第19話 セールス開始
ファレンスカ長老は、
指で首筋を一度なぞった。
その口元には、
薄気味悪い笑みまで浮かんでいた。
「戦場では、
死は常にそばにあるものだからな」
彼は低く言った。
「命を狙う刃は、
目の前にあるものだけとは限らん」
その言葉に、
部屋の中が静まり返った。
バンが慎重に口を開いた。
「そ、そうなった場合、
武器はどうするのですか?」
その指摘に、
これまで黙ったまま
ファレンスカのそばに座っていたカマレイが、
平然と口を開いた。
「心配はいらん」
彼はゆったりと言った。
「そうした武器についての発想自体は、
我々もおぼろげながら持っていた」
そして付け加える。
「ただ、今まで聞いた話によって、
その概念がはるかにはっきりしただけだ」
カマレイは胸を張った。
「私はファレンスカ長老の直属として、
黒い土の製作にも関わってきたし、
応用方法も長く研究してきた」
彼は自信のある顔で続けた。
「もう少し話すなら、
すでに量産した黒い土を
組織の秘密倉庫のいくつかに保管してある」
そして。
「応用武器の開発も
引き続き進めている」
カマレイの目が、
鋭く光った。
「もしあの者の武器を手に入れ、
ひとつひとつ分解して分析できるなら、
複製は可能だろう」
隣にいたハシュランも口を挟んだ。
「複製だけで終わると思うか?」
彼は鼻で笑った。
「我々の技術なら、
真似するだけで終わるはずがない」
ハシュランの声には、
自負がにじんでいた。
「むしろ、さらに優れた武器を作ることもできる。
我々を侮らないことだ」
彼は不快そうに言った。
「ファイダルの連中が、
我々の土地に来て好き勝手するなど」
そして顔を上げた。
「今は重大な課題があるから、
その力を一時的に借りるだけだ」
ハシュランの目には、
どこか奇妙な狂気が宿っていた。
「だが、いずれ我々の力がさらに大きくなれば、
黒い土で武装した兵を
ファイダルへ送ることもできるだろう」
彼は当然のことのように言った。
「あの地さえも、
民主主義の名のもとに平定できるはずだ」
「なるほど」
ネオもその言葉を聞いて、
少し表情を明るくした。
だが、バンの表情は
晴れなかった。
(ファレンスカ長老を頂点に置く
個人的な派閥……)
バンは彼らの動きが
気にかかっていた。
(民主主義への我々の熱望を、
あの人たちは貴族を倒すための道具として
利用しようとしているだけではないのか)
しばらく沈黙していたネオ准長老は、
バンとはまったく別のことを案じていた。
「しかし……」
ネオは慎重に口を開いた。
「三サークルの魔法使いも
貴重な存在です」
彼はファレンスカを見た。
「それを殺すというのですか?
今は魔法使い一人ひとりが
切実に必要な時期です」
「構わん」
ファレンスカの言葉は冷たかった。
「あの者が提供する新兵器だけで、
あの男の価値は十分にある」
もしカイがこの言葉を聞いていたなら、
ファレンスカの命が十あっても足りなかっただろう。
ファレンスカは続けた。
「商人という者は、
利益さえあればどこへでも売り渡す連中だ」
その目が冷たく沈む。
「あのような武器が我々の敵にまで渡れば、
厄介なことになる」
(おそらく、あなたなら
十分にそうするでしょうね)
バンの頭には、
そんな考えが浮かんだ。
「いずれにせよ」
ファレンスカは話をまとめるように言った。
「カイという男の処理は
我々が引き受ける」
彼はまるで結論がすでに出ているかのように、
自然な調子で言った。
「ネオ准長老。
君はこの地の基盤を
さらに固めておきたまえ」
そして冷たく付け加える。
「まもなく押し寄せる帝国討伐隊を
どう叩き潰すか、
その計画を立てるのだ」
自分がどれほど非現実的なことを言っているのかも知らず、
ファレンスカは人々に仕事を振り始めた。
やがて彼は、
ドリアンへ顔を向けた。
「ドリアンも、
バンとともに動きたまえ」
「承知しました」
ドリアンは軽く頭を下げた。
ファレンスカはまた言った。
「三日以内に、
組織のレクターたちがかなりの数到着するはずだ」
その言葉に、
バンの目が動いた。
「人手不足の問題も、
すぐに解決するだろう」
組織の中核を担う
若いレクターたちが来る。
その言葉に、
初めてバンの顔に
光が戻った。
ファレンスカはゆっくりと言った。
「すべては計画どおりだ」
彼は少し間を置いた。
そしてもう一度、
同じ言葉を繰り返した。
「計画どおりに」
◆◆◆
早朝。
木柵の近くに、
人々が一人、また一人と集まり始めた。
粗末な服装。
だが、目つきは違っていた。
以前のように、
奴隷のように押し潰された目ではない。
どこか希望を宿した
まなざしだった。
「全員、整列!」
六十人が集まると、
バンとハキ、そしてカイは
村を出た。
武器を隠してある場所へ向かうためだった。
森の入口近く。
ある程度道が整っているところまでは、
何台もの荷馬車に分かれて移動した。
だがやがて、
木々の密集した森道に入ると、
全員が降りて歩かなければならなかった。
カイに案内されて
その場所に到着した瞬間。
バンと同行した者たちは、
驚きを隠せなかった。
「うわ……。
こんなに多くの箱が……」
ハキも目を見開いた。
(森の巡回を、
今までいったいどうしていたんだ?)
