第15話 目を覚ます火縄銃のマイスター
カイは目の前の老人に向かって、
やわらかな声で言った。
「目を覚ます時間です」
その言葉に、
老人の目元がかすかに動いた。
カイはすぐに、
呪文を唱えるように言葉を続けた。
「バシュ商会。
死の商人部門、最高技術者」
「火縄銃製作のマイスター、
ラモン」
言葉が終わると、
老人の目が
ゆっくりと開き始めた。
まぶたが、
かすかに震える。
やがて低い声が
こぼれた。
「私の名はラモン」
「火縄銃製作のマイスター。
バシュ商会、死の商人部門の
最高技術者にして発明家だ」
少し間を置いてから、
ラモンはまたつぶやいた。
「私の祖父は、イーストン出身」
その声は、
少しずつはっきりしていった。
「祖父がファイダルへ移住したのち、
私はその地で生まれた混血である」
「私は新たな市場を開拓するため、
商会長であるカイ様とともに、
祖先の故郷であるイーストンの言葉を学んだ」
「そして、この地へ派遣された」
言い終えたラモンは、
糸で引かれる人形のように
体を起こした。
そしてぎこちなく歩いていき、
箱の横へ少し斜めに腰を下ろした。
その様子に、
カイは満足げにうなずいた。
思ったとおり、
問題なく動いている。
カイの口元が上がった。
「さて。
時代を先取りした技術ってやつを、
この時代の人間たちに少し見せてやるか」
子どもにおもちゃを渡す
親にでもなったように。
カイは人々が
どれほど驚くかを想像し始めた。
そこでふと、
山のように積まれた木箱が目に入った。
これを運ぶ方法も必要だった。
「ひとまず、この荷物は
あいつらに運ばせるとして……」
カイは小さく笑った。
「戻って、
バンのやつも驚かせてやらないとな」
彼は顎をなでた。
「それでも、あいつが一番
頭が回りそうだからな」
深刻な顔で考え込んでいたバンが、
どんな顔をするのか。
それを思い浮かべると、
カイの機嫌はまたよくなった。
「分身体へ戻る」
ぱあっ。
本体が、
再び封印されていく。
そしてしばらくして。
木の横に倒れていた分身体が
目を開けた。
体を起こした分身体のカイは、
両腕をぐっと伸ばした。
「ピコ。
どこだ?」
腕をぐるぐる回しているうちに、
ポケットの中にピコがいないことに気づいたカイは、
すぐに周囲を見回した。
ちょうど茂みの向こうにいたピコが、
短い手足をせわしなく動かしながら、
ぴっぴっと鳴いて駆け寄ってきた。
そしてカイの肩の上へ
ぴょんと飛び乗った。
「よっと」
カイは軽く体をほぐした。
「それじゃあ、始めるか」
今度はラモンに向かって、
やさしく声をかけた。
「ラモンさん。
気がつきましたか?」
まるで昔から知っている相手のように、
カイが親しげに肩を叩くと、
ラモンは居眠りから覚めた人のように
はっとした。
それからカイに向かって、
しゃんとした様子で挨拶した。
「どうやら、少しうとうとしていたようですな。
ほっほっほ!」
ラモンはにこりと笑って応じた。
ただし、その口調は
カイとは少し違っていた。
カイはそんなラモンの肩を叩いた。
「ラモンさん。
まだ帝国語には慣れていませんね?」
やがてカイは、
軽く笑った。
「村で少し過ごせば、
そのうち慣れるはずです」
それから、
銃の入った木箱のほうを見た。
カイは念を押すように付け加えた。
「俺が村の人たちを呼んで
荷物を運ばせますから、
それまでこの品物を見張っていてください」
村人を使うという言葉に、
ラモンは素直にうなずいた。
「はい。
ここでお待ちしております」
「ただ、できるだけ早く人を呼んでください。
万が一、雨に濡れると困りますので」
ラモンはちらりと空を見上げた。
雲は少し出ていた。
だが、今すぐ雨が降り出しそうな天気ではない。
「心配しないでください」
カイは軽く手を振った。
「では、行ってきます」
カイはさっきまでいた部屋の座標を
ピコに確認した。
そしてすぐに
転移した。
ばちっ!
少し前までいた部屋で、
再び光が弾けた。
そしてカイの体が、
ネオの家の二階にあるベッドの上に現れた。
「あー……」
カイはそのまま
ベッドの上に倒れ込んだ。
「疲れた。
やっぱり久しぶりに力を使うと疲れるな」
彼は両腕をぐっと伸ばした。
「本日の作業、終了」
そして満足げな声で
つぶやいた。
「充実した一日を終えたので、
これより就寝開始」
ぎしっ。
ぎしぎしっ。
重さに耐えきれないベッドが、
危うい音を立てた。
だがカイは
気にする様子もなく、
横になったまま体の疲れを抜いた。
しかし、すぐには眠れなかった。
カイはゆっくりと目を動かし、
部屋の中を見回し始めた。
盆。
花。
絵。
瞳。
(ん?)
少し開いた扉の隙間から
見えたもの。
カイは何気なく視線を動かしていたが、
がばっと体を起こした。
(何だ?
瞳?)
カイがもう一度扉のほうを見ると、
慌てたように
その瞳が揺れるのが見えた。
そしてしばらくして。
扉がそっと開き、
小さな金髪の頭が
ひょこっと入ってきた。
「おじさん。
私、レイチェルです」
胸の高さにも届かない小さな少女が、
扉の隙間から頭だけをのぞかせている姿は、
少しおかしかった。
だがカイは、
誰かにのぞかれていたせいか、
それとも、おじさんと呼ばれたせいか。
少しぶっきらぼうに答えた。
「俺はまだおじさんじゃない」
彼は目を細めた。
「それに、どうして見ていた?」
「えへっ」
レイチェルは気まずそうに笑った。
それからおそるおそる
部屋の中へ入ってきた。
そしてカイの横へ
小走りで近づいて座る。
何か頼みたいことでもあるのか、
自分の髪をいじりながら
遠慮がちに口を開いた。
「えへへ。
じゃあ、カイお兄さん」
レイチェルは目を輝かせて言った。
「私、聞きたいことがあるんですけど、
聞いてもいいですか?」
甘えるような細い声で
小さく「お兄さん」と呼ばれると、
カイの機嫌も少しだけ直った。
つられるように、
口調もやわらかくなる。
「聞きたいこと?」
カイは腕組みを解いた。
「聞いてみろ」




