第24話 少し早まった契約
「それはどういう意味だ?」
ネオがバンに尋ねようとした、
その瞬間だった。
「あ」
ドリアンが
視線をぐるりと巡らせ、
ようやく何かを理解したように
低く声を漏らした。
「そういうことですか」
ネオだけが、
なおも訳がわからない顔で
周囲を見回していた。
「いったい何が早まったというのだ?」
彼は理解できないというように尋ねた。
「この程度の条件なら、
我々に有利ではないのか」
ネオの声には、
不満がにじんでいた。
「これほど良い条件を
断れというのか?」
バンが答えようとした瞬間。
それまで沈黙していたドリアンが、
バンより先に口を開いた。
「私からご説明します」
彼はまず、
ファレンスカ長老のほうへ
頭を下げた。
「私の考えが正しければ、ですが」
ドリアンは慎重に言葉を続けた。
「もし見当違いの部分があれば、
ファレンスカ様がご指摘ください」
「よかろう」
ファレンスカが短く答えた。
ドリアンはゆっくりと口を開いた。
「まず先ほどは、
我々全員があの者の武器に
気を取られていました」
彼は契約書へ視線を向けた。
「最初に提示された価格も、
想像を超えるものでしたし」
そして。
「だからこそ、掛けという言葉に
気持ちが傾き、
契約をあまりにも簡単に結んでしまいました」
ネオがうなずいた。
「まあ、そういう面はあったな」
だが彼はまだ、
納得していない顔だった。
「しかし、あの武器は
どれほど高くても、
我々が必ず手に入れるべきものではなかったのか?」
ネオはドリアンを見た。
「帝国との戦力差を考えれば、
あれを諦めるわけにはいかんだろう」
「はい、その通りです」
ドリアンは素直に認めた。
「正直に言えば、
我々は何としてでも
あの契約を成立させる必要がありました」
彼は一拍置いた。
「そして掛けという条件も、
我々にとっては断りにくいものでした」
だが。
ドリアンの目が、
少し真剣になる。
「我々はあの者から
掛けで品を買う代わりに、
実質的にはその品の使用権だけを得たのです」
ネオが眉をひそめた。
「使用権だけ?」
「はい」
ドリアンはうなずいた。
「修理と管理。
そして分解や点検の権限まで」
彼は契約書を指した。
「すべて制限されました」
ネオはすぐには納得できないように、
また口を開いた。
「いや」
彼は首を横に振った。
「それはむしろ、我々にとっても
有利なのではないか?」
ネオは契約書を見下ろした。
「我々はその火縄銃というものについて
何も知らないのだぞ」
今すぐこちらで手を出すことはできない。
それなら。
「修理を向こうが引き受けるほうが
安全ではないのか」
そのとき、ファレンスカが
冷たく切り捨てた。
「愚かな」
ネオがびくりとした。
ファレンスカは指先で
卓を軽く叩いた。
「表向きには、
修理を向こうが引き受けてくれるから
楽に見えるかもしれん」
その声は冷たかった。
「だが戦闘の最中に、
向こうが修理を引き延ばしたら
困るのは誰だ?」
ネオの表情が、
ゆっくりと固まっていった。
それは考えていなかった部分だった。
ファレンスカは言葉を続けた。
「命がかかった状況で
向こうが小細工をすれば、
先に死ぬのは我々だ」
そしてもうひとつ指摘した。
「自力で修理できないということは、
その武器に関する情報を
我々が手に入れにくいという意味でもある」
ファレンスカの視線が、
ネオに突き刺さった。
「その程度のこともわからんのか?」
ドリアンがすぐに言葉を受けた。
「その通りです」
彼はあえて、
少しやわらかい声で言った。
「我々が命を守るために使う武器なのに、
肝心の我々がその武器について詳しく知らないというのは、
たしかに気になる条項です」
ドリアンが
気になる条項という表現を使うと、
