真意の読みにくい話ばかりを
並べていた。
困っていた、そのとき。
ピコの声が、
カイの頭の中へ直接響いた。
[ぴっ。マスター。
脳波通信で話します]
続けてピコが言った。
[口に出さず、
心の中だけで答えてください]
カイは目を瞬かせた。
(こうか?)
[ぴっ。はい、できます]
(便利だな)
[ぴっ。
ここまでの会話を分析した結果、
彼らは今、マスターの返答を
ものすごく緊張しながら待っていました]
(それは俺にもわかる。
それで?)
[ぴっ。
最初にバンという人と出会ったとき、
彼らがマスターをファイダルの人間だと
受け取るままにしましたよね?]
(ああ、そうだったな)
カイは内心で肩をすくめた。
(俺から先に言ったわけじゃないし、
向こうが聞いてきたから
なんとなくそういうことにしただけだけど)
[ぴっ。
その後の会話を総合すると、
彼らはマスターをファイダルの魔法使い]
ピコは一度止まり、
また続けた。
[それも、何らかの密命を受けて来た人物だと
見ているようです]
(そうなのか?)
[ぴっ。
上層部だの、組織だの、投資だのという言葉も、
すべてその前提から出ています]
(妙な勘違いをしてるな)
[ぴっ。
それから、マスターが民主主義の話をしたときも
反応が大きかったです]
ピコの声が、
少し真剣になった。
[それはこの世界では、
支配層が簡単に受け入れる思想では
ないようです]
(当然だろ)
カイは内心でため息をついた。
(この時代に民主主義か。
百年、いや数百年は早い)
理想だけで
押し通せるものではない。
[ぴっ。
だとすれば、その理念を持って反乱を起こした彼らは、
討伐される可能性が高いです]
ピコはすぐに計算結果を告げようとした。
[私の計算では――]
(いい)
カイが遮った。
(九十九・九九パーセントとか、
そういうことを言うつもりだろ?)
[ぴっ。はい]
ピコは淡々と言った。
[周辺のすべての国が手を組んで、
彼らを滅ぼすでしょう]
(そりゃそうだろ)
カイは心の中でつぶやいた。
(封建的な連中が、
民主主義を好きになるわけがない)
歴史的に見ても、
そういう思想は
凄まじい血を流した末に、
ようやく根づくものだった。
(それにしても)
カイは考え直した。
(あいつらは何で俺に、
あんな話を長々としていたんだ?)
[ぴっ。
さっき言ったじゃないですか]
ピコがすぐに答えた。
[彼らはマスターをファイダルの魔法使い、
それも何らかの密命を受けて来た人物だと
見ているからです]
(それで?)
[助けてほしい、という意味で
投資の話をしたのでは?]
カイは一瞬止まった。
(え?
そういう意味だったのか?)
[ぴっ。はい]
ピコが言った。
[自分たちは販路を提供する。
その代わり、マスターには力を貸してほしい。
そういう話でしょう]
ピコは自信たっぷりに結論を出した。
[そう理解するのが正しいです]
(いや、
何で俺が命を懸けて
あの人たちを助けなきゃならないんだ?)
商人ごっこをしながら、
世界を回るつもりだっただけだ。
それなのに、気づけば
反乱軍の投資話を受ける流れになっていた。
カイが商人を思い浮かべた理由は単純だった。
この地に来てから、
ちらりと目に入った
黒ずんだ木の食器。
それを見た瞬間、
カイは思ったのだ。
(陶器どころか、
ガラスもろくに使えないのか?)
カイは口元を緩めた。
(これは金の匂いがするな)
基礎的な生活用品を作って売れば、
飛ぶように売れるはずだ。
人間の体で味わう、
金持ち生活。
その瞬間、カイの頭の中には
立派な屋敷が浮かんだ。
広い庭。
大きな浴槽。
輝く金貨。
無駄に長い廊下。
そして有能で美人な秘書たち。
(よし。
決めた)
カイは心の中で拳を握った。
(金持ちになろう)
そう考えると、
あの反乱勢力と関わるのは
損に見えた。
(あいつらと協力したら、
商売を始める前から
皇帝だか王だかに目をつけられるんじゃないか?)
[ぴっ。
よそ者であるマスターは、
正体を隠せばいいだけでは?]
(ふむ。
そうか?)
[ぴっ。
それに彼らが無事に生き残りさえすれば、
彼らの組織網を通じて
品物を売るのも楽になります]
(それはそうだな)
結局、カイは
投資すると言った。
ハキの推測どおり、
深く考え抜いた末の決断ではなかった。
ピコと会話をしながら、
その場の勢いで決めたことに近かった。
◆◆◆
考えを整理したカイは、
ピコの前で偉そうに胸を張った。
「俺も、そのくらいは考えていた」
彼は図々しく言った。
「少し関わる代わりに販路を得る。
そこまで悪い商売じゃない」
悪くはない。
面倒ではある。
かなり面倒ではある。
それでも、
完全に損をするだけの話ではないかもしれなかった。
そのとき、ピコが言った。
「ぴっ。
嘘です!」
カイの眉が動いた。
「マスターは本当に頭が悪いと思います」
「何だと?」
「私がいなかったら、
まだ会話の内容を理解できていなかったはずです」
ピコは止まらなかった。
「それに、彼らの提案を断っていたでしょう?
違いますか?」
「それは違う」
「ぴっ、ぴっ。
認めてください」
ピコは堂々と言い放った。
「マスターの頭が悪いということを」
ピコは一線を越えた。
「この生意気なやつめ」
「ぴいっ?
待ってください。
どうして急に――」
ひゅっ。
ピコはそのまま、
空へ飛んでいった。
「ぴいいいいっ!」
カイは両手を腰に当て、
上を見上げた。
「よく飛ぶな」
少しして。
ピコは重力に逆らえず、
まっすぐ落ち始めた。
「ぴいっ!
マスター!
これは虐待です!
虐待です!」
カイは手を伸ばし、
ひょいと受け止めた。
「ほら、飛べ」
ひゅっ。
「ぴいいっ!」
ピコの悲鳴が、
遠ざかっていく。
いつの間にか、
声も届かないほど
高く舞い上がっていた。
そのとき。
カイが出てきた建物の扉が、
そっと開いた。
ハキが外へ出てくる。
(俺を見張ってるのか?)
彼はあまりにもわかりやすく、
カイの周囲をうろつき始めた。
カイは何食わぬ顔で、
歩き出した。
すぐに戻るつもりはなかった。
彼は顔を巡らせ、
周囲を眺めた。
人々は背が低く、
武器も粗末だった。
それでも顔には、
妙な活気があった。
彼らなりの志があった。
そして、その志のために
動いていた。
(俺が作った世界は、
こうやって回っているんだな)
まるでゲームの中で
数字として見ていた世界へ、
実際に入り込んで確かめているような感覚だった。
そして、さっきの様子も
何度も思い出された。
ハキがぶつぶつ文句を言うところも。
やたらと虚勢を張るところも。
どれも、人間らしかった。
本当に久しぶりに感じる感覚だった。
(世界を巡るのは、
少し後回しにしてもいいか)
カイはゆっくりと笑った。
(こっちのほうが面白そうだ)
ゆっくり散歩を終えたカイは、
癖のようにポケットを探った。
そして、動きを止めた。
(あれ?)
もう一度触る。
いない。
カイの表情が、
ゆっくりと固まった。
(そうだ)
口うるさい毛玉。
「ピコ?」
カイは目を細めた。
「あいつ、
どこに行った?」
そこでようやく思い出した。
自分がピコを空中へ投げたまま、
すっかり忘れていたことを。




