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第28話 逃した手柄の匂い

少し時間を巻き戻す。


カイが火縄銃を構想していたころ。


カシュイール帝国の首都、

ペンタミノン。


帝国の猟犬と呼ばれる

公安本部。


その場所で、公安の序列二位である副長、

そして公安情報部長でもあるカレオンは、

突然の呼び出しに戸惑っていた。


「ホサイト伯爵様より、

カレオン様に騎士団参謀部まで来ていただきたいとの

伝言を預かっております」


「私を?」


カレオンは眉をひそめた。


「なぜだ?」


「今回のイーストン反乱事件に関する件だと

お伝えするように、とのことです」


「反乱?」


そのとき、扉が開いた。


カレオンの友人であり補佐でもあるアシュバルが、

慌ただしく駆け込んできた。


「イーストン地方で

反乱が起きたそうです」


伝令は自分が伝えるべきことだけを終えると、

短く頭を下げた。


「私はこれで失礼いたします」


そして、すぐに下がった。


扉が閉まった。


カレオンの視線が、

アシュバルへ向いた。


「なぜイーストンの反乱の報せを、

アシュバル、君からではなく、

騎士団の伝令を通して先に聞くことになった?」


カレオン・フォン・レガン。


若き野心家。


帝国公安の中枢とも言える

情報部の責任者。


これまで順調に出世してきた彼にとって、

今回の件は経歴に傷を残しかねない事件だった。


アシュバルが頭を下げた。


「申し訳ありません、カレオン様」


彼はすぐに報告した。


「確認できたかぎりでは、

今朝、駅逓の担当者が

王の道を通って帝都へ入り、

騎士団の担当者を通じて、そのまま騎士団長へ

報告が上がったようです」


王の道。


帝国がまだ王国だったころに作られた

公務専用の道だった。


帝国となったあとも、

その名だけは今も変わらず使われていた。


カレオンの目が冷たくなった。


「その過程で、我々は外されたということか」


「そのようです」


カレオンは舌打ちした。


「騎士団の中には、

帝国公安と言葉を交わすこと自体を

恥だと考える者が少なくないからな」


彼は低くつぶやいた。


「自分たちは清い仕事をしていて、

公安は汚れ仕事をしているとでも思っているのだろう」


しばらくして。


カレオンは指先で机を叩いた。


「いずれにせよ、

王の道を通って到着した駅逓の担当者が

そのまま騎士団へ向かう場合、

情報収集に空白が生じるということは、

今回よくわかった」


「問題点は改善いたします」


「そもそもイグバル侯爵が

きちんと備えておくべきだったのだ」


カレオンの声には苛立ちが混じっていた。


「いったい今まで何をしていた?」


イグバル侯爵。


二十年にわたり地位を保っている

帝国公安の長官。


皇帝に媚びへつらい、

長官の座に居座っている

無能な人物として知られていた。


アシュバルが用意していた書類を

カレオンの前に置いた。


「現時点で確認されている

イーストン反乱に関する情報です」


カレオンは報告書を開いた。


その目が素早く文字を追う。


「十七の村で、

同時多発的に動いたというのか?」


カレオンの表情が、

一瞬で固まった。


「外部から何者かが介入したに違いない」


彼は考え込んだ。


(明確な証拠はない。

だが、この規模の組織力なら

デモクラシゲンだろう)


構成員も。


組織構造も。


実体さえもわからない、

謎めいた組織。


カレオンは公安副長になってから、

特別捜査本部まで作り、

彼らを捕らえようと尽力してきた。


だが、そのたびに失敗した。


(奴らはどうやって

帝国公安の捜査をかわしている?)


