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第29話 転がり込んだ手柄

「カシュラム地方より急報です!」


公安本部の中に、

切迫した声が響き渡った。


「さらに別の速報です!

今度はラマレン地方です!」


息をつく暇もなかった。


「リャンシュ伯爵領の外れで、

大規模な爆発が発生しました!」


報告官の顔は、

真っ青だった。


「外縁部の一部が完全に廃墟になったとのことです!

原因はまだ判明しておらず、

公安魔法部では、

新たな三サークル火炎魔法の可能性を

指摘しています!」


カレオンは、

次々と上がってくる報告に

頭が追いつかなかった。


「いったい何が起きている」


彼は歯を食いしばった。


「帝国全土で

爆発だと?」


机の上には、

書類が山のように積まれていた。


カレオンはアシュバルとともに、

帝国公安の長官であるイグバル侯爵の執務室へ向かった。


だが。


「今日も来ていないだと?」


執務室は空だった。


怒りがこみ上げたカレオンは、

空っぽの長官の席へ

どさりと腰を下ろした。


そして頭を抱えたまま、

低く悪態をついた。


「平時なら構わない」


その声が、

しだいに低くなる。


「だが、今のような非常時には、

決裁する者が必要なんだ」


カレオンは歯ぎしりした。


「この給料泥棒が……!」


そのときだった。


扉が開いた音はしなかった。


それなのに、目の前に

人の気配がした。


(イグバルが来たのか?)


カレオンの背筋が、

一瞬で冷たくなった。


(まさか、今のを聞かれたか?

長官の席に座っていることは

どう言い訳すればいい?)


カレオンはゆっくりと

顔を上げた。


最初に目に入ったのは、

人の顔ではなかった。


胸だった。


華やかな襟元。


そしてそこに飾られた、

高価そうな宝石。


(何だ?)


カレオンはさらに高く

顔を上げた。


そこでようやく、

金色の髪を持つ巨躯の男が

自分の前に立っていることに気づいた。


「何者だ!」


カレオンは飛び上がるほど驚き、

勢いよく立ち上がった。


本能的に身を引き、

剣の柄へ手を伸ばす。


だが、剣を抜くより早かった。


金髪の大男の手が、

カレオンの首筋をつかんだ。


「貴様が、

帝国公安の責任者だな」


(違う)


カレオンは心の中で叫んだ。


(私がイグバルの席に座っていたせいで、

勘違いしたのか?)


私は副長だ。


給料泥棒の公安長官は、

別にいる。


そう言いたかった。


だが首をつかまれているせいで、

声が出なかった。


(暗殺者か?)


息が詰まる。


視界が揺れた。


そのとき、

金髪の男がカレオンを

床へ投げ捨てた。


「がはっ!」


カレオンは激しく咳き込み、

床に手をついた。


そして、その瞬間。


何かが

頭上から降ってきた。


「受け取れ」


「これは……?」


書類の束だった。


金髪の男が低く言った。


「お前たちが数十年ものあいだ探し回っていた、

デモクラシゲンの組織員名簿だ」


「組織員名簿だと?」


カレオンの目つきが、

一瞬で変わった。


「末端の組織員は

漏れているかもしれん」


金髪の男は何でもないことのように言った。


「だが、中核にいる組織員は

すべて網羅してある」


(この男の正体は何だ?)


カレオンの頭が、

素早く回り始めた。


(内部の裏切り者か?)


つい先ほどまでの動揺は消えた。


いつもの冷たく計算高い表情が

戻ってきた。


カレオンは低く尋ねた。


「情報の対価は?」


「奴らの各拠点に、

一発ずつ食らわせてやった」


金髪の男は無関心に言った。


「おそらく、かなり死んだだろう」


カレオンの表情が固まった。


「帝国全土で起きた爆発は、

すべて貴様の仕業だというのか?」


「そうだ」


金髪の男はうなずいた。


「その名簿をもとに、

残った連中を捕らえろ」


そして冷たく付け加えた。


「ただし」


その視線が、

カレオンを貫いた。


「シトク。

ラライン。

リャンシュ」


三つの地方の名が、

はっきりと告げられた。


「この三つの爆発は

調査するな」


カレオンは目を細めた。


「調査するな、だと?」


「そこの爆発も、

デモクラシゲンに関係するものではある」


金髪の男は平然としていた。


「だが、その三か所は

徹底的に破壊した」


そして。


「残っている資料もない。

生存者もいない」


彼は断固として言った。


「だから関心を持つな」


カレオンは唇を固く結んだ。


「どう破壊されたのか」


その声が、

低くなる。


「デモクラシゲンがそこで

何をしていたのかも

調べるなということか?」


「そうだ」


金髪の男が尋ねた。


「私の提案を受け入れるか?」


その瞬間。


カレオンは、

部屋の空気が変わるのを感じた。


世の中には、

断れない提案というものがある。


今がまさにそれだった。


(受け入れなければ、

私はここで死ぬ)


