自覚と失恋
自覚した。
そう、私は推しへの恋心を自覚しました。しちゃいました。
あのお色気お姉さまは誰ですかどんなご関係ですか二人っきりで何を楽しそうにお話していたんですか(衝撃的過ぎてもう一人いつもの同僚がいたことは忘れている)
正直に言おう、恋愛自体が久々過ぎて戸惑っている。
前世の初恋は幼稚園の時の吉川くん。通りすがりに手裏剣の折り紙をくれて好きになった(本当はごみを押し付けられていただけ)。小学校の時好きだったのは隣のクラスの佐々木くん。頭が良くて学年で足が二番目に速かった。中学の時に好きになったのは林くん。一緒に図書委員会になったヤンキーの男の子だったけど、オタクきめぇ、と言われて恋心は儚く散った。
それ以降、恋らしい恋はしたことがないが、林くんの発言がトラウマになることもなく、寧ろ拍車をかけるように二次元や三次元の推しにはまっていった。
推しのグッズが出れば複数買いは当たり前、他キャラのグッズが出れば、公式に課金だとそれも買い。
推しのゲームが舞台になった際は役者さんも応援した。
私にとって推しの存在は、たとえそれが二次元でも三次元でも、人生を華やかに、幸せにしてくれるものだった。供給はあると嬉しいけれど、ただ一方的な愛を、金を、想いを、注いで注いで注ぎまくって、ただそれだけで満足していた。
あれは今思うと、孫の成長を喜ぶばっちゃまのようだった。
日々、ネットの仲間たちと推しへの愛を語り、寝る間を惜しんで創作活動をし、米と塩の生活だけど、毎日がハッピー!だった前世の私。
推しに恋をするなんて想像もしていなかったし、そもそも前世では推しと仲良くなれること自体があり得なかったし(大半は画面から出てきてくださらなかった)、遠い存在の推しに恋をしないように、本気にならないようにと線を引いていたところはあると思う。
それがなんだ。
ああ、本当になんてことだ。
推しだけど、好きになってしまった。
推しに恋をしてしまった。愛してしまった。
久しぶりの恋心に戸惑いつつも浮かれていた私は、まさか数時間後に失恋することになるとは夢にも思っていなかった。
その日の夕食で、お母様がとんでもない爆弾を落とした。
「ああ、そういえば最近、ヘントリクス伯爵夫人と仲良くさせていただいていてね」
「アルベリック様のお母様ですか?」
「今日もお家にご招待いただいて、そうそう、息子さんお見合いをされたそうなのよ」
がびーん
「どなただったかしら、同じ職場の仲の良い女性の方と。ええ、交際は順調だそうよ」
がびがびーん
目の前が真っ暗になった。
手から落ちたパンがテーブルをころころと転がっていく。足元が覚束ず、ふらふらと自室に戻った。その後で両親がこんな会話をしているとも知らずに。
「やり過ぎじゃないか、お見合いをしたのは飼い犬だろう?」
「あの子たちには荒療治も必要なのよ」
その夜はハンカチと枕カバーとシーツが絞れるくらい泣いた。
何を見ても嗚咽が漏れるから、食事も喉を通らなくなってしまった。
それでも、ちゃんとお祝いをしようと、もうこれ以上泣かないようにと、アルベリック様と同僚の女の人のぬいぐるみを作って、お祝いをする練習をした。
髪が艶々のストレートで、ボンキュボンで、綺麗な人だったなぁ。二人並ぶと大人の恋人同士ってかんじで、とてもお似合いで。
小さな白いブーケを作って花嫁さんに持たせる。
「お、お"めで、ぅ"ぇぇん」
推しが健康で幸せに長生きしてくれたら、それだけで良い、それだけでご飯が美味しい。
筈だった。
『その人が別のご令嬢と楽しそうにデートして、優しく口付けて、貴女のこと見向きもしなくなったらどう?それでも温かく見守るつもり?子供を抱いて三人で並んでいるの想像できる?それを見て微笑ましいだなんて思えるの?お祝いできる?』
カリーナ様の声が脳内で木霊する。
あの女の人と手を繋いでデートして、私と行ったカフェや、まだ行ったことのない劇場に行ったり、抱き寄せて、優しく口付けて、そんなの嫌。
あのふわりとした柔らかい笑顔や、へにゃんと困ったような顔を私に見せてくれることもなくなって、話すこともなくなって。そんなの嫌。
お祝いなんて出来ないよ。
幸せになって欲しいのに、それを心から望んでいたのに、他の女の人に触れないでほしい、私だけを見てほしい。私を、私をと、醜い気持ちばかりが溢れてくる。
好きだと気がつくのが遅すぎた。




