第25話 順調すぎるはずだった訓練
ネオの問いに、
ファレンスカが目を開け、
低く答えた。
「今さら、
契約内容をとやかく言うことはできん」
その声は冷たかった。
「ならば、できることをするだけだ」
ネオが慎重に尋ねた。
「できることとは、
具体的に何をなさるおつもりですか?」
「今日の午後から、
銃の使い方を教えると言っていたな?」
ファレンスカは指先で
卓を軽く叩いた。
「徹底的に学び、
早く使い方を身につけるように」
そしてすぐに、
次の指示を下した。
「それから、ラモンという者を
取り込めるよう努めるのだ」
その目が
細くなる。
「実質的な技術者は
あの男だからな」
バンとドリアンが
静かにうなずいた。
ファレンスカは指先で
卓をとん、とんと叩きながら
さらに指示を下した。
「組織へ連絡しろ」
その声が、
さらに低くなった。
「ほかの者たちも
急ぎこの地へ集まるようにし、
最高会議部にも連絡を入れろ」
そして。
「総帥へ
今回の契約結果を報告できるようにな」
「はい!」
ドリアンが短く答えた。
ファレンスカは
冷たい笑みを浮かべた。
「好きなだけ使えと渡された武器だ。
ならば、好きなだけ使ってやろう」
だが。
「カイだけに得をさせるつもりはない」
その冷たい言葉に、
周囲の者たちは思わず
身を震わせた。
見た目だけなら、
村の入口で孫たちを抱いていそうな
穏やかな老人。
だが、その内側は
誰にもわからない。
冷たく。
冷酷で。
必要ならば、
ためらいなく人を殺せる魔法使い。
それが、
ファレンスカだった。
(カイ)
ファレンスカの目が
冷ややかに沈んだ。
(生きてファイダルへは帰れんぞ)
その口元に、
かすかな笑みが浮かんだ。
(貴様の新兵器は、
私の野望のために使わせてもらう)
そして、その奥には
さらに深い欲望もあった。
(いずれ総帥を排除し、
私の意に沿う形で
組織を作り替えるうえでも、
今回の件は役に立つ)
ファレンスカの目が、
いっそう冷たく沈んだ。
◆◆◆
三日後。
射撃訓練場。
晩春の昼の日差しは、
すでに強かった。
ときおり涼しい風が
吹き抜けていく。
だが、村から少し離れた
この野原で訓練を受ける
二十人ほどの者たちは、
その風さえ感じられないほど
余裕を失っていた。
「顔をしっかり寄せろ!」
ラモンの怒鳴り声が
訓練場に響いた。
「左膝を動かすな!」
ラモンは人々の間を走り回りながら、
腹の底から声を張った。
うまくできない者がいれば、
わざわざ耳元に口を近づけて
怒鳴りつける。
「準備のできた射手から発射!」
ラモンの命令が下ると、
一発ずつ射撃が始まった。
ドン。
ドドン!
ドン!
二十挺の銃から、
鼻をつく火薬の煙が
一斉に立ちのぼった。
周囲の空気は、
すぐに白くかすんでいく。
撃ち終えるやいなや、
人々は腰のあたりから
弾薬と道具を取り出した。
素早く再装填し、
火種をつける。
そして再び、
向こう側の標的へ
銃口を向ける。
火縄が短く燃えたあと、
また弾が飛び出した。
ばきっ!
ばきばきっ!
標的として立てられた木の板が、
一枚ずつ砕け始めた。
その様子を、
少し離れた丘の上から
のんびり眺めている者たちがいた。
日よけで影まで作って。
冷たい飲み物まで用意して。
それを見守っているのは、
カイとファレンスカだった。
「驚いたな」
ファレンスカが低くつぶやいた。
「あれが、たった三日で
成し遂げた成果か」
隣で冷たい飲み物を口にしていたカイが、
ゆったりとうなずいた。
「幹部であるレクターだからか、
覚えが早いですね」
そこでカイは、
指で一方を示した。
「あの一人を除けば、ですが」
顔を真っ赤にしながら、
ラモンにこっぴどく怒鳴られている
ヤンキがいた。
どうやら射撃で
何度も失敗しているらしい。
ファレンスカはすぐに、
向こう側の部下へ声を飛ばした。
「カマレイ!