カレオンは短く息を吸った。


そして答えた。


「わかった」


彼は顔を上げた。


「公安の名において約束しよう」


「よい」


その一言とともに、

金髪の男の姿が消えた。


しばらくして。


カレオンが叫んだ。


「アシュバル!」


外で待機していたアシュバルが、

すぐに入ってきた。


「お呼びでしょうか」


カレオンは床に散らばった書類を指した。


「この名簿に記された者たちを調べろ」


数日後。


帝国公安は、

公式発表を行った。


これまで帝国を悩ませてきた

デモクラシゲンを

摘発したという内容だった。


「各地で起きた爆発は、

公安がデモクラシゲンの拠点を急襲する過程で

発生したものです」


発表を終え、

カレオンは執務室へ戻った。


その表情は

明るかった。


(これで反乱を事前に察知できなかった失態は、

帳消しにできる)


彼は椅子に深く身を沈めた。


(さらに、

公安長官の座はもう私のものだ)


そのとき。


アシュバルが名簿を差し出した。


「公安に潜入していた

デモクラシゲン組織員の名簿です」


カレオンは眉を上げた。


「公安にも奴らがいたのか?」


彼は鼻で笑った。


「鼠の一匹や二匹が、

末端に紛れ込んでいたのだろう」


だがアシュバルの表情は

深刻だった。


「その程度ではありません」


カレオンの視線が

書類へ向いた。


アシュバルが報告した。


「情報部に十二名。

魔法部に二名。

捜査部に三名。

技術部に一名。

作戦部に三名」


彼は一度、言葉を止めた。


「その他まで合わせると、

全員で三十四名です」


カレオンの表情が固まった。


「あり得るのか?」


その声が、

冷たく沈んだ。


「しかも中核部署である

公安情報部に十二名もいたと?」


「その通りです」


アシュバルは頭を下げた。


「名簿と照合して身分を確認し、

ただちに秘密裏に逮捕しました」


カレオンは書類を握りしめた。


「ほかの部署とは違い、

公安情報部には推薦人が必要だ」


彼は目を細めた。


「奴らの推薦人は誰だ?

推薦人も捕らえろ」


アシュバルが、

慎重に口を開いた。


「ひとつ申し上げてもよろしいでしょうか」


「何だ?」


「奇妙なことに」


アシュバルの声が、

少し低くなった。


「情報部の十二名全員、

推薦人がイグバル侯爵でした」


カレオンの目が、

一瞬止まった。


「イグバルが推薦しただと?」


「はい」


アシュバルが尋ねた。


「捕らえますか?」


どんっ!


カレオンの拳が、

卓を叩いた。


アシュバルは驚いて、

一歩下がった。


「アシュバル!」


カレオンの声が

執務室に響いた。


「今、何を言った?」


彼は歯を食いしばった。


「あの給料泥棒が、

デモクラシゲンの組織員だというのか?」


イグバルの名が出ると、

カレオンは激しく反応した。


(イグバル侯爵を嫌っていたのではなかったのか?)


アシュバルは一瞬、そう思った。


だがすぐに、

慎重に言葉を続けた。


「情報部に潜入した十二名全員の推薦人である点は、

明らかに不自然です」


彼は落ち着いて報告した。


「彼が帝国公安にスパイを潜入させたのではないかと

疑われます」


カレオンは顎に手を当て、

考え込んだ。


「名簿に、

イグバル侯爵の名はなかった」


彼は書類をもう一度めくった。


「そしてあの名簿には、

組織員だけでなく、

間接的に関与した者まで

すべて記されていた」


カレオンはアシュバルを見た。


「そうだな?」


「はい。

その通りです」


「イグバルほどの者なら、

かなり高位の組織員だったはずだ」


カレオンは低く言った。


「だが名はなかった。

そうだろう?」


「そうではありますが、

一部漏れがあった可能性もあります」


「とにかく、なかった」


カレオンがきっぱりと切った。


アシュバルが尋ねた。


「ではイグバル侯爵は、

このまま放置されるのですか?」


カレオンは指を組み、

しばらく考えた。


(これまでイグバルが見せてきた無能さのすべてが、

正体を隠すための仮面だったとしたら?)