ファレンスカの眉がぴくりと動いた。
もっと厳しく言ってもよかったところを、
わざと穏やかに言い換えたのだ。
だがファレンスカは、
何も言わなかった。
ドリアンはネオを気遣うように
話を続けた。
「もちろんネオ様も、
我々が修理できない以上、
情報を得にくくなるということくらいは
すでにお気づきだったと思います」
彼は軽く頭を下げた。
「ただ、あの状況では
契約せざるを得なかったことも、
私も認めます」
相手の機嫌を損ねない。
だが、核心は外さない。
弁の立つ者らしい話し方だった。
ドリアンは続けた。
「では、次の問題です」
ネオが聞き返した。
「まだ別の問題があるのか?」
ドリアンが
指を一本立てた。
「皆さんお気づきでしょうが、
二つ目の条件によって、
銃をこっそり抜き取ることも難しくなりました」
「抜き取る?」
ネオの顔には、
本当に理解できないという色が浮かんでいた。
「使うための品を、
なぜ抜き取るのだ?」
ドリアンは
予想していたように落ち着いて説明した。
「秘密裏に分析することが
難しくなったという意味です」
彼は慎重に付け加えた。
「これもネオ様のおっしゃるように、
帝国軍へ秘密が漏れることを防ぎ、
銃や弾薬に関する事故を避けるためには
必要な制限でもあります」
だが。
「私が言いたい核心は、
契約のあと、
カイが最後に口にした言葉です」
ドリアンの目が、
さらに鋭くなった。
「そこにこそ、
あの者がこの契約で
実質的に得る利益があります」
バンがゆっくりとうなずいた。
(そこを契約前に指摘できていれば、
もう少し有利に持っていけたかもしれない)
だが、もう遅い。
契約は結ばれてしまった。
ネオが尋ねた。
「カイが最後に言ったこと?」
「はい」
ドリアンは契約書を見下ろした。
「バシュ商会は、
我々に新たな武器を提供することで、
実戦におけるその武器、
カイガンの有用性と欠点を
すべて確認できるのです」
「うむ……」
ネオが低くうなった。
ドリアンは、
さらに明確に言った。
「我々の戦いは、
あの武器の最初の実戦舞台になるわけです」
その声が低くなる。
「血を流すのは我々で、
情報を持ち帰るのは向こうです」
ドリアンの言葉が終わると、
バンがすぐに補足した。
「そしてそこで明らかになった問題点を、
改良していくのでしょう」
バンはこれから起こることを
目の前に描いているような顔だった。
「実戦でどのような問題が生じるのか」
彼は指を一本ずつ折った。
「どこでどれほど有効なのか。
どのような状況に弱いのか」
そして結論づけた。
「そうしたものをすべて反映して、
製品をさらに改良するはずです」
バンの表情は、
少しずつ暗くなっていった。
「そして有効性が証明されれば、
大陸のどこにでも売れるでしょう」
争いのある場所には、そこへ。
なければ。
「需要を作ってでも、
最高値で売ることができます」
部屋の中に、
重い沈黙が下りた。
バンは静かに続けた。
「最悪の場合、
その武器の製作技術を手に入れられない我々は、
カイ様の選択に
未来を左右されることにもなりかねません」
彼は一度、言葉を止めた。
「もちろん、ミスリウムを
簡単に諦めるつもりはないでしょうが」
バンの言葉が終わると、
ネオはようやく
カイの狙いを完全に理解したようだった。
「だからあの者は、
ファイダル人らしい外見を
あえて魔法で変えなかったのだな」
ネオの目が鋭くなる。
「商会の存在を示すなら、
姿を隠すわけにはいかん」
出し抜かれたと思ったのか、
ネオの顔も次第にこわばっていった。
彼は人々を見回して言った。
「いずれにせよ商人というものは、
決して損はしない連中だな」
その言葉の端には、
不快感がにじんでいた。
ネオは低く尋ねた。
「では我々は、
どう対処すべきだ?」




