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アルベリックの気持ち

どんな種類かは分からないが、確かに彼女からの好意や、興味という気持ちは感じていた。


ただ、目を合わせたり、こちらから一歩でも近付こうものならば、驚いて走って逃げてしまう野生の小動物のようなお嬢様だったので、自分から踏み込むことは出来なかった。


その絶妙な距離を保ったまま、出会いから数年が経っていた。


きっと変わらないと思っていた距離が変わったのは、つい最近の話だ。


「明日空いてる?」


そんな軽い誘いで上司の自宅に呼ばれることになった。あれは白く瑞々しい花が季節を飾る、花盛りのある夏の日だった。


緊張した気持ちのまま、上司の家に赴くと、いつも植え込み越しで見かけていたお嬢様が、自分よりも更に緊張した様子で向かいのイスに座っていた。


夜の女神のように美しく成長した彼女は、世の男たちの憧れの的であるだろう。王子妃候補でなければ、さぞ多くの縁談が舞い込んでいるだろうと思われた。


私の見た目がこのように劣っていなければ、上司の「貰ってやってくれ」という冗談にも、その場で是非にと返せていたことだろう。


どういう意図があるのかは分からないが、上司の勧めで、そんな世の男たち憧れの的である彼女とデートをすることになった。


恥ずかしい話だが、デートなんて今まで縁がなく、迷いに迷って選んだ花束や、ぎこちなく慣れていない私のエスコートにも、彼女は大袈裟なくらい喜んでくれた。


ちょこちょこと隣を歩く姿は小動物のようで、段差に躓いたり、慌てて物を取り落とす様も、彼女には悪いが大変愛らしく感じた。

私相手で可哀想なくらい緊張しているようだが、おかげでだいぶ私の肩の力は抜けた。


「くくっ」

「ア、ア、アルベリック様っ!」


顔を真っ赤にして涙目になっているのも大変可愛らしく、思わず声を出して笑ってしまった。



幸運なことにそれから何度か二人で出掛けるようになった。休みの日はとくにやることもなく、仕事の準備をするしかなかった自分にとって、とても色付いて楽しい日々だった。

自分だけではなく、彼女も、以前よりは緊張せずに話してくれるようになってきたと思う。


二人で屋台街を散策した日のことも鮮明に覚えている。


屋台のパンや串焼きに惹かれていたようなので、その日は屋台でいくつか見繕って、広場のベンチに座り、二人で昼食を食べた。


「アルベリック様も硬いパンが好きなんですか!私もです!2日目の噛みきれないくらい硬いパンも好きです!」


きらきらと嬉しそうに両手でパンに噛りつく様子は、まるで宝物の木の実を前にした子リスのようで。

本来は屋台の料理なんて食べない身分のご令嬢だろうし、こんな男が誘えないくらい一線を画した美人の筈なのに、その小動物的な様はとても可愛らしく魅力的に思えた。


「パンといえば、いま話題の『黒騎士伝』の主人公が冤罪で追放されて小麦畑で悪魔に堕ちていく描写のところ、世間では高潔な精神を讃えられていますが、本当はそんな高尚なこと考えていないと作者がコメントしていて、」


無限の色を閉じ込めた艶やかな黒髪や、吸い込まれそうな程深く色付く夜空のような瞳よりも、くるくると感情豊かに変わる表情や、幸せそうに食事をする様、可愛らしく愉快な言動に魅力を感じている私は、きっと彼女がどんな容姿であろうと、魅力的に思ってしまうのだろうと感じた。


「私もあの主人公はきっとお腹空いたくらいしか考えてないって思ってて!だって私が同じ立場だったらきっとそうだと思うんです!」


食いしん坊で、恥ずかしがり屋で、一緒に居て心地よく、明るい気持ちになれる。

そう気付いてからは、彼女のことが愛しくて仕方がなくなってしまった。



幸運なことに、侯爵家から婚約の打診をいただいたのだが、お受けするつもりはなかった。私には過ぎた申し出であり、彼女にとってそれが最善だとは思えなかったから。


彼女からの好意は感じるけれど、それは恋心ではないだろう。この容姿に加え、幼い頃に出会ったこともあり、彼女にとって自分は、異性を感じない安心な部類の男に入るのではないかとも思う。


万に一つの可能性があって、たとえ今、彼女が私の気持ちを受け入れてくれたとして、本当に後悔しないのか。


いつか、彼女にかかった魔法のような時が終わり、隣にいる男が自分のような不細工だと気が付いた時に、彼女が本当に愛する男性を見つけた時に、取り返しのつかない後悔をするのではないか。


離れていく手を、私はどのような気持ちで見送るのだろうか。


今ならまだ間に合う。彼女にはこれから沢山の縁談が舞い込むだろう。それこそ、公爵家や、他国の王族すらあるかもしれない。それくらい稀有な美しさを持っている。美しさだけではなく、彼女の内面を知れば知るほどに手放せなくなることも予想できる。きっと皆、己の全てをかけて愛することだろう。


幸せになる選択肢は無限に広がっている。その選択肢を私が潰してしまって良いのだろうか。

彼女の幸せを考えるならば、自ら離れてあげた方が良いのではないか。


そう、思っていた。


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