その仮説が、

一瞬だけ頭をよぎった。


だがすぐに、

首を横に振った。


(わかっていても、

わからないふりをすべき時がある)


カレオンはアシュバルを見た。


「アシュバル」


「はい」


「もしイグバル侯爵が

デモクラシゲンの組織員だったと判明したら」


彼はゆっくり尋ねた。


「最も困るのは誰か、わかるな?」


その言葉を聞き、

アシュバルもカレオンが懸念していることを理解した。


「申し訳ありません」


アシュバルは頭を下げた。


「私の考えが浅はかでした」


カレオンは低く言った。


「公安の最高指揮部に

デモクラシゲンの組織員がいたという事実が明るみに出れば、

公安の影響力は大きく落ちる」


そして。


「権限も大幅に削られるだろう」


その声は、

さらに冷たくなる。


「最悪の場合、公安そのものが解体され、

新しい組織が作られるかもしれない」


「はい」


「名簿に

イグバル侯爵の名はなかった」


カレオンは書類を畳んだ。


「漏れなのか、

本当に違うのかは関係ない」


そして結論を下した。


「デモクラシゲンは崩壊した」


それで終わりだ。


「わかったな?」


アシュバルは頭を下げた。


「理解しました」


カレオンが尋ねた。


「イグバルの推薦で公安に潜入した連中は、

今どこにいる?」


「逮捕して、地下牢へ監禁してあります」


アシュバルが答えた。


「逮捕を担当した者たちには、

汚職の疑いで捕らえたと伝えてありますので、

彼らがデモクラシゲン組織員であることは

知りません」


カレオンは満足げにうなずいた。


「よくやった」


「彼らはどうしましょうか?」


しばしの沈黙。


やがて、

冷たい声が流れた。


「処理しろ」


アシュバルは目を伏せた。


カレオンは平然と続けた。


「名誉ある死になるように仕立てろ」


そして。


「今回のデモクラシゲン掃討の過程で

死亡したことにすればいい」


「承知しました」


アシュバルは静かに答えた。


「そうすれば、

少なくとも遺族には補償金が支払われますから」


そうするほうが、

アシュバルにとっても

気が楽だった。


カレオンはもう一度強調した。


「アシュバル」


「はい」


「イグバルが関与していたという事実は、

絶対に明らかにしてはならない」


その目が、

冷たく沈んだ。


「これはお前と私だけの秘密だ。

わかったな?」


「肝に銘じます」


一時間後。


アシュバルが戻ってきた。


「処理しました」


その顔に、

感情はほとんどなかった。


「薬物により、

苦しまずに死亡しました」


「ご苦労」


カレオンはうなずいた。


「では、次の問題に移ろう」


彼は書類を広げた。


「帝国各地で捕らえた

デモクラシゲン組織員たちは、

今どこにいる?」


「第九尋問室です」


第九尋問室。


通称、

真実の部屋。


最も凄惨な拷問が

行われる場所だった。


そこへ連れていかれた者は、

人間が味わい得る

ほぼすべての苦痛を味わうことになる。


カレオンの口元に、

冷笑が浮かんだ。


「奴らの標語のひとつに、

自由でなければ死を、というものがあったな?」


「はい」


カレオンは

ゆっくりと席を立った。


「これまで奴らは、

巧みに帝国の目を逃れて動いてきた」


彼は手袋をゆっくりとはめた。


「それはつまり、

本当の苦難をまだ経験したことがないという意味だ」


カレオンの目が、

冷たく沈む。


「果たして奴らは、

口先で語っていた信念を最後まで貫くのか」


それとも。


「命乞いをすることになるのか」


彼は低く笑った。


「気になるところだ」


そして扉へ向かって歩き出した。


「人間は、

追い詰められたとき」


カレオンは静かに言った。


「初めて本当の顔を

さらすものだからな」


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