これほどの物資が積まれているのに、
今まで誰も見つけていなかった。
ハキは巡回班を
一度きっちり締め上げるべきだと思った。
バンがカイに尋ねた。
「これほどの量を、
どうやってここまで運んだのですか?」
カイはにやりと笑った。
「それは企業秘密だ」
そして小さく笑う。
「ふふふ」
運搬作業が始まった。
箱ひとつにつき、二人。
そうして組になり、
慎重に運び始める。
大きな道のほうには、
引いてきた荷馬車が待機していた。
そこまで運べば、
あとは荷馬車に積むことができる。
ただ、森の内側の道は
思ったよりも複雑だった。
森を完全に抜けるまでは、
人の手で運ぶしかなかった。
その最中、
しわがれた声があちこちに響いた。
「おい!
それは丁寧に扱え!」
「そこ!
ふらつくな!」
ラモンだった。
バンはラモンをちらりと見て、
不思議そうにカイへ尋ねた。
「ファイダルの方なのに、
この地の言葉をかなりお上手に話されるのですね」
カイは平然と答えた。
「商会で火縄銃製作を担当している
最高技術者、
ラモンだ」
そして付け加える。
「こちらの言い方なら、
マイスターと呼べばいいだろう」
「マイスター!」
バンの目が大きくなった。
「自分の分野で
最高の名声と技術を持つ名人を
指す言葉ではありませんか」
「ああ」
カイはうなずいた。
バンは少し驚いたように言った。
「バシュ商会の最高技術者の一人でしょうに、
そのような技術者をむやみに他国へ出すことは
普通ありませんよね?」
「あの人の祖父が
イーストン出身なんだ」
カイはあらかじめ用意していた話を
自然に口にした。
「そういう縁で
来ることになった」
「なるほど」
バンは納得したようにうなずいた。
「どこかこの地域の人間らしい雰囲気が
少し残っていると思いました」
カイはラモンのほうを見た。
「それとラモンが、
お前たちに射撃術も教える」
彼は指で、
バンとハキを順に示した。
「お前とハキ、
ドリアンみたいな連中から先に教えて」
それから周囲の人々を見た。
「その後は、
お前たちがほかの者に教えればいいだろう」
カイは軽く付け加えた。
「ちなみに、あの火縄銃の商品名は
カイガンだ」
バンは顔を向けた。
箱の間を走り回り、
あちこちに声を飛ばしているラモンが見えた。
(ファレンスカ様が
ラモンの存在を知ったら、
ただでは済ませないだろうな)
不安が生まれた。
(だが、まずは目の前の敵が先だ。
ファレンスカ様も今は
軽率には動かないはずだ)
◆◆◆
ぶるるっ。
ひひん。
馬たちは苦しそうに、
だんだん歩みを遅くしていた。
御者が舌打ちをして、
手綱を引いた。
「どうどう」
それでも馬たちは
再び踏ん張ってくれた。
誰かが叫んだ。
「村が見えました!」
前日に見た木柵が、
少しずつ視界に入ってきた。
(レイチェルは今ごろ、
すべての準備を終えているだろうな)
早朝、カイはピコをしばらく預ける代わりに、
レイチェルへ頼んでおいたことがあった。
村人たちに、
それなりに見栄えのするショーを
見せられるはずだった。
「到着しました」
木柵の外には、
ネオとファレンスカをはじめとした一行が
迎えに出ていた。
その後ろには、
粗末な服装の人々が
大勢集まっていた。
誰もが、
興味に満ちた顔をしていた。
(ふふ)
カイは心の中で笑った。
(見物人も集まったことだし)
その口元が、
わずかに上がる。
(そろそろ本格的に
セールスを始めるか)
販売には、
適度なショーも必要だった。
カイはまるで大道商人のように、
軽妙な口上で見物人たちの空気を盛り上げていった。




