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第11話 後悔はさせない

カイの指は、

まっすぐ地図の一点を示した。


バンはその指を追って、

視線を動かした。


地図のいちばん下。


イーストン地方の海岸部だった。


「どうして敵が上陸作戦をしてくるとは

考えないんだ?」


カイは地図を見下ろしながら尋ねた。


「最初から大規模な上陸はない前提で

話しているようだが、

何を根拠にそこまで徹底して除外している?」


その指が、

海岸線をゆっくりとなぞった。


「俺が指揮官なら、

陸と海から同時に攻める」


カイは顔を上げた。


「この地形なら、

当然そうするべきじゃないのか?」


バンはしばらくカイを見ていた。


「あなたは今の帝国の状況を

よく知らないようですね」


その目が細くなる。


「本当に知らないのですか?

それとも、こちらを試しているのですか?」


カイは肩をすくめた。


「正直に言うと、

この大陸の情勢には詳しくない」


そして平然と付け加えた。


「だからお前たちと手を組んで、

投資するんだろう」


バンの指が、

帝国西部の海に広がる

空白の部分を示した。


「今から百年前、

帝国が建国される際、

カシュイール大帝は海洋勢力と手を組みました」


彼は低い声で言った。


「いわゆる、海の一族と呼ばれる者たちです」


カイは地図を見た。


それからまた、

バンを見た。


「何もない場所じゃないか?」


バンはかすかに笑った。


「正確な位置はわかっていません」


彼は説明を続けた。


「彼らは神秘の島、

モアラに住んでいるとも言われています」


そこで一度言葉を切り、

また付け加えた。


「そもそも、決まった住処を持たないという話もあります」


バンの指が、

西部の海岸へ動いた。


「伝えられている話では、

カシュイール大帝は西部リットン港で

海の一族の長と会ったそうです」


そして。


「相当な爵位と権限を保証する条件で、

彼らの力を借りました」


カイは静かに聞いていた。


バンは続けた。


「ところが戦争の末期、

カシュイール大帝は落馬して戦死しました」


その声が、

少し低くなる。


「そして帝国の拡大も、

そこで止まったのです」


「その後、皇帝の後継者と貴族たちは、

大帝が海の一族と交わした約束を破りました」


カイが短く言った。


「海の一族が、

黙っているはずないな」


「その通りです」


バンはうなずいた。


「海の一族は怒りをあらわにし、

帝国のいくつかの港を焼き払いました」


彼は地図の海辺を

指でなぞった。


「そして帝国の旗を掲げた船が現れれば、

見つけ次第攻撃し、沈めたのです」


カイは眉を少し上げた。


バンの説明は終わらなかった。


「すると帝国は、

海の一族と関わること自体を避けるために、

海軍を解体し、

海へ向かう道を閉ざしました」


カイが低くつぶやいた。


「帝国は……

愚かなことをしたな」


その態度が、

妙に重々しくなる。


「海路を自ら閉ざした国は、

いずれ衰えるものだ」


バンは気にする様子もなく、

最後の説明を続けた。


「それ以降、

海の一族に関する正確な情報は

途絶えています」


だが。


「帝国軍は今も、

彼らが活動していると信じています」


バンはカイを見た。


「不用意に船を動員し、

上陸を試みられない理由も

それです」


カイは腕を組んだ。


「それなら、あとでファイダルとも

取引しづらいんじゃないか?」


彼は首をかしげた。


「聞こえは海の一族だが、

要するに海賊じゃないのか?」


バンは首を横に振った。


「イーストンが帝国から独立すれば、

海の一族にとっては、

我々を助けて帝国を苦しめるという選択肢が生まれます」


彼は淡々と言った。


「帝国を苦しめられるなら、

彼らは何でもするでしょうから」


そして付け加えた。


「何より、海賊行為よりも

貿易に参加するほうが

はるかに利益になります」


カイはゆっくりとうなずいた。


「わかった」


彼は海岸部から指を離した。


「とにかく、海岸からの大規模な襲撃は

心配しなくていいということだな」


バンが静かに言った。


「私はあなたの質問に、

誠実に答えました」


