第13話 トカゲめ、倍にして返してやる
金髪の男は、
手のひらを開いたまま、
短く呪文を唱え始めた。
同時に、カイの体から
光が噴き出した。
三秒。
その短い時間が過ぎると、
カイの体から力が抜けた。
金髪の男が手を下ろすと、
気を失ったカイの体が
地面に落ちた。
「肉体を乗っ取られた痕跡はないな」
金髪の男は、
あたりを見回した。
「妙だ。
ここをこんな状態にした者の痕跡が、
どうしても見つからない」
そのとき。
銀髪の女が現れた。
「ナイサード様。
九サークルの魔力を使った者の痕跡は
見つかりませんでした。
天族や魔族の痕跡もありません」
「ガシュピル。
お前が見落としたのではないのか?」
「彼らには特有の匂いがあります」
「どれほど消したとしても、
チェイス・クロイセン一族の追跡から
逃れることはできません」
そのとき、
ガシュピルの視線が
地面に倒れている男へ向いた。
「ナイサード様。
あの者は?」
「このあたりにいた人間だ」
「念のため、天族か魔族が
肉体を乗っ取っていないか確認したが、
そうではなかった」
ナイサードの目が、
冷たく沈んだ。
「以前、その手で
私の目を欺いた狡猾な奴がいた」
そして低く付け加えた。
「二度は引っかからん」
ナイサードの言葉に、
ガシュピルも倒れている男への関心を失った。
「ナイサード様。
以前ご指示いただいた件について、
報告が上がっております」
「カケイセンの痕跡を見つけたのか?」
「はい。
現在、帝国の都である皇城にいます」
ガシュピルは一度言葉を切り、
また続けた。
「そして人間たちの中に紛れ、
何かを準備しているようです」
「人間の営みに介入するなと、
そう警告しておいたはずだが」
ナイサードの声が低くなった。
「もはや見逃すことはできん」
「森の調査は後回しだ。
先にカケイセンを始末する」
「奴がしでかしたことを、
片づける時だ」
「その人間はどういたしますか?」
「記憶の一部を消した」
ナイサードは倒れているカイを
ちらりと見た。
「私に会った記憶は残らない。
問題ない」
「この場所の痕跡と関係があるか、
私がもう一度調べてみます」
「せいぜい三サークル・マスター程度だ」
「この痕跡とはつながらん」
だが、ガシュピルは
簡単には引き下がらなかった。
「ナイサード様。
あの年齢の人間が三サークル・マスターなら、
かなり珍しい存在です」
「もう一度調べておいたほうが
よいかと存じます」
ナイサードの目が、
冷たく凍った。
「ガシュピル」
その一言で、
空気が重くなった。
「いつから、勝手に意見を言えるようになった?」
ガシュピルは即座に頭を下げた。
「申し訳ございません」
「私が失言いたしました」
「お前たちチェイス・クロイセン一族は、
追跡だけに気を配っていればいい。
それがお前たちに与えられた役目だ」
光が生じた。
ナイサードとガシュピルの体が
少しずつ薄れていき、
やがて森の中から姿を消した。
◆◆◆
数分後。
カイのポケットがもぞもぞと動いた。
白い毛玉がひとつ、
ぽんと飛び出した。
ピコだった。
ピコはカイの体の周りを
何度かぐるぐる回った。
そしてすぐに、
カイの顔めがけて飛びつき、
耳にがぶりとかみついた。
がりっ!
「あ、痛っ!」
カイが勢いよく体を起こした。
「ううっ!
何でこんなに頭が痛いんだ?」
「ぴぴぴ。
今マスターが使っている肉体と、
保管されている本体のあいだで、
記憶の一部がうまく噛み合っていないため、
一時的な頭痛が起きているんです」
ピコはカイの顔の前で
体を揺らした。
「消された部分を
私が復元します」
カイは眉をひそめた。
「何の話だ?」
それから周囲を見回した。
「あれ。
そういえば、
俺は何でここに倒れてるんだ?」
「焼けた森を見ていて、
転んだのか?」
その瞬間、
また痛みが押し寄せた。
「あだだだっ!
何でそれを思い出そうとすると、
こんなに頭が痛いんだ?」
「ぴっ。
少しだけ、そのままでいてください」
ピコはぴょんと跳ねて、
カイの頭の上に乗った。
すぐに体から
光が噴き出した。
「ぴぴ。
再送信・記憶融合」
ピコを媒介にして、
人間の肉体として動いている分身体へ
情報が再び流れ込んでいく。
すると、カイを襲っていた頭痛は
嘘のように消えた。
「あっ!」
カイの目が見開かれた。
「そうだ。
あの色白のすかした野郎!」
彼はすぐにピコをつかんだ。
「ピコ、話せ。
何があった?」
「ぴ……」
ピコが慎重に言った。
「つまりですね……
記憶消去魔法を受けたんです」
カイの表情が、
ゆっくりと固まった。
「ピコ。
あいつの波長は解析したんだな?」
「はい」
「あいつの正体は何だ?」
ピコは少しだけためらった。
「ぴぴ……
ドラゴンです」
そして付け加えた。
「成竜に達したドラゴン……」
カイの目が、
冷たく沈んだ。
「そんな取るに足らないトカゲ野郎が、
俺に何をしたって?」
物質界に降りてから、
カイがここまで露骨な怒りを見せたのは
初めてだった。
「よくも俺を宙に吊り上げてくれたな」
「頭の中までいじって、
記憶を消しただと?」
本体であれば、
そんなことはあり得なかった。
だが今カイが使っているのは、
本体を隠したまま動かしている
人間の肉体だった。
だからこそ、
なすすべもなくやられてしまった。
創造神がドラゴンに与えた命令は、
世界の秩序を守り、
天神と魔神の対立を防ぐことだった。
正確に言えば、
自分が遊ぶための世界を壊す
二人の問題児を止めろ、
という意味に近かった。
たしかに、
人間に対するドラゴンの態度は
無礼だった。
だが彼は、
与えられた役目を果たしただけだ。
しかし今のカイは、
そんな過去の事情など
すっかり忘れていた。
頭に残っているのは、
たったひとつ。
自分が一発食らわされたという事実。
それだけで、
十分に腹が立った。
「トカゲめ」
カイは歯をむき出しにして笑った。
「お前がやったこと、
必ず倍にして返してやる!」




