第3話 創造神、地上に落ちる
「うわああああっ!」
海斗は、
空から落ちた。
久しぶりに人間の体を得たせいで、
距離感も、
着地の感覚も、
一瞬ですべて忘れていた。
情けない悲鳴とともに、
轟音が響いた。
どがんっ!
海斗は土の上を何度も転がり、
ようやく止まった。
「……生きてる」
海斗はしばらく、
うつ伏せのまま息を整えた。
そして、低く笑った。
「これが、痛いって感覚か」
神として存在していた間は、
感じることのできなかった感覚だった。
「けど、このままじゃまずいな」
海斗はゆっくりと体を起こした。
手のひらを開くと、
青い光が揺らめいた。
外側は人間でも、
内側にはまだ、
世界を揺るがすほどの権能が残っていた。
地上へ降りる前に、
海斗はすでに一度、
肉体を調整していた。
創造神としての本体を封印し、
人間の肉体の中に
神の権能を押し込めた状態。
言うなれば、
半神に近い体で降りてきたのだ。
だが、いざ地上に来てみると、
それですらこの世界には強すぎた。
このまま動けば、
ちょっとした行動ひとつで事故になりかねない。
(この場所に、俺の本体を封印する)
しばらくして。
地下深くに、
小さな空間が作られた。
(俺の体から、さらに力を抜いた、
人間と完全に同じ分身体が必要だ)
(壊れても作り直せて、
本体とはつながっている。
けれど見た目は、
あくまで普通の人間の肉体)
しばらくすると、
地面の土がもぞもぞと動き始めた。
やがてそれは、
海斗とまったく同じ姿をした
ひとりの人間へと変わった。
海斗は新しく作った肉体に、
ゆっくりと意識を重ねていく。
そこでようやく、
呼吸と重さが
少しだけ人間らしく感じられた。
(よし。
これなら少しはましか)
海斗は指先を動かしてみた。
(それじゃあ次は、
補助個体を作ってみるか)
この地で自分を助ける
協力者が必要だった。
さらさら、と。
丸くて、
もこもことした毛に包まれた
小さな生き物が現れた。
周囲の波長を読み取り、
痕跡を解析し、
言語を整理する生体型の補助個体だった。
海斗はそいつを見下ろし、
うなずいた。
「よし。
今日からお前はピコだ」
ピコは、
ぴ、と小さく鳴いた。
「まだ喋れないし、
歩けもしないのか」
海斗はピコを
ポケットに入れた。
(のんびり見て回るか)
だが、少し進んだところで、
腹が鳴った。
ぐうう。
(腹が減った)
神として存在していたころには知らなかった空腹が、
人間の体を通してせり上がってきた。
(まずは食べ物を探すか)
海斗は森の中を走った。
やがて、遠くに見えた兎に向かって、
軽く跳びかかるつもりで
足に力を込めた。
そして、そのまま
巨大な木に体を突っ込んだ。
ばきばきっ!
「いてて……」
木が真っ二つに折れた。
海斗は呆然と、
裂けた木を見た。
それから、その下敷きになった
兎を見た。
「……結果は悪くないな」
海斗は兎を持ち上げ、
場所を移した。
「火がいるよな?」
だが、指先に生まれた炎は、
想像以上だった。
(うわっ)
ごうっ!
真っ白な炎が噴き上がった。
兎は一瞬で、
灰になった。
海斗の顔にも、
すすがついていた。
「はあ……。
これはちょっとな」
海斗はため息をつき、
もう一度、分身体を調整した。
魔力もさらに削った。
発動も、もっと抑え込んだ。
炎ひとつ。
跳躍ひとつ。
本当に小さな行動でさえ、
この世界の基準では
災害になりかねなかった。
それからも、
適応は続いた。
海斗は木の実を探して食べた。
小川に映った
自分の顔をのぞき込んだ。
洗浄魔法で体を洗い、
身支度の魔法で身なりを整えた。
数日も経つころには、
森の中で動くことにも慣れてきた。
その日も海斗は、
うまく焼けた兎を食べ、
木陰で休んでいた。
そのとき。
気配を感じた。
ひとりではない。
九人。
多ければ十人。
「この世界の人間か?」
自分が作った世界の人間と
直接出会うのは、
これが初めてだった。
しばらくして、
茂みの間からひとりの男が現れた。
小柄で、
目つきが鋭く、
ひどく緊張した顔をしていた。
海斗は嬉しくなって、
口を開いた。
「あの」
だが男は、
悲鳴のような声を上げると、
身を翻して逃げ出した。
海斗はその後ろ姿を見送りながら、
頭をかいた。
「……言葉が違うのか」
さっき男が叫んだ言葉は、
まったく聞き取れなかった。
(背もずいぶん小さいな)
そこで海斗は、
ようやく思い出した。
(そうだ。
俺がそう設定したんだった)
世界を作ったとき、
人間たちの平均身長を
百五十センチに設定した。
そうすれば、百七十センチの自分は、
この世界ではかなり背の高い男に見えるはずだからだ。
もしかすると、
世界を作った時点で、
いつか自分がこの世界を歩き回るつもりだったのかもしれない。
そのとき。
ポケットの中で、
ピコが身を起こした。
「マスター。
言語解析、ほぼ完了しました」
海斗はゆっくりと笑った。
「よし。
それじゃあ、ここからが本当の旅の始まりだな」
しばらくして。
武装した人々が、
森の中から押し寄せてきた。