その視線が、

カイへ向かう。


「では、今度はこちらが

いくつか質問してもよろしいですか?」


「いいぞ。

聞け」


バンはすぐに尋ねた。


「あなたは我々に、

どのような助力を与えられるのですか?」


「助力か」


カイの目が細くなった。


彼は少し考え込んだ。


そしてすぐに、

何かを思いついたように

身を乗り出した。


「今のお前たちに、

一番必要な物を売ってやる」


「一番必要な物?」


「この状況を見るかぎり、

計画としてはかなり準備できているようだし、

士気も高いようだな」


カイは三人を見回した。


「だが、正直に言えば」


その声が低くなる。


「畑を耕していた農奴たちを、

剣や槍を振るう兵士に変えるには、

ひと月では短すぎないか?」


バンは認めた。


「その通りです。

正直、あまりにも時間が足りません」


彼はカイを見て尋ねた。


「それで、どういう話になるのですか?」


「剣、槍、弓」


カイは指をひとつずつ折った。


「どれも良い武器だ。

だが、そういうものは身につけるのに時間がかかる」


彼は淡々と言った。


「人を確実に殺せるようにするなら、

なおさらだ」


部屋の中が静かになった。


カイは続けた。


「だが、もし」


その目が鋭くなる。


「百メートル以内の敵に致命傷を負わせられて、

一週間ほどで基本的な使い方を覚えられる武器があるとしたら?」


「え?」


三人はしばらく、

その意味を理解できていない顔をした。


最初に反応したのは、

ネオだった。


「武器を提供するということか?」


ネオは腕を組んだ。


「興味深くはあるが、

新しい武器に期待するより、

今手にしている武器をうまく使うことを考えたほうが

よいのではないか?」


彼は少しぶっきらぼうに言った。


「それに君は、

五サークル・マスターの大魔法使いではないか」


ネオの視線が、

カイへ向かう。


「魔法で助けるつもりはなく、

なぜ新しい武器の話ばかりするのだ?」


そして低く付け加えた。


「やはり魔法使いでありながら、

商人でもあるからか?」


カイの顔が、

少し険しくなった。


そのとき、バンが声を上げた。


「待ってください!」


今までになく切迫した声だった。


「先生、

少しお待ちください」


バンはすぐに、

カイのほうへ体を向けた。


「カ、カイ様」


その目が揺れていた。


「今、一週間で使えるようになる武器と

おっしゃいましたか?」


カイはうなずいた。


「ああ」


彼ははっきりと言った。


「一週間あれば、

十三歳の子どもから六十の老人まで、

実戦に投入できる程度には扱えるようになる」


そして付け加える。


「百メートル以内の敵なら、

確実に倒せる」


バンが息を呑んだ。


「どうやってですか?」


カイは指で、

軽く卓を叩いた。


「よく聞け」


その声が、

少し低くなる。


「これは基本的に、

お前たちの言う黒い土を使う武器だ」


バンの目つきが変わった。


「お前たちの黒い土は、

凄まじい破壊力を持っているんだろう?」


カイはゆっくり説明した。


「それは黒い土が一瞬で燃焼し、

大量のガスを生み出すからだ」


彼は指で、

円を描いた。


「その反応を少し調整して、

推進力に変える」


続いて、指先で

宙を示した。


「そして鉄で作った小さな玉を撃ち出すようにすれば、

それは人の体を一瞬で貫く」


カイは目の前に置かれていた

木の匙を手に取った。


「こうだ」


ぱきっ。


指で弾かれた木の匙は、

一瞬で折れた。


三人の視線が、

その欠片に釘づけになる。


カイは平然と言った。


「肝心なのは速度だ」


彼は折れた木の匙の欠片を、

卓の上へ置いた。


「小さな鉄の玉でも、

十分な速度が加われば

人の体をそのまま貫く」


そして、ごく簡単にまとめた。


「つまり、簡単に言えば、

黒い土の力で

鉄の玉を撃ち出す棒だ」


カイが尋ねた。


「これでわかるか?」


ハキが勢いよく立ち上がった。


「そんな武器が、

何の役に立つんですか!」


彼は失望したように叫んだ。


「内心期待していたのに、

出てきたのが

鉄の玉を撃ち出す棒だなんて!」


ハキは大きく腕を振った。


「それなら弓のほうがずっとましです!

