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第26話 高き木の枝が落ちた

ネオの家は、

騒がしかった。


「レクターたちを全員集めるなんて、

いったい何があったんだ?」


「俺が知るかよ。

来いと言われたから来ただけだ」


「ああ……。

俺は少し体を洗いたかったんだけどな。

全身汗まみれだ」


騒いでいる彼らを、

ネオは見つめていた。


(この者たちは、

我々が育て上げた人材だ)


二十歳前後。


あるいは、

それより少し上の若者たち。


既存の思想に染まっていない幼い才能を

早くから見いだした。


そして幼いころから

少しずつ教育してきた。


その結果が、

今、目の前に立っている彼らだった。


(お前たちは運がいい)


ネオは心の中でつぶやいた。


(先遣隊として、

この地へ来ていたのだから)


だが。


(帝都に残っていた者たちは……)


ネオの胸が、

ひどく詰まった。


(くっ……)


その表情が、

今にも泣き出しそうに見えたのか、

ドリアンがこらえきれずに先に尋ねた。


「ネオ准長老……」


その声には、

不安がにじんでいた。


「いったい何があったのですか?

私たちをこうして全員集めるなんて」


それは、

ドリアン一人だけの問いではなかった。


部屋の中の視線がすべて、

ネオの口元へ集まった。


(まさか)


(帝国の討伐隊が、もう?)


だが、それよりも

さらに残酷な言葉が、

ファレンスカ長老の口から出た。


「帝国公安の襲撃を受け、

組織は瓦解した」


その瞬間。


部屋の中が

静まり返った。


誰一人、

すぐには言葉を継げなかった。


聞いてはならないことを聞いた者のように、

目だけを大きく開き、

互いの顔を見つめ合った。


「そ、それは……」


誰かが震える声で尋ねた。


「組織が発覚したということですか?」


「数十年ものあいだ、

秘密を保ってきた組織が?」


ファレンスカは指を口元に当てた。


静かにしろ、という合図だった。


そして自分へ向けられた視線を受けながら、

ゆっくりと説明した。


「もう二度と使うことはないだろうから、

私が受け取った文面が何を意味するのか

教えておく」


ファレンスカは

暗号文をそのまま口にした。


「高き木の枝が落ちた」


部屋の空気が、

重く沈んだ。


「すべての草葉は風を避けて伏せ、

来たる夜明けを待て」


ドリアンが慎重に尋ねた。


「どういう意味ですか?」


ファレンスカが答えた。


「高き木の枝とは、

数十年にわたり組織を作り、

率いてきた総帥を指す」


その声が、

少し低くなる。


「枝が落ちたというのは、

総帥の生死が不明であり、

行方もわからないという意味だ」


一瞬にして、

全員の顔が青ざめた。


ファレンスカは続けた。


「草葉とは、組織員を意味する」


そして。


「すべての組織員はただちに

担当している計画を中止し、

身を隠せという意味だ」


最後に。


「来たる夜明けを待てというのは、

血の嵐が過ぎ、

組織が再建される時まで

身を低くして待て、という意味だ」


ファレンスカの言葉が終わると、

皆が沈痛な表情になった。


「うう……」


「くっ……」


涙ぐむ者。


拳を握る者。


反応はさまざまだった。


(いつかこんな日が来るかもしれないことは、

わかっていたじゃないか)


(そうだ。

だからあんな暗号も作っておいたんだろう)


(だが、なぜ今なんだ!)


(いざこうなると、どうすればいいかわからない)


(今こそ組織の力が必要なときだ)


(組織の支援がなければ、

この反乱は成功しない)


