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第16話 ピコ、取られる

カイがうなずくと、

レイチェルは突然、

指をすっと伸ばした。


(何だ?

どうした?)


レイチェルの指が突いたのは、

丸く膨らんだ胸ポケットだった。


「ぴぃ~」


急に触られたピコが驚き、

体をよじった。


「わあ、

不思議。

ちゃんと反応するんですね」


カイは何が起きているのかわからず、

目の前の金髪の少女を

じっと見つめた。


レイチェルはその視線に気づいたのか、

少しだけ頬を赤らめた。


「あの……

この子と遊んでもいいですか?」


突然のお願いに、

カイはしばらく呆気に取られた。


「さっき見ていたら、

人の言葉もちゃんとわかるみたいだったので」


おそらくピコが、

カイの言葉に合わせて動いていたのを

見ていたのだろう。


「私、ここに友だちがいないんです」


「この子と友だちになりたいです」


「カイお兄さんが忙しいときは、

私がこの子と遊んであげます。

ね?」


カイが何も答えないでいると、

レイチェルは甘えるように

カイの腕をつかんで揺らした。


「貸してくださいよぉ」


疲れているところに、

頼みごとが立て続けに来たせいで、

カイは無意識にうなずいてしまった。


その一度のうなずきで、

ピコの運命は決まった。


「やった!」


「カイお兄さん、

ありがとうございます」


目的を達成したレイチェルは、

カイのポケットから

ピコをひょいと抜き取った。


じたばた。


猫に捕まったネズミのように、

ピコがもがいた。


だがレイチェルは、

そんなピコをしっかり抱えたまま

ぱたぱたと扉のほうへ走っていった。


扉を閉める直前、

レイチェルはもう一度

ひょこっと顔を出した。


「ありがとうございます」


右目でぱちりとウインクまでして、

そのまま消えていった。


レイチェルの姿が消えてから、

カイはようやく

ピコを奪われたことに気づいた。


「ぴぃ~!

ぴぴっ!」


ピコの叫び声が、

扉の向こうで遠ざかっていく。


そこでようやく、

カイの口から言葉が漏れた。


「あ。

ピコ、取られた」


カイはぼんやりと扉を見つめた。


「何だ。

人を混乱させる能力でもあるのか……」


しばらくどうするか考えたカイは、

やがてぶっきらぼうにつぶやいた。


「今すぐ必要なわけでもないし、

まあいいか?」


ピコが聞いていたら、

かなり傷ついたであろう言葉だった。


カイは、

ベッドにどさりと横になった。


「あはははは!」


「ぴぃ~ぴぃ!

ピコを助けて!」


窓の向こうで、

ピコが時折、上へ跳ね上がっているようにも見えた。


レイチェルの笑い声と、

ピコのぴいぴいという悲鳴も

かすかに聞こえてくる気がした。


だがカイは、

耳をふさいで目を閉じた。


(聞こえない。

俺には聞こえない。

疲れてるんだ)


(バンのやつも、今ごろは

俺が提供すると言った武器の価値を理解しただろう)


彼らにはもう退路がない。


そのことも、

すでに把握していた。


(どんな条件でも飲むしかない相手と

勝負するのは楽しいな)


しばらくして、

カイはゆっくり眠りに落ちていった。


人間の体で味わう、

甘い眠りだった。


◆◆◆


いつの間にか、

窓の外には闇が下りていた。


小さなベッドがひとつ。


その上をほとんど占領しながら、

いびきをかいて眠る男がいた。


がちゃり。


扉が開く音で、

男は目を覚ました。


扉の前には、

ハキが立っていた。


「組織の先遣隊が

下で待っています」


ハキは硬い声で言った。


「身支度を整えて、

下りてきてください」


階段を下りていく足音が

遠ざかっていった。


「もう少し待たせるつもりだったけど、

向こうの我慢が切れたみたいだな」


カイはぼさぼさのまま起き上がり、

髪を適当に整えた。


そしてのそのそと

一階へ下りていった。


ぎしっ。


ぎしぎしっ。


カイが階段を踏むたびに、

重い体重を受けた木が

悲鳴のような音を立てた。


すると一階の卓についていた

五人が同時に顔を向けた。


彼らの頭には、

同じ感想が浮かんでいた。


本当に大きい。


話には聞いていたが、

ここまで大きな人間を見るのは初めてだ。


そんな顔だった。


視線が一斉に、

黒髪の魔法使いへ集まった。


卓の周りには、

ネオがいた。


その隣には、

ネオよりもさらに年老いて見える老人が

座っていた。


ほかにも、

中年ほどに見える者が二人。


そしてバンやハキと同じくらいに見える

若者が一人いた。


視線が一気に集まると、

カイは少し居心地が悪そうに

もう一度髪をかき上げた。


そして、まだ面識のある

ネオに向かって口を開いた。


「こちらが、

組織から来られた方々ですか?」


カイが丁寧に尋ねると、

ネオはうなずいた。


「そうだ。

今回、先遣隊として来た

組織の者たちだ」


ネオは手を差し出し、

カイを紹介した。


「同志たち。

こちらはファイダルで大商会を営む魔法使い、

カイだ」


紹介されたカイは、

ひとまずゆっくりと頭を下げた。


ところが、ネオの次の言葉が

カイを戸惑わせた。


「カイ君はファイダルからこの地へ来て、

我々の革命を助けてくれることになった」


(何だそれ?

革命の同志ってことか?)


だがネオは、

カイが反論する隙もなく言い切った。


「皆、拍手を」


ぱちぱちぱち。


いつもは落ち着いているネオが、

まるで興行師にでもなったように

場の空気を盛り上げた。


(はあ。

いきなり革命の同志にされてしまったな)


カイは内心でため息をついた。


(響きがいまいちだ)


カイはバンの姿が見えないことに気づき、

ネオへそれとなく尋ねた。


「バンはまだ来ていないんですか?」


ネオは少し体を寄せ、

小さく答えた。


「少し前に戻ってきた」


「体を洗ってすぐ来ると言っていたから、

少し待ってくれ」


短く答えたネオは、

すぐに本題へ移った。


「こちらの組織の者たちに

君の話を伝えたところ、

皆、ぜひ一度会ってみたいと言っていてね」


ネオは笑いながら言った。


「だから面談の場を用意した。

構わないだろう?」


ネオの言葉が終わると、

前に座っていた者たちが

じっくりとカイを観察した。


少し気まずくなったカイは、

いちばん年長に見える老人へ

先に挨拶した。


「初めまして。

カイと申します」


そう切り出してから、

彼は自然に自己紹介を続けた。


「ファイダルで、

バシュ商会という商会を運営しています」


「ブリカニタへ向かう途中、

皆さんの蜂起の話を聞き、

何か力になれるかと思って

こちらまで来ました」


カイは真っ赤な嘘を、

少しのためらいもなく並べた。


「互いに利益のある関係を

築ければと思っています」


商人カイとしての、

最初の交渉が始まった。


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