アシュバルが慎重に尋ねた。


「カレオン様。

今回の反乱はどうなると思われますか?」


「反乱の結末など決まっている」


カレオンは親指で

卓を押さえた。


「虫けらが逆らったところで、虫けらだ」


彼は冷たく言った。


「奴らがどれほど足掻こうと、

武装した帝国軍に勝てるはずがない」


だが。


「……待て」


カレオンは指先で

卓をとんとんと叩いた。


「アシュバル。

これは帝国史上、初めての農奴反乱ではないか?」


「そうかもしれません」


アシュバルは少し考えてから答えた。


「単なる騒動ではなく、

これほど大規模な蜂起は初めてですから」


貴族による反逆の企ては

何度かあった。


だが、このような形の反乱は、

帝国百年の歴史の中で

これまで一度もなかった。


カレオンの目つきが変わった。


「これはなかなか大きな手柄の種になるな」


彼は口元を上げた。


「群がる者も多いだろう」


「群がる者、ですか?」


「相手は卑しい農奴どもだ」


カレオンは書類を畳み、

懐へ入れた。


「貴族の反乱のように、

後始末が面倒な案件でもない」


そして低く付け加えた。


「私を呼んだのは、表向きには

反乱の情報を事前に把握できなかったことへの

叱責だろう」


アシュバルが尋ねた。


「別の狙いがあるということですか?」


「今回の反乱事件は

自分たちで手柄を取るから、

我々には手を出すなという警告だろうな」


「どうなさるおつもりですか?」


カレオンは少し考えた。


「デモクラシゲンが関与したという証拠は、

まだないのだな?」


「はい」


アシュバルは頭を下げた。


「ただ推測するに、

外部勢力の介入なしで

このようなことを起こすのは難しかったと思われます」


「私もそう思う」


カレオンはうなずいた。


「だがその点は、

ひとまず伏せておけ」


アシュバルの目が少し大きくなった。


「彼らが公安へ反乱情報を渡さなかった以上、

こちらも同じように対応するということですね」


「ああ」


カレオンは冷たく笑った。


「デモクラシゲンが関与していようが、

イーストン反乱が鎮圧されるのは必然だ」


だが。


「それでも鎮圧軍に

思わぬ一撃を食らわせることはできる」


その目が鋭くなった。


「だからその情報は、

公安が反乱鎮圧で

一枚噛める場合にだけ出すことにしよう」


アシュバルが低く言った。


「ホサイト伯爵が自ら動いたところを見ると、

彼らだけで功を分け合うつもりのようですが」


彼は一度言葉を止めてから尋ねた。


「我々に回ってくる取り分はあるのでしょうか?」


「どうにかして引き出すしかない」


カレオンは席を立った。


「いずれにせよ、こうしている暇はない」


彼は外套を羽織った。


「私は会議に出る前に

イグバル侯爵のところへ寄って、

我々も今回の件で一枚噛むべきだと伝えてくる」


そして低くぼやいた。


「いくら愚物でも、

説明すれば状況くらい理解するだろう」


「私は関連情報をさらに集めます」


カレオンはうなずくと、

公安最高責任者の執務室へ向かった。


だが。


イグバルの執務室は

空だった。


カレオンの眉がぴくりと動いた。


「イグバル侯爵はどこにいる?」


秘書が困った顔で答えた。


「申し訳ありません。

昨日飲みすぎたようで、

出勤が遅れておられるようです」


カレオンは、

イグバルがよく帝都外れの歓楽街へ出入りしていることを

思い出した。


(夜通し歓楽街で遊んでいたのか?)


その目が冷たく沈んだ。


(少しは控えろ。

いったいどれだけ酒を飲んだんだ)


そして心の中で歯ぎしりした。


(給料泥棒め)


結局カレオンは、

今回の反乱事件について話し合うこともできないまま、

騎士団参謀部へ向かった。


◆◆◆


「帝国公安は、

反乱が起きている間、

いったい何をしていたというのだ!」


ホサイト伯爵の叱責が、

会議室に響いた。


カレオンは頭を下げた。


「面目ありません、ホサイト伯爵」


カレオンが謝罪していた、そのとき。


一人の男が会議に加わった。


「ガラン・フォン・サイガラン」


彼ははっきりとした声で言った。


「お召しにより、参上いたしました」


ガランは、ホサイトに叱責されている

カレオンをにらみつけた。


警戒心に満ちた目だった。


ホサイト伯爵が尋ねた。


「東部地方に駐屯している兵力を、

どれほどでタイラン平原へ集結させられる?」


彼は地図の上を指した。


「そこを通れば、

すぐにキャノン峡谷へ入れる」


ガランは自信に満ちた声で答えた。


「一週間あれば十分です」


彼はすぐに付け加えた。


「今すぐ伝令を急派し、

準備させます」


自信に満ちたガランの態度に、

ホサイトは満足そうな顔をした。


ガランはちらりとカレオンのほうを見て言った。


「誰かの失態で

ここまで事が大きくなった以上」


そして堂々と言った。


「私が出て、

一気に片づけてみせます」


彼は笑った。


「ははは」


誰が聞いても、

カレオンに向けた言葉だった。


(あの野郎)


カレオンは心の中で歯ぎしりした。


(相変わらずだな)


カレオンは、騎士アカデミー時代の同期だったガランと

仲が悪かった。


(公安に移ったことで、

あいつとぶつからずに済むようになって

よかったと思っていたのに)


その目が冷たく沈んだ。


(よりによって、ここでまた会うとは)


その後も、

会議は長く続いた。


鎮圧兵力の編成。


伝令の派遣。


功績の配分。


事後処理。


あらゆる話が飛び交った。


そして会議が終わるやいなや、

カレオンはすぐに席を立った。


(せいぜい、

手柄を立てる算段でもしていろ)


彼は心の中で冷笑した。


(汚い連中め)


話の中心から押し出され、

屈辱だけを飲み込んだカレオンは、

歯を食いしばりながら彼らを呪った。


背後の会議室では、

すでに討伐後の論功行賞について話しているらしい

笑い声が上がっていた。


(いっそ今回の件で、

イグバル侯爵が責任を取って

辞めてくれればいい)


彼は冷たくつぶやいた。


(一枚噛める絶好の機会を、

こうも逃すとはな)


だがカレオンは、

まだ知らなかった。


彼が長年望んできた、

自らの運命を変える機会が。


すぐ目の前まで

近づいていることを。


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