絶望が

部屋中へ広がっていった。


「もう終わりだ」


一人の男が頭を抱えた。


「全部、終わりだ……」


彼はそのまま

その場に座り込んだ。


何よりも衝撃的だったのは、

組織内で神のように見なされていた

総帥の不在だった。


彼の指導力があったからこそ、

組織はここまで持ちこたえてきた。


皆、魂が抜けたように

互いを見つめるばかりだった。


そのとき、

バンが苦しげに顔を上げた。


そしてネオへ尋ねた。


「申し訳ありませんが……」


その声は、

かすかに震えていた。


「もう少し詳しく

説明していただけますか?」


「何?」


「数十年ものあいだ

秘密を保ってきたデモクラシゲンが、

どうして今になって突然発覚したのですか?」


バンとハキ、ヤンキは、

デモクラシゲンには比較的遅く加わった側だった。


そのため同じレクターとはいえ、

ネオの弟子に近い立場だった。


組織の内情についても、

知っていることは多くない。


そもそもデモクラシゲン自体が、

細胞組織の形を取っていた。


ネオ准長老ほどの立場でなければ、

組織が実際にどう動いているのかを

正確に知るのは難しかった。


ネオはゆっくりとうなずいた。


そして口を開いた。


「まず……」


彼は苦しそうに言葉を選んだ。


「断片的に集まった情報を総合すると、

帝都で総帥が主催する会議が開かれていた最中に……」


ネオの声が、

一度途切れた。


「その場所が原因不明の攻撃を受け、

丸ごと焼け落ちた」


部屋の中に、

重い沈黙が下りた。


「そしてその混乱の中で、

総帥が行方不明になった」


だが。


「それだけではない」


ネオの顔は、

さらに暗くなった。


「組織員名簿が帝国公安の手に渡り、

その結果、名簿に記された組織員たちが

一斉に逮捕された」


「そんな……」


誰かが

低くつぶやいた。


たとえるなら、

帳簿を奪われたようなものだった。


ネオは続けた。


「各地の細胞組織も同じだ」


その声が、

割れ始める。


「強力な魔法攻撃が

各拠点に降り注ぎ、

生き残った者たちは

帝国公安に捕らえられた」


ドリアンが慎重に尋ねた。


「捕らえられた者たちは?」


ネオの目元が

濡れていった。


「拷問を受けて死ぬだろう」


ついに。


ネオは泣き崩れた。


「どれほどの思いで作られた組織だと……」


大粒の涙が、

彼の頬を伝って流れ落ちた。


「それが、こうも虚しく崩れるとは……」


「いったい何の神の悪戯だというのだ……」


そのとき。


ドリアンが

何かに思い至ったように

慎重に口を開いた。


「組織に裏切り者がいたのではないでしょうか?」


「何を言う!」


ファレンスカはすぐに

ドリアンを叱責した。


「言葉を慎め」


その目が、

冷たく沈む。


「組織が揺れている今、

人々を惑わすつもりか」


ドリアンは即座に頭を下げた。


「申し訳ありません」


だがドリアンの頭の中には、

ひとつの名が浮かんでいた。


(ケルト一族……)


彼らはもともと、

ブリカニタに住んでいた一族だった。


だが数百年前、

マテドニアへ移住してきた。


ケルト一族は新たな土地で生き残るため、

互いに強く結束した。


特に貴金属と高利貸しの分野に

深く食い込んでいった。


その結果、

ケルト一族は多くの金を稼ぎ、

確かな地位を築くことができた。


だがそのぶん、

一般の人々からの目も厳しかった。


マテドニアの一般人にとって、

ケルト一族は

血を吸う悪魔のような存在に見えていた。


デモクラシゲンは、

現体制の矛盾に不満を抱く者たちが

集まった組織だった。


そのため財産はあるが

社会的に認められていなかったケルト一族も、

かなりの数が組織に加わっていた。


しかしケルト一族への差別は、

デモクラシゲンの内部でも

消えてはいなかった。


結局、総帥の指示により

差別を禁じる措置が取られた。


すべての組織員は平等である。


出自を理由に人を評価することは

厳しく禁じる。


そうして今までは、

大きな問題もなく過ぎてきた。


だが、人々の認識というものは

恐ろしい。


何の証拠もなくとも、

状況が揺らいだ瞬間、

真っ先に疑いが向かう先が生まれる。


そして今、

ドリアンもまた

自分は冷静だと思いながら、

最初にケルト一族を思い浮かべていた。


そのとき、

ハキがどもりながら尋ねた。


「そ……それじゃあ、

黒い土はどうなるんですか?」


その言葉に、

周囲の者たちが一斉に反応した。


「そうだ。

黒い土は」


「あれは受け取れるのですか?」


「三日以内に、

組織が持つ黒い土をすべて

こちらへ渡すとおっしゃっていたではありませんか」


バンとハキにとって、

この地は故郷だった。


組織が崩れたとしても、

彼らにはまず、

まもなく迫る帝国の刃から

この地を守らなければならないという現実があった。


しかし返ってきた答えは

絶望的なものだった。


ファレンスカは

黙って首を横に振った。


すると隣にいたカマレイが

代わりに口を開いた。


「黒い土を作っていた研究所も

破壊された」


その言葉に、

人々の顔はさらにこわばった。


カマレイは苦しげに

言葉を続けた。


「黒い土が連鎖爆発を起こし、

研究所の周囲は

焦土と化したそうだ」


彼は歯を食いしばった。


「生存者は……」


しばしの沈黙。


「いないらしい」


その言葉が、

部屋の空気を押し潰した。


カマレイは続けた。


「本当に奇妙な話だ」


その声には、

混乱がにじんでいた。


「あそこは組織内でも極秘だった」


そして低く付け加えた。


「実のところ、私でさえ

正確な位置はよく知らないのに……」


彼は信じられないというように

つぶやいた。


「どうして、こんなことが……」


その言葉が終わった瞬間、

一人が怒りを抑えきれずに叫んだ。


「では我々は、

黒い土もなく、

組織の助けも受けられない状態で

戦えというのですか!」


別のレクターも、

すぐに声を荒らげた。


「今さらそんなこと、

あり得るのですか!」


ほかの者たちも皆、

絶望した顔をしていた。


黒い土さえ十分に確保できれば、

ある程度戦ったあとに

峡谷そのものを塞ぐという選択肢もあった。


だが今は、

その可能性さえ期待できない。


死の恐怖が、

少しずつ部屋全体へ染み込んでいった。


そのとき。


バンが口を開いた。


「いいえ……」


全員の視線が

彼へ向いた。


バンはゆっくりと言った。


「まだ希望はあります」


失意に沈む者たちへ向けた、

思いがけない言葉だった。


人々は一斉に

バンを振り返った。


バンは注がれる視線を受けながら、

ゆっくりと息を吸った。


全員が、

彼の言葉を待っていた。


誰かが尋ねた。


「どんな希望だ?」


バンは、

その問いに答え始めた。



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