ぼっちの逃げ場
自分は昼休み中、トイレの中でただ時間が経つのを待っていた。
今日は赤神との弁当を断って、グラウンドの端にある人気のないトイレの個室で、暇をつぶしていた。教室の中はいられないわけではないが、なぜか気まずい感じがする。そんな教室を抜け出して、ぶらぶらと散歩をしていると、ちょうど人気のないトイレを見つけた。
ここなら気兼ねなく便所飯ができる空間ではあるが、掃除が行き届いていないのか少々匂いが不快だ。さらに言うのなら、外にあるトイレなので、外の冷たい風が入ってきて、寒すぎる。このトイレは食事に適した空間とは言えない。それに和式だ。やはり、便所飯は理想化された空想の産物なのだろう。
自分は口呼吸と鼻呼吸を交互に行って、激しい匂いを耐えていた。すると、トイレの入り口辺りから足音が聞こえた。昼休みには、グラウンドで練習をするブラック部活もあり、その部員が来たのかもしれないと、なんとなく息を潜めた。
トイレに入ってきた足音は、段々と中に入ってきた。トイレの個室のドアの下から足音を鳴らしている靴の影が見えた。その靴は自分のいる個室の前で止まった。しばらくすると、靴の近くの影が大きくなり、靴と一緒に髪の毛が見えてきた。
自分はその光景からこのドアの前に立っている人物は、しゃがみこんで誰が中に入っているか確認しているのだと気付いた。自分はそのことに気が付くと、トイレの鍵を開けて、個室を出ようとした。しかし、その動きを気が付かれたのかドアの前の相手は、ドアを抑えてきた。
自分は全力でドアを開けようとするが、ドアはびくともしなかった。自分はしばらく体重をかけて、開けようとするが、ある瞬間から人が抑えているというより何かがつっかえているようだった。自分はこれは無理だとドアを開けることを諦めた。
しばらくすると、蛇口をひねる音と水が出る音がした。自分はこれから起こりうることの想像がついた。蛇口を閉める音がすると、タプタプと水を運ぶ音が聞こえてくる。自分はトイレの上を見てみる。すると、バケツとそれを持つ手があった。
もう一つの絆創膏のついた手がその上から出てくると、バケツの底を持って、バケツをひっくり返した。ひっくり返したバケツの中にはなみなみに水が入っていたようで、大量の水が頭の上から降ってきた。
落ちてきたきた水が頭から打ちつけられ、頭から肩、肩から体中に冷たい水が染みわたっていく。制服の中に着ている服が濡れていき、体に貼り付いていき、貼り付く服から体温がどんどん奪われていった。
体の表面から芯まで一気に冷えていった。無意識に体は震えだして、歯はガタガタと音を鳴らしていたが、それらを止めることはできなかった。自分はびしゃびしゃの体で立ち上がった。服に染み込んだ水は、重力に従って制服と体を伝って、ポタポタと下に滴り落ちる。それが余計に寒さを加速させ、身震いする。
ただ幸運だったのは、スマホをトイレの個室に持ってこなかったことだろう。自分のスマホは、防水機能がないので、ここに持ってきていたら、お釈迦になっていただろう。
自分はとにかくこのトイレから出ようと、扉を開けようとするが、やはり何かが引っ掛かったように動かない。おそらく、デッキブラシをかませているのだろう。このトイレの扉には、デッキブラシの柄がちょうど入るくらいの穴があり、そこにデッキブラシの先端を入れ、反対側の壁にブラシを当てることで、トイレのドアが開かないように、デッキブラシをつっかえ棒にすることができるのだ。
これはこの学校の生徒ならよく知られているいたずらの一つである。トイレに入った友達を閉じ込めることが陽キャにとっては楽しいらしい。
自分はドアを開けることを諦め、トイレのドアをよじ登ることにした。手を伸ばして、ドアの上部に手をかけ、体を引き寄せた。水を吸った服のせいで思ったよりも力を要したが、何とかよじ登ることができ、ドアの上部に股をかけることができた。
やはり上から見ると、デッキブラシが扉につっかえさせられていた。自分は外側に足を持っていって、下に飛び降りた。自分は閉じ込められていた個室の扉からデッキブラシを外し、扉が開くようにした。
トイレの外を見ると、昼練の片づけをしている野球部員がいた。間もなく、昼休み五分前のチャイムが鳴った。自分は午後の授業を受けることを諦めた。今日は体育がないので、着替える服がない。さらに、この水が滴っている服のまま校舎に入るのははばかれるだろう。
幸い今日は午後の授業は五限だけなので、ある程度トイレで服が乾かしたら、放課後の人の少ないタイミングで、教室からカバンだけ取ろう。
自分は服を絞ったり、パタパタと服を仰いだりして、服をなるだけ乾かした。制服は絞りにくく、乾きにくいことがよく分かった。制服から水が滴らない程度に乾いたところで、冷たい制服を着て、スマホをポケットに入れた。
そんな時、校舎が騒がしくなってきた。授業が終わったのだろう。自分はトイレを出て、校舎へと向かった。
自分は教室のドアを開けて、教室の中に入った。教室の中には二人しか人は残っていなかった。自分は自分の席を確認すると、誰かが座っていた。よく見ると、それは有明だった。有明はこちらに気づいたのかこちらの方に振り返った。
有明は自分のカバンを持っていて、自分のことを勝手に帰そうとしてくれないらしい。
「机の中を見たら、教科書が切り刻まれていた。俺はギリギリに登校したから知らなかった。それにその頬の絆創膏はなんだ。お前は今日ずっと頬杖をついて絆創膏を隠していたから、俺は気づかなかった。五限目はなぜ来なかった。
俺は分からない。お前は何も言ってくれない。
お前は俺に言ったよな。一人で心をすり潰す人間を見たくないって、他の人と分け合って欲しいって。俺はその言葉で心動かされたんだ。でも、今のお前はその言葉を言う資格なんてない。
……話してくれないか。何があったか。」
自分は有明の顔を見ることができずに、下を向いて黙り込む。自分は目線を上げて教室を見渡し、教室に残っているもう一人の生徒に目を向けた。その生徒は絆創膏を付けていた。
「……話すよ。今まで何があったか。この絆創膏の傷は桑田に殴られた。そして、教科書を切り刻み、トイレに自分を閉じ込めて、バケツの水をかけた犯人は……。」
自分は指に絆創膏を付けた男の方を見た。
「皆見、お前なんだろう。」