ヤンキを訓練から外せ」
「はい!」
カマレイが即座に答えた。
ファレンスカはさらに指示を続けた。
「そしてレクターたちの訓練が終わり次第、
レクター一人につき、
選抜した二十一名をつけろ」
彼は少し考えてから、
付け加えた。
「バンには二十二名を割り当て、
選抜した訓練兵をつけるように」
「承知しました!」
カマレイがまた力強く答えた。
「そして彼らを
できるだけ短期間で鍛えるよう、
レクターたちに命じろ」
バードガン。
この地で新しくついた呼び名だった。
最初にラモンが
飛んでいる鳥を撃ち落としたとき、
人々はその武器の名を尋ねた。
そのときレイチェルが
目を輝かせて叫んだ。
「鳥を撃ったんだから、バードガン!」
その一言が、
あっという間に広まってしまった。
カイは自分の名を取って
カイガンと名づけた武器が、
瞬く間にバードガンになってしまったため、
しばらく不満を漏らしていた。
だがすでに人々の口になじんでしまった以上、
この地ではそのまま
バードガンと呼ぶことにした。
カイは氷を浮かべた飲み物を
ひと口飲んで言った。
「この速度なら、
明日には訓練もある程度まとまりそうですね」
彼は訓練場を見下ろした。
「朝からずっと続ける訓練だから、
かなりきついでしょうけど」
そして他人事のように言った。
「まあ、すべては大義のためです。
このくらいは耐えてもらわないと」
当のカイ自身は、
指一本動かすことなく、
ほかの者たちが汗を流して転がる姿を
眺めているだけだった。
それなのに、
言葉だけはもっともらしかった。
(ふふ。
これが人生の楽しみってやつだな)
カイは心の中で笑った。
(ほかの連中が
泥だらけの訓練場で転げ回っているときに)
彼は楽な姿勢で
体を預けた。
(自分は楽な場所で、
それを眺める)
カイは飲み物の杯を置いた。
「それと、訓練前に話しておいた件、
覚えていますよね?」
ファレンスカがカイを見た。
「レクターたちの訓練が終わったら、
ラモンはこれ以上教官をせず、
本来の仕事である銃の修理に専念します」
カイは訓練場を示した。
「大規模訓練が始まれば、
故障する銃も必ず出ます。
その修理をラモンが担当しなければなりませんから」
「わかっている」
ファレンスカはうなずいた。
「計画はすでに組んである」
カイが尋ねた。
「どんな計画です?」
ファレンスカは落ち着いて説明した。
「まずラモンが
二十人のレクターを教育する」
そして。
「その次に、その二十人が
それぞれ二十人ずつ、
一週間かけて選抜されたバードガン兵を訓練する」
彼は指で
順を追って示した。
「さらにその中でも
特に目立つ者を、
各組から二、三人ずつ選び出す」
最後に。
「彼らを改めてまとめ、
ほかの兵たちへも訓練を広げるという形だ」
カイはうなずいた。
「悪くないですね」
「時間は厳しいが、
それならおよそ二千名ほどの
バードガン兵を育てられる」
カイが尋ねた。
「バンとドリアンが立てた計画ですか?」
「そうだ」
ファレンスカは訓練場を見た。
「彼らが二千名の精兵が完成するという前提で、
眠る時間まで削って計画を立てた」
そしてちらりとカイを見た。
「君にも少し手伝ってほしそうにしていたがな……」
カイは聞こえなかったふりをした。
両足をだらりと伸ばしたまま、
他人の訓練見物を続けていた。
ファレンスカがまた口を開いた。
「ところで」
その声が、
少しやわらかくなる。
「ひとまずあのレクターたちの訓練が終われば、
マイスター・ラモンは
バードガンの修理業務に専念することになっているな」
「そうですね」
「いくらマイスターとはいえ、
一人で行うには
手が足りないのではないか?」
カイは杯を置き、
ちらりと目を上げた。
「何が言いたいんですか?」
ファレンスカが微笑んだ。
「武器の修理が遅れては困る」
彼は自然に提案した。
「だからこちらの技術者たちを送り、
マイスター・ラモンを手伝わせてはどうかと思ってな」
そして付け加える。
「そのほうがよいのではないか?」
ファレンスカの提案に、
カイはうなずいた。
「ラモン一人では
少し大変かもしれませんし、
助手が何人かつくのは悪くないですね」
だが。
「ただ、助手たちの賃金まで
こちらで負担するのは少し厳しいですね」
カイは平然と言った。
「俺も今、掛けで品を売って、
修理まで引き受けている立場ですから」
そしてにこりと笑った。
「その人たちの賃金は、
ファレンスカ様のほうで見てくださいますよね?」
「もちろんだ」
ファレンスカはすぐに答えた。
「当然ではないか」
そう言って体の向きを変えようとした瞬間。
カマレイとハシュランが
駆け寄ってくるのが見えた。
(何だ?)
カイは目を細めた。
「ファレンスカ様!」
ハシュランが息を切らせて叫んだ。
「ハシュラン」
ファレンスカが眉をひそめた。
「どうした?
まず落ち着け」
そしてすぐに尋ねた。
「まさか……
帝国討伐隊がもう編成されて
出発したわけではあるまいな?」
その表情が
硬くこわばった。
(帝国の複雑な派閥や
軍部の事情を考えれば、
それは簡単に起こるはずがないのだが)
ハシュランは慌てて首を横に振った。
カイも反応した。
「討伐隊が、もう?」
空気が
ぴんと張り詰めた。
ハシュランが叫んだ。
「大変です!」
そのとき向こうから、
ネオまで慌てて走ってくるのが見えた。
「おい!」
ファレンスカが怒鳴った。
「落ち着いて、きちんと話せ!
何があった?」
ハシュランはどうにか口を開いた。
「高き……
木の枝が落ちた」
その声が震えていた。
「すべての草葉は風を避けて伏せ、
来たる夜明けを待てとの……し、知らせが」
ハシュランは息を呑んだ。
「ペンタミノンより、
緊急命令が下されました」
その言葉を言い終えた途端、
ハシュランは年齢に似合わず
ぼろぼろと涙をこぼした。
「まさか、そんな……」
ファレンスカも
絶望に沈んだ顔になった。
(何を言ってるんだ?)
カイにはまったくわからなかった。
(暗号文か?)
何かがまずいことになったらしい。
だが、正確に何を意味しているのかは
わからない。
カイが尋ねようとしたそのとき、
ファレンスカのほうが先に
カイへ断りを入れた。
「少し会議をしてくる」
彼は早口で続けた。
「終わったら、
状況を説明しよう」
そして最後に付け加えた。
「心配はいらん」
(絶望した顔で
心配するなと言われても、
まったく説得力がないんだが?)
ファレンスカはすぐに
ネオと組織の者たちを集めて移動した。
カイはその背中を見ながら
目を細めた。
(いったい何が起きた?)
ファレンスカがあれほど驚いた顔をするのは
初めて見た。
(ペンタミノン)
カイは心の中で
その名を繰り返した。
(帝国の都だと言っていたな)
そこからいったい、
どんな連絡が来たのか。
カイはポケットを軽く叩いた。
「ピコ」
「ぴっ?」
「ついていって、
あいつらが何を話しているのか
探ってこい」
ピコが短い手足を
ぴんと上げた。
「ぴっ!
了解です!」
ピコが走り出した。
しばらくして、
ネオの家が見えた。
ピコは窓辺に張りついた。
そして体をぴんと伸ばしたまま、
彼らの会話を盗み聞きし始めた。