弓なら二百メートル先の敵だって殺せます!」


ネオも静かに

うなずいた。


だがバンは違った。


彼はまだ興味を失っていない目で、

カイを見ていた。


「ハキの言葉にも一理あります」


バンは慎重に口を開いた。


「ですが、確かに一週間とおっしゃいましたか?」


その声が、

少し震えていた。


「その武器の使い方を覚えるまでが」


「ああ」


カイはすぐに答えた。


「一週間だ。

一週間」


もちろん。


「ハキの言うとおり、

当たらなければ意味はない」


カイは淡々と言った。


「だが少し訓練すれば、

十発のうち七発ほどは

当てられるようになるはずだ」


ハキの表情が、

固まった。


カイは続けた。


「弓が良い武器だということは、

俺も知っている」


彼は手のひらを広げた。


「だが弓をまともに扱い、

人を殺せるようにするには、

一年教えても足りない」


カイは手のひらを卓に置き、

地図を押さえた。


「それに、この地形を忘れるな」


全員の視線が、

そこへ向いた。


キャノン峡谷だった。


カイが口を開こうとした瞬間、

バンが先に声を上げた。


「その鉄の玉を遮るもののない場所ですね!」


その顔に、

理解の色が浮かぶ。


「しかも敵は密集する。

訓練の足りない農奴兵でも、

隊列に向かって撃つだけで

十分な打撃を与えられます!」


ようやく理解した、という顔だった。


カイは笑った。


「よく考えてみろ」


その指が、

キャノン峡谷の上を叩いた。


「これがあれば、

わざわざキャノン峡谷を崩す必要もないんじゃないか?」


カイは軽く付け加えた。


「そもそも峡谷を崩すことが、

必ずしもいいことばかりとは限らないだろう」


バンはすぐにうなずいた。


「その通りです」


彼は地図を見下ろして言った。


「盾にはなりますが、

後になって再び外へ出るとき、

大きな不便になるかもしれません」


そして、もうひとつ指摘した。


「何より、黒い土だけに頼って

むやみに峡谷を爆破したところで、

思いどおりに崩れる保証もありません」


カイは満足げに笑った。


「そうだ」


彼は指で

地図を叩いた。


「それにも計算が必要なんだ」


そのとき、ネオが割って入った。


「少し待ってくれ。

バン」


彼は重い声で言った。


「もう少し話し合う必要がある」


カイもそろそろ悟った。


自分はここで席を外し、

彼らだけで話し合えるようにするべきだと。


「どうせこの武器をお前たちに用意するには、

二日はかかる」


カイは席を立った。


「俺が少し離れている間に、

よく考えておけ」


そして、休むと言って

二階へ向かった。


背を丸めながら階段を上っていた彼が、

ふと足を止めた。


カイは階下の三人を見下ろした。


「武器の数は心配しなくていい」


彼は軽く言った。


「必要なだけ用意してやる。

誰が使うのか、

どれだけ必要なのかだけ決めておけ」


カイは指を折りながら

数を数えた。


「二千人が戦うなら、二千本」


そして。


「四千人必要なら、

四千本」


そう言い残し、

カイは再び階段を上り始めた。


階段を上りきると、

カイの姿はもう見えなくなった。


だが最後の言葉だけは、

階下まではっきりと届いた。


「もちろん、

多少値は張るが……」


その声には、

笑みが混じっていた。


「後悔はさせない」



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