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Kanaan  作者: や
2章 本戦
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本戦 緊迫したシーンでしもが緊迫しないのは演出

 西棟にリズの眠る病棟と直通リフトがある。対してトイレは東棟のほとんどはじにある。薬剤室は完全に東棟のはじにある。


「こんなに命懸けで便所行くの初めてなんだけど」


 俺は銃弾をリビングデッドに命中させる。リアンが『タッカー先生。あなたの天国が必ず迎えて下さいます』言霊で祈る。

 西棟に比べると、東棟のリビングデッドはまばらだった。

 その代わり、壁に花火みたいに人間の血飛沫が展示してある。血飛沫の周りに脳片、骨片、肉片。頭を剛腕で壁に打ちつけられない限り、こうはならない。

 廊下には、頭が砕けて眼球が飛び出した屍体、もしくは眼球そのもの、歯茎のついた歯なんかが乱雑に転がったり散らばったりしていて、引き続き歩きにくい。

 俺とリアンの足元は血まみれで、歩いたところには血色の靴あとが残る。この分だと、靴の溝には肉片の一つ二つ、確実にはさまっているだろう。

 トイレと同じ並びに、三つのシャワールームと仮眠室。向かいに処置室二つとカウンセリングルームと談話室。すべて扉はしまっているが、談話室から、微かにテレビの音がする。

 中にいるかも知れないリビングデッドを刺激しないように、ジャンプホラーなみにいきなり扉を開けて飛び出してこられても対処できるように、警戒しながら進む。


「私が用足してる間にレヴィンが薬を取ってくる、て愚策だと思う?」


 リアンが距離を詰めてきいてくる。


「思う。単独行動はどんな映画でも死亡フラグだ。俺が薬探してる間はリアンが見張れ、用足してる間は俺が守るから」

「だったら薬が先で。クソ漏らされたらたまんねぇから」


 誰が漏らすか、と言ってはみたものの、正直ありがたい。俺の腹はゴロゴロうなりだし、微かに痛んできている。

 ようやく辿り着いた薬剤室は、奥に窓が一つあるきりの狭い部屋だ。部屋の両側に薬棚、真ん中に調薬台。家宅捜索でもされたみたいに、錠剤やカプセルがめちゃくちゃ散らばっている。リビングデッドこそいないが、頭の割れた三つの死体がいる。みな白衣を着ている。一人はブロンドの長い髪を緩くゆった女性、ドアにギリギリぶつからないところにうつ伏せで倒れている。一人はブルネットにメガネの男性、調薬台で脳漿を撒き散らしている。もう一人はふくよかなショートヘアのアジア系女性、奥の壁にもたれて座っている。

 ご遺体に触らないよう薬剤室に入り、そっとドアを閉め、「私が取ってくる。場所なら覚えてる」リアンが奥に進む。

 俺はドアのそばで銃を構え、急な侵入に備える。ここで働いていただけあって、リアンは素早く目的のものを取ってきた。


「15分もすりゃきく」

「恩に着る」


 薬瓶をひねり、2錠を水なしで飲む。


「コレ念の為に持ってっていいか」


 返事を聞く前に、俺は薬瓶をパンツのポケットにねじ込む。


「いいさ。もう誰も使わない薬だ」


 言いながら、リアンはドアに一番近いところにいたブロンドの死体を「リリー」と呼んでかがみ込んだ。

 皆、リアンの同僚だ、と思う心に蓋をして、感傷は後にしろ、と告げる。


「いや。レヴィン。これ。よく見てみろ」


 リアンは汚れるのも構わず、うつ伏せだったリリーを仰向けにする。割れた頭蓋からリリーの脳がこぼれそうになる。リアンはリリーの欠けた額をトントン、と指差す。

 眼球が飛び出すか破裂してしまったんだろうリリーの遺体を覗き込むのは気が進まなかったが、俺は言われた通りにしてーー息を飲む。


「ネクロマンシーの魔法陣……!」


 リリーの額には、これまで俺たちが躍起になって砕いてきたのと同じ、ネクロマンサーの契約術式が刻んであった。


「おかしいと思ったんだ。頭ばっか秩序だってぶっ壊してそれ以上の損壊がないなんて。カナンのやり口にしちゃ手ぬるすぎる」

「じゃあ、え、どういう」

「リビングデッドは魔法陣の破壊で止まる、て気づいた奴がいたんじゃないか? そいつがしこたまリビングデッドを破壊してまわった。もしくは破壊してまわってる」

「できるか!? そんなこと!?」

「リビングデッドの標的が私のみで、他の奴には噛み付かない、とかなら。あるいは」


 俺は思案する。

 確かに、今まで戦ってきたリビングデッドはリアンを狙ってきた。カナンに囚われたレディ・ティエラは俺がリアンの隣にいることを知らないから、ターゲット設定がリアンで止まっているのだ。と思う。

 リアン以外に危害を加えないなら、例えばノアみたいな意識のはっきりした死者にとって、リビングデッドはどんな存在だろう。

 化物がうろついているだけに見えるだろうか。それとも、知人が生きているように見えるだろうか。

 前者であれば、自分の身を守るためにリビングデッドを攻撃するだろうか。

 襲ってこないのをいいことに、先手必勝で?

 でも、それはーー。


「……生存者がいる、てことか? 生きてるかつ攻撃手段のある奴が、無抵抗をいいことにリビングデッドを虐殺してまわってる?」

「リビングデッドに虐殺はおかしかろ。もう死んでんだから」


 でもそういうことかも、と言いながら、リアンはゆっくりリリーを床に横たえる。脳みそがこぼれ落ちないように、慎重に。


「なんにせよ、生存者がいるかも知れない。そいつは化物だと思ってリビングデッドを攻撃してまわってる。同僚の遺体損壊はやめてくれ、とは私は言える立場にねぇし、生存者よりリズを優先する。でもレヴィンは?」


 リアンが感情の抜け落ちた顔で俺を見据える。


「レヴィンは生きてる人を見捨てられる